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43. 伝説の栗夕月奈、復活


 明くる朝、連合チームの結成式に、一二年だけでバスで向かう。

 広田さんら三年は、汽車を乗り継いで一足先に栗川へ戻った。


「伝説の栗夕月奈くりゆうつきな、復活だなあ」

 バスの中で、佐藤監督が感慨深そうに呟く。


 栗川くりかわ夕張谷ゆうばりたに月形つきがた商、奈井江ないえ

 数年前、この4校連合が夏の大会で旋風を巻き起こした。

 空知支部予選で岩見沢清陵、砂川東といった強い相手を撃破し、地区代表戦に進出。

 滝川北に敗れはしたが、0対6の劣勢から4対9まで盛り返し、従来の連合チームに対するイメージ――弱い、部員が足りないチームの単なる寄せ集め、出場する事に意義がある、などなど――を大きく変えた。


「へえ……そんな事があったんですかぁ……」

 野球少年少女だったカナたちには、栗夕月奈の活躍は周知の事であったが、中学になって札幌から来たフクローにとっては初耳だった。


 1市3町の連合になるが、人口で言えば1万1千の栗川町がいちばん多く、最少の月形町が3千人。

 学校の生徒数も130人の栗高が最多で、他の3校はいずれも60~80人の超小規模校である。

 もっとも岩見沢と滝川を除けば、空知地方はどこも過疎が半端ない状態で、高校が残っているだけまだマシな方だった。


 これから向かう旧砂川西高も、かつては甲子園に三度も出場した強豪校だったが、東高に統合されて廃校となり、今はもう無い。

 グラウンドだけは残っていて、砂川東を始め、近隣野球部の練習場となっている。

 カナたちがグラウンドに着いた時、連合チームの残り3校は、軽くアップをしている最中だった。




「あっ、香奈ちゃーん」

 月形商のマネージャー、山本奈月さんがいち早くカナに気付き、笑顔で大きく手を振る。

 キャッチボールをしていた夕張谷の内野手、宮古菫さんが振り返り、カナを見て弾けるように笑った。


 練習が中断され、4校の監督と上級生たちは旧交を温め合い、初対面になる一年生たちは自己紹介をしていった。

 やっぱり注目のエース候補、カナンが一番人気で、次から次へと人が集まってくる。


 菫さんは真っ先にカナの処にやって来て、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「香奈ちゃん、これからはチームメイトだよっ。あたしもう、嬉しくて嬉しくてぇ」

「はいっ、カナも嬉しいですー♪」

 ――カナは最近、愛想がずいぶん良くなったと、カナン以外のみんなから言われるようになった。


 カナの目の前に、ヌッと大きな右手が差し出された。

 広田さんを思わせるような、四角い感じの温厚そうな男子だ。

「夕張谷の代表を務める、二年の中司なかつかさです。よろしく」


「厨二病だったからチュウニって呼んであげてね」

「だからそれはっ、違うって言ってるっしょっ」

 混ぜっ返した菫さんに、中司さんが全力で否定する。


 真相は、中司涛二(とうじ)の前後を取っての、中二ちゅーじらしい。

「でもさっ、地球を守るとか言って、シャキーンてやってたべさ」

「だからさあ。小学低学年の話を、この場に持ち出して来んな、つーのっ」

 ……田舎の学校あるあるで、大抵が小学校からずっと持ち上がりだから、ガキの頃の事も、互いに良く知っている。


 夕張谷のもうひとり、一年のもりも紹介された。

 中司さんと同じくらいの背丈だが、こちらはやや細身だ。

 ポジションは中司さんがサード、森は内野も外野も守れる。


「奈井江の町谷まちやです、よろしく」

 栗高ら3校のユニフォームが、白に黒のアンダーというシンプルなデザインなのに対し、奈井江だけは鮮やかな朱色のアンダーとソックスである。

 左投げのピッチャーで、奈井江では二年ぶりの野球部員だそうだ。


 奈月さんには、カナの方から出向いて行った。

 月形商の人たちを紹介してもらうためだ。


 ところが突然、カナの首根っこに腕がニュッと伸びてきて、ぎゅっと引き寄せられた。

「うわっ」

 すぐ近くに寄って来た顔を見上げると――あ。月商の長谷川流為だ。二年ながら連合チームで4番を打っていたので、良く覚えている。


 ほぼ初対面なのに長谷川さんは、やたら馴れ馴れしかった。

「お前、ずいぶんめんこい顔してるなあ。彼氏、居んのか?」

「ぬなっ?!」

 あまりに野球とはかけ離れた話題に、一瞬言葉を失う。


 しかも長谷川さん、こっちが黙ってると、肩を抱きながらあちこちベタベタ触ってくる。

「同じ外野手同士、仲良くやろうぜ? 連絡先交換しようなっ、なっ」

 ――ええと、つまりこれは……いったい何してんだっ?!

 こんな事されるのはもちろん生まれて初めてだったので、少なからずカナは面食らった。


 取りあえず、あずましくねえ(=居心地が悪い)し……カナが長谷川さんの腕を振りほどいたのと、左右から長谷川さんの両頬に、奈月さんと菫さんのワンツーパンチが決まったのとが、同時だった。


 ぼこぼこっ。

 鈍い音がして、長谷川さんの頭部が激しく揺れた――うわあ、本気のグーで殴ってるさぁ……

「またっ! めんこい子見ると、お前はすぐ手ぇ出してっ!!」

 奈月さんが仁王立ちになって長谷川さんを睨み付けると、菫さんはカナを保護するようにぐいっと引き寄せてくる。

「香奈ちゃんも香奈ちゃんだよ? こんなヤツ、触られた瞬間ボコボコにしてやるのさっ」

 いやあ……初対面のしかも先輩を、秒でボコボコにするのは不可能だと思います……


「いってえ……何すんだよぉ……」

 ちっとも悪びれない様子で、長谷川さんが腫れあがった両頬を擦っている。

『何すんだ? そりゃこっちのセリフさっ!!!』

 奈月さんと菫さんが、綺麗なコーラスで怒鳴りつけた。

 お姉様方のあまりの剣幕に、カナはもう口あんぐりである。


 奈月さんと菫さんが、ツカツカと長谷川さんに詰め寄っていく。

 特に奈月さんなんか、もう涙目だ。

「ルイ、いい加減にしろよ? 菫から肘鉄食らったのに懲りもせず、香奈ちゃんにまで……月形の恥をあちこちに撒き散らすなよ、まったくはんかくせえ」

 ――どうやら奈月さんの言では、菫さんにも似たような被害があったようだ。


「いやあ、俺には分かるのさぁ。香奈は絶対、俺に惚れてる……」

『どの口が言うかっ!!!』

 長谷川さんが言い終わらないうちに、左右から同時に、奈月さんと菫さんのコークスクリューブローが炸裂し、比喩でなく長谷川さんは遥か彼方までぶっ飛ばされた。


「いいかルイッ! これ以上香奈ちゃんに何かしたら、殺すからなっ!!」

「香奈ちゃんは大人しいからなあ……ルイにセクハラされたら、あたしたちに言いな? 再起不能にしてやるから」

「はは……はい……」


 周囲の反応を見るに、どうもこれは日常的な出来事らしい……

 なるほど長谷川さん、かなりの問題児だ。

「カナが……おとなしい……?」

 以前の香奈を知る栗高の同級生たちだけは、かなり怪訝そうな顔をしていた。


 あんな先輩だけど野球()()は出来ます、よろしくお願いしますと、月商一年のピッチャー鈴野すずのとキャッチャー堅田かただが申し訳なさそうに挨拶に来てくれたのは、その直後だった。


 これで選手14人、マネージャーひとり。

 連合チーム栗夕月奈の結成式が、わりと賑やかに行われた。


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