18番目 1001番目くらいの男
上田が林を焼き払った後、上田とマクニース兄弟は体を打つ雨を避け、テントに入っていった。遅れること数分、ジョーも中に入ってくる。
4人ともが下に手をつき、顔もうつむいている。重い空気に、鈍い反応の体。それでも上田にはきいておきたいことがあった。そうして口を開こうとする上田を、ジョーが止めた。
「まあ、待て。ききたいこと、言いたいこと、色々あるかもしれねえが、先に状況を整理させてくれ」
上田とマクニース兄弟は無言でうなずく。
「よし、まずは今日未明、俺が見張りってたときに、敵が来た。数もいたから、すぐに2人を叩き起こして応戦した。そのうちテントの裏側からも敵が来て、そっちは俺が対応した。やりあってると、ソータが出てきて何かでかい炎をぶっ放した。ありゃ何だ? ……まあ、あとにしよう。んで、多分全部で10人いた襲撃者は撃退できた。外で真っ黒になって転がってる6人と、俺が殺した3人。もう1人は、俺が炎に気をとられてる間に逃げやがった。受けた被害は、俺とバディがかすり傷をいくつか。ゲイリーは左腕のひじから先が黒こげ、ウェルダンどころじゃねえなってとこだ。それから今後のことだが、念のため出発は数時間ずらしてからにする。ここまでは、いいな?」
3人はまたもや無言でうなずく。
「結局俺たちはあれだけの敵がいて全員生きてる。まあ結果だけみりゃあそう悪いもんでもねえな。――だがな」
ジョーは鋭い目つきで上田を見た。
「ソータ、なんで指示を守らなかった?」
そうだった。上田は、テントの中にいろというゲイリーの言葉を無視して、戦闘に参加したのだった。
「あのままでは、数で劣るこちらが死ぬと思ったからだよ」
あのとき考えたことを上田は素直に言った。
「なるほどな。だが、それは勘違いだ」
「倍以上いる敵を相手にしても問題ないってこと?」
「それも勘違いだ。いいか、ソータにはわからなかったみてえだが、あいつらに殺意はなかった」
「え?」
「あくまでも生けどりが目的だったんじゃねえかな。……まあ、そこら辺は定かじゃねえが、俺たちを殺すつもりじゃあなかったことは、確かだ」
上田には信じがたいことだった。しかし、戦いのプロはそう言っている。マクニース兄弟も同意見のようだ。つまり、上田は無意味な殺生を行ってしまったということなのだろうか。
「じゃあ、僕は……」
「それも勘違い。言ったろ? 結果は悪くねえって。1人くらいは尋問用に捕まえときたかったけど、ほかは殺すつもりだった。俺は3人やったし、ゲイリーたちも1人か2人やってるはずだ。だから判断としては、そうおかしなもんでもねえ」
どうもジョーは上田を責めるつもりなのか、褒めるつもりなのか良くわからない。そんな思いが上田の顔に出ていたのか、ジョーが続けた。
「……要するに俺が言いたいのはな、戦いに身を置くものとしての忠告だ。ソータも入隊するんだろ? いいか、いいこと言うからな。良く聴いとけよ。――独断専行の炎は、己・味方問わず必ず身を焼く」
「ああ、わかったよ」
ジョーの得意げな顔は気に入らなかったが、まさにその通りで、上田としては反省するばかりだった。
「……よし、先輩からのありがたいお言葉はここまでだ。こっからは、……そうだな、知的好奇心ってやつなんだが、ソータ、ありゃあ何だったんだ? あの馬鹿でけえ炎は」
知的という割に、他愛のない質問だ。当たり前のように、上田がそれに答える。
「魔法だけど?」
「なんだ魔法かあ。ってんなわけねえだろ」
「いや、でも僕はあれをそういって教わったんだけど」
ジョーは目を閉じ息をつく。そして、なぜか優しげな瞳で上田に語りかけた。
「そうか、記憶喪失ってのは思った以上に大変なんだな」
「何を急に父性を発揮しているのかわからないけど、やめたほうがいいよ。気持ちが悪いから」
「うんうん、これまでにも色々つらいことがあったんだよな。よしよし、じゃあ俺が軽く教えてやるよ。魔法ってのはな、イメージが肝なんだぞ」
マリアからも同じことを聞いていた。
「それにな、体内の魔素のみで発動するんだ。だからな、魔法はあくまで生活の補助としての役割しかもたないんだぞ。あんな巨人の屁みたいな炎だったら、補助どころか生活に支障をきたしちまうだろ?」
「確かにあれは威力が大きすぎたけど、それは僕の力量の問題だからね。普通はもっと抑えて使っているんだろ? それに魔法でないなら、なんなんだい? 魔術? でもそれは、魔方陣を利用したもののことだろう? そんなもの僕は――」
「ききすぎ、ききすぎ」
ゲイリーが上田の質問ラッシュに待ったをかけた。
「ちょっと落ち着きなさいよ。それとジョーはその気色悪い喋り方をやめること」
ゲイリーの言う通り上田は冷静さを欠いていた。上田の力だけでは処理しきれない雑事が、上田を圧迫していたからだ。
ただでさえ慣れない戦いの後で、反省すべき点もみつかった。さらに、先程言いかけて飲みこんだ、未だ解決できていない疑問の存在もあった。そこに加えて自分の魔法が暴走するということ。その欠陥についても遅かれ早かれ対処せねばならないと考えていたのだ。ジョーのおかしな口調も決して無関係ではないだろう。しかし焦ってはいけない。帰還という目的を達成するための道は、まだみつかっていない。一つずつ問題をクリアしていくしかない。たとえ時間がいくらかかろうとも。それが1番の近道なのだから。
「……そうだね、悪かったよ。もう少し冷静になろう」
「ん、まあ戦いの後ってのは気が昂ってるもんだからね。しょうがないさ」
ゲイリーのおかげで、上田は落ち着きを取り戻すことができた。だが、この赤毛の男は違ったようだ。
「そんなことはどうでもいいんだよ。それよりも、そんなことよりもさっきの話だ。結局あれか? あの炎はソータの魔法だったってことか?」
「多分そうだね」
「かー、変だ異常だとは思っちゃいたが、お前本当に変態だったんだな」
「悪いけど俺もそれには同意見だな」
ジョーのみならず、ゲイリーまでもが上田のことを変態呼ばわりだ。
「まあ僕の呼称なんて何でも良いよ。ただ、そう呼ぶだけの理由はきいておきたいな」
上田はそのことを、言葉以上に気にしていなかった。
「ああ、それはな、……お前の存在が魔術を否定してるからだ」
「抽象的だね」
「言ってる俺が、馬鹿みてえにみえるからな……。じゃあもう少し具体的に言うぞ。魔法は手軽に使えるが、ささやかな効力しか持たねえ。反対に発動は面倒だが、劇的な効力を持たせた魔法が魔術と呼ばれてる。だからソータみたいに気軽に魔法で山火事起こしてちゃあ、魔術の面目丸つぶれ。どうだ? わかったか?」
「うん、言いたいことは理解した。でもね、ジョーたちも勘違いしている」
「勘違い? なんだ、さっきの仕返しか?」
「そうじゃない。さっきの指摘については、むしろ感謝してるほどだよ。そうじゃなくてだね、僕の魔法は君たちが考えているような画期的な代物じゃあないんだよ」
上田の言葉にジョーは首を傾け、僅かに口元を上げる。
「抽象的だな」
「それは、仕返しだね。――まあいいや。今の僕じゃあ、あんな大きな魔法を制御できないんだ。出力を上げるか、もしくは連続使用によって暴走する。……できるのは、火災か洪水か。災害の種類の選択くらいだね」
「……なるほどな、よくわかった。リスクはあるんだな。まあ、それでもお前は常識破りの変態筋肉魔術師見習いってことに変わりはねえがな」
ジョーは今度は明らかに歯を見せて笑った。
「見たところソータはあんまり疲れてねえ。そこからすると、魔素の量は結構なもんだろう。少なくとも俺なんかよりははるかに多いはずだ」
「そうらしいね。マリアさんのところのメイドさんには、この世界で上位1000人に入るかどうかの保持量だって言われたよ」
「やっぱりな。だがな、それでもその上にはもっと魔素を持ってるやつらがいる。それこそ1000人くらいな。マリアはそん中でもトップクラスだ。……それでも、その聖女がお前と同じように糞でかい炎が魔法でだせるかって言うと、答えはNoだ。魔術でならできても、単なる魔法じゃあやっぱり補助品だ。火はおこせても、雪で湿った林を焼き尽くすなんて所業はできねえ」
「でもやり方は変わらないはずだし、僕に特別な才能があるとも思えない」
「そこなんだよ。魔素をただ大量に消費するだけじゃあ、魔法はでかくなったりしねえんだよ。魔素から、ある現象をイメージして魔力に変換する、その過程でのエネルギー減耗の大小が、魔法の効力を決めるんだ。あんな大災害並みの現象なんて、常人には簡単にイメージできねえ。そこはお前も変わらねえはずだ。それでこそ、めったに起きねえからこその大災害だしな」
「君の言う通り大災害なんて見たことないと思うよ。記憶がないからわからないけど」
「まあ、そうだろうな」
ぽつりとそう言うとジョーは横になった。
「やっぱわかんねえな。――よし、寝る」
そうして、ジョーは何も喋らなくなってしまった。
聞こえてくるのはかすかな寝息だけ。
延々と話し続けるジョーが黙るとこうも静かになるのか。
ただこの状況は上田にとって好都合だった。なぜなら上田には、ゲイリーにどうしてもきいておきたいことがあったからである。




