64. 空知支部予選・代表決定戦 (vs滝川北)
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代表決定戦の日、カナは早朝にバチッと目が覚めた。
――まだ、朝の五時だ。
今日の試合は午後からなので、そこまで早起きする必要は、本来はない。
そう思って布団を被り直し、もう少しうとうとしようと眼を閉じてみたが案の定、眠れはしなかった。
既に程よい緊張感があって、感覚が研ぎ澄まされている。
ある意味その感覚は心地良かったが、今から気を張っていても仕方ないので、意識レベルを少し落としてみようと努力した。
布団の中で、昨日の事を反芻している。
アンビシャスとの激闘の後、カナたちは球場のスタンドで、滝川北の三回戦を観戦した。
強いという事は、こういう事かと実感させられた。
点を取れる時には確実に取り、余分な失点をしない。
そうした意識がチームの根底に流れていた。
スコアこそ5対2だったが、滝北が試合を終始支配し、実力校の深川南を降した。
で――マイクロバスの中で試合のビデオを観ながら全員で反省会をし、ああだこうだ言い合いながらカナンとフクローと一緒に帰路に就き、フロンティアーズの試合をテレビで観ながら夕食を食べた……その辺りから、記憶に靄が掛かっている。
カナの認識では、そこからずっと寝ていたような気がしてならない。
髪の毛はベト付いてないし、身体に不快感もないので、風呂には入ったようだ。
ふと違和感を覚え、変な意味ではなくパジャマのズボンに手を突っ込む。
あ……パンツ穿き忘れてら。
カナ、どんだけ寝ぼけてたんだろ。
委細については、朝食の席で家族のみんなから聞かされた。
すっかり体力を使い果たしたカナは、夕飯を食べながら舟を漕ぎ始め、見かねた美香お姉ちゃんが夢うつつのカナに歯を磨かせ、風呂に入らせ、髪を乾かしてパジャマを着せ、布団に寝かせてくれたそうだ。
そうだったんだ――ずいぶん、たいぎ(=面倒)させちゃったな。
さっき鏡で見たら首筋にキスマークみたいな痣があったが、不問にしておこう。
「お姉ちゃん、どうもありがとう」
「なんもだ、カナをいじくり回ささってありがとう言われるなんて、夢みたいさ」
にっこり微笑む美香お姉ちゃんは、心なしか頬がつやつやしていた。
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カナたちを乗せたマイクロバスは、岩見沢で月商のメンバーを乗せた後、奈井江へ向かう。
奈高でマッチーたちと合流し、全員で試合前の決起集会をするためだった。
昼過ぎの試合に備えて、軽い栄養補給とウォーミングアップも行う。
ベンチ前で車座になった選手たちに、ぬっと佐内監督が顔を出した。
「今までに滝北と戦った事のあるヤツ、手ぇ挙げてみれ」
二年男子の全員と、カナを除いた栗高一年が手を挙げる。
参加校が12~3校と少ないので、組み合わせの加減で、どうしたって一度か二度は対戦の経験がある。
「いいか、今までの事はぜーんぶ忘れろ。滝北はもう、特別なチームじゃねえ。お前らなら、勝てるさ」
珍しく静かに語りかけてくる監督に、誰もが静かに声を漏らして肯いた。
「臆するな。その気のねえヤツに、勝利はやって来ねえ」
「はいっ」
「出せる力、思いっっ切り、出してこいっ」
「はいっ!」
そしてみんなで立ち上がると、チュージさんの音頭で円陣を組んだ。
空知支部予選、いよいよ大詰めである。
野球部の部員減は全国でも問題になっているが、ここ空知管内では、ベンチ入りの18人を越える部員数を抱える高校は、参加12校中、わずか3校しかない。
三年部員の引退により、秋季では一年と二年しか居ない、という事情もある。
滝川北はその中でも部員数が群を抜いていて、一年と二年だけで何と40人も居る。
市営球場に滝北の選手たちが登場すると、満員の観衆から大きな声援と拍手が送られた。
さすが地元だけあって、凄い人気である。
「ちょっとこれは……アウェイぽくね?」
カナンが悪戯っぽく、カナに耳打ちしてくる。
「んー、そだねぇ」
カナも努めて呑気に応答した。
滝川北のユニフォームは少し独特な配色で、『滝北ブルー』と呼ばれる空色の上下に、濃い青紫の帽子とアンダー、ソックス。
このユニフォームに憧れて入部する生徒も多い、と聞く。
いつもは、これを見ただけで敗戦を覚悟したモノだったが、今はもう違う。
前もって行われたミーティングでも願望などではなく、単純な力と力のぶつかり合いなら栗夕月奈に分があると思われ、しかし滝北は経験豊富なので、揺さぶりに浮き足立たないよう注意、という分析だった。
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予想通り両校ともエースピッチャーの先発、先攻は滝川北。
試合前の整列と礼を終え、レフトの守備位置に向かいながらカナは、チラと栗夕月奈の応援スタンドを見遣る。
代表決定戦、空知での実質的な決勝戦だけあって、スタンドもほぼ満員だ。
美香お姉ちゃん、今日だけは応援に来るって言ってたけどな……試合観てから栗高に戻って、少しだけ弓を引くんだ、て言ってた。
お姉ちゃん、居た。スタンドの中段辺り。
一瞬だが眼が合って、お姉ちゃん手を振っている。
カナも少しだけ右手を挙げてソレに応え、レフトまで駆けて行った。
プレイボール。
滝北の1番打者は初球からセーフティバントの構えを見せたが結局見送り、ストライク。
早くも揺さぶりを掛けてきた。
少し驚いたのが、2ストライクと追い込まれてから、再びセーフティバントを繰り出した事だった。
しかしカナンのストレートに押される恰好となり、ファールゾーンに転がっていく。
スリーバント失敗、アウト。
――意表を突くには、2ストライクからのバントも有りなんだけど、ファールになっちゃあ、ねぇ……
バントの得意なカナは、遠く外野から一連の動きを見守っている。
そしてほんとに驚いたのが、次の2番打者だった。
なんとふたり続けて、2ストライクからのセーフティバント敢行である。
バントがいい処に転がってしまったのと、ふたり連続、しかも2ストライクからとは思ってもいなかったので、すっかり虚を突かれて内野安打となってしまった。
――という事は、コレってまさか、1番打者から繋がった布石だったんかなぁ……
名門校の底の知れなさに背筋が寒くなり、カナは思わずプルプルッと身を震わせた。
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春季大会での滝北は、こういう場面ですかさず走ってきた。
あの時はカナンの経験が浅すぎて隙があり過ぎたので、当然の作戦だった。
しかし、今は違う。
経験も練習も積んだカナンは、クイックモーションもお手のモノだった。
それでもランナーはリードを大きく取り、すっかり巧くなったカナンの牽制にも怯まない。
そして3番打者の三球め、滝北が動いた。
一塁走者がスタートを切り、バッターが外のストレートにバットを合わせていく。
ランエンドヒットだ。
ショートのタッキーが二塁のベースカバーに向かう。
叩きつけるようにして打った打球は緩いセカンドゴロとなった。
菫さんがダッシュで駆けつけ、綺麗なランニングスローを見せる。
一塁アウト。
キャッチしたファーストの北野さんは、二塁ランナーが飛び出しているのを見るや、すかさず二塁に送球した。
慌てて帰塁するランナー、惜しくもセーフ。
守備しているみんなの動きが、非常に良い。
そしてカナンの高速スライダーは、今日も初回から冴え渡った。
追い込んでからの四球め、滝北4番の勝呂さんのバットが空を切り、空振り三振。
ランナーを出しはしたが、滝北に思うようなバッティングをさせず、カナンの立ち上がりは無失点だった。
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一回裏、栗夕月奈のトップバッターは、もちろんカナである。
滝北のエース、大場さん。
カナが最も結婚してはいけない苗字の人――フルネームが『大バカな』になるから――であるが、この場面ではまったく関係ない話だった。
大場さんは右のオーバースロー。
ストレートは130km/h後半とそれなりだが、カーブにスライダー、カットボール、ツーシームと多彩な変化球が持ち味の技巧派である。
タイミングやコースを微妙に狂わせるボールが多いので、そこは要注意。
しかしここ最近は、ルイさんとの特訓の成果で、変化球打ちには自信を持ちつつあるカナである。
わりと楽しみにしながら、お尻をプリッと大場さんに向け、バットを構えた。
1番打者の役目のひとつは、相手ピッチャーにたくさんボールを投げさせる事。
ピッチャーの調子やら変化球のキレやら、情報を可能な限り引き出していく。
ストレート、カットボール、ストレートと来た。
これで1ボール2ストライク。
どうやらカナには速いボールで勝負していくのが、相手バッテリーの方針らしい。
四球めも鋭く落ちる速い球で、カナは素早いスイングで対応する。
少しタイミングが早かったのか、ライナー性の打球が一塁線に切れていった。
ファールとなったが、カナはその手応えに少々驚いていた。
振り遅れてない。
それどころか、予想以上に打球が鋭く伸びてくれている。
昨日、トムさんの重いストレートを散々見させられたせいかな――少しだけ自信を付けつつ、バットを構える。
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釣り球の五球めを見送って、六球めは果たして外いっぱいのストレートだった。
カナのスイングはスムーズだった。
コーン、手応えあり。
鋭いライナーがサードの頭上を越す。
わずかにドライヴの掛かった打球は、ファールゾーンぎりぎりに落ちた。
「あー」
惜しい、という言葉を済んでの処で飲み込む。
勝負はまだ、終わっていない。集中だ。
七球め、相手はどう出るかな――カナは目まぐるしく考えを巡らせる。
ストレートにタイミングの合っている処を見せたので、緩急をつけて来る事も考えられた。
大場さんが投球モーションに入る。
リリースのポイントを変えたのが、遠目からでも分かった。
ここで来たのはカーブ、初めて緩い系の変化球だ。
咄嗟にカナの身体が動いた。
バントの構えをすかさず取り、ボールを引き付けて三塁方向へプッシュする。
先ほどの良い当たりで前進守備を解いていたサードが、慌てて前進してきた。
昨日のセーフティ失敗を何度も観返していたカナである。
これならボールが飛びすぎる事もなく、ファールにもならないだろう。
果たして滝北のサードはボールを捕っただけで、一塁への送球を諦めた。
カナ、三塁前のバントヒット。
常識外れの2ストライクからのセーフティバントは、元来カナの最も得意とする分野である。
滝北との小技合戦は、取りあえずカナが一本取った恰好になった。
モデルになった栗高の二回戦は、強豪滝川西と。
7回コールドではありましたが、3対10は善戦と言って良いかと思います。
代表決定戦では道立滝川が西高を5対3で破りました。
ここでは名前をチラとも出してませんが、道立滝川も結構強いです(汗
もう1校の代表枠はクラーク国際が順当勝ちだったようです。




