39. 高校球児には超サプライズ
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勝ち上がって意気揚々と球場から出てきた栗高野球部員たちを、全校生徒に栗川町の人々が総出で出迎えてくれ……あり?
いや、みんな居るには居るんだが、全員そっぽ向いている。
凱旋して来た野球部、総ガン無視状態だった。
「ほら、ほらぁ。今日の主役が、戻って来てますよっ!」
人の輪の真ん中から優しげな、しかし張りのある男性の声が響いてきた。
何だか聞き覚えのある声だぞ……でも誰だったっけ……と部員たちで顔を見合わせていたら、だんだんとその輪がほどけてきた。
「んっ」
「ああっ!」
「栗川監督だっ!!」
揉みくちゃにされていたのは、北海道が誇るプロ球団、フロンティアーズの栗川監督だった。
カナたちの試合、観に来てくださったんだっ!!
思いもしなかった方の登場に、みんな興奮の色を隠せない。
いやいや、何と言うか。
栗高野球部全員、北海道フロンティアーズのファンである。
しかも栗川監督は、苗字と町名が一緒という理由だけで、栗川に球場を造って下さり、自宅まで建てて、すっかり栗川町民になってくれている。
栗川監督は、栗川の野球少年少女の、いや栗川町のヒーローだ。
そんな方が多忙の中を、栗高の試合にわざわざ足を運んで下さった。
カナたちにとって、感激以外の何モノでもない。
「いやいやっ、まずは皆さんにお礼言うぞ?」
めっちゃ喜んでいた主将の広田さんが我に返ったらしく、みんなを制する。
『ありがとうございましたっ!!!』
監督部長を含めた12人、横一列に並んでお辞儀をした。
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「栗高の皆さん、勝利おめでとうございます。プロ野球はオールスターでお休みだからね、今日は一栗川町民として、純粋に応援に来ました」
手が届きそうな処でにこやかに話される栗川監督を前に、カナは目を輝かせていた。
無い胸が大きくなったんじゃないかと思うくらい、思いが身体の中で膨らみ、いっぱいになる。
栗川監督が、何やら記憶を辿りながら、カナンに話し掛けた。
「ええと……カナ、くんだったかな?」
「カナンです。穂波加南といいます」
「あ、そうか……年取ると記憶があやふやになるなあ……ナイスピッチングでした」
「ありがとうございます」
「いや、投球フォームを見て、完全に思い出したんです。加南くん君さ、少年野球で、栗の樹球場で投げてた、あのちいさな子だよね?」
栗川監督からそれを聞いた瞬間の、カナンの顔といったら。
みるみる頬が上気して――人間、あんまり嬉しいと、涙が出るんだな……
監督、あなたの記憶、正しいです。そのピッチャー、確かにカナでした。
「覚えてて……くださってたんですかっ?!」
眼を潤ませ、全身を震わせながら、思わず叫んでしまったカナンに、栗川監督はにっこり微笑んで肯いた。
「そりゃあ覚えてますよ、お手本のような綺麗なフォームで投げる子が、こんな近くに居たもんだから……こんなに大きくなって、ねえ……」
そう話す栗川監督も、何やら思う処があったらしく、眼が少し赤くなっている。
「うちのスカウトはシビアだからさ。フロンティアーズが是非欲しい、と言われるような選手に、なってください」
「はいっ」
嬉し涙を袖で拭いながら、カナンは元気良く肯いた。
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その日の夕食は、凄いご馳走になった。
栗川監督と町内の皆さんから、ジンギスカン30人前の差し入れがあったのだ。
食べ盛りの高校球児たちにとっては、何から何まで超サプライズである。
「カナお前、少食過ぎっしょ。さあ食え、もっと食え」
「だからさあカナン。肉食いながら喋るな、って何度言えば分かるのさぁ」
カナのテーブルは比較的平和だったが、他のテーブルは肉の奪い合い。
ある意味、昼の試合より厳しい戦いが繰り広げられている。
「おいおい、肉はたくさんあるんだから、あんまりがっつくな」
佐藤監督の苦笑いも、ほとんど効果が無い。
「うめえ、うめえ」
「これチョー良い肉っしょ」
「だからぁ、食うか喋るか、どっちかにしろって言ってるっしょ」
何でも、栗川監督御用達の店から、わざわざ大量に取り寄せて下さったらしい。
カナ自身も、初めて食べるような美味いジンギスカンだった。
で、差し入れがもうひとつ。
「谷田のきびだんご、美味えんだけど――200個かぁ」
「ひとり20本は、ちょっとキツいよなあ」
栗川の老舗が作るきびだんごは、スマホよりちょっとちいさいくらいの板状になっている。
北海道全土どころか、内地にも出回っているロングセラーのお菓子だ。
取りあえず、大量の肉の後で食うモノではない。胃がもたれる。
練習の合間の補食にして、余った分は持って帰ろうかな。
女所帯なので、お菓子はあればあるほど、良い。
カナはいそいそと、貰った分の谷田のきびだんごを、バッグに閉まった。
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「カナの部屋、とつげきぃー」
「わっ、なんだなんだ」
ミーティングも終わり、後は就寝時間を待つだけの時間帯。
カナの個室にどやどやっ、と一年全員が押しかけてきた。
宿泊施設は、旭川市内の大学の合宿所を借りている。
男子選手たちは大部屋で一緒の部屋だが、女子のカナだけは当然ながら、個室を割り当てられた。
「意外に寂しいな」
部屋を見回したフクローが言う通り、本来は四人部屋で、二段ベッドが両隅にデンと置かれている。
それを贅沢にも、カナがひとりで使っているわけだ。
「でいったい、何の用だよっ」
干してあった洗濯済の下着をあたふたと片付けながら、カナが抗議する。
「それが、さぁ……」
「監督が、二年と三年だけで話をするから、一年は席を外してくれ、って」
「多分次期キャプテンとか新チームどうするか、そういう話だと思う」
「ああ、なるほど」
「高橋先生、エッチい事はするなよ、て言ってたな」
「俺たちがカナにそんな事するわけねえべさ」
「そだなぁ、する気にもならん」
「胸無し、くびれ無し、色気無しの三拍子揃ってるもんな」
言われ放題だが、カナも加南の頃はエッチな感情どころか、ある意味恐怖の対象だったので、そのままにしておいた。
それよりカナンがかなり微妙な表情をしていたので、そっちの方がおかしかった。
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「――チームの話だったら、俺たち一年もかぜて(=混ぜて)くれれば、よかったのに……」
ぽつりとフクローが呟いた。
「まあ、上級生だけで話したい事も、あったんだべさ」
「でも、さあ……俺はどんな時でも、先輩をないがしろにはしねぇぞ?」
みんな、分かっている。フクローはそういうヤツだ。
野球の上手いヤツが、人間としても偉いなんてのは、間違ってる。
中学の頃からフクローは、口癖のようにそれを言っていた。
いちばん野球の上手いフクローがそういうヤツだったから、中学時代の野球部は、ほんとに居心地が良かった。
フクローがこの場で、わざわざそんな事を言う理由もみんな分かっていた。
次期キャプテンは、二年のふたり、北野さんか恵沢さんのどちらかから、選ぶ事になる。
「どっちがキャプテンになるか、というと……」
「いやあ、忌憚のない意見言うと、どっちも大変だな……」
「――だから一年外したんじゃねえのか? 遠慮なく意見しちまうと、シャレになんないっしょ」
「ああ、なるほどなぁ……」
誰もが少し俯いて、黙り込んだ。
プレー面だけで見れば、元エースで現在は中軸を打つ、北野さんだろう。
だがこの人、とことん大人しい。
なり手が居なくて無理やりピッチャーやらされていた噂は、どうやら本当のようだ。
性格的には恵沢さんが、キャプテンに向いている。
練習熱心だし、情熱もあるし、控えになっても積極的に声出ししている。
ただ高校から野球を始めた人なので、プレー面ではサポートが相当必要になるだろう。
「――どっちにしても」
「俺たちが引き立てないと、チームは機能しねえと思うよ」
幸い、北野さんも恵沢さんも人間的にはいい人なので、サポートする事に誰も異存はない。
一年の誰もが顔を見合わせ、真剣な表情でコクコク肯いた。
筆者は関東在住ですが、谷田のきびだんごを見つけると、必ず買っています^^
駅前で売っていた栗まんじゅうは見かけないなあ……残念です。
上手いヤツは人間的にも偉い。
そんな勘違いしてるヤツは、意外にたくさん居ます。
高校時代のリーダーだったヤツが、卒業後もマウント獲りに来てびっくりした思い出があります。




