表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/184

67. 空知支部予選・代表決定戦 (vs滝川北4)


 カナが一塁に到達すると、ファーストを守る滝北の4番、勝呂さんから声が掛かった。

「間柴さん、大丈夫だったかい? 悪ぃね、痛い思いさして」

「あはは、なんもですぅ」


 何故だろう、カナになってから敵味方関係なく、みんなが優しくしてくれる。

 カナがちいさな女の子なので、庇護欲を掻き立てるのだろうか。

 ――少なくとも大男だった加南の頃は、そういう事はなかったな。


 プレー再開。

 六回裏、1対0で栗夕月奈リード、ノーアウト一塁。


 この度のデッドボールで、本当に痛かったのは、滝北の方である。

 菫さんのファインプレーで絶好のチャンスを潰された直後に、先頭バッターが出塁。

 おまけにそのランナーが、チーム一の走塁技術を誇る、カナだ――自分でそんな事言うのは、ちょっと照れ臭いけど。


 マウンドの大場さんはクイックが巧く、盗塁するのはゆるくない。

 しかしカナがプレッシャーを掛け続ければ、大場さんの大きな武器である、変幻自在の投球フォームを封じられる。

 カナの盗塁を警戒するなら、自然と最速のクイックで投げなければならないからだ。


 栗夕月奈ベンチは、1点を取りに行く方針で指示を出してきた。

 2番のタッキーはまたも送りバントの構えだ。


 滝北バッテリーは、やたらあっさりとタッキーにバントさせた。

 初球、巧みなクイックで、はっきり分かるゾーン内にカットボール。

 一塁前に転がしたバントを捕った勝呂さんは、チラとランナーのカナを見ただけで、迷わず一塁に送球した。


 1アウト二塁でフクローの打席。

 これは一回裏と同じ局面だが、あの時とは事情がまるで違う。

 回も深まった僅差の試合、ここで点が入るか入らないかが、勝負の行方に大きく関わってくるだろう。


 その証拠に滝北の外野陣はバックホーム態勢の前進守備。

 ワンヒットではカナを本塁に還さない、という決意の表れだ。

 タッキーにバントさせたのもカナの盗塁リスクと天秤に掛けて、1アウト増やす方を敢えて選んだような気もする。


 とにかく、ここが正念場である。


 打席に立つのは、クールな栗夕月奈の頭脳、フクロー。

 片やマウンドで滅多に笑わない、技巧派ピッチャーの大場さん。

 ふたりの対決は静かで、しかしピンと張り詰めた緊張感に溢れていた。


 カナを牽制しながら、相変わらず巧みなクイックで投げ込む大場さん。

 投球モーションの微調整によるタイミング外しが出来ない分、厳しいコースと多彩な球種で勝負しているようだった。


 しかしフクローも栗夕月奈の正捕手を任されている選手である。

 配球を読んでいるかのようにバットを合わせ、食らい付いていく。


 2ボール2ストライクから三球ファールが続き、大場さんが額の汗を拭った。

 そしてフクローの粘りで、大場さんのフォームにわずかな隙が生じてきたのを、カナは見逃さなかった。


 八球め。

 チラ、とカナを見ただけで大場さんが投球動作に入ろうとしたのを見届け、思い切って大きなリードを取る。

 セットポジションからぴくり、と右腕が動いた瞬間、カナは三塁に向かってスタートを切った。


 大場さんは、もう後戻りが利かない。

 投げたツーシームが低めに外れ、ボール。

 カナは、ベースカバーに入ったサードの少し後方を狙って、スライディングを仕掛ける――そうする事で、捕球したサードはいわゆる追いタッチの形になる、という狙いだ。

 地を這うような低いスライディングに、サードのタッチは空を切った。


 セーフ。

 一瞬の隙を衝いたカナの三盗、成功。


 結局フクローは、十球めのスライダーを見送り、四球を選ぶ。

 1アウト一三塁で4番のルイさんを迎えるという、奇しくも六回表滝北の攻撃と同じシチュエーションとなった。




 滝川北の取ったタイムが終わり、マウンドに集まっていた内野手がグラウンドに散っていく。

 頼れる4番のルイさんが、元気に左打席に入って来た。


 ルイさんは、身長172cmと野球選手にしては小柄ながら、全身がバネのような、身体能力の塊だ。

 配球をきっちり読む理論型のフクローに対して、ルイさんは来たボールを打つ、完全な天才型。

 アンビシャスのトムさんのように持ち球の球種が少ないピッチャーには、決め球をじっと狙うようなハンター的性格も併せ持つ。


 そして類い稀なバッティングセンスと確かな技術、そして思い切りの良さとパンチ力、すべてを兼ね備えていた。


 そんなルイさんが、連合チーム初の全道大会出場を目前にしたこの大チャンス、燃えない筈がなかった。

「おぎゃあああっ!!!」

 謎の叫び声を上げながら、ルイさんがバットを高く掲げる。

 スタンドから流れてくるのは、フロンティアーズファンならお馴染みのチャンス曲『北の国から』のテーマソングだ。


 相手ピッチャーの大場さんはおそらく、ルイさんから空振りを奪うボールを持っていない。

 となると考えられるのが、低めに投げ続けて内野ゴロを打たせ、併殺を狙うつもりだろう。

 一方ルイさんの狙いは、最低限でも外野に打球を飛ばす事だ。

 カナが三塁まで進んだ事で、犠牲フライでも得点が可能になった。


 大場さんは低めの制球を続け、最悪四球の満塁策でもOK。

 ルイさんはといえば、高めに浮いた球を見逃さず打てば、ひとまずミッション成功。

 この勝負、大場さんとルイさんの我慢比べでもある。


 しかしカナが三塁に進んだ時点で、得点機は確かに広がったが、これ以上カナの盗塁に神経を尖らせる必要はなくなった。

 クイック縛りの魔法は、カナの三盗で既に解けてしまっている。

 大場さんは変幻自在のフォームを復活させ、ルイさんに揺さぶりを掛けてくるだろう。


 初球、二球めと予想通り、大場さんは低めに投げて来た。

 二球めのファーストストライクを、ルイさんはタイミングを計るように、しかしボールと盛大に離れた位置で豪快に空振りした。

 多分わざと空振りしているんだろうが、この感覚はカナの理解の範囲外である。


 三球め、リリースポイントを遅らせたスローカーブが、低めいっぱいに決まる――カナが二塁にいた時には、けして投げなかったボールだ。

 ルイさんは見送り、これで1ボール2ストライク。


 四球め、ボールが高めに浮いたと思ったら、胸元を抉るようなスライダーだった。

 見送ればボールだったのだろうが、やはり高めを狙っていたと見え、バットを止めたルイさんがカットで切り抜ける。ファール。

 ――うわあ、やっぱ凄いコントロールだな、大場さん。


 となると五球めはアウトロー、きっと落ちる系の変化球だ。

 滝北バッテリーが選択したのは大きく落ちるカーブ、リリースも微妙に変えている。

 タイミングを外しに外してあわよくば空振りも狙ったのだろうが、ここはルイさんも流石で、ほとんど動きなく見送る。ボール。


 スタンドから流れる曲はルイさん専用応援歌『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』に変わっていた。


 六球め。

 渾身のクイックで投げた速いボールは、低めギリギリいっぱいのストレート――かと思ったら、ホーム手前で鋭く落ちてきた。

 ツーシームだ。


 ルイさんのバットが一閃した。

 トンデモなく極端なアッパースイングだ。


 カキーン。

 打球は市営球場の大空に、高く高く舞い上がった。


「ライトッ!」

 カナだったら内野フライの角度なのに、前進守備を敷いていたライトが、少しずつ後ずさりしている。

 ボールはまだ、落ちてこない。


 タッチアップの体勢に入ったカナは、三塁コーチの恵沢さんと目が合う。

 恵沢さんの顔が『行け』と物語っていて、カナは大きく肯き、打球の行方を見守る。


 滝北のライトは今や、定位置より少し後ろまで下がっている。

 おそらく助走をつけて捕球し、真っ直ぐホームへ返球するつもりだろう。

 ライトの肩とカナの足の勝負だ。


 ようやくボールが落ちてきて、ダッシュしたライトが捕球したのは、定位置よりやや前めだった。

「ゴー!」

 恵沢さんの声を背後に聞きつつ、カナがスタートを切る。


 加速に加速を続け、ホームまで一直線だ。

 ホームを守るキャッチャーが、捕球体勢に入ったのが分かった。

 カナはベース手前で身を屈めて、少し外に膨らむようにして頭から飛び込んで行った。


 ちいさなカナのヘッドスライディングは、他の選手に比べても相当に低い。

 キャッチャーが捕球し、振り返ってタッチに入ろうとする前に、その足元をくぐり抜けて、カナの左手がホームベースに届いた。

 セーフ、ホームイン。


 ルイさんが放った常識外れのライトフライは犠牲フライとなり、栗夕月奈は貴重な2点めを手に入れた。




 試合の流れは、確実に栗夕月奈の方にやって来たようだった。

 カキーン。

 七回裏、7番カナンのバットが、とうとう大場さんのボールを捉える。


 カナンのパワーなら、ジャストミートさえすれば打球は飛んで行く。

 レストスタンド中段に、文句なしの飛距離でボールが突き刺さった。


「こりゃもう、天性のホームランバッターてヤツだな。カナンがこんななるなんて、少しは思ってたけど、予想を一万倍くらい上回ってるっしょ」

 ベンチの中でひとしきり大騒ぎした後、フクローが頬を上気させながら呟いた。

 札幌の私立に行ってもおかしくない学力と経済力なのに、カナンと野球をしたいという理由で栗川にわざわざ残ったフクローである。

「信じるって、大事だな」

 誰に話すともなく、フクローがそっと眼を閉じた。


 カナンのソロホームランで3対0。

 金属バットの高校野球ではまだ分からないが、残り二回、こちらに勝利をグッと引き寄せる一打になりそうであった。


 そして試合は3対0で九回表、滝川北の攻撃となる。


 あとアウトみっつで、空知支部予選優勝、全道大会出場だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ