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34. 外野手として、チームの一選手として


 栗川高校、初戦突破、ベスト8進出。

 数十年ぶりの快挙という事もあって、試合後のベンチは歓喜に沸き立っていた。

 ひとり、険しい顔でカナの前に立ちはだかっているフクローを除いて。


「なあ、カナ」

「ん? どした、フクロー」

 ただならぬフクローの雰囲気は、何となく察してはいた。

 しかし、カナの笑顔はそう簡単に消えなかった。

 超ファインプレーの余韻で、まだ頬がポッポしている。


「最後のあの、ミラクルなレーザービーム、な……」

「ん、ああ」

「お前さ、失敗する可能性は考えてなかったのか? あの時お前は、アレが正解だと思ってやったのか?」

「――え……?」


 フクローは明らかにイライラした様子で、カナもさすがに笑顔が解けてきた。

「いや、その――あれは咄嗟に身体が動いた、というか……」

「あのな、カナ――」


 説教モードに入ろうとしたフクローを、まだ怖い顔をした佐藤監督が割って入り、制する。

「まあそれは、ミーティングで冷静に検討しようや。ビデオの画像付きで」




 宿泊所に帰ってからのミーティングは、すぐに九回表の反省会から始まった。

「そもそもボクが満塁にさしたのが、いけなかったのさ」

 カナンがポリポリと頭を掻きながら、バツが悪そうにしている。

 まあそれは言うまでもなく、全員の意見が一致する処ではあった。


「カナン、いきなり調子崩した原因は、分かるか?」

「ああ、分かる。簡単に言えばバテてた。ペース配分考えずに前半飛ばしちまったのさ」


 なるほど。

 空知支部予選は全部コールドゲームだったし、練習試合は北野さんとの継投だった。

 つまりカナンが九回を全部投げ切るのは、久しぶりだったわけだ。

 強敵を相手に、つい力が入ってしまったのも無理はない。


「そうか――俺も明日は、リード気を付ける。充分に休め、カナン」

「ああ」

 フクローの言葉にカナンが素直に肯いた。

 明日の準々決勝は、カナン初の連投になる。

 今日以上にペース配分が必要だろう。


「さて」

 主将の広田さんが腕組みをしながら、カナに穏やかな顔を向ける。

「カナの超ファインプレーだけど……フクローが怒ってた意味、分かるな?」

「はい」

 カナだって野球歴は長い。

 頭を冷やして考えてみれば、答えはすぐに見つかった。


「あの場面、カナは無理して突っ込んじゃ、いけなかったんですよね」


 つまりこういうわけだ。

 深めの守備位置から無理にダッシュせず、落ち着いてボールを捌き、ショートの滝川にボールを送る。

 2点タイムリーにはなるが、ランナーをそれ以上進めさせず、4対2、1アウト一二塁で仕切り直す――それがカナの取るべき行動だった。


 点差が詰まっていて、1点もやれない状況なら、カナの判断は正しい。

 しかしあの時は4点差でリードしていた。

 言ってみれば3点までは取られても、勝ちなわけだ。

 それならば後逸のリスクがあるギャンブルはせずに、確実な守備で、同点になるバッターランナーをこれ以上進塁させない事が、最も重要だったわけだ。


 バックホームの指示を出したのは、広田さんだった。

 カナのあまりの勢いに躊躇したフクローの指示が、一瞬遅れた。

 それに気付いた広田さんの、咄嗟の判断であった。

「だからミスったのはカナだけじゃないのさ。フクローも、だな」

「そっすね……反省します」


「でもカナの積極性は、もっと褒めていい、と思うんですけど……」

 異論を唱えて食い下がったのは、同じ外野手の硯だった。


「そりゃ時によりけり、だべ」

「カナが捕れなかった時は、俺だってバックアップしてたし……」

 何故か硯が、強固にカナを擁護してくれる。


「あの打球の速さだと、抜けてたな。確実に長打コースだ」

「スズは外野やって長いから、そこんとこ一番良く分かってるっしょ」

「ああ……はい、確かにその通りです……」




 ビデオ画像には、カナの例のプレーが大きく映っていた。

「これなあ……これ、これ。お手本のような、素晴らしいゴロ捌きだよ……」

「無駄な動きが、一切ないっしょ。これが外野に転向して二ヶ月だってんだから、驚きだな」

「あっ、はい……」

 落とされた直後に、みんなから褒めちぎられて、カナは何だか照れ臭くなった。


「――で、この返球な。これぞ魂のバックホーム、てヤツだ」

「プレーだけ切り取ってみれば満点どころか、120点くらいあるっしょ」

「はは……なんもですぅ……」

 とうとうカナは、顔から火を出しながら俯いてしまう。


「カナの身のこなしは、天性のモノっしょ。キャリア浅いのにこんだけ動けるなんて、それしか考えられないっすよ。それに迷わず前に出てくるファイト。判断力の欠如云々はですね、これからの経験と練習の積み重ねで、必ず身に付けてくれると思いますよ」

「スズお前、やたらカナの肩持つなあ。ひょっとして、惚れたか?」

 こっちが恥ずかしくなるくらいに力説する硯を、滝川が茶化すようにツッコミを入れた。


「ああ、そだな。惚れたさっ」

 視線に気付いて見上げると、硯が真面目な顔でカナを見つめていた。

「おっ、愛の告白かぁ」

「ひゅーひゅー、部内恋愛は、ほどほどになぁ」

 周りの冷やかしに硯はまったく動じる気配がない。


「もちろん惚れたのは、カナのプレーさぁ」

 ああ、やっぱり。

 お約束でみんながズッこける。


 そりゃそうだよ、スズとはいつも一緒に練習しているけど、恋愛感情が芽生えた事は一度もない――元は同性だから、当然と言えば当然だが。

 加南の頃に知っていたが、自らをおっぱい星人と公言して憚らないスズである。

 好みが当時のままなら、カナはストライクゾーンから大きく外れた、大暴投だ。


「なあカナ。お前絶対、いい外野手になるさ。一緒に頑張るぞ」

 カナを見つめていた硯が、ようやく少しニッと笑った。

「ん。分かった」

 カナも少しだけ笑って、深く肯く。


 その後ミーティングは、明日の対戦相手である釧路湖畔の情報と対策へと移った。


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