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1001番目の男  作者: ノーマー=Z=クアーズ
第2章 アキラメ
21/28

21番目 ウェーダ隊長の疑問

「ようこそ、我がリュジュアック基地へ」

 そう言って握手を求めてきたのは、口元にひげをたっぷりとたくわえた男性だ。後頭部へ向かってがっちりと固められた黒髪に何本か白髪が見える。加えて四角い顔には、はっきりとしわも刻まれている。決して若くはないだろう。しかしながら、その精悍な顔つきからは老いを感じない。むしろ猛禽のような凄味を感じさせる。爛々と輝く瞳に大きな鷲鼻。それでも両目には確かに知性の光が宿っていた。また彼が着る黒いブレザーの胸元には、いくつものバッヂが輝いている。雰囲気だけでなく実績もともなっているということだ。

 軽く観察をして差し出された右手に上田が対応する。

「はじめまして、上田聡太です。これからよろしくお願いします」

 握りしめた男性の手は分厚くそして固かった。そうして手を放すと彼が再び口を開いた。

「私はここの司令官でハイラム=ビンガム大佐だ。長旅ご苦労。そちらにかけなさい」

 うながされて上田は、革張りの茶色いソファに腰を下ろした。

 上田は今、リュジュアック基地の中央司令塔・司令官室にいる。基地内に入り、ようやく旅が終わったかと思ったのも束の間、基地の中央にそびえたつ、外壁よりも少し高い建物の中まで連れてこられたのだ。ジョーたちとは塔の入り口で別れ、その後1階の受付の女性に今いる部屋へ案内された。ノックをして入室してからまず目についたのは、眼光鋭いビンガムだ。書類仕事をしていたのか机についていた。ただ座っているだけなのに、圧倒的な存在感で部屋を支配しているかのようだ。そしてその背後は全面ガラス張りとなっていて、基地の壁の向こうには街が見える。あいにくの曇天だがそれでも高い場所から見る景色は壮観だ。それらを視界の端に捉えながら足を踏み入れると、柔らかな感触が足の裏に伝わる。床には幾何学模様の絨毯が敷いてあり、足の沈み具合からして高級そうだ。また、入って左側の壁沿いにある棚の上は様々なトロフィーや楯が飾られている。これら一つ一つに深い思いでがあるのだろうか。ビンガムの目を見る。彼は上田の対面、机の前におかれたテーブルの向こう側に座った。何を考えているのかは、わからない。わかったのは、瞳が灰色であることと、顔に刻まれているのはしわだけではないということだ。顔のいたるところに切り傷や火傷など様々な種類の傷跡が残っていた。

 射抜くような目つきはそのままにビンガムが上田へと話しかけた。

「ラブラドルからここまでどうだった? 襲われたという報告を受けているが、問題はなかったか?」

 質問の内容的には上田を心配しているようにも思えるが、実際のところそのような雰囲気は全くない。あまり興味もないのだろうと判断して、上田は簡潔に答えた。

「私は問題ありませんでした」

「そうか」

 それだけ言うと、ビンガムは目を細めて扉の方に視線をやった。

「……彼女はもういったかな?」

 受付の女性のことを言っているらしい。確かに彼女の足音は、もう聞こえない。

「ええ、そのようです」

 上田の言葉にビンガムは一つうなずくと低い声で言った。

「まず初めに言っておくが、私は君のことを信用していない」

 上田は少し目を見開いた。ビンガムが強い口調で思いもよらないことを言うからだ。しかもまだ続けていく。

「そして、君が入隊することを快く思ってもいない」

 と、ビンガムは一旦口を閉じ、上田の様子を窺う。

 一体彼はどういうつもりなのだろうか。初対面の相手にそこまで言うなんて。ただ上田は怒ってはいない。純粋に気になるのだ。どのような意図を持って、今のような発言をしたのか。上田はしばらく黙っていることにした。話の続きというよりも、ビンガムという男に興味を持ってしまった。上田は唾を飲み込み、一層注意深くビンガムを見る。

 しかしビンガムの失礼な心中吐露はここで終わった。

「だが、今日、私が任命した時点で、君は名誉あるノーサ・ベリカ軍人となる。これは決定事項だ。よって、上官の命に従い、その誇りを汚すことのないように行動しろ。君の境遇は知っている。同情の余地もある。しかし関係ない。私が君への不信感を心に仕舞ったように、君も敵愾心を抑えろ。捨てろとは言わん、ただ周囲に悟られることのないように保管しておけ」

 厳しい言葉だ。それなのに上田は少しも不快感を感じなかった。もちろん上田に被虐の性的嗜好があるわけではない。違うのだ。受け取り手の上田ではなく、送り手であるビンガムの問題だ。もしもこれが吐き捨てるように言ったのなら、声を荒げて言ったのなら鼻につきもしただろう。しかし違うのだ。ビンガムはもっと、もっと……。

 上田にはその先をうまく言語化することができなかった。そして知りたくなった。

「……わかりました。ところで――」

 上田が何か言おうとしたが、ビンガムはそれを止めた。

「質問は後だ。先に職務説明と任命式を行う」

 質問という行為自体は許してくれるらしい。きくタイミングはいつでも構わないため上田は何も言わず頷いた。

「よし。まず、我々の使命は、国を守ることだ。それさえわかっていれば、ほかは問題ない。次に君の配属先だが『特殊殲滅魔術部隊』で隊長を務めてもらう。名前の通りの仕事をすることになる。ちなみに階級は与えないが、少尉相当の立場であると考えていてくれ。説明は以上だ」

 一方的に喋り終えるとビンガムは立ち上がって、棚とは反対側の何も置いていない方へ出た。

「こちらに来い」

 言われて上田はその通りにする。

「ひざまずけ」

「え?」

「形式上のものだ。右膝を立ててひざまずけ」

 どうやら簡易式の任命式を行うらしい。

「左手を胸にあてろ。違う自分の胸だ。そうだ。あとは下でも向いていろ。すぐに終わる」

 上田は途中間違いながらも、一応の格好は作ることができた。ビンガムが咳払いをする。

「ウェーダ=ソータ、ノーサ・ベリカ繁栄に力を惜しまないと誓うか?」

 上田が下を向いて黙っているとビンガムの声が小さく聞こえた。

「とりあえず誓うと言え」

「……誓います」

「敵国打倒に力を尽くすと誓うか?」

「誓います」

「民の守護に命をかけろ」

「ちk……かけます」

「承認した。リュジュアック基地司令官ハイラム=ビンガム大佐の名において、貴様をリュジュアック隊特殊殲滅魔術部隊隊長に任命する」

 そうしてビンガムはソファへと戻っていった。

「いつまでそうしている、もう終わりだ。質問を受け付ける」

 どこか釈然としないものを感じながら、上田もソファに座った。しかしここからは質問タイムだ。気を引き締める必要があるだろう。上田は腕を組んで座っているビンガムの目を真直ぐ見つめながら言った。

「あなたは、『私の境遇を知っている』と仰いましたよね? どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。ウェーダ隊長、君が異世界人だということを私は知っている」

(『上田』だから『ウェーダ』か)

「なるほど、あなたが5人の内の1人ということですか。……ではもう一つ。あなたは私を憐れんでいるのですか?」

 ビンガムは腕組みはそのままに鼻を鳴らした。

「ふん、勘違いするな。面倒を起こしてほしくないだけだ。私にとっては、この街を、この国を守りさえできれば、君がどういう人間であろうと関係ない。ただ、その邪魔をしてくれるなというだけのことだ」

「……なるほど」

「話はこれで終了だ。ウェーダ隊長の正式な着任は来週の月曜日からになる。住居等は下に降りて、受付のドドにきけ。……退室を許可する」

 こうしてビンガムとの対面を終え、上田は階下へと歩いていった。

 この塔は6階建てで、先程の部屋は見晴らしの良い最上階にある。つまり上田は、あと何段もの階段を下っていかねばならないのだ。正直面倒ではあるが、今の上田にとってそう悪いことでもなかった。なぜなら時間ができるからである。見た目、態度、装備する品々、それら全てが、ビンガムという男が一方ならぬ人物であることを物語っていた。しかも上田が異世界人であることを知っている。それは元の世界に戻るための鍵となる可能性を示唆していた。そんなビンガムについて考察するための時間を作ることができたという意味で、この長い階段も悪いものではないと思えた。

 以前マリアが言っていたところによると、この世界で上田が異世界から来たと知っているのは、全部で8人だ。その内顔と名前がわかっているのは、マリア、ニコラ、エリアノーラ、そしてビンガムだ。帰還方法を知る上で、彼らが重要であることは疑いようがない。

 しかし何も知らないということもあり得る。さらに知っていたとして、教えてくれるとも限らない。またビンガムに関して言えば、帰りたいという思いを気取られることで、反乱の意思ありとみなされて捕縛されるかもしれない。上田がマリアからの頼みごとを破って帰ることでノーサ・ベリカが危機に陥るのなら、より強引な手段で上田を従わせようとしないとは言い切れない。そういった理由もあって、上田は召喚について深くはきかなかった。だが、彼らからは、直接的にではないにせよ、何らかの関わりのある情報を引き出せるとも思う。一足飛びに答えに辿りつけないにしても、立ちはだかる障害を飛び越えられないにしても、壁をよじ登る、そのきっかけは最低限掴むことができるに違いない。マリアと2人のメイドとは、既に話した。そして、大きな手掛かりは得られなかった。次は、ビンガムだ。

 ビンガムは多分、輝かしい経歴と、それに負けない強い使命感を持っているはずだ。彼の地位や、立ち居振る舞い、言動から推測した分では、そう大きな間違いはないように思える。謹厳実直で思慮深く、冷静で的確な判断もできるだろう。

 そんな彼は、上田のことを気に入らないと言った。

 これから部下として働く人物に対して言う必要のないことを言った。

 上田がどれくらいリュジュアックで過ごすのかわからないが、長い期間ではないはずだ。訓練させるためにここへやったと言っていたし、一人前になるほど鍛えるつもりはないとも言っていた。せいぜい2~3年というところか。基地のトップと会う機会などそうそうないだろうからビンガムと上田が接することは、今後ほとんどない。要するに、それこそ彼が口にした通り、不信感などわざわざ上田に言わずとも心の内に秘めておけばよかったのである。司令官となった男だ、彼ほどの人間がそれをできないはずがない。また、そうすべきであるとわかっていたはずだ。

 それなのに、なぜ、あのようなことを口走ったのだろうか。

 なんとなく言っただけだろうか?

 やはり上田の置かれた境遇を憐れんだのだろうか?

 彼の言ったように、釘を刺したということなのだろうか?

 それとも、何か別に彼なりの思いがあったのだろうか?

 当然真実は彼にきかなければわからない。だが、彼はあの通り答えをはぐらかした。もう一度きいても同じ答えが返ってくるかもしれない。

 知りたい。

 ビンガムが、なぜあのような無駄なことをしたのか。その理由が知りたい。

 ――なぜ?

 なぜ、なぜ?

 上田は気付いた。

 帰還の手段をききだすことについて考えていたはずなのに、途中からビンガムの行動の動機について考えている。問題がすり替わってしまっている。しかもその問題に固執している。

 上田は気付いて、また考えた。

 なぜ、そんなことを考えているのだろうか?

 なぜ、こんなにも気持ちが昂ぶってしまっているのだろうか?

 なぜ?

 似たようなことを最近経験したような気がする。何だっただろうか。あれは確か――。

「ちょっと、何してるんですか」

 だから今はそれを考えているところだ。

「危ないですよ」

 そう、何か危ないことがあって。

「ああ、ぶつかる」

「痛っ」

「もう、危ないって言ったのに」

 そう言いながら女性が駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか」

 額を触ると、わずかに腫れていた。怪我をしたようだ。

「そうだ」

「え? 何がですか?」

 危ないことがあって、怪我をした。それも大火傷を負った。……ゲイリーだ。そして彼に質問した。

 『なぜ?』と。

 ゲイリーの行動の理由を知ろうとして、そして結局わからなかった。

 今の状況はあのときに似ているのだ。この熱、この飢え、このもどかしさ。

 額にやっていた手をそのまま眉間におろして、上田はなるほどとつぶやいた。

「何がなるほど何ですか? というか本当に頭大丈夫ですか?」

 そう言われてようやく上田は目の前の女性に気がついた。

「あれ? いつの間に?」

「いや、いつの間にも何もさっきからずっといますから」

 どうやら上田は考えに熱中するあまり、周囲が見えなくなっていたらしい。気付かぬうちに、塔の1階まで来ていた。

 彼女は眉間にしわを寄せて上田をにらんでいる。あまり機嫌は良くないようだ。

「済みません。考え事をしていまして。あなたは受付の……、ドドさんですよね?」

 彼女は上田の言葉を聞いて、度を加えて顔をしかめさせた。

「考え事って言っても限度があるでしょう。やっぱり脳がやられたんじゃないですか? それと私のことは、ファニーと呼んでもらえませんか? ドドって何か嫌なんです」

 一応上田の体のことを心配しているらしい。そういえばビンガムが受付の女性のことで何か言っていたが、ファニーのことだろう。確か住むところを教えてくれることになっているはずだ。

 上田は扉の方に向いていた体を彼女に向き直して尋ねる。

「いえ、大丈夫ですよ、ファニーさん。ところで、住居の案内をしてもらえと言われたのですが」

「ええ、そうそうです。ということは、やっぱりあなたが新人隊長ってことですね?」

「はい、隊長だそうです」

「だそうですって……。まあいいわ、ええと名前は?」

「ああ、済みません。上田聡太です。案内よろしくお願いします」

 上田は頭を下げた。それを見てファニーが微笑みながら手を差し出ししてきた。

「ふふ、頭を下げるのは謝罪の時だけですよ」

 そうして握手を交わすと、ファニーは扉を開けた。

「それじゃあ、行きますね?」

「はい」

「ああ、そうそう忘れてましたね」

 外に出て2~3歩進んだところでファニーは立ち止まり言った。

「リュジュアック基地へようこそ」

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