38. 北北海道選手権大会準々決勝 (vs釧路湖畔4)
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六回表、1点のビハインドで1アウト一二塁、栗高この試合初めてのチャンス。
しかもバッターは打撃の大黒柱、3番フクローに4番主将の広田さん。
ここで点取らなきゃどーすんの、というくらいの大きな山場だ。
当然のように湖畔ベンチはタイムを取り、マウンドに野手が集まっている。
栗高スタンドは全校応援に加え、OBやら近所の人たちやらでかなりの人数になっていて、やっと訪れた得点機に大盛り上がりに盛り上がっている。
「かなぁー、はしれぇ~~」
何やら勝手な事を叫んでいるのは、美香お姉ちゃんだろう。
校内一の美少女がチアガールを買って出ているので、本人は自覚しているかは定かでないが、ずいぶん目立っている。
お姉ちゃん、今くらいフクローを応援しようよ……
それにしても、これだけチームワーク乱しまくって、弓道部きちんと率いてんのかなあ……
マウンドで湖畔ナインが何を喋っているかは推測するしかないが、チェックポイントとしてはカナの足とフクロー、広田さんの攻略法だろう。
まずはカナの三盗阻止、かな。
フクローが睨んでいるので、盗塁はしないけど。
次はカナの本塁突入阻止だが、クリーンアップの3人は長打力もあるので、外野の前進守備はまず有り得ない。
打球が内野の間を抜けさえすれば、カナの足なら生還出来る。
ある意味、カナが二塁に居る時点で、相手は同点覚悟も含めた守備陣形を敷く事になるだろう。
続いてフクロー対策だが、フクローは穴の少ないバッターである。
特に右打者として、インコースの捌きが絶品で、速いスイングから驚くほどボールが飛んで行く。
カナのインコース捌きは、フクローのバッティングをかなり参考にした。
と言ってアウトコースもその気になれば、右中間にポーンと飛ばせる力がある。
完全に封じ込めるとしたら、読みの裏をかくとか、力でねじ伏せるくらいしかないかな……カナの分析では、そんな処だ。
主将の広田さんはオーソドックスなプルヒッターだが、元キャッチャーという事もあり、選球眼が良い。
三振が少なく、必要な時に外野フライを打てる技術を持っている。
5番の北野さんは、以前はミート中心のバッティングをしていたらしい。
しかしカナンがエースになってからは、活き活きと野手の練習に励み、飛距離がずいぶん伸びた。
――なり手がないので仕方なくピッチャーしてたのかな、と思わせるくらいの雰囲気だ。
この3人で点が取れなきゃ、もう仕方がない。
カナとしては、万にひとつも走塁ミスは許されない――そんな状況に、グッと気を引き締めた。
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プレー再開。
深めに守った外野守備を見て、カナはリードをさっきより少なく取った。
この守備陣形なら、スタートさえ間違わなければ、ワンヒットで本塁生還が可能だ。
投球前に牽制球が、カナの居るセカンドに二回入る。
警戒されてんのかな、ちいさいリードを却って不気味に感じたのかな……と一瞬思ったが、小西さんがフクローに投げた一球めは、盗塁上等の普通のフォームだった。おそらくバッター集中で、チームの意思統一がなされている。
外へストレート、ボール。
――という事は……さっきの牽制球はダミー、盗塁は無警戒だ。
盗塁させて、とフクローに視線を送ったが、ゆっくり首を振られた。
ダブルスチール成功で二三塁となっても、一塁が空いてフクローが歩かされるのを、おそらく嫌がっている。
広田さんは外野フライを簡単に打てるが、それだとこのチャンス、下手すれば同点止まり。
フクローの事だ、多分そこまで考えてるんだろう。
ここら辺りは、水面下での駆け引きが目まぐるしく繰り広げられている。
二球めは外にカーブ、フクローはぴくりとも動かず、見送る。ボール。
三球めもアウトローへのストレート。
厳しいコースに見えたが、フクローは狙い澄ましたようにバットを出していった。
カキーン。
右中間の真ん中に、大きなフライが飛んで行く。
やったっ!
高鳴る胸を抑えつつ、万が一のタッチアップのため、二塁に帰塁して打球の行方を見守る。
一塁ランナーの硯はハーフウェイラインに居る――右中間を抜けた瞬間に全力疾走だね、これは。
フクローの打球は、フェンスの手前でバウンドし、そのままフェンスに跳ね返った。
ライトもセンターもまだボールに追いついていない。
スタートッ!
脇目も振らず全力で三塁を蹴り、ホームを駆け抜ける。まず同点。
少し遅れて、いいスタートを切っていた硯も、滑り込む事なくホームを駆け抜けた。
ボールはようやく内野に返ってきた処だった。
フクロー、逆転のタイムリー右中間二塁打。
じゃれ合うようにベンチに駆けて行くカナスズを見ながら、塁上のフクローは軽く顎を上げ、クールを装ってはいたが、ドヤ顔は隠し切れていなかった。
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フクローの逆転打に、ベンチもスタンドもイケイケ状態だった。
「きゃあきゃあ、香奈カッコいいぃー」
美香お姉ちゃんの声が聞こえてくる。
……だからそこは、フクローを褒めれ、つーの。誰も注意せんのかいな。
この雰囲気も後押ししたのだろう。
トドメは栗高を支えてきた主砲、広田さんの一打だった。
小西さん初めての失投だろう。
甘く入ってきた、多分スライダーを広田さんは見逃さなかった。
カキーーン。
「やったっ!」
「やったああっ!!」
打った瞬間に栗高ベンチの全員が立ち上がり、身を乗り出して打球の行方を追った。
「行けえっ! 入れええっ!!」
「大丈夫、だべ……きっと」
北の大地の澄んだ青空に、白球が高く高く舞い上がる。
飛距離は余裕だった。
レフトは早々に追うのを諦め、背中を向けて打球を見上げる。
ボールはレフトスタンドの中段くらいに突き刺さって、高く弾んだ。
「うわああああああっ!!」
カナはぴょんぴょん飛び跳ねながら、隣に居たタッキーと性別も忘れて抱き合う。
あんなホームラン、打てたら気持ち良いだろうなあ……ゾワゾワッ、と鳥肌が立つほどの、凄い打球だった。
ふとカナンを見ると、歯を剥き出しながら、気合を内に秘めた風で、グラブを取り出している。
ホームインしたフクローと、次のアップを始めるつもりだろう。
カナンお前、カナンになってから、ずいぶんカッコいいんでないかい……カナには何だか、カナンが眩しく見えてきた。
広田さんの2ランで、4対1。
六回表、栗高が一気にリードを奪った。
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リードを貰ったカナンは、堂々としたピッチングで、湖畔の各バッターを退けていった。
投げるボールのほとんどがストレート。
カーブを狙われている事に気付いた、フクローのリードだろう。
そのストレートに、相手打者は面白いように空振りしていった。
八回表、今度は北野さんのタイムリーヒットで、さらに1点追加。
そして九回表、8番小林さんの代打で、背番号10の恵沢さんが登場した。
本戦では初めての出番である。
野球歴一年ちょっとの恵沢さんがどうこう出来るレベルの相手ではなく、打席では敢えなく三振だったが、その裏の守備は『代わったとこに打球が行く』の格言通り、先頭打者のセカンドゴロを無難に捌き、笑顔を見せた。
最後の打者から、カナンが本日12個めの三振を奪い、ゲームセット。
5対1、栗川高校50年振りのベスト4進出。
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試合後の礼の後、遥乃さんがカナに駆け寄って、何も言わずひし、と抱きしめてくれた。
女子になってからどうも、ハグしたりされたりする機会が、飛躍的に増えたような気がする。
遥乃さんは三年なので、この敗戦で引退。
栗川戦が高校最後の公式戦である。
「香奈ちゃん、準決勝も頑張ってね」
「はい」
勝てとは言わなかったし、カナもそれは理解している。
あとふたつ勝てば甲子園だが、そのふたつが途轍もなく険しい。
明後日の相手は昨年の代表校、旭川大附属。
今大会でも優勝候補の筆頭だ。
もう一度ひし、と抱きしめ合うと、湖畔スタンドからきゃあ、という黄色い悲鳴が飛んで来た。
「遥乃さん――ひょっとして女子のファン、多かったりします?」
「よく分かったわね。去年のバレンタインで貰ったチョコの数、野球部トップだったのよ」
遥乃さんはそう言うと、舌をチロッと出して微笑んだ。




