83. 秋季北海道大会準決勝 (vs蝦夷農業)
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準決勝の朝は、どんよりした曇り空。
お昼の前後から一部地域で強い雨が降ります、最高気温は平年以下の肌寒い一日となるでしょう、温かくしてお出掛けくださーいと、テレビの天気予報でめんこいお姉さんが、笑顔で手を振っていた。
ひとつ言えるのは、この天気なら準決勝第一試合は確実に行われるだろう、という事だ。
カナたちの第二試合は――まだ分からない。
とっくの昔に、覚悟は出来ている。
カナはありったけのアンダーシャツを持って、バスの待つ栗高へ向かった。
札幌への移動手段は、いつもの通りである。
まず栗川高に、カナたち栗川の面々と、菫さんたち夕張谷の部員が集合。
栗川町が少ない予算を削って出して下さったバスに乗り込み、岩見沢に向かう。
岩見沢で月商、奈井江の連中と合流し、そこから球場まで直行する。
バスの中では、そこかしこで部員たちが顔を突き合わせて、小声で相手の最終チェックをしていた。
エゾノーの資料は、秋季大会の戦い振りである程度揃っているし、準々決勝から一日空いたので、対策も万全とまでは行かないが立ててある。
エゾノーは真っ正面から全員でぶつかってくるチーム、という印象だった。
全道を轟かせる選手こそ居ないが、代打成功率が比較的高いのは、控え陣にも人材が揃っている、という事だろう。
打線で要注意なのは3番ライトの雨竜さんと、4番キャッチャーで主将も務める河東さん。
ふたりとも長打力があり、さすがのカナンもストレート一本で抑えるのは難しいだろう。
投手は3人で、完全な継投策を敷いている。
二年の山越さん、広尾さん、一年の駒場くん。
3人とも右投げで、山越さんと駒場くんがオーバースローの本格派、広尾さんが少し肘を下げたスリークオーター。
コントロールの良い山越さんが先発で、横の変化を得意とする広尾さんに繋げ、完全な力投型の駒場くんが試合を締める、というのが基本路線である。
先制されて追い掛ける展開が多く、それで勝ち残っているのは接戦に強い、という事である。
特にクローザー役の駒場くんが好調で、終盤までに点差を広げておくのが理想の展開、というのが事前ミーティングでの結論だった。
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昨日の放課後は時間に余裕もあったので、視聴覚室でリモートミーティングというヤツを初めて試みた。
それぞれの場所から全員が参加出来るという、連合チームにとっては目から鱗とも言うべき方法であった。
それにしても、マネージャーの奈月さんがエゾノーのデータをデジタル化して、バンバン端末に送ってきたのには驚いた。
『奈月さん、大丈夫ですか? 徹夜作業だったんじゃないですか?』
モニター越しでははっきりしないが、目の下に隈を作っているような気がする。
『大丈夫、大丈夫。ルイの面倒見るのに比べりゃあ、なんもでしょ』
――あ。そう言えばルイさんだけ居ない。
ルイさんの居るべき席には、クマの縫いぐるみが座っている。
『ルイさん、どーしたんですか?』
『いやー、カッコいいとか言われて調子に乗ってさあ。ふん縛って隅に転がしてある』
いったいどういう学校生活送ってるんだろう、ルイさん……
やはり疲れていたのか、奈月さんは移動のバスに揺られて間もなく、すうすうと寝息を立てて寝てしまった。
隣に座っていたルイさんが、自分のバッグからあまり綺麗でないタオルを取り出して、奈月さんの身体にそっと掛けていた。
準決勝第一試合は、北海堂が乱打戦を制した。
「決勝は北海堂か……相手にとって不足はねえ」
「何言ってんの。まずはこの試合に勝たなくちゃ意味ないっしょ」
「そだな――じゃあ気合い付けに、いっちょやるかぁ」
主将チュージさんの音頭で、球場入りの直前に円陣を組む事になった。
栗夕月奈の円陣は、まず背番号二ケタ、つまり控えのメンバーが、それぞれの高校の名前をテンポ良く叫んでいく。
「栗ッ!」と、まず恵沢さん。
「夕ッ!」これは森。
『月ッ!!』声を揃えて鈴野ちゃん堅田ちゃん。
「奈ッ!」と奈井江の町谷。
それに続いてチュージさんが声を出し、最後は全員で締める。
「俺たちは、ひとつだっ!」
『おうっ!』
「いっくぞお~~っ」
『おおーーっ!!』
この全員での円陣、何となくチュージさんらしいな、とカナは個人的に思っている。
派手な長打やファインプレーこそ少ないが、渋く堅実なプレーで人知れずチームに貢献する。
聞く処に依れば、冬はチュージさん、雪掻きのボランティアで夕張には欠かせない人材だそうだ。
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空は依然として厚い雲が覆ったままだが、天気は何とか保ってくれた。
試合開始。
後攻の栗夕月奈が、まず守備に就く。
カナンの立ち上がりはいつもの事ながら安定感抜群で、遠いレフトからカナは安堵の息を漏らす。
試運転とも言うべきストレートとカーブだけの配球で三振ふたつと内野ゴロの三者凡退に切って落とし、一回表、カナにとっては行って帰って来るだけの守備だった。
さあ、一回裏の攻撃だ。
エゾノーの先発は予想通り、エースの山越さん。
1番打者のカナが、左打席に向かう。
今日の攻撃にはテーマがあって、それは『速攻』だ。
エゾノーは多分、ピッチャーを3人とも使い切る継投策を、今日も採ってくるだろう。
悠長に構えて目が慣れるのを待っていたら、その頃には投手交代、また一からやり直しになってしまう。
従って今日は、好球必打。
貪欲にチャンスを掴み、貪欲に点を取って行く。
そういう方針だった。
さあて、どうしようかな。
カナは最近、試合での緊張感を楽しむようになっていた自分に気付き、少なからず驚いていた。
加南の頃には想像だにしなかった感情である。
香奈の強心臓がそうさせてくれるのかな、カナはクスリと笑ってフィールドを見つめる。
相手の守備位置をパパッと確認、内野は少し前めの中間守備。
そしてコントロールに自信のある山越さんなら、始めはゾーン内の良いコースにストレートを放って来るだろう。
それならば――初球から狙って行こう。
カナはいつものように、プリッとお尻を捻ってバットを構える。
初球、アウトローの厳しい処にストレートがズバッと来る――やっぱり山越さんは、良いピッチャーだ。
しかしそこは、カナがまさに、イメージしていた通りのコース。
カナは膝を曲げ、ボールが来る瞬間にバットを目の位置に寝かせる。
初球からセーフティバント。
これがカナの考えた、この打席で最も出塁する確率が高い方法だった。
コンッッ。
ボールをプッシュするようにバットを出し、ピッチャーとサードの間に転がす。
後は脇目も振らず、一塁に向かってダッシュだ。
判定はセーフ、カナ、バントヒット成功。
「やたっ」
伸び上がって一塁コーチのカバちゃんと、ささやかにグータッチ。
スタンドでは今日も、美香お姉ちゃんがチアガール姿で、カナの活躍に飛び跳ねていた。
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ノーアウト一塁、今日の2番は久しぶりにショートのタッキーだ。
ベンチからのサインは、送りバント。
早いカウントで盗塁を狙う手もあるが、キャッチャーの河東さんは肩が強いので、ここは確実に行こう、というわけだ。
でも盗塁以外にも、カナの足を活かせる方法はあるんだな。
タッキーとアイコンタクトを取ると、ポンポン、とヘルメットを二回叩いて応えてくれた。
ストレートを見逃しストライクからの二球め、カナは遅れ気味にスタートを切った。
やはりストレート、タッキーはバントの構えのまま、バットでボールの勢いを殺す。
バントエンドランだ。
ファースト檜山さんほぼ正面の、あまり良いバントではなかったが、この場合は転がしてくれさえすれば、それで充分。
檜山さんが捕球した時には、カナはベース手前まで来ていて、二塁はもう間に合わない。
一塁に向かって身体を向け、送球の体勢を取った――カナはその瞬間を待っていた。
スピードを緩めたかに見えたカナが、二塁ベースを蹴ると、再び三塁へ向かって猛ダッシュを始めた。
「みっつっ!!」
サードに投げろという河東さんの怒号が、グラウンドに響く。
ベースカバーの浦河さんはボールを受け捕るや否や、矢のようにボールを投げる。
低い体勢で滑り込む、カナ。
判定は――セーフ。
「ナイスラン、カナ」
「サンキュでっす」
三塁コーチャーのメグさんは、カナとグータッチするのにわざわざ屈んでくれた。
栗夕月奈、バントエンドラン、大成功。
ふたつのバントで、1アウト三塁と一気に先制のチャンスを作り上げた。
迎えるのは3番フクロー、ここからは栗夕月奈自慢の重量打線が待っている。
フクローは際どいコースをしっかり見送り四球、これで1アウト一三塁。
続くルイさんは、外角攻めを読んだのか、踏み込んで芸術的な流し打ちを見せた。
カキーン。
凄い勢いの打球がサード亀田くんの頭上を越していく。
タイムリー二塁打となり、カナは悠々と先制のホームを踏んだ。
その後、チュージさんの犠牲フライ、北野さんもライト前にタイムリーを放ち、一回裏、栗夕月奈は一気に3点を先制した。
「さあっ、しっかり守るぞっ!!」
チェンジとなり、意気揚々と守備に向かう栗夕月奈。
グラウンドに出たカナの高くない鼻先に、冷たいモノが落ちてきた。
「あ……雨……」
天気予報は当たってしまい、厚く立ち籠めた雲から、ポツリ、ポツリと雨が降り始めた。
覚え書き、エゾノーのメンバーです。
1(中)日高 2(二)浦河 3(右)雨竜
4(捕)河東 5(左)上川 6(三)亀田
7(一)檜山 8(投)山越 9(遊)空知
主な控え
広尾(投) 駒場(投) 虻田
一年は駒場と亀田、他は全員二年です。




