21. 認定試験・一日め4 更衣室&お泊まり
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試験一日めの日程が終了し、ベンチに戻って来たカナを、鬼瓦権蔵の呪縛からようやく解放された佐藤監督が、普通の顔で出迎えてくれた。
「いやいやいや、カナお前、どんどん巧くなってないかいっ?!」
「はいー。出来すぎでしたぁ」
カナとしても、想像以上の上首尾だったと思う。
満面の笑みで応えたカナの肩を、監督が労うようにポンポン叩いた。
すると、菫さんと話していた夕張谷の鹿間監督が、こっちを振り向いて笑顔を見せる。
「成長してるんですよ、それこそ昨日よりも今日、今日よりも明日と。この年代の子たちを教えるのって、驚きと喜びの連続ですよね」
「成長かぁ……どうだろうね?」
菫さんが苦笑しつつ、カナの肩を抱いてくる。
「カナとしては、背丈が成長してくれると嬉しいなあ」
女子の成長曲線は男子より早いから、身体的には、一年と三年でほとんど差はない。
むしろ三年の方が体付きが女らしくなるから、身体能力は落ちるケースさえある。
鹿間監督の言葉は、カナたちへの励ましであるのは分かってたし、両監督の愛情も優しさも、充分に伝わってくるし、それを嬉しくも思った。
しかし監督たちの話した成長については、女子には少し当て嵌まらない。
男子――例えばカナン――に比べると、カナだって上達も成長もしているだろうが、その差は今後も開く一方だろう。
高校生にもなると女子は、身体的には男子に絶対に敵わない。
女子にもアドバンテージがあるとすれば、野球を続けてきた経験、という意味での成長だろうか。
ただし高校野球では女子選手の場合、公式戦に出られないと、その経験さえ格段に少なくなるのが実情だった。
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着替えに行ったシャワー室で、カナはお姉様方に取り囲まれた。
「香奈ちゃんちょっと、身体見せてよ、身体」
「あんな足速いって、どんな身体してんのか、興味あるっしょ」
「うわあ、ほとんど筋肉でないかい」
「ねっ、ねっ、どんな練習してるか、教えてくんない?」
シャワー室である。
カナはマッパでお姉様方の好奇の目に晒され、周りのみんなもほぼ似たような姿で、カナの身体をぺたぺた触ったりしている。
加南だった頃にこんな目に遭っていたら大変だったろうが、不思議と疚しい気分にはならなかった。
身体のすべてが、女になってしまったせいだろうか。
カナになってから、女所帯でずっと暮らしているので、裸をみる度にいちいち興奮してたら、気持ちも身体も保ちやしない。
この時カナに起きた感情といえば、マッパでじろじろ見られて恥ずかしい、という真っ当なモノだった。
それと――誰もがスポーツを真面目にやってきた少女たちらしい体型で、出るとこはきちんと出て、ウエストもキュッと締まっている。
それを羨ましいと思った自分に気付き、カナは少し戸惑った。
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やっとの事で人の輪から解放されたカナを待っていたのは、五月女姉妹だった。
――やっぱりこの中では、断トツに綺麗で、スタイルも凄い事になっている。
でも美香お姉ちゃんの方が、ずっとずっと綺麗かな。
双子はカナの前に仁王立ちして、フンと鼻を鳴らした。
「明日が楽しみね。栗川、あんたには負けないから」
やれやれ、まだそんな事言ってるのか。カナは少し呆れて小首を傾げた。
「なあ、真綾に沙綾。カナに勝ったって、試験に合格は出来ねえんだぞ?」
「なっ――」
「栗川、私たちを呼び捨てなんて、何様のつもり?」
そっちをツッコむのかよ。しかも思い切りブーメランだし。
カナは構わず、双子の瞳を交互に覗き込む。
「考えてもみなよ。この試験は勝ち負けを競うんじゃなくて、試合に参加出来る技量が女子選手に備わってるかどうかの、絶対的評価なんだぞ? カナたちに完全勝利があるとすれば、それはここに居る17人全員の、合格っしょ」
双子はしばらく忌々しげにカナを見つめていたが、やがて黙ってシャワーを浴びに行った。
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両監督に連れられて、菫さんとカナは、高野連が用意してくれた宿泊施設に向かった。
受験している17人のうち、11人は札幌市内在住なので、そのまま帰宅。
近郊に住んでいる北広島の人も、やはり帰宅。
というわけで今夜泊まるのは、菫さんとカナを含めて5人だけだった。
「ではよろしくお願いします――じゃあな、ふたりともゆっくり休んで、明日に備えるんだぞ」
監督たちの言っている内容は真面目だが、顔がまったく一致していない。
ふたりとも明らかに、さあ、これから飲むぞぉ、という顔をしている。
「はい、今日はどうもありがとうございました」
「明日もよろしくお願いします」
菫さんもカナも、もう子どもではないので、そこら辺りは承知の上で如才なく挨拶する。
監督たちを見送った後、菫さんがカナにコツンとおでこをぶつけて微笑んだ。
「ふたりとも明日、二日酔いで球場来なけりゃいいんだけどねえ」
「どこからどう見ても、仲良さそうですもん。羽目外さねえよう、釘刺しときゃ良かったかな」
おでこをくっ付けたまま、クツクツ笑い合う。
女子選手たちの運命を左右しかねない試験の真っ最中であるが、それでもお泊まりというイベントは、何だかワクワクする。
「お泊まり、楽しみだねえ。ちょっと不謹慎だけど」
「そですね。不謹慎だけど」
「遊ぶモン、持って来なかったから……たくさんお話しよ、不謹慎だけど」
「やっぱ野球の話っしょ、不謹慎だけど」
「それは不謹慎じゃないなっ」
要するに、ふたりとも試験の緊張がほぐれて、少し浮かれていた。
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程なく5人揃った処で、部屋の鍵をもらう。
貸部屋形式のアパートホテルで、5人ひと部屋だった。
二間の和洋室で、洋室にベッドふたつ。
残りは和室に布団を敷いて寝る事になる。
荷物を置いて、少し落ち着いた処で和室に集まり、ショートカットの眼鏡をかけた三年生が口を開いた。
「試験を半日受けて、それぞれ顔と名前くらいは一致してると思うけど……自己紹介しよっか。私は折口遥乃、釧路湖畔高校三年です。ポジションはピッチャー。ここでは私だけかな、二度めの受験は」
「ひえー」
「名門」
遥乃さんが口にした高校に、周囲から驚嘆の声が上がる。
道東随一の進学校であり、野球でも全道大会の常連。カナにとっては雲の上の高校だ。
「いや、それ程でも……」
理数科と普通科があり、偏差値の高いのは前者だが、遥乃さんは果たして理数科の方だった。
硬式のシニアで中学まで頑張り、難関校への受験もクリアしたという事になる。
「凄いですねー、遥乃さん。勉強も運動も出来るなんて」
「いやいや、どっちも中途半端、つーか……次、いこうよ」
頬を染めて照れながら否定する遥乃さんは、少し可愛かった。
小柄で華奢な――と言っても菫さんと同じくらいの体格だが――ポニーテールの女子が、恥ずかしそうに顔を上げる。垢抜けたお洒落な感じの、めんこい人だ。
「高岡千砂、函館工芸高校三年……ポジションはセカンドです。中学で軟式やってて……でもみんなほど上手くない、ていうか……」
「そんな事ないさぁ」
遥乃さんがにこやかに否定したけど、守備実技の動きも見劣りはしてたし、一次の50m走と遠投もあまり成績は良くなかったらしい。
「受かる自信は全然ないけど、みんな私を大切にしてくれて、チャンスがあるなら諦めるな、て背中を押してくれて……だから思い切って……」
目を伏せながら囁くように話す千砂さんに、みんなでうんうん、と肯いた。
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次に自己紹介したのは、ひときわ身体の大きな女子だった。
縦にも横にも大きく、肩幅も広い。男子みたいに短髪刈り上げの髪型だ。
「朝熊葉月、士別高校二年、左投げ左打ち、ポジションはファーストですが、ほぼ代打専門です。士別のクマゴローと呼ばれてます」
そう言ってカカカッと葉月さんは笑うが、風貌があまりにらしい感じで、正直カナは反応に困った。
中学時代は軟式シニアのレギュラーで全道にも出場したそうで、球歴上は遥乃さんと並んでエリートの部類である。
「葉月は身長、何センチ?」
「176あるよ。体重は……勘弁してくれ」
菫さんと打ち解けたように話す葉月さんだった。
菫さん、カナと自己紹介は進んでいく。
「夕張谷高校二年、宮古菫、ポジションはセカンドです」
「栗川高校一年、間柴香奈です。ポジションはレフトです」
葉月さんが口を挟む。
「南空知は軟式シニアの強豪だけど、香奈ちゃんは名前、聞かなかったなあ……中学の野球部かい?」
「はい」
ちなみに菫さんは、その軟式シニアの所属で、セカンドの控えだった。
つまり葉月さんとは既に顔見知りだったらしい。
「ふう……」
葉月さんだけじゃなく、遥乃さんまで長いため息を吐いた。
「だから野球って面白いよね。まったく無名のとこから、こんな逸材が出てくるなんて……」
「えっ? いやいや、カナそんな大層なモンじゃないっしょー」
遥乃さんが微笑みながら首をブンブン振る。
「香奈ちゃんはっきり言って、あんた凄いよ? 足の速さが規格外だし、守備範囲はうちのレギュラー並にあるし。肩だって充分実戦レベルだし。いったいどんな経歴歩んできたの?」
はい。男女で身体が入れ替わったという、ちょっと有り得ない経歴です。
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「ふうん、なるほどねえ……ピッチャーから外野手に転向して、スピード磨いたのかあ……だから肩もそこそこ強いんだねえ……」
感心したように、遥乃さんたちが肯きあう。
「足が男子並にあれば、外野手もアリなんだねえ……これはちょっとした、コロンブスの卵だわ」
菫さんがカナの後ろから腕を回して抱きつき、頬擦りしてきた。
「あたしも足には自信あったけどさ、香奈ちゃんには敵わないわあ。あの憎たらしい事言ってた双子も、同じ気持ちなんでないかい」
「ああ、五月女姉妹ねえ……あいつらって、いつもあんな感じなのかな? 嫌われるよね、フツー」
「ああいうタイプって、裏表が凄いのさ。男や目上の人には、ガラッと態度が変わる、って噂だよ」
その後、女子らしく恋バナをしようとしたが、カナはもちろん、遥乃さん、葉月さん、菫さんと収穫ゼロ。男子と接点は有りまくりなのに、見事なまでの男日照りだった。
「誰だよ、恋バナなんかしようって言ったヤツはさ」
「みんなだよ」
全滅かと思われたが、執拗な追及の結果、やはりと言うべきか千砂さんは彼氏持ちだった。
「そりゃそうだよねえ、これだけめんこいもん」
「男がほっとかないっしょ」
幼馴染の彼氏が野球部で、小5から野球を始め、中学高校と一緒に頑張ってきたらしい。
そういう野球の続け方もあるのか、とカナたちは妙に納得した。
「試験受かっても落ちても、野球部は最後まで続けるよ? 少しでも彼氏の役に立ちたいから……」
恥ずかしそうにちいさな声で、しかしはっきりと千砂さんは言った。




