42. 新チームの始動
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「うーん……いやほんと、よく3点に抑えたと思うよ……守備のミスは今さら言っても仕方ねえさ、アレは練習以上の事が試合で出来なかった、それだけだ……お前ら、ほんとに良く頑張った。ご苦労様でした。負けは負けだけど、胸張って帰れや、立派なもんだぞ……」
宿泊所に戻ってのミーティングで佐藤監督はボソボソと、しかし一気にカナたちに語りかけている。
厳しい戦いになるだろう事は、百も承知だった。
試合内容だけから見れば、コールド負けでもおかしくない一方的な展開だった。
それをわずか3失点で切り抜けたのだから、客観的には大健闘と言っても差し支えないんだろう。
しかしそれでも、負けたのは悔しいし――それよりこの敗戦で、広田さんたち三年生はチームを去る。
このチームでもう野球は出来ないと思うと、カナのちいさな胸に込み上げてくるモノは、やはりあった。
三年を代表して、広田さんが立ち上がり、静かに話し始めた。
「俺と石井、小林が入学した年だけどさ、野球部、全員合わせて9人いなかったんだ……」
それから二年間は、春と夏は臨時部員の応援を借りて単独出場、秋は月形や夕張谷、深川北らと連合チームを組んでの出場が続いた。
単独出場では毎回一回戦でコールド負けだった事、あまりに弱すぎて練習試合もなかなか組めなかった事、二年秋の連合チームで1勝した時、みんなで涙を流して喜んだ事などを、訥々と話していった。
「連合チームでの1勝が、高校野球の宝物になるんだろうな、て薄々思ってたさ……でも一年のみんなが、こんなにたくさん入ってきて、もっともっとでっかい夢を見させて、しかも叶えてくれた……」
広田さんが感慨深そうに目を閉じ、ひと呼吸置いた。
「春季大会で三つ、夏は四つも勝てたもんなあ……アンビシャスに勝った時は震え止まんなかったし……とっくの昔に諦めていたスタルヒン球場で、三つも試合が出来た……俺は……俺たちは、幸せモンだよ」
石井さん、小林さんまでがうん、うんと肯きながら、優しい目で一年を見つめるので、カナは照れ臭くなって、ちいさな身体をますますちいさくした。
栗高がここまで来れたのって、かなりの部分はカナンのお蔭だもんな。
カナたちも頑張ったけど、それは二年三年の先輩たちも、同じさぁ……
「何にしても、夢は諦めちゃいけねえな……俺たち三年はこれでチームを離れるけど、心はいつも一緒だ。ぜひ、甲子園を目指してくれ。お前らならその夢、現実に出来るさ」
『はいっ』
返事とともに、洟をすする音がそこかしこから聞こえてくる。
カナもじわっと出てきた涙を、気付かれないように、ちょちょっと拭いていた。
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「で、これからの新チームについて、上級生で話し合ったんだ――」
今まで黙っていた部長の高橋先生が口を開く。
佐藤監督はもの凄く怖い顔で両肩を震わせていて、使いモノにならない雰囲気は何となく分かった。
「それについては二年の恵沢くんから、説明してもらおうかな。いいか、恵沢?」
「はい」
張りのある声で応える恵沢さんを見て、ああ、新主将は恵沢さんだな、と一年のみんなは思った。
ところが、恵沢さんから出た言葉は、意外なモノであった。
「この度、栗川高校野球部の『代表』になりました恵沢です。みんなよろしく」
え――
「代表……ですか?」
「恵沢さん、主将じゃないんですか?」
「うん」
恵沢さんが少し微笑みながら肯いた。
「この秋、栗川は校内で応援部員を募集しない。残った一二年の7人で参加する事にした」
「えーーっと、それって、つまり……」
「7人だと、単独で出場は不可能ですよね……」
「うん、その通り」
恵沢さんが歯を見せて、不自然なくらいに、にっこり笑った。
「この秋、栗川は連合チームを組みます。夕張谷、奈井江、月形商の4校連合で、甲子園を目指します」
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一瞬、カナは言葉を失った。
地区代表戦で戦ったばかりの相手と、連合を組む……
その中に夕張谷もある、て事は……菫さんとチームメイトになるんだっ!!
「一年のみんなは驚くかも知れないけど、毎年秋は、ほぼこの面子で連合を組んでたのさ。去年と違うのは、深川北の三年が引退して休部になったのと、奈井江に一年が入って復活したんで、ソレが入れ替わりになったくらい、かな」
栗川が二年ふたり、一年5人の7人。
夕張谷は菫さん含めた二年ふたり、一年ひとりの3人。
奈井江が一年ひとり。
月形商が二年ひとり、一年ふたりの3人。
総勢14人で、空知のチームとしてはそれなりの規模になる。
「連合チームが結成された時点で、それぞれの学校の代表から主将を決める事になります。俺は栗川のチームを纏める代表で、連合チームの意向をみんなに伝える連絡役でもあります」
恵沢さんの言葉は続いた。
「今年に限って言えば、この連合は、『攻め』の意味合いが強いです。応援の素人を頼んで栗高単独だと全道どころか、滝北やアンビシャスの強豪に勝つのさえ難しい――でも、月形の長谷川の打力や、夕張勢の守備があれば、支部予選は互角以上に戦えるかな……互いの足りないとこを補い合って、甲子園を本格的に目指す。それが今年の連合の、コンセプトなんです」
そう言ってにっこり笑う恵沢さんの表情は、どこか寂しげだった。
「こんな大事なこと、上級生だけで話をして、一年のみんなには済まなかったと思ってる……みんな、それで良いかな?」
良いも、何も……
カナとしては、チームは強くなるし、菫さんと一緒に野球出来るし、いい事尽くめである。
拒否する理由は、どこにもなかった。
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一年のみんなで肯き合った後、フクローが口を開いた。
「俺たちにまったく異存はないどころか、大歓迎なんですが……恵沢さんは、それで良いんですか?」
そう。
この連合でおそらく、いちばん割を食うのは、恵沢さんだ。
栗高の単独出場ならば、恵沢さんにはセカンドのレギュラーが確約される。
しかし連合チームになると――例えば菫さんは打力はともかく、セカンドの守備は、かなり巧い。
セカンドしか守れない恵沢さんは、レギュラーから弾かれてしまう可能性が高くなってしまう。
一年の誰もが、気付いていた。
恵沢さんは、自分のレギュラーの座ではなく、みんなで甲子園への夢を追い掛ける道を、選んだんだ。
そういう踏み込んだ内容の話があったから、カナたち一年の居ない処で連合が決まったんだ。
「なんもだ――いいんだよ……俺は俺でハッチャキこくから……」
恵沢さんは笑ったまま、その眉がどんどん下がってきて、目を閉じて首を振った。
恵沢さんの口から、今後のスケジュールがみんなに伝えられる。
明日、栗川への帰途で旧砂川西高のグラウンドに寄り、そこで連合チームの結成式。
夏休みに入っているので、三日おいて栗高グラウンドと町営球場で、一週間の合宿を行う。
「で、合宿が終わったら、札幌で練習試合だ。これは夕張谷の宮古さんの、認定再試を兼ねている」
「菫さんの――試験するんですね……相手はどこですか?」
「札幌暁星高校。地区代表には届かないけど、なかなかの強豪だぞ」
――五月女姉妹のいるチームだ。
沙綾は辞退するそうだが、高野連はふたり纏めて再試するつもりだったらしい。
それにしても、恵沢さんには残酷な決断だったと思う。
レギュラー安泰の道を捨て、そして最大のライバルとなるだろう菫さんの試合出場資格を得るため、最大限の協力を行う。
――カナが同じ立場だったら、こんな決断が果たして出来ただろうか。
一年の誰もが、言葉が出て来なかった。
やがてフクローが立ち上がり、無言で恵沢さんの手を取り、両手で固く握る。
その後は一年全員が立ち上がり、順に恵沢さんと、固い握手を交わした。
連合チームの件は当初の予定ではなく、実は偶然です。
南空知が統合されて北北海道に移っている事、最近のべらぼうな部員減など、
ここを舞台にしようと調査してから、初めて知った事ばかりです。
しかし、連合チームで甲子園を目指すというもうひとつのテーマが出来て、
南空知のこの町を舞台に選んで、本当に良かったと思っています。




