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1001番目の男  作者: ノーマー=Z=クアーズ
第1章 ヒトトナリ
6/28

6番目 bias

 上田が召喚され1日目の夜が明けた。

 時刻は6時30分。

 辺りに音はない。

 一度目が覚めて、完全に覚醒する前に、また寝る。上田はそれを至上の喜びとしている。

 鳥や虫の鳴き声すら一切聞こえない。

 その上、思考も視界もはっきりしていない。

 最高のコンディションである。

 まだ薄暗いことを確認すると、上田は再び布団の中に潜り込んだ。


 足音が聞こえる。

 例のメイドだろうか。

 上田の部屋の前で足音が止まると、ドアをノックする音とともに声が聞こえる。

「朝です。朝食の用意ができましたので、食堂までおこし下さい。……食堂の位置は、わかりますね?」

「ええ、はい。行けます……」

「では、食堂で」

 そう言葉を残すと、メイドは、また足音を立てながら上田の部屋の前から遠ざかっていった。


 上田が昨夜と同じ位置に座り、今度は、熱々のコーヒーを飲む。

 熱をもった液体が喉を通っていくのを感じる。

 それとともに、霞がかっていた脳内がクリアになっていく。

 朝食において、上田が重視しているのは、この一杯だけだった。

 喉を焼くようなコーヒー。

 これが、一日の始まりを告げる。

 黒い熱が、食道を通り腹へと落ちる。

 それが、脳の活動を開始させるスイッチのようなものだった。

 そのスイッチが、今、ようやくオンへと切り替えられようとしている。

「食事の後に、早速講義にしましょう」

 しかしてマリアは、とっくにフルスロットルのようだった。


 部屋を変え、今度は客間だろうか。壁沿いに棚があり、その中には置物や本も並べてある。部屋の中央には二つの赤いソファ。それらは滑らかで光沢のある石でできたテーブルをはさむ形で置かれている。これまでに見た家具とは明らかに趣が異なった。装飾が派手なのだ。どれもしつこいくらいの意匠が施してあり、上田にはそれがしつこくて煩わしいものに思えた。

 今日のマリアは昨日と違い、シックないでたちだ。屋敷内といえど毎日違った趣の服装をしているようだ。女性ということで身だしなみには気を使っているのだろう。それに対して上田は変わり映えがしない。朝食後にシャワーを浴びさせられたが、服はそのままなのだ。ただ、上田はサイズが合っていて、着られれば何でも良かった。

 扉側と部屋の奥の窓側に上田とマリアがそれぞれ座り、マリアが口火を切る。

「魔術と世界情勢、どちらのお話を先にしますか?」

 昨夜の様子では、結局、マリアはどちらも話すつもりのようだったので、上田にとっては話す順番など正直どうでも良かった。しかし、メインは魔術の講義であったようなので、自ずとマリアの望む、事前に組み立てておいたであろう構成も見えてくる。

「まず、この世界について聞かせて下さい。ええと……ノーサ・ベリカでしたか、この国の名前は……。どんな国なんですか? 例えばほかの国と比較してみた場合とか……」

 上田はマリアにそう質問した。

 先に軽く異世界情勢をきいておけば良いだろう。重要度で考えればどちらも変わりないが、マリアが力を入れたいのは魔術の方であることは明白だ。

 マリアは身ぶり手ぶりを交えながら話していった。

「ほかの国ですか……。国自体はたくさんあります。それこそ全ては把握できないほどに。ですが、その中でもソータさんが特に知っておくべきものが五つあります」

 ここでマリアはメイドを呼び出した。メイドの手には丸められた紙が握られている。それをテーブルの上に開き、四隅を重りで押さえた。地図だ。いわゆるメルカトル図法を用いて描かれた、異世界の地図のようだ。見た限りでは大陸がひとつながりになっており、大雑把にいえば南北の内角が鈍角のひし形だ。

その地図には大陸の海岸線と、大まかな地形の他には何も描かれておらず、地名はわからない。

 地図を使いながらマリアが説明を続ける。

「私側が北ですからね。まず、知っておくべき国というのは、我がノーサ・ベリカに、エウロペ、ソヴェット、エイシャ、アヴリーサの五つです」

 マリアは左手にペンを持ち、地図上の該当する部分を線で囲っていく。

 大陸の北西部がノーサ・ベリカらしい。縮尺がわからないため、同じく面積もわからないが、大体大陸の1/5を占めている。かなりの大国と言えるだろう。それから中央にエウロペがあり、北東、南東、南西部分にそれぞれ、ソヴェット、エイシャ、アヴリーサだ。これで国同士の位置関係についてはおおよそのところを把握することができた。

 マリアはペンを置き、具体的な説明に入る。

「それぞれ特徴を述べるとするなら、……そうですね、我が国は国防に力を入れており、エウロペは交易、ソヴェットは魔術、エイシャは芸術で、アヴリーサは呪術といったところです。先の大戦以降、これら五大国を中心に世界的な協調路線をとっており、国同士が争うことはほとんどありません。それくらいのことを知っておけば、他国については充分でしょう」

 機嫌良くマリアは続けていく。

「ですが、我が国の説明をするには、さらにユーライスト教のお話も必要ですね」

 そう言ったマリアを見て、上田は、昨日のことを思い出していた。

 マリアの国について語ったときにみせた、怪しい光を放つ目。

 どこまでも澄んで、それゆえに、底しれぬ不安を抱かせる、例の目だ。

「まずユーライスト教は、主を絶対の神とし、……」

「なかなか、……なかなか興味深い話ではありますけど、その、私が相手をするという、ソヴェットのことも聞かせてもらえませんか?」

 意気揚々と喋りだしたマリアだったが、上田はそれを断ち切った。

 マリアは残念そうな顔をしているが、上田の判断も仕方がない。なにしろ、初対面の人と宗教の話をするのはタブーとされているし、その上マリアは、中でも特別面倒なタイプの、いわゆる狂信者のようなのだ。この後話がどのように転んでいくのか、良い想像はしづらい。たが、たとえブレーキが壊れていようとも、加速しきる前ならなんとか止めることができる。今回は、運良く事前にその兆候を察知することができた。翠の瞳が輝きを増すとき、マリアの心と体のクラッチがつながるのだ。今ので半クラといったところか。それでもそのパワーは驚異的なもので、上田も勢いを逸らすことで精一杯だった。

 上田としては、目の前のやっかいで敬虔な信者を生み出した異世界の神に、マリアが再度暴走しないことを願うばかりだ。

「ソヴェットという国は一言で言えば、嫌な国です」

 しかしながら異世界情勢に関する講義の後半戦は、苦々しげな顔とともに語るマリアから始まった。

 その様子からは、どうも公平な、客観的な意見は聞けそうにない。

 それでも上田は続きを聞く必要がある。

 上田を召喚したというマリアの口から聞いておかなければならない。

 どのように語るのか、上田を召喚した意図を探る上で参考になるはずだ。幸いマリアは、自分の意思を隠すことがあまり得意ではないようなので、多くのヒントを得ることも不可能ではない。

 機嫌良く喋らせておけば良い。

「なぜ、あなた達は対立しているのですか?」

 細かい部分はとばして、上田は率直に質問した。

「それは、奴らが……」

 そこでマリアは、天井を見上げると一呼吸置いた。

「失礼、原因は彼らにあるのです。私たちと同じくらいの歴史をもちながら、……仮にも五大国の一つとして数えられながらその責務を果たそうとしないのです」

「というと?」

「先程も言ったように、彼らは魔術に関してその他よりも秀でている部分があります。その中には、私たちもまだ知らない技術があります。そしてそれらを……独占しています」

 マリアの視線は、いつのまにか上田に戻されている。

「この世界のものにとって、魔法はなくてはならないものです。今日では、あらゆる分野でその技術が応用されています。生活にとけ込み、家事はもちろんインフラは殆どが魔術無しでの運用ができません。当然この屋敷にだって使われてますし、それから軍事にも……。ですから、日々の生活のため、ひいては世界平和のためには、それらが共有されなければいけません」

「では、他の国ではきちんと技術の共有がなされているということですか?」

「はい、もちろんです。各国から協会に人材を派遣し、そこで共同で研究をしたり、論文が発表されたりしています」

「教会にそんな機能が?」

「全世界を巻き込んだ戦争を経て、主要な攻撃手段である魔術を管理するために協会が作られたのです。ですから、協会はいわば平和の象徴。みなが手を取り合ってこれからの生活を豊かにしていこうという意思の証なのです。それなのにあの国は、あの国とその属国だけは協会に加わろうとしないのです。主も仰いました、隣人を愛せよと。弱き私たちは協力し合わなければいけないのです。それを無視し、踏みにじった。それが彼らの罪です」

「なるほど、それが対立の理由ですか」

 指で眉間をさすりながら、上田は尋ねる。

「……ですがあなたは私に守ってほしいと言っていましたよね。今の話によれば、マリアさんたちは、守るよりも、攻める方の立場ではないのですか」

「いいえ、違います」

 そう断言するマリアの瞳に、一切の迷いは見えない。

「奴らは、近い将来、これまでに蓄えてきた未知の魔術を使って必ず私たちを攻めてきます。間違いありません。であれば、当然こちらとしても黙ってやられるわけにはいきませんから、防衛の準備をすすめています。ただ相手に未知の魔術という切り札がある以上、どうしても私たちが不利な状況です」

 マリアは顔をうつむかせ、泣き出しそうにも見える。

「ですから……ノーサ・ベリカを、いや、この世界を守るために、どうかその力を役立ててもらいたいのです」

 またこのパターンか、と上田は辟易していた。

 しかしこれに対する態度は既に決めている。

「わかりました。私にお任せ下さい」

 上田なりに、精一杯愛想良く言ったつもりだったが、果たしてマリアの目にはどう映ったのか。

「ありがとうございます。それでこそ英雄です」

 そう言ったマリアの顔には、笑みが溢れ、それを見た上田も安心した。

 とりあえず、マリアにとっての英雄像に近い雰囲気は出すことができたようだ。

 時計を見てみれば、まだ10時を過ぎたところだ。

 現在の異世界情勢については、おおよそのところを聞くことができたので、次はいよいよ魔術講義である。

 隠された力は未だに感じてなどいないが、本当にあるのだとすれば上田としてもそれを充分に有効活用してやるつもりだった。そう思っていたのだ。

 上田はこれまで、あまり魔法が出てくるような創作物に触れたことがなかった。しかし、魔法がどのようなものか、ある程度は解るつもりだった。

 上田はしばしばもの思いにふけることがあった。多分普通の人より空想に費やした時間は多いはずだ。その中で何度か魔法について考えたこともある。ただ、そのような時はたいてい、魔法がどうして使えるのか、その原理の考察に終始して、実際に使う場面まで進むことは無かった。

 マリアの話しようから、何となく、魔法が便利であることは想像がついたが、得体の知れない異界の技を、果たして自分が使えるのか、まだ信じられずにいた。

 一方、先程ようやく得られた満足のいく解答に、マリアは機嫌を良くしているようだ。

 それは、上田自身の口から、マリアの頼みごとをきくという言葉が出たのが初めてだったからだろう。もちろん望む答えが出ようと出まいとマリアのするべきことは変わらず、上田にさせることも変わることはなかったはずだ。それでも上田本人が乗り気であるか否かが、事の成否に関わることも、また確かなことだった。

 マリアが時計を確認した。

 まだ正午にもなっていない。

 2人がそれぞれに思いを巡らせながらも、マリアによる魔術講義が開始した。

「まずは、魔法をお見せしましょう」

 そう言うとマリアは、右手の人差し指を立たせると、ほかの4本の指をたたんだ。

「よく見てて下さいよ。……ファイヤ」

 短い間ではあったが、人差し指の先に火が灯されたのを、上田は確かに見た。

「あれ、あまり驚きませんね……。もしかして魔法、見たことあるんですか?」

「いえ、驚いていますし、見るのも初めてです」

 上田はそう返した。本心だったのだが、マリアはやや不満そうだ。

「どうやったのですか?」

「ふうん、一応興味はあるみたいですね。でもその前に今度は魔術です。今度こそ良い反応を期待してますよ」

 今度は右手を開きマリアの体の右方向に向けて手をかざす。

 すると手のひらの前に、淡く青白い光を放つ魔方陣が現れる。

 これで終わりかと上田が思いだしたところで、魔方陣から強い光が放たれた。

 いつのまにか開いていた窓を通り、その光の筋は森にまで達する。それから上田を見てマリアは笑った。

「うん、成功です」

 マリアの視線の先の上田は腕で顔を覆い、ソファから立ち上がり中腰になっている。

 上田は驚いていた。

 それは、女性としてもあまり太くはないマリアの腕の先から、急に光線がでたことに対してもそうだが、上田自身が気付かぬうちにソファから腰を浮かせていたことに対してもだ。上田はマリアが目尻を下げ、口角を上げ、指摘するまでそのことに気がつかなかった。自分の驚きように驚いていたのだ。

「今のが魔術です。見てわかったと思いますけど、魔法との違いは、……座ったらどうですか?」

 中腰はすでに止めていたが、今度はソファの前で真直ぐ立つ上田にマリアは声をかけた。

「そんなに驚くなんて……、まあ期待通りではありますけど」

「ええ……、すごく……驚きました」

 つぶやいた後、ようやく上田は椅子に腰を下ろした。

 上田は、自分が召喚されたことの意味を甘く見ていた。

 マリアの言葉などほとんど信用するに値しないと思っていた。

 守るという言葉にどこか柔らかさを感じていたのである。

 ようやく、そしてはっきりと認識した。

 上田が巻き込まれようとしているのは戦争だ。

 中でも上田は、英雄と呼ばれうる力を持つことを期待されている。

 今や驚きは怒りに変わっていた。

 それは、マリアの不十分すぎる説明にではない。上田が魔術という力を手に入れ、行使しなければならないということに対してである。なんと上田は、殺しあいの舞台に無理やり引き出され、あまつさえ、そこで主役を演じさせられようとしている。

 なんとも滑稽な話ではないか。

 上田の都合など一切無視して、わけのわからない、帰ることができるかどうかもわからない場所に連れてこられた。

 見目麗しい女性に守ってくださいとおだてられ、ご丁寧にそのための技まで仕込まれている。

 ものは言いようだ。

 守るのではない、殺すのだ。

 あのような力は、守るための技術ではない。いかに効率よく人を殺すか。そのために作られ、磨かれた技術だ。それが悪いとは言わないが、今この状況は違う。

 言葉巧みに(けれど薄っぺらく小汚い嘘で表面を塗り固めた上で)、何も知らない人間に(しかもそのことを承知しながら、もっと酷いことにあえてそのような人間を選んでまで)、良いものだと言って押しつけている。

 彼女にどのような背景があるのかは知らない。

 どのような精神でその行為に及んでいるのかは知らない。

 結果どのような感情がおとずれるのかは知らない。

 だが上田は知っている。

 どんな背景があろうとも、どんな精神でいようとも、どんな感情が待っていようとも、情状酌量の余地はない。

 少なくとも上田が認めることはない。

 他人が認めても問題はない。

 自分がそう考えている。それで充分なのだから。

「ふふ、でもソータさんは、間違いなくもっと強い魔術が使えるようになりますよ」

 屈託のない笑みを浮かべて、マリアが言った。

 上田にはその言葉が褒め言葉なのか、それとも皮肉なのかわからなかった。

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