おまけ6:まゆ子とイルーネとクロディーヌ
「やった、できたー!」
放課後の教室で、イルーネが喝采を上げる。
彼女の隣で腕組みするまゆ子も、満足げに何度もうなずいていた。
二人の目の前には、長靴を履いた猫の軍団が、ナーナーニャウニャウとひしめき合っている。
知恵猫の集団だ。
魔界から召喚したのではなく、全てイルーネが創造術で生み出したもの。
動物の創造が苦手だった彼女なのに、今回は輪郭もくっきりしている。
「マユコちゃんのおかげです! ありがとうー!」
感極まった、と言わんばかりに飛び跳ねて、イルーネはまゆ子に抱きついた。
その勢いにのけぞったものの、まゆ子も彼女の背を叩いて労う。
「よくぞ上達したぞ、イルーネよ」
「ううん、マユコちゃんが教え上手だからだよ」
顔を離し、イルーネはキラキラした琥珀の瞳でそう告げる。
褒められ慣れていない魔王は、途端に赤面して顔をそらした。
照れ屋だなぁ、とイルーネはなおにこにこと笑う。
「教え上手だし、マユコちゃんは学校の先生になればいいと思うんです」
そしてさらり、ととんでもない提案をする。
──魔界の王に、人の子らを導けと? 馬鹿を申すでない!──
まゆ子の顔がひきつった。
「何を、世迷い事を……」
「本当よ、ふざけないで!」
がたんと教室の扉を開き、憤慨した様子でクロディーヌが割り込んだ。
「こんな王様口調の頭でっかちが教師だなんて、考えただけで恐ろしいわよ! 子どもたちが可哀想でしょ!」
む、とまゆ子の眉が吊り上がる。
しかし彼女が悪罵を吐くよりも早く、イルーネがケット・シーを抱きしめて首を振った。
「わたしは本気ですよ。だってこの前の召霊夜のパーティでも、皆を上手に叱っていましたし。面倒見も良いし。天職だと思いますよ」
『む……』
召霊夜に良い思い出がないまゆ子とクロディーヌは、揃って顔をしかめた。
それに気付かず、イルーネは無邪気に首をかしげる。
「ところでクロディーヌさんは、どうしてここに?」
「……忘れ物したのよ」
クロディーヌは忌々しげに吐き捨てて、自分の机からごそごそとノートを取り出す。
そして、ちらちらと、毛づくろいするケット・シーらを見つめた。
何とも物言いたげないじめっ子にも、イルーネは優しい。にこにこと、自分が抱きしめていた一匹を差し出す。
「良かったら触りますか? 手触りも、今回は上手く再現できたんです」
再現、という言葉に、クロディーヌは睫毛の長い瞳をまたたいた。
「あなたが作ったの? 創造術で?」
はい、とイルーネが照れ混じりに答える。
「授業では、ゼリーみたいな犬を作ってたのに」
などと悪態をつきつつ、しっかりケット・シーを撫でくり回している。動物好きであるらしい。
「マユコちゃんに、コツを教えて貰いました」
「あら。貧乳の割に、本当に教え上手なのね。貧乳なのに」
「二度も申すな、この貧脳めが」
まゆ子が歯を見せてうなる。
「そっちこそ、その変なあだ名を言わないでくれる? 徐々に浸透しつつあ・る・ん・だ・け・ど!」
「フワハハハ、事実だからな。ざまあみろ」
反り返り、まゆ子は高笑いをする。それにクロディーヌが地団駄を踏んだ。
「もう。ケット・シーちゃんたちが怯えてます。少しは仲良くしましょうよ」
耳をぺたんと倒した長靴猫たちを見渡し、イルーネは肩を落とした。
しかしこれだけ嫌がる素振りを見せていた割に。
学期末に手渡される進路希望用紙には、しっかりと教育大学の名前を書いているまゆ子であった。
貧弱な魔王さまのおまけ話も、こちらで完結となります。
今までお付き合い下さり、ありがとうございました!




