表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1001番目の男  作者: ノーマー=Z=クアーズ
第2章 アキラメ
28/28

28番目 これぞ打ち切り

 リュジュアックで基地の隊員は、それなりの影響力を持っているらしい。

 射す日差しも柔らかくなってきた今日、上田は『禁じられた書庫』の場所の情報を探してエリアLv.5を歩いていた。迷子にならぬよう、基地周辺から離れすぎないことを心がけ、聞き込みを続けた。しかし中々芳しい結果を得ることができず、街の中心から少しそれてしまう。引き返そうとしたところで出会ったのが、フードをかぶった人と、その人を取り囲むようにして立っている髪をツンツンに立てた3人の男性だった。

 フードの人は壁に背をくっつけ、明らかにツンツン髪の男性たちに絡まれている風だった。今は見回り当番でもないし、静かに立ち去ろうとしたのだが、不注意から大きな音をたててしまい彼らに気付かれてしまった。仕方なく彼らの元に歩み寄り、隊員証を提示すると、ツンツン髪の男性たちは何も言わず街の奥へと消えていった。良いことをしていたというわけではなかったということだろう。隊員証を一目見るとあからさまに血相を変えて走り去っていったのだった。何も言わず、ただ基地の隊員であることを示しただけであの反応だ。アウトローな人たちには余程好ましくない存在ということになるだろう。

 さて、図らずも助けることになってしまったフードの人を見てみる。

 背は高くない。上田の胸の高さまでしかないだろう。線も細く、もしかしたら女性かもしれない。一見して身につけているとわかるのは、クリーム色のコートと色の薄いブルージーンズだ。また、膝まで丈のあるコートにフードを深くかぶっており、その顔は見えない。そして、左腕の二の腕部分には赤い布が巻いてある。目深にかぶったフードに、赤い布――。

「いやあ、お兄さんには、また助けてもらっちゃったね。ありがとう」

「どういたしまして」

 不意に述べられた感謝の言葉に、反射的に返した。そして気付く。

「『また』ですか?」

「あれ? 忘れちゃった? ほら、クレアモリスの路地でも助けてくれたじゃない。それでお礼に予言までしたのに」

「予言? ……ああ、あの」

 あの似非予言者か。3日以内に危険が迫ると言っておきながら襲撃にあったのは4日めで、結局予言の外れていたあのフードの人だったのか。

 ようやく合点のいった上田を見て、腕組みしながら彼女は言う。

「む、お兄さん今失礼なこと考えてるでしょ。わかるんだからね」

 そういえば、相手の考えていることもわかると言っていたような気もする。全く何から何まで怪しい女性だ。

「いえ、そんなことはありませんよ」

 とりあえず否定してみると、彼女は一つ息を吐いた。

「まあ、あたしは大人の女だからね、許してあげる」

 今度は腰に手をあて、小さな体で胸を張っている。できる限り大きくみえるようにしているようだ。

 本当に考えが読めているのかどうかわからないが、とりあえず面倒ではあるのでこの場を立ち去ることにする。

「そうですか、ありがとうございます。私は用事の途中ですので、これで」

 そう言って来た道を帰ろうとすると、コートの裾を引っ張られた。

「まあ待ってよ」

 もちろんフードの女性だ。上田が立ち去る理由を述べようとするが、それを遮って彼女は話しだした。

「まだ帰らなくても良いんじゃないの? まだ目的は果たしてないんじゃないの?」

「目的?」

「そう、目的。お兄さんは何のために、こんな所を徘徊してるんだったか、忘れたわけじゃないよね?」

 確かに彼女の言う通り、『禁じられた書庫』の場所の情報を手に入れるという目的は、達成できていない。しかし――。

「忘れてはいませんが、今日はもう良いんです」

 もとより今日1日で終わるとも考えてはいないのだから。

 尚も裾をつかんで離さない彼女の小さな手をゆっくり外して、上田は言った。

「それでは、さようなら」

「本当に帰っちゃうの?」

 彼女の声は当初と比べて幾分力がない。

「ええ、帰ります」

「本当に?」

「はい」

「ホント?」

 うっとうしくなってきた。次の返事で有無を言わさず立ち去ろう。

「本当です」

「駄目!」

「いや、駄目ってことはないでしょう」

 彼女の突然の禁止にひるんでしまい、本音が漏れてしまった。

「駄目なもんは駄目なの! 大人の女なの! だから借りはすぐに返さなくちゃなの!」

 しかし彼女は上田以上にその思いをぶつけてきた。

 未だ得体のしれないこのフードの女性は、何がしたいのか良くわからない。しかし、前回と今回の接触でわかったこともある。

 それは、彼女が人の話をきかない人間だということである。

 上田は諦めることにした。とにかく彼女は借りを返さないと気が済まないようだ。そして、彼女の気が済まない内は上田を返すつもりもないらしい。となると、もう少しかまってあげる必要がある。

 そこまで考えると、自然と上田の口から大きく息が漏れた。するとすかさず彼女が少し高めの声で上田を非難する。

「今めんどくさい女だって思ったでしょ?」

「いいえ」

「ふーん。ま、あたしに嘘ついても無駄だから」

 嘘はついていなかった。ただ、面倒な少女(・・)だと思っただけだ。小さな体躯に小ぶりな手。合わせて声もまだ幼い。態度だけは大きいが、その中身は前世界で言うところの中学生程度だろう。この年頃の娘は皆大人ぶろうとするものだ。

「それで、何をしてほしいの?」

 何が無難なのだろうか。そもそも彼女には何ができるのだろうか。

 予言か?

 確かに日にちは多少ずれたが、おおまかには的中したと、誤差の範囲であったと言えるだろう。しかし、それが本当に、いわゆる予言だったのかは定かでない。もしかしたら彼女もあの襲撃者たちの仲間だったのかもしれない。当然その真偽はわからないのだが。

 上田は腕を組み、眉間に手をあてる。すると彼女がたちまち声を上げた。

「いや、ちょっと何してるのよ。迷うことなんてないじゃない。知りたいことがあるんでしょ?」

「知りたいことはありますけど、あなたはそれを知っているんですか? あるいはその情報をみつけることができるんですか?」

 上田は彼女のわかっている風の口ぶりに嫌気がさし、率直にきくことを選んだ。

 そしてそれに対する彼女の返答は、実に単純だった。

「知らないわ」

 そう言いきると彼女はふらふらと歩きだし、すぐそばの塀によじ登った。1m程のアドバンテージを得た彼女は太陽を背に受けながら腰に手をあてる。上田を見下ろす彼女のフードの中に見えた口元は、自信ありげに笑っていた。

「知らないけど、知ることはできるわ。何であっても、どんなことでも、このあたしにかかればパイを一切れ食べるのと等しいことね」

 彼女は鼻を鳴らして、そうみえを切った。

 それを見て、上田は自分の口元が緩んだことを自覚した。

 これまでの態度や、フードの下にちらと見えた顔の下半分。やはり彼女は、まだ幼い。はっきりとわかった。そしてわかってしまえば、何やら彼女のことが無性にかわいらしく思えてきた。すでに塀の上に腰を下ろし足をぶらつかせる小さなレディは大人の女性になりたくて必死なのだ。実にほほえましいではないか。時々いらだたせることはあるが、それも愛嬌だ。彼女にはできる範囲で手伝わせてあげよう。

 それから上田は説明した。何を知りたいのか。彼女には何をしてもらいたいのか。そして、無理はしないようにと忠告すると、彼女は反発した。足の裏を塀に打ちつけ、遺憾の意を表した。あまりに暴れるので、落ちてしまわないかと心配になり、脇をかかえて地面に下ろす。とても軽かった。

 地面に降り立った彼女はフードの先、つまり帽子で言うところのつばにあたる部分をつまみ、下へと引きつけた。それにつられて彼女の頭も下を向く。

「もう、いい加減にしてよ。お兄さんはちょっとあたしをなめすぎよ。……いくつなの? お兄さんは」

「いくつって、年齢ですか?」

「そうよ」

「21歳です」

「あっ、そうなんだ。ふーん、ま、まあお兄さんの方が年上ね」

「まあ、そうでしょうね」

「そうでしょうって何よ、さも当たり前みたいな言い方して……。というか、年上なんだったら、その無駄に丁寧な喋り方はやめてよ。何か気持ちが悪いわ。しかもマッチョだし」

 喋り方はともかくとして、どうもこの世界の人間は上田の筋肉について文句をつけたがる。やはり日本人らしい平坦で薄い顔立ちと厚い筋肉の板はミスマッチなのだろうか。

「わからいました、いや、わかったよ、ええと……」

 そこで気付く。上田は目の前のフードをかぶった女性の名前をまだ知らない。

「ああ、カプッツェよ。そう呼ばれてる。エクワイン諜報部“エトリエール”のカプッツェ。2週間ちょうだい。そしたら全部探してみせる。だから、2週間後にこの場所この時間で」

 フードの下に不敵な笑みを浮かべながら、少女カプッツェは街の奥へと消えていった。

 あてにはしないでおこう。カプッツェの能力も良くわからない。とにかく2週間後になればわかることでもあるし、彼女のことは一旦忘れて、こっちはこっちで聞き込みを続けるべきだろう。

 そうと決まればこんなところにいてもしょうがない。街の中心からは遠ざかり、人もいない。

 そうしてカプッツェが去っていった方向とは逆方向に歩みを進める。


 確かこの路地は右だったかな。

 角を曲がって目に飛び込んできたのは金色。

 胸には衝撃。

 そして腹には、熱。

 ――痛い。痛い。

 曲がりしな胸に飛び込んできたのはさっきのツンツン髪の男性たちの中の1人だった。

 上田からゆっくりと離れる金髪ツンツン頭の彼。その手には赤く濡れたナイフ。根元までしっかりと染まっており鈍くしか太陽の光を反射できていない。

 腹に手をやる。

 温かい。液体に触れる手は温かかった。

 そして感じた。

 死を感じた。

 死ぬのだ。

 失われゆく血。染みを広げていく血。それを見て、悟った。

 失血死。

 上田の死因は失血死だ。

 死ぬ。それがわかったら今度は痛みが戻ってきた。今の今まで忘れていた痛覚が返ってきた。心臓の強い鼓動に合わせて激痛が体を巡る。

 なんてことだ。痛みは怒りを連れてやってきた。

 なんだ。殺すことはないじゃないか。ちらと前を見やるとすでに上田を刺した男性は姿を消していた。

 なんだ。別に悪いことはしていないじゃないか。隊員証を見せただけ。それだけじゃないか。それなのになんで。なんで。

 目がかすれてきた。これ以上痛い思いをするのは嫌なので、なるべく姿勢を変えないようにゆっくりと地面に横たわる。

 横になると何やら眠くなってきた。

 もう寝よう。眠ろう。

 そういえば、もしかしたら結局ここは夢だったのかもしれない。凄い明晰夢だったのかもしれない。異常なほど明晰だったが。

 そうだ、夢だったのだ。明晰夢はその夢の中で眠ると現実に戻ることができるときいたことがある。眠って、起きよう。この世界を終わらせよう。

 もう考えるのが億劫だ。

 さらば、異世界。


終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ