68. 空知支部予選・代表決定戦 (vs滝川北5)
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あと三つ。
あと三つアウトを取れば、全道大会に行ける。
このチームで、栗夕月奈で、菫さんたちと一緒に、まだまだ野球が出来る。
カナは多少身震いしながら、レフトへと駆けて行った。
走りながら、応援スタンドに居る美香お姉ちゃんの姿を、目で追っていく。
お姉ちゃんはカナをずっと見つめていたらしく、目が合うとにっこり笑って手を振ってくれた。
背後から、左肩にポン、と置かれた手があって、振り返るとセンターのスズだった。
「緊張してんじゃねえ……しっかり、守るぞ」
そう囁くスズも、声が震えている。
そだなぁ……こんな大一番の大詰めも大詰め、緊張するなと言う方がおかしい。
でもみんなと一緒なら、きっと乗り越えられる。
青臭いとみんな笑うかも知れないけど、そのために限られた時間を縫って、けして短くない距離を移動し、みんなで集まって練習してきたんだ。
すべては、今日という日のために。
「うん、そだね。しっかり守ろ」
カナは無理やり笑顔を作りながら、スズの背中をポン、と叩いて応えた。
一方カナンは、なかなかマウンドに上がって来なかった。
ベンチ前でフクローとふたり、グラブで口を隠しながら、何やら密談めいた様子で話し合っている。
さすがのカナンも、緊張してるのかな。
苦笑いしながら首を左右にコキ、コキと鳴らしたカナだったが、まさかこのふたりが、まったく別次元の事を考え、話し合っていたとは知る由もなかった。
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九回表、最終回。
滝川北の攻撃は、3番からの好打順となる。
カナンの投じた一球めを見て、カナの身体に緊張が走った。
「うわっ、甘いっ」
ストレート、ほぼド真ん中。
明らかなコントロールミスだ。
相手バッターも、まさかそんな処にボールがやって来るとは思わなかったのだろう、振り遅れた感じでファールになった。
おおー、危ない危ない。
ボールの球速が規格外だったから事無きを得たが、普通だったらホームランボールだ。
二球めもストレート、内角いっぱいに入って2ストライク。
そして三球め、やはりストレートが、またも内寄りだが少し甘いコースに入ってしまう。
「カナン、どーしたんだよぉ……」
八回までの快投とは、あまりにかけ離れたカナンの豹変振りに、カナは気が気ではない。
強豪滝北のクリーンアップを打つ選手は、当然そんなボールを見逃す筈がない。
カキーン。
大きなフライが、レフトのカナ目がけてやって来る。
こりゃ急がなくっちゃ。
一瞬の判断で打球の行方を察知し、後退を始めたカナだったが、球速に押されたのか打球が途中から失速してくる。
少々修正を加え、定位置より少し後ろめでキャッチ。
レフトフライ、1アウト。
絶好球を捉えきれなかった感があるのだろう、打ち捕られたバッターは凄く悔しそうだった。
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勝呂さんに対しては、初球だった。
ストレート。
外角高め、勝呂さんが得意としているコースにズバンと投げてきたのを、バットが捉えた。
カキーン。
鋭い快音を響かせて、大飛球が右中間へ。
ルイさんとスズが背走して打球を追い掛け、カナは三塁のバックアップに走る。
遥か遠くの外野では、ルイさんが背中を向けて立ち止まり、打球を見上げていた。
ボールはフェンスを越え、右中間の芝生にバウンドする。
勝呂さん、土壇場でのソロホームラン。
これで3対1と、栗夕月奈のリードは2点になった。
「カナン、どした? 大丈夫かい?」
カナと同じく三塁バックアップに走ってきていたカナンを呼び止め、声を掛ける。
浮き足立っているのだったら、カナだって微力ながら何とかしたい。
だが案に相違して、カナンはケロッとした表情で、あまつさえ舌までチロッと出していた。
「ああ、打たれちまったな――でも今のホームラン、少し詰まってなかったかい?」
そんな事言ってる場合かい……とツッコミを入れそうになったが、まったく気負いのなさそうなカナンの顔を見ていると、そんな気も失せた。
「詰まらしても勝呂さんくらいパワーあると、フェンス越えちまうんだな……」
のんきに呟くカナンときたら、まるで他人事みたいな口振りだ。
「――とにかくあとふたつだ。カナン、けっぱれ」
「ああ」
グラブでカナの肩をポン、と叩いたカナンは、颯爽とマウンドまで駆けて行った。
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ホームランで目が覚めたのか、次の打者に対するカナンの投球は、見事だった。
高速スライダーで空振りを奪い、ストレートで追い込むと、再び高速スライダー。
相手としてはバットを出さざるを得ない――何と言っても途中まではストレートと同じ軌道なのだから、見送れば三振と思ってしまう。
しかしベース手前で鋭く曲がっていくボールに、バットがついて行けない。
空振り三振、これで本日10個めの二桁に乗せた。
2アウト、あとひとり。
遠く栗夕月奈ベンチを見れば、いつ飛び出しても良いように、控えのみんなが待ち構えている。
ブルペンにはマッチーとキョロちゃんが居るには居るが、既に投球を止めて、ふたりとも試合を見つめていた。
さあ、こっちも集中だ。
最後のバッターは必ず抑えると言わんばかりに、カナンのストレートは、なかなか気合いが入っていた。
ストレートだけで2ストライクと追い込み、三球勝負のストレートをファールされると、決め球はカーブで体勢を崩しに掛かった。しかもぎりぎりボール球になりそうな、際どいコース。
思わず感心してしまうクレバーな投球術で、さっきの乱調は何だったの、と言いたくなる。
完全に打ち捕った当たりはサードゴロとなり、主将のチュージさんが慎重に腰を落として捕球し、これまた慎重に一塁へ向かってスローする。
アウト、ゲームセット。
この瞬間、栗夕月奈の空知支部代表が決まった。
試合終了と同時に、ベンチやブルペンに居た控えのメンバーが、一斉にマウンドに駆け寄ってくる。
その様子を見て、カナの顔も自然にほころんでくる。
外野手三人がマウンドまで戻って来た時には、カナンはチームメイトたちに揉みくちゃにされながら、何とも照れ臭そうな顔で笑っていた。
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滝北の人たちからは、全道頑張ってくださいと、何度も爽やかに挨拶された。
球場の外では四人の監督を始め、誰もが笑顔で出迎えてくれ、甲子園行っちゃえ、目指せ優勝と手放しで励まされた。
約三週後の十月半ばに、札幌の円山球場で秋季北海道大会が開催される。
優勝校はほぼ無条件で、神宮の杜野球大会、そして春のセンバツ甲子園への出場が確約される。
そしてそこには、滝川北やアンビシャス国際どころでは無い、カナたちにとっては未知の強豪校が待ち構えている。
九回表の乱調についてカナンから真相を聞かされたのは、すべてが終わった後。
つまりバスで栗高まで戻り、後片付けをして、カナン、フクローと三人並んで家路につく最中だった。
「カナにはほんとの事、話しとこうと思うんだ――いいか? フクロー」
カナンは、そう切り出してきた。
「……他言無用だぞ」
少しの沈黙があって、いつになく真面目な顔でフクローが応える。
カナンたちが打ち明けてきた話は、確かにみんなに知れたら物議を醸しそうな内容だった。
何とこのふたり、カナも緊張していた大事な試合の大詰めで、カナンのストレートが滝北のクリーンアップにどこまで通用するか、試していたというのだ。
「ひとりひとりのデータは掴んでたからさ、来ると分かっているストレート一本、しかもバッターの得意コースに放って、打ち捕れるかどうか測ってたわけ。ヒット一本打たれたら終了する、という条件でな」
「勝呂さんクラスだと打たれちまったなぁ。しかもホームラン」
「ああ、木製バットなら普通の外野フライだったかも、だけど――」
「残念ながら試合で使うのは、金属バットだ」
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ふたりの話を、半ば呆然と聞いていたカナだったが、やがて口を開いた。
「言っちゃうと、さ。滝北の人たちを実験台に使ってた、て事っしょ」
「ああ、そうなるな」
「勝呂さんソレ聞いたら、怒るだろうなあ……大体相手に対して、失礼じゃないかい?」
「そんな綺麗事、言ってらんねーのさ」
フクローが珍しく、強い口調で言い放つ。
「全道でこれから対戦するのは、半端じゃねえ強豪校ばっかだ。勝呂さんクラスの強打者なら、ゴロゴロ居ると思っても良いくらいさ。そのための経験と、データが欲しかった」
何てこった。
代表決定戦の最終盤、カナが勝てるかどうかドキドキしていた時に、このふたりは既に次を見据えて、全道を如何に戦うか考えていたわけだ。
北海道にも南北問題というヤツがあって、最も顕著なのは札幌周辺とそれ以外の経済格差だが、高校野球においても例外ではなく、南北の代表で大きな実績差がある。
夏の大会が南北に分かれてから、北北海道の代表は夏の大会が60年間で18勝、ベスト8が一度あるきり。
春は廃校となった真駒大岩見沢のベスト4が最高。
対して南側は、全国優勝を果たした真駒大苫小牧、準優勝を始め春夏合わせて50回出場の北海堂、大谷札幌に照北に海東大四高と、綺羅星のごとき強豪校がひしめいている。
「なあカナ。俺たちには、なんもかもが足んねえんだ」
カナンが静かに、カナに向かって視線を落としてきた。
「設備も無ければ、全員揃って練習出来る時間も無い。練習試合もなかなか組めねえから、試合経験だって圧倒的に少ないのさ」
「そだね。そしてお金もない」
カナは思わずため息を吐いた。
少なくとも、やれ遠征だ合宿だと野球に没頭出来るような経済力は、間柴の家には無い。
「ああ、そだな――金が無くて竹バットで試合に出てる高校球児って、全国広しといえどもカナくらいだろう、なぁ……」




