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63. 空知支部予選・三回戦 (vsアンビシャス国際3)


「先取点ありがとな、カナ」

「なんもだぁ。けっぱれ、カナン」

 一回裏。

 カナンはカナと拳をコツンと合わせてから、マウンドに向かって行った。


 カナは、カナンのそんな後ろ姿を見送りつつ、レフトの守備位置へ向かった。

 身体が入れ替わってから、さらにひと周り逞しくなったカナンの背中は、ちいさなカナの目を通すと、やっぱり広くて大きい。

 そしてソレは、かつて自分のモノだったとは思えないほど、途轍もなく頼もしく感じられた。


 注目の立ち上がり、カナンは予想通りに上々のピッチングを見せた。

 投球フォームが元々安定しているカナンは、好不調の波が少ないのが特徴であり、強みである。

 アンビシャスの強力打線を相手に、わずか11球で三者凡退に切って落とす。


 先取点を獲られたもののトムさんも尻上がりに調子を上げ、試合は投手戦の様相を呈してきた。


 二回裏ノーアウト、トムさんとカナンの初対決は、決め球の高速スライダーが見事に決まり、空振り三振を奪う。

 三回表1アウト、カナの第二打席は徹底して外を攻められた。

 なるべく緩い当たりで内野安打を狙ったが、ショートの好守でアウトになった。


 スミ1のゼロ行進が続く。


 カナの三打席めは、六回表の先頭バッター。

 初球のストレートに、狙い澄ましたセーフティバントを繰り出す。


 意表を突いた――筈だった。

 しかしトムさんの反応が思いのほか良かったらしく、カナが一塁に到達する直前で、ボールがやって来た。


 アウト、残念。奇襲失敗。

 トムさんのストレートが重かったせいで、バントが飛び過ぎたのかな……

 今となっては、試合後のビデオで確認するしかないだろう。




 トムさんもなかなかだったが、カナンのピッチングは輪をかけて凄かった。

 この試合で満を持して解禁した、高速スライダー。

 このボールに対して、アンビシャスのバッターが面白いようにくるくると空振りする。


 カナンの高速スライダーが凄いのは、途中まではストレートと、ほとんど投げ方も軌道も変わらない事だ。

 一、二回戦と、カナンはほとんど高速スライダーを投げてこなかった。

 アンビシャス打線がいくら横の変化に強いからって、あんなの初めて見せられたら、堪ったモンじゃないだろうな。




 1対0のままスコアは変わらず、試合は七回裏の終盤に入る。

 ここまでのカナンは被安打2の1四球で、アンビシャスに三塁を踏ませていない。


 先頭打者は、4番のトムさん。

 前の打席ではカナンのスライダーを見極める感じで、唯一の四球を選んでいたので、不気味な存在である。

 そしてその予感は、当たった。




 カキーン。

 外めのストレートをジャストミートした当たりは、大飛球となってレフトに飛んで来た。


 これは、大きい。

 カナは落下点に向かって、一直線に背走した。


 フェンスが見えてきた――いや、まだ後ろだ。

 火事場のなんとやらで、カナはフェンスの壁を蹴り、右手で金網をガッと掴み、全力疾走の勢いそのままによじ登り、振り返る。

 そして向かって来たボールに対して、懸命にグラブを伸ばした。


「うっ」

 バシーン、と大飛球の衝撃が、短い左腕一本に掛かってきて、折れるかとまで一瞬思った。

「とととっ」

 打球の勢いは止まらず、そのまま身体ごとフェンスの向こうへ持って行かれそうになり、フェンスの網に両足を引っ掛けて、歯を食いしばりながら堪えきった。


 そしてフェンスに登ったまま、ボールを入れたグラブを高く掲げ、安堵の笑顔を思わず漏らした。


「アウトォっ!!」

 審判の声が、静まり返った球場にこだまする。


 しばらくは誰もが無言だったが、やがて地鳴りでもしたかのような凄まじい歓声が、球場に響き渡った。

 カナ、完全なホームランボールをキャッチする、超絶ファインプレー。


「カナお前、とんでもねーなー」

 駆けつけて来ていたセンターのスズが、カナを見上げて祝福する。


「うん、夢中でやった……もいちど同じことやれ、つわれても、出来ないっしょ」

 フェンスの金網にしっかりとしがみ付いたまま、カナが応える。

 ほんとに、無我夢中だった。

 どうやってフェンスに登ったのかさえ、よく覚えていない。


 フェンスの上から、改めて球場の空を見上げる。

 綺麗な秋晴れだ――身体が入れ替わって身長が40cm以上も縮んだカナだが、今の場所ならカナンよりも高く、その分だけ空に近い。


 そして下を見ると……カナ、いつの間にこんな高いとこ、登ったんだべ?

 フェンスの壁ときたら、1mは優に越えている。

 カナの体格を考えると、あれほど一気に登れたのは奇跡としか言いようがなかった。


「どした? カナ、降りてこいよ」

 フェンスの金網にしがみ付いて離れないカナに、スズが怪訝そうな顔をする。

「お前、登ったは良いけど、高いとこおっかなくて、降りらんねえか?」


「いやその、なんもだ、ちょっと足元が悪くてさぁ……降りるの、手伝って」

「――おっかねえんだな?」

「うん」


「やれやれ、凄えんだか違うんだか、良く分かんねえな、カナは」

 スズは苦笑しながら首を振り、グラブを外して両手を広げた。

「仕方ねえ、俺が受け止めてやるから、カナは飛び降りれ」


「ありがとね、スズ」

 カナはボールの入ったグラブを外して足元に置くと、フェンスを蹴ってスズの胸に飛び込んで行った。




 チェンジになりベンチに戻ったカナを、誰もが笑顔で出迎えた。

 カナンに到っては、最敬礼だ。

「何から何まで感謝するよ――カナ」

「なんも、感謝はお互い様さぁ」


 カナンの感謝には、きっといろんなモノが詰まっているんだろう。

 カナのカナンに対する気持ちが、ちょうどそうであるかのように。


「香奈ちゃーん」

「何なのあんた、凄い子だよぉ」

 菫さん、奈月さんには、サンドイッチで抱きしめられた。


「いやーっ、香奈ちゃん、よくあんな高いとこ、一瞬で登れたよねー」

「まるでリスか、仔ネコっしょ」

 褒められるのはやぶさかでないが、例えが全部小動物なのは、どういう事だろう。




 カナンは八回裏、九回裏と渾身のピッチングで、初回の1点を守り通した。

 最終回、2アウト一塁、最後のバッターはトムさん。

 本日最速の150km/hのストレートがズバンと決まり、周囲からどよめきが起きる。

 そしてレフトの守備位置から見てもはっきりと分かる、最高のキレを持った高速スライダーに、トムさんのバットが空を切った。


 ゲームセット。

 1対0、栗夕月奈の勝利、代表決定戦進出。

 息詰まるような投手戦は、スミ1で決着がついた。


 試合後の礼をして、わざわざ列を乱してカナに握手を求めてきたのは、トムさんだった。

「たいがな(=すごい・熊本弁)スーパープレー見させられたわ。ホームラン1本、損した」

「ふえっ、へはぁ」

 ――こういう時、何と応えたモノか困ってしまう。


 握手を交わしたトムさんの手はゴツゴツしていて、カナンと同じくらい大きかった。

「こぎゃん、ちびんちゃい(=こんな小さな・熊本弁)手でなぁ……間柴さんは、凄か選手たい」

 標準語しゃべってほしいなあ、とは思うが、トムさんの厚意は充分に伝わってくる。


「あのっ、対戦ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 太い声でそう言うと、トムさんは爽やかに笑った。


最後の『標準語で……』は道民あるあるで、ブチ込んでみたいネタでした。

北海道の多くの人は、北海道には方言がない、自分は標準語を喋っていると思い込んでいます。


日本各地から人が集まっていたので、道内でも地域が違うと微妙に言葉が違うので、自称標準語でコミュニケーションを取る必要があったんですね。

確かに綺麗なイントネーションで話すんですが、微妙に手袋は『履く』し、『こわい』や『じょっぴんかる』など、北海道弁がそこここに顔を出します。


漫画『銀の匙』でも『あずましくねえ、標準語しゃべれや』という一節が出てきて、ああ、今でもそーなんだとニヤニヤさせてもらいました(駒場が野球の試合している場面です)。


熊本弁ネタでは『けいたいたい(携帯たい)』が心に刺さりましたw

例文のいちばん上に持って来るという事は……きっと人口に膾炙しているのでありましょう。

あとは熊本の人が標準語だと勘違いしている『あとぜき』ですかね。

これは実は、非常に便利な言葉なんです。開けたら閉めなさい、て意味ですから。

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