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13. 春季北海道大会・空知支部予選三回戦 (vsアンビシャス国際)


 カナの認定試験に到るトレーニングの第一段階は、準決勝の前々日に無事終了した。

 一年の教室で、サオリンが小首を傾げている。

「カナ……」

「どしたの?」


「んー」

 サオリンが難しい顔をして、何やら考え込んでいる。

「あたしの気のせいじゃなければ、カナ最近、めんこくなったべ。まさかとは思うけど、恋でもしたかい?」


「いやいや、そんな筈はないけどなぁ……あ、でもさ、身体絞ったからかも知れない。痩せて少しスリムになった、かな」

「このヤロッ、あたしに無断でダイエットしやがってっ」

 サオリンのボディブローが、カナの腹筋に炸裂する。

「うっ」

 いきなりグーで殴るなよ、しかも本気で。


「おー、痛え。相変わらずカナの腹筋、カチコチだなぁ」

 サオリンが殴った右手をぴらぴらさせて、ふうふう息を吹きかけている。

 いちいち大袈裟だ。


 今回のトレーニングは、筋肉を付ける目的ではなく、余分な肉を減らす作業であった。

 体脂肪は間違いなく、トレーニング前よりさらに減っている。

「カナ、すっかりちびっ子ヘラクレスっしょ」

「いやいやそこはせめて、女ヘラクレスと呼んで」


 放課後。

「間柴香奈、今日から練習に合流させてくださーい」

 そう言って元気よくカナが頭を下げたのは、準決勝の前日だった。


「おっ、ようやく不良娘のご帰還かぁ」

 佐藤監督が上機嫌で声を掛ける。

「はいっ、ご迷惑かけましたぁ」

 そんな遣り取りに部員のみんなが『なんもだ』『なんもだぁ』と、口々に言ってくれるのが、嬉しい。


 準決勝の相手アンビシャス国際は、名将佐崎監督の指導を求めて、道内のシニアで活躍した選手が多数集まっている。

 さらに通学しながら通信制の授業を受けるという特殊な環境もあって、内地の中学から入学してきた選手もそこそこ来ていた。

 地元の生徒しかいない栗川とは対照的な、エリート集団だ。

 一年の滝川に硯ら数名は、軟式シニアの出身だが、レベルの差はともかく注目度は低い。


 強豪との闘いを明日に控えて、栗川のみんなは思いのほかリラックスしていた。

 諦めとかヤケクソとか、そんな感じではない。

 そんなみんなの姿は、カナには頼もしく映った。

 カナンと目が合うと、カナンは右手で握り拳を作り、歯を見せて笑った。


「やっと全員揃ったし……試合前の最後の練習、集中すっぞ!!」

 絶妙なタイミングで主将の広田さんが声を出し、カナを含めた全員が、おうっ! とグラブを叩いた。




 準決勝当日。

 カナは記録員として、背番号無しのユニフォームを着てベンチ入りした。


 試合参加資格のないカナは、試合前のシートノックも手伝いに終始した。

 試合開始直前に、ビデオカメラを定点で設置し、ベンチに座ってスコアブックを膝に置き、準備完了。

 余っている部員がカナ以外に居ないので、いろいろと忙しい。


「そ言えば……カナが居なかった一回戦と二回戦、スコアは誰が付けてたんですか?」

「俺だ」

 佐藤監督が歯を剥き出しつつ、カナに向かっておっかない笑顔を作ってみせる。

「俺がスコア書きながら、サインも出してた。ビデオ撮影は高橋先生にやってもらったさ」

「そうだぞ、大変だったんだから」

 顔の優しい部長の高橋先生は、笑顔で拳固を振り上げ、威嚇した。


「あはは……ごめんなさい。試験きっと、受かってみせます」

「そうだぞ、落ちたらひどいからなあ」

「えっ、どんなひどいことするんですかっ」

 カナの問いに、監督と部長が腕組みして黙り込む。どうやら具体的なひどい事は、何も考えてなかったらしい。


「んーーーっと……数学の補習、かな……」

「それ、野球と関係ないっしょ」


「それはそうと、試合始まるぞっ」

「あっ、はいっ――カナーン、けっぱれえ」

 アンビシャスの先攻で、試合開始。

 カナは慌ててビデオの録画を始め、振りかぶってカナンが一球めを投げた。


 試合は投手戦となった。

 五回を終わり、両チーム無得点。

 しかもアンビシャス、栗川ともに1安打ずつという内容だった。


 カナンの調子がすこぶる良いのと、相手は相手で、3番打者のフクローと4番の広田さんを徹底マークしていた。

 アンビシャスは栗川を毛ほども舐める素振りはなく、エースピッチャーを立ててきた。

 上背はないが、ストレートとカットボールが見分けにくく、芯を外されて凡打を続けている。

 かと言って他の球種、例えばスライダーを狙い打つには、ボールの質が良すぎてこっちの歯が立たない。

 佐藤監督も、タイミングを合わせて思いきり振れ、くらいのアドバイスしか出来なかった。


「アンビシャスのエース、さすがですね」

「基本はフォーシーム狙いで良い、と思うんですけどね……辛抱合戦ですわ」

 ナインをグラウンドに送り出した佐藤監督と高橋先生が、そんな話をしていた。


 六回表、アンビシャスが揺さぶりを掛けてきた。

 1アウトから1番打者が、三塁方向にセーフティバント。

 かなり良いバントだったが、カナンが素早くマウンドから駆け下り、グラブで拾い上げると、ダイナミックなフォームで一塁へストライクの送球。

 際どいタイミングだったが間に合い、アウトにした。


「カナン、ナイスフィールディング!!」

 思わずベンチでガッツポーズを作るカナだった。


「なんもだ。あんなバント、うちのバント職人に比べりゃあ、ひよっ子さぁ――なあ、カナ」

 佐藤監督がまたもやおっかない笑顔で、カナの方を見た。

「えっ、職人てカナのことですかっ?」

「おうさ」


「カナがバントで引っ掻き回してくれたお蔭で、どいつもこいつもバント処理が上手くなってなあ――お前のわがまま、しっかりチームの役に立ってるべ」

「――あっ、はいっ、ありがとう、ございます……」

 言葉を詰まらせたカナの返答に応じる事なく、佐藤監督は攻守交代で戻って来る栗川ナインを、立ち上がって出迎えた。


 六回裏。

 先頭バッターの1番滝川が、粘りに粘る。

 カットボールに芯を外されながらもファールで躱し、キレのあるスライダーにもついて行った。

 インコースにズバッと突かれた速球で見逃し三振を食らうまで、10球投げさせる。


 続く2番の石井さんも粘ろうと、バットを短く持って構える――が、相手が数枚上手だった。

 五球めのスライダーに敢えなく空振り、三振。

 これで栗川が喫した三振は二ケタの10個になり、3番打者のフクローが打席に入る。


 ここまでフクローは、無安打1四球。

 徹底して外を攻められ、歩かせても良いくらいの、ボールすれすれのゾーンで勝負されていた。


 この打席の初球も、外に見せ球のストレート。

 だがそのコースが、外したというには中途半端だった。

 フクローの眼光が鋭くなり、大きく踏み込んで、おそらくボール球のストレートを、フルスイングで振り抜いた。

 カキーーン。


「やったっ!」

「行けーーーっ!!!」

 ベンチが総立ちになって、右中間に高く舞い上がった打球を、見送っていく。

 白球は蒼い空にいったん吸い込まれ、再び現れると外野スタンドで高くバウンドした。


 フクロー、先制のソロホームラン。


「――すげえ……すげえよ、フクロー……」

 見ると、カナンが気合充分といった顔をして、グラウンドを見つめている。

 明らかに身体中から、アドレナリンだか何だかが、メラメラと噴出していた。

「カナン、あと三回だ。冷静に――」


「いーや、あんなモン見せられて、冷静でいられるわけ、ないさっ!」

 眼を見開き、歯を剥き出しながら、嵌めたグラブをポーンと叩き、キャッチボールに向かう。


「いい闘争心だ……穂波、人変わったみてえに、一皮剝けたなあ……」

 佐藤監督がポツリと呟いたのを、カナは聞き逃さなかった。


 ここからのカナンが、凄かった。

 カナンだけじゃない、フクローのリードも冴えに冴えていたのだろう。

 七回表から九回表まで、アンビシャスの強力打線が完全に抑えられるどころか、ただの一球も打球が前に飛ばなかった。


 九回表、2アウトまで八者連続三振。

 最後のバッターがようやくバットに当てたが、キャッチャーへのファウルフライとなり、フクローがキャッチして、ゲームセット。


 1対0。カナン、1安打完封。

 強豪アンビシャス国際を撃破した栗川高校が、地区代表決定戦に駒を進める。


 栗川の選手たちが駆け寄っていったマウンドの真ん中に、ひときわ大きな身体で歓喜の声を上げるカナン――かつての自分――の姿を、カナはベンチから見ていた。


覚え書き、栗川のラインアップです。

1(遊)滝川(一年) 2(右)石井(三年) 3(捕)鶴舞(一年)

4(一)広田(三年) 5(三)小林(三年) 6(左)北野(二年)

7(二)恵沢(二年) 8(投)穂波(一年) 9(中)硯(一年)

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