表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1001番目の男  作者: ノーマー=Z=クアーズ
第1章 ヒトトナリ
4/28

4番目 天丼

 屋敷の前まで行くと、護衛の2人を屋敷の前の門前に残し、上田は女性のメイドに中へと迎えられた。金属の柵と屋敷の間には花壇がある。何種類か花が植えられており、暗い森の中でそこだけ華やかだ。上田たちは両脇の花壇を横目に屋敷内に入っていく。防寒対策なのだろうか、木製の扉は分厚く、開こうとするメイドの手に力がこもる。中に入りすぐに目に入ったのは、またもや扉だ。しかしマリアはその扉を無視してそのまま屋敷の奥へと消えていった。そして上田は、代わりに残ったメイドにこれからの説明を受けた。

「夕食の時間になりましたらお呼びしますので、それまでは部屋で休んでいて下さい。質問等は夕食後に受け付けます。明日以降の予定もその際にお伝えしますので。ではこちらへ」

 それだけ言うとすぐに上田は部屋へと案内された。


 ドアから入ってきて右方向へと部屋は拡がっている。

 目線と同じ高さのクローゼット。

 ダブルサイズのベッド。

 その横には、ベッドに合わせた背の低いタンスがある。

 さらに奥、大きめの窓と、その手前に椅子、テーブルとその上には時計。

 時計の針は2時30分を示している。

 木でできたそれらに華美な装飾は一切施されてはいない。だが、艶のある肌と無駄のないデザインは、それなりに格のある品であることを感じさせる。

 服を脱ぎながらベッドに腰掛けると、上田は、これまで、そしてこれからのことを整理し直していた。


 どうもメイドは、上田のことなど大して気に留めていないらしかった。玄関先で、軽く今日の予定を説明し、上田が口をはさむ隙など一切与えず、すぐに階段を上がり部屋まで案内した。室内の備品についての話もなく、本当にただ通されただけである。その間は常に無言、全く無表情だ。高級ホテル並みの扱いを要求しているわけでもないのだから、せめてもう少しくらい柔らかい態度であるべきではあないのだろうか。だいたいマリアにしてみても、口調こそ丁寧で、優しい女性といった感じではあったが、最後まで翠の瞳の怪しい輝きは消えていなかった。会話の中の反応からは、割と表情豊かなタイプに見えた。といってももちろん顔は見えなかったため、本当のところは、まだよくわからない。しかし、ただ明るいだけではなく、彼女の内側と外側、本当の感情と作られた無邪気さ。その差異があったように思える。それがなかった、衝動と行動が一致していたと感じたのは、唯一、自国への愛と敵国への憎悪を語ったときのみだ。あれが演技だったというのなら、上田に彼女の素顔を知るすべはない。それでも現状、数少ない情報源の一つであることも、また事実だ。

 一体マリアの言葉はどこまで信用できるのか。

 マリアが真実を語る気がないのであれば、おそらくメイドもそのようにするだろう。メイドのマリアに対する態度は、少ししか目にしていないが、そこにおかしな点は見いだせなかった。普通であれば面従腹背ということもありうる話だ。ただあのメイドに限ってはそのような器用なことはしないだろう。いや、できないのかもしれない。上田へのあからさまな冷たい仕事ぶりからはそう考えるのが妥当だ。

 そこまで考えて上田は、目を閉じ右手の親指の腹で眉間をさする。これは彼が考え事をするときの癖だった。親指から順に中指へ、そしてまた親指へとさする指を変えていく。いつから、そしてなぜ、このような癖がついたのか彼自身は知らなかったし、それ以前にこの癖に気付いてさえもいなかった。

  

 第一に、ここが異世界と言っていたが、それは真か偽か。

 異世界とは何か。

 異なる世界。

 何が異なるのか。

 何と異なるのか。

 時間、とき――。

 午前7時だった。正確にはあと1秒で、だったが。カーテンの隙間から漏れてくる日差しは、厳しい夏を予感させていた。

 だが洞窟外の寒さは明らかに夏ではない。

 冬になるまで上田を寝かせておいたのか。

 これは、ない。

 体毛処理や食事排泄など、かいがいしく世話をしていたのだとしても、筋肉の衰えまでは防ぐことができないからだ。現在上田の筋力には、いささかの衰えも感じられない。

 ただ、気温の問題は別の方法で解決することができる。

 それは、寒い場所に移動することだ。南半球でも、もしくは北極や南極でも良い。とにかくそういったところに行けば、夏の日本から時間を置かずに真冬の寒さを体験することができる。

 上田が移動して洞窟内で過ごした時間は、どれほど長く見積もったとしても、2時間から3時間が限度だ。

 ここの部屋の時計は、3時。

 つまり、上田が洞窟内で目を開いたのは、だいたい正午ということになる。

 先程の、『極寒の地へ移動法』では、不可能だ。午前7時から数時間でそこへ行くことはできない。

 しかしながら、丸1日か2日使えばそこもクリアできる。もっとも、そうであれば上田が違和感を感じないような時間に、目覚めさせることもできたのではないかという疑いが湧いても不思議ではない。

 空間、場所――。

 上田は自室で寝ていた。そこには彼以外いないし、自室というのは決して洞窟ではなかった。

 そこから、一瞬にして場所を移動した。否、させられた――。

 上田聡太という(トランクスも含む)体のみが。

 意識さえも置き去りにして。

 どのようにして?

 例えば、最も常識的(わけのわからない場所へ本人に無断で連れていくことが常識的であるかどうかは甚だ疑わしいが)な方法を考えるのなら、上田の意識を失わせてから洞窟まで運んだ。

 もっともらしい手段にも思えるが、やはり説明不足だ。

 壁にかかった時計の秒針から上田は目を離さなかったし、瞬きもしていなかった。気を失ってなどいないはずだ。

 百歩譲って、眠っていたこともわからないように気絶させる方法があったとしよう、しかしまだ追究すべき点はある。

 上田は立っていた。

 意識がないのに立っていたのだ。

 参考までに上田には夢遊病とか、そういった類の持病はない。

 となれば、上田が立つ理由はないのである。ただ、他の人間に立たされた場合を除いて。

 では立たされた、そして然るべきタイミングで上田への支えをといたのか。

 なんとも馬鹿らしい光景だ。あり得るあり得ないはおいといて、そのようなことを思いつき、実行する人間は間違いなく馬鹿だ。信じがたい。

 そうはいうものの、上田は今、実際に自分の知らない屋敷の一室にいる。

 見方を変えよう。

 どうやって、ではなく、なぜ。

 どうして、上田をこのような所へ連れて来たのか。

 マリアいわく、『ノーサ・ベリカを守るため』。聞いたことはないが、ノーサ・ベリカは国のことらしい。

 要するに、マリアは上田に、一国を守ってほしいと言っているのである。

 正気を疑う発言だ。

 過去のどんな偉人でも、その人独りで国をどうこうできるはずがない。しかも上田は、偉人でもなければ英雄でもない。単なる一般人だ。凡骨、凡百、凡庸。右を向いていなければ、左には必ずいる人間だ。

 確かに多少筋力はあるほうだと自負しているが、たいしたことはない。

 ボディビルダーほど魅せる筋肉はないし、アスリートほど使える筋肉もない。

 たしなむ程度の筋力トレーニングを、こつこつ続けてきたのだ。それで何がどうするということもない。

 頭脳に関しては平均よりも、ややマシだ。

 一応、一つの事実として、全国でもそれなりに名の知れた大学へ通っている。だがそれは、あまり参考にはならない。いわゆるそういった学力というものは、要領の良さであったり、少々の努力の継続によって左右されがちだからだ。学歴から知ることのできる情報は多くない。

 学歴以外でいえば、上田はTOEICで中々の成績を修めていた。彼は学問の中でも、語学の分野が得意だったのだ。専攻もそこに関わるようなものを選んでいた。

 では、その類稀なる語学センスが国を救うのか?

 これもまた、答えはNoだ。

 一概には言えない部分もあるが、それは外交上で長期的に見て、のことなので、マリアの言っていたこととは異なる。

 彼女は何も政治に絡んで欲しくて上田を喚んだわけではない。

 もっと短絡的に、ズバッと解決してほしくて喚んだのだ。

 そのような男をなぜ?

 たまたま上田、なのか、あえて上田、なのか。

 前者だとすれば、迷惑もいいところだ。

 運が悪かったというだけで、国の命運を背負わされかけている。

 後者は、やはり理由がわからない。

 だいぶ論点がずれたが、結局のところ、ここが異世界かどうかはわからない。

 そもそも、元の世界と異世界の定義さえ定かではないのだから仕方がないだろう。

 ただ、移動があったとして、異世界が、移動の前後で空間と時間が甚だ異なる世界だとするなら、ここが、上田聡太にとっての異世界であることを、認めなければならない。

 そして、何にせよ移動はあった。

 認めなければならない。


 第二に、考えるべきは何か。

 ここへ来た方法、理由、マリアの言葉の真偽、そして秘められた力。

 方法も理由も知っておいて損は無いかもしれない。

 マリアが言うところの召喚という、上田にはなじみのない手段で来させられたこと。

 もしかしたらそのやり方は、この世界ではごく一般的な移動方法の可能性もある。となれば、ゆくゆくは上田もそれを習得し、元の世界に帰ることができるようになるかもしれない。

 ノーサ・ベリカをソヴェットから守ること。

 上田が考えるよりも、穏便にやれる可能性もある。内政に参加したりして、武力制裁ではなく、経済制裁によって、制圧できるかもしれない。

 彼女が信頼に値する人物かどうか確かめることも今後の役に立つかもしれない。

 信憑性の高さは、信頼度の高さだ。マリアが信用するに足る人間であれば、これまでの仮定が、全てそのまま結論となる。

 力についても、あって困ることはないだろう。しかし、あるかどうかも疑わしい上に、もしあったとして、その先活用できる場面がなければ意味は無い。一体何に活用するというのだろうか?

 『あえての上田』は、力があるからなのかもしれない。そしてそこに、上田本人も知らない出生の秘密が隠されていたりする可能性もなくはない。

 しかしながら、どれもこれも話の出所がマリアだ。仮定と想像の話で、得るものが少ない。

 虚ばかりで実がない。

 それでは実の部分、上田の立場で心配すべきことはあるのだろうか。

 例えば上田の日常にまつわる問題。異世界にいることで、支障をきたしてしまうこと。

 今日、元の世界でいうところの今日。

 何か予定はなかったか。

 1時限から授業があった。

 とりたてて重要なわけではないが、あるにはある。

 上田はこれまで一度も授業を休んだことはなかった。特にそういったことにこだわっている訳でもないが、出席できるなら出席すべきという考えだ。彼は約束を守る人間なのである。だがそれは、正義感や、相手への思いやりなどではなく、ひとえに、彼自身のためであった。そもそも他人という存在を信用していなかった彼は、約束の効用を周囲への抑止力としてしか考えていない。自分が約束を守るからこそ、他の人間に守らせる力を持つことができる。

 そう、つまり今、最も上田が考えるべきは、1時限に遅れないように出席する方法、ということだ。


 第三に、目的達成の方法だ。

 授業に出席するには、まず、元の世界に帰らなければならない。厳密には1時限の開始時間などもあるが、異世界なんかに移動してしまっている以上、そのようなものはどうとでもなると考えておくべきだろう。ちっぽけな問題だ。

 大事なのは帰る方法、それを知ること。

 そのためにはやはり、召喚された方法と理由は知る必要があるだろうし、おそらく、喚んだ本人であるマリアについても、もっと知るべきだろう。それら情報を得るためには、後ろ盾となる力も当然必須だ。

 つまるところ上田にできるのは、確からしい情報を集めていくことだけ。

 いずれ帰るにせよ、当面は協力的な姿勢をみせておくのがベターな選択か。


 上田の眉間をさする指がようやく一往復しきるころ、ドアをノックする音が聞こえた。

「夕食のお時間です」

 時計に目をやる。5時だ。

 上田が立ち上がり、窓の方を見るとすっかり暗くなっている。ふと、ガラス面に映った自分の姿に目がいく。

 白い肌に映える黒いトランクス。普段通りの上田の姿だ。

 考えるべきは……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ