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6. カナンが起こした奇跡


 カナンの投じた一球に、野球部全員が騒然となった。

「おいっ、カナン! 今のボール、何だっ?!!」

「スピードガン持って来いっ! スピードガンッ!!」


 もう一度振りかぶって、カナンが投げる。

 腰の入った、そして腕の撓りも完璧な、綺麗なフォームだ。


 バシーーン。


 ボールはフクローのミットが構えた真ん中高めに、もの凄い音を立てて飛び込んできた。

 スピードガンを構えた三年副主将の石井さんが、表示を見ながら思いっ切り眉を吊り上げている。


「石井っ、何キロだっ?!」

 広田主将の声が響く。

「石井さんっ」

「石井さんっ!!」


 信じられないような顔で首を激しく振りながら、石井さんの口がようやく開いた。

「ひゃく……152キロだってよぉ……」


 その数字に部員たちから、うぉー、と一斉に叫び声が上がる。

 そしてフクローを含め、全員がカナンに向かって駆け寄り、まるで何かに優勝した時のように輪を作った。


「どーしたんだっ、カナン! いつの間にそんな、凄えピッチングするようになったっ!!」

「肩はっ、肩は大丈夫かっ?!」

 カナンは突っ立ったまま、みんなに揉みくちゃにされながら、目を潤ませて唇を歪ませる。


「だっ、大丈夫だぁ……そんなに力、入れてねえのに……どーしてあんな凄えストレート……」

 カナ時代には100km/hちょっとだったストレートが、カナンになって150km/hに化けた。

 一部始終を見ていたカナも、信じられない思いだった。


「これは……」

「今年は全道、行けるぞ……」

「いや、この球なら甲子園だって夢じゃねえ……」

 投球練習を続けるカナンを見ながら、先輩たちが囁き合っている。


 カナンのストレートは、速いだけじゃない。

 指も長いのでボールの掛かりが変わったらしく、球質も実に重そうだ。


「ストレ-ト以外、投げられるか?」

「ん? ああ、カーブなら」

 フクローの呼びかけに、夢でもみてるような雰囲気でカナンが応える。

 カーブはカナの得意球だった球種だ。


 カナンが長い指で投げたカーブは、これまたエグい軌道を取って曲がり、かつ落ちた。

「これ――打てるヤツ、いるか?」

 広田さんが何度も首を捻りながら呟いている。


 考えるよりやってみようという事で、練習の最後、カナンを打撃投手にシートバッティングをする事になった。

 結果は――ほぼ全員空振り。速すぎて、バットに当たらない。

 当たっても打球が前に飛んでくれない。

 わずかに広田さんとフクローが前に飛ばしたが、ヒット性の打球は数えるほどしかなかった。


 シートバッティング、残りはひとり。

 カナがヘルメットを被り――なんと、左打席に入る。

「カナっ?」

「いいから、投げて」


 今まで右投げ右打ちだったカナが、いきなり左打ちになった。

 ちなみにカナンも右投げ右打ち。

 だから今のカナにとっても、生まれて初めての左打席で、カナンの豪速球に立ち向かう。


「カナおめえ、いったい何考えてる?」

「なんもだ、来な」

 気合一番。

 身長147cmのカナが、バットを極限まで短く持ち、グッと腰を落として構える。


「はんかくせえ……ションベン漏らすんじゃねえぞ……」

 元女とも思えない下品な言葉を口走りながら、カナンが振りかぶって、投げる。

 バシーン。

 150km/hのストレートが、カナの顔の辺りに来た。


「ボールだよ」

「くっ……」

 ミニマム身長のカナがさらに腰を落としているので、ストライクゾーンはかなり狭い。


 二球めはワンバウンド。

「カナン、カッカすんな。肩の力、抜けぇ」

 フクローの言葉に、ようやくカナンがマウンドで大きく深呼吸する。


 振りかぶって、三球め。

 ようやくストライクゾーンに、豪速球が来た。

 バットを構えたカナが、動く。


 ――コン。


「んなっ?!」

 カナは三塁側に、バントをした。


 打撃投手で防護ネットの後ろに居るカナンは、当然動けない。

 サードを守っていた三年の小林さんがダッシュして、キャッチした。


「ナイスバント、だな」

「カナ、今のはセーフティのつもりか?」

 いや、カナンの豪速球の前に、とてもそんな余裕はなかった。

「今のは球筋見ただけでーす。おー、手がしびれるぅ」


 それから約十球。カナンの投球に対して、カナは全部バントを試みた。

 コン。コン。コン。

 すべてフェアゾーン、ほぼ同じ場所にカナは打球を転がした。

 最後の二球は曲がるカーブに落ちるカーブだったが、どちらにもカナは見事に対処した。

「あざっしたー。あー、手がこわいー(=だるい・疲れた)」


「驚いたな……カナお前、秘かに左打ち、練習してたんでないかい?」

 ヘルメットを取って礼をし、打席を外したカナに、フクローが半ば唖然として話し掛ける。

「ううん。左は生まれて初めてだったけど、思ったより巧くいったさぁ」


「カナって、そんな器用だったかなあ……」

 フクローが呟いたとおりで、本来カナは集中力があるが、集中しすぎてしばしば周りが見えなくなる、どちらかと言うと不器用な方だった。

 そう、ちょうど今マウンドに立っている、カナンのように。


「なして急にまた、左打ちする気になったのさ?」

「うん。練習終わったら、みんなに説明するよ」


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