48. カナンの新変化球
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合宿の打撃練習で、カナの両手は痺れっぱなしだった。
言うまでもなく使い始めた、竹バットのせいである。
カナの打撃改造は、ほぼ一からの出直しであった。
新たに取り入れたスクエアスタンスから、ちいさなお尻をプリッとピッチャーに向けて、肩越しにピッチャーと対峙する。
当然ながらタイミングからバットコントロールから、今までとは全然違うテクニックが必要だった。
手にしている竹バットのスイートスポットは実際に打ってみると本当に少なく、芯になかなか当たってくれない。
芯を外す度に、バットの振動がダイレクトにカナの両手に伝わってくる。
「しびびびびびーーん」
何しろバントでさえ、芯の近くに当てないと痺れるのだから始末に負えなかった。
それでも、七球に一度――いや、五球に一度は芯を食ってくれて、今までにない鋭い打球が飛んで行く。
オープンスタンスの時よりも流し打ちがしやすく、外角のボールにもスムースに腕が伸びる。
手応え自体も金属と違って、ボールがバットに乗ってくれるような感覚だ。
バットコントロールさえ何とかなれば、ヒットを打てるゾーンが増えてくれる予感があった。
「あー、もう限界ぃー。腕がこわくて(=疲れて)上がんなぁーい」
何かの病人のように両腕をぷるぷるさせながら打席を離れるカナを、みんなは温かめの笑いで送り出したが、佐内監督だけは目を丸くして、感心したように何度も肯いた。
「カナお前、上出来だぁ。昨日の今日でこれだけやれれば、大したもんさ……お前ほんと、器用だな」
そしてインコースの捌きを褒めてくれた。
カナは腕が短いのもあって、インコースの捌きは元々得意である。
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そしてカナンの新変化球のお披露目は、チュージさんが打席に入ったシートバッティングの時だった。
いつもの豪速球かと思ったボールが、ホーム手前でギュインと勢いよく外へ逃げていった。
「うわっ」
「うをっ」
そのボールを視た誰もが、短い叫び声を上げ、チュージさんのバットが空を切った。
「今のは……」
「――スライダー、か?」
打撃陣の問いに、カナンが歯を見せてコクリ、と肯いた。
ストレートとほとんど球速に差のない、大きく曲がる高速スライダー。
確かにこれは、トンデモない武器になりそうだ。
それにしても、謎なのは――
「したっけ、どして昨日の今日で、こんな凄い球投げられるのさ?」
フクローの解説に依れば、カナンの投球フォームに秘密がある、との事だった。
カナンは綺麗なフォームでピッチングしているから、投げるストレートがやはり綺麗なスライダー回転をしている。
だから、普通のストレートの投げ方で、少し握りを変えて横方向に力を加えるようにするだけで、高速スライダーが出来上がってしまう、というカラクリだった。
「無理やり曲げるスライダーじゃなくて『曲がってしまう』スライダーなんだ。プロが投げてるのに近い、理想型のスライダー、だよな」
「ふうん」
理屈では分かるが、結果のあまりの凄まじさに、誰もが声を失った。
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ひとり張り切っているのが、ルイさんだった。
「カナン、俺にも高速スライダー、投げてくれよ」
そう言って左打席に入る。
見るからにルイさん、バッターボックスで実際にカナンの新変化球を見たくて、ウズウズしていた。
「いやあ、ちょっとルイさんには……」
「まだ怖くて、投げらんないスよぉ……」
カナンもフクローも苦笑いしながら首を横に振る。
「んー、どしたぁ? グラウンドじゃ先輩も後輩もねえ、遠慮すんなぁ」
ルイさんのそういうとこは好きだが、問題はそこじゃない。
「いや、カナンのスライダー未完成なんですよ、まだ完全には制御できてないんス」
「左バッターのルイさんには、曲がり過ぎてブチ当てるかも知んないから、危ないですから……」
それを聞いたルイさんが、豪快に笑い飛ばす。
「あははっ、大丈夫だぁ。俺が日に何発、奈月の蹴り食らってると思ってんだあ」
――ルイさん、毎日蹴られてるんですか、しかも日に何度も。
「だってあいつ、高校生にもなってスカートめくりするんだよ?」
思わず奈月さんの方を見ると、渋い顔で呟いた。
「さあっ、来いっ!」
気合い充分で構えたフォームは、それ程大きくはない身体が大きく見えた。
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一球め、曲がり過ぎた高速スライダーは、ルイさんの鳩尾に真っ直ぐ突き刺さった。
「げぼぼっ」
鈍い音とともに呻き声が聞こえ、ルイさんの上体が折れ曲がる。
「あーあ、言わんこっちゃないっしょ」
「すみませーんルイさん、大丈夫っスかぁ」
何とも爽やかにカナンが呼び掛けている――あいつ、あまり悪いと思ってないなっ。
「ゲホッ、ゲホッ……ああ、大丈夫だ。もいっちょ来いっ!!」
二球めは豪快な空振りだった。
盛大にブチ当てられた直後にこのスイングだから、ルイさんもいい性格をしている。
「うーん、来ると分かってても打てねえなあ……さあっ! もいっちょっ!!」
「香奈ちゃん、今のルイのスイングって――」
菫さんがカナに耳打ちしてくる。
「はい。ストレートならジャストミートだったかも、ですね」
ルイさんも昨日の今日で、早くも目を慣らしてきている。
一ヵ月前には手も足も出ず、バットを短く持って当てるだけだった、カナンのストレートに。
ルイさんの気合いに押されて、カナンの手が滑ってしまったのかも知れない。
三球めの高速スライダーは曲がり過ぎ、おまけにベルトの高さから少し沈んだ。
コキーン。
気のせいだが、ルイさんのナニにボールが直撃した瞬間、金属音が聞こえてきた。
「うっわあ……ありゃ痛えぞ……」
男子時代に経験のあるカナは、あまりの惨劇に目を覆った。
「いいぞぉ、もげろー。もげちまえー」
当然ながら経験のない菫さんは、面白がって無責任な事を言っている。
案の定ルイさんは、グラウンドに寝っ転がって股間を押さえながら悶絶していた。
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合宿も明日で終わりという日の朝、カナたちはインターハイに旅立つお姉ちゃんたちを、駅まで見送りに行った。
「あー、誰かひとり連れて行きたいなあ。妹成分の補給、必要っしょ」
美香お姉ちゃんが謎の言葉を吐いている。
「お祖母ちゃん、たまの旅行ゆっくりしてってね」
栗川を離れるのはせいぜい岩見沢に買い物に行くくらいのお祖母ちゃんにとっては、久しぶりの遠出になるらしい。
「香奈、火の元と戸締まりには気を付けるんだよ。店番、分かんない事あったらお母さんに電話しな」
「うん」
今日と明日は合宿の練習があるので、間柴呉服店はお休み。
明後日から二日間の練習休みがあるので、カナが留守番で店を開ける。
上がり框のスペースで宿題をしながら、店番をするつもりだった。
『いってらっしゃあーい』
飛びっ切りの笑顔で美香お姉ちゃんたちを見送る、野球部三人娘であった。




