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1001番目の男  作者: ノーマー=Z=クアーズ
第1章 ヒトトナリ
10/28

10番目 未知覚の道

 今日も朝からマリアたちはいない。

 何しろ、今日は元日。上田がいる屋敷は人里離れた森の奥にあり、それなりの身分であるマリアは、そんな所にこもってなどいられない。高貴な人には相応の大変さがあるというわけである。

 一方で上田は、自分にあてがわれた部屋の中央で佇んでいる。とりあえずの目標とされていた魔法の習得を終えた翌日だ。何もせずとも口うるさいメイドも多少は大目に見てくれるはずだ。いや、そもそも、今はそのメイドすら居ない。つまり上田は存分に羽を休めることができる状況にある。

 しかしながら、上田は今、直立した状態で気を静めていた。

 使える魔法の種類について制限があるとは聞いていなかったので、それ以外の魔法も試すつもりだ。

 こうして上田は新しい年の始まりを、独り、魔法の訓練に費やした。


 上田が思いつく限りの魔法を試し終えた頃、暗闇の中、マリア一行は屋敷へと戻ってきた。メイドに呼ばれ上田が食堂に行くと、そこにマリアはいなかった。疲れが溜まっており、戻ってすぐに寝てしまったらしい。これも高貴であるがゆえの苦労か。1日を部屋の中で過ごした平民の上田は、1人でテーブルにつき、目の前に並べられた料理を黙々と口に運んでいた。

 用意された食事を上田が全て食べ終えたところで、メイドが口を開く。

「これからの予定についてお話があります」

 上田は何も言わず、ただうなずいた。

「では。まず明日ですが、お引き合わせしたい方がおられます。クロス家のご子息で、ジョー・クロス様と申します」

「何故私に?」

「はい。あなたには明後日、リュジュアック基地に向かっていただきます。一週間から10日ほどの道程で、長旅となりますので、クロス様はその護衛です」

「……急ですね。先に顔合わせ、ということですか?」

「そういうことです」

「それで、基地というのは?」

 始めて聞く言葉だったが、上田には、碌でもない内容であることは察しがついていた。

「これまでに何度も申している通り、あなたには我が国を守っていただかなければなりません。とは言え独りで、というわけにもいきませんから、あなたを我が国の魔術部隊に入隊させ、隊員として役割を果たしていただこうと考えております」

「隊員ね……」

 大きく息を吐いた上田だったが、そこには呆れとともに賞賛の気持ちも混じっていた。召喚してから上田をどういう立場で、どう扱うのかが既に練られている。その計画を破壊し、抜け出すのは簡単なことではなさそうだ。

 そんな上田の心配を知ってか知らずか、メイドは喋り続ける。

「魔法に関しては最初のステップをクリアしましたが、魔法も、そして魔術もさらにその知識と技術を深めていただかなければなりません。……そこで基地なのです」

「そこで私は何をするのですか?」

「もちろん訓練です。一隊員として訓練に励んでいただきます。あなたの訓練の期間がどれほどのものになるかはわかりませんが、魔術部隊で一人前になるには普通10年以上かかると言われています」

「一人前になる必要があるのですか?」

 10年と聞き即座に質問した上田だったが、メイドはそれを見て、嬉しそうに口元をゆがめながら答えた。

「いいえ、その必要はありません。ありませんし、できるだけ早く問題を解決していただきたいと思っています。ですから、ええ、それができるだけの力を得た時点で訓練も終わり、ということでしょうかね」

「訓練の内容はわかりますか?」

「申し訳ございませんが、基地に着いてからは、基地指揮官の指示に従っていただくことになるため、私ではわかりません。ただ……。ただ、リュジュアック基地の指揮官は非常に有能だと聞いております」

 指揮官が有能である。決して悪いことではないはずだが、そう告げたメイドは、どこか歯切れが良くないように思えた。

「わかりました」

 納得はしていないが、現状では彼女らに従うほか道は無く、上田は結局そう応えた。

「お話は以上です。明日はクロス様とお会いになっていただきますが、特に準備することもありませんので、時間になりましたらお呼びいたします。それでは、おやすみなさいませ」

「おやすみなさい」

 上田は部屋に戻ると、ゆっくりとベッドに腰掛けた。今日は雲があり、異世界の月が上田を照らすことはない。上田は眉間に指を添えながらしばらくそのままでいた。先ほどの話について思うところがあるのだ。そもそも未解決の問題が山積みな上に、魔法に関してはようやく第一歩を踏み出せたくらいだ。さらにその上、また新たな問題ができた。帰還への道が遠く険しいものなのか、まだそれすらもわかっていない。上田は深い霧の中を明かりもないまま、さまよっていた。


 メイドの声に起こされ、服を着てから朝食をとる。ここまででようやく7時をまわる程度だ。異世界の朝が早いのか、彼女たちが特別早いのかわからないが、上田にしてみれば、もう少し眠りたいものであった。そうして朝食の後は目をこすりながら部屋に戻り、シャワーを浴びてから魔法の訓練をするのがいつもの流れだ。しかし今日は違う。上田はマリアに食堂に残っておくように言われた。今日の訪問者について注意事項があるようだ。

「昨夜はニコラが重要な部分を話し忘れていたみたいで」

「申し訳ございませんでした」

 メイドが、今初めて名前を明かされたメイドが、マリアの後ろで謝った。心底反省しているのか、目を伏せ眉間にもかすかにしわが寄っている。ただその反応は、上田というよりもマリアに向けてのようだ。

「彼女も反省しているので許してやってくださいね」

「構いませんよ」

 上田は何も考えずそう言った。それに対しニコラが反応する。

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げるとニコラはすぐに部屋の奥へと下がっていった。それを確認するとマリアは話しだした。

「あまり時間もないので、さっそく昨夜の補足をします。今日来るジョー・クロスには、ソータさんが異世界人だということは、伏せています。ですから、ソータさんにもそれと悟られるようなことがないようにしてもらいます」

 召喚は、マリアたちだけでなく、もっと大きな規模の計画ではなかったのだろうか。少なくとも、マリアが用意し上田に会わせる人間は、みな知っていると考えていた。上田は不思議に思い質問する。

「理由を聞いてもいいですか?」

「実は、召喚からこの国を守るまでの計画は、全て秘密裏に行っているのです。ソヴェットに情報が漏れては意味がありませんからね」

「なるほど、それはそうですね。人の口に戸は立てられませんから。……あれ? ですが異世界人というのは、隠す必要があるんですか? もちろん、自分から喧伝するようなことではないですが……」

 上田は一旦納得しかけたが、気になる点をみつけた。

 もし異世界人がいたとして、それで自分の国が狙われていると思うものなのだろうか。異世界人かどうかは、大した問題ではないように思える。

「むしろそこを知られないことが重要なのです。異世界人というのは、なにぶん珍しい存在で、この世界でもソータさんだけです」

 上田はすかさず質問した。

「それでは異世界人と言っても信じる人はいないのでは?」

 これは、異世界人の異世界で望まれるあり方を探る絶好の機会だ。どう思われ、どうふるまってほしいのか、それがわかるかもしれない。

「ええ、確かに信じる人はそういないでしょう。でも、興味をもたれるのは間違いありません。それも過剰に」

 よほど重要なことなのか、普段は割と穏やかなマリアだが、今は語尾に力がこもっている。

 対する上田は変わらずの無表情だ。興味が薄いように見せて、質問はきちんとする。中々話しづらい相手だろう。聞き手としての主導権を握るためだ。

「馬鹿の妄言だと一蹴されるのではないのですか?」

「いいえ、そうはなりません。というのも、私たちこの世界の住人にとって異世界人というのは、無視できない存在なのです。この世界は、今や私たちの大切な住みかとなっています。しかしながら、神話の中での私たちは、別の世界からこの世界にやってきたとされており、私たちも元々は異世界人と言われているのです。つまり、異世界人を知ることは、私たちのルーツを知ることにつながると考えられています」

「……ですが、神話ですよね?」

 マリアは上田の言葉に肩を落とし、顔を下に向ける。そうした後、顔を戻して目を細めながら答えた。

「神話だからです。神話だからこそ、その中には神のお言葉があり、信じる価値が、意味があるのです。……ソータさんには、魔法よりも先に主のお言葉について学んでもらうべきでしたかね」

 言葉が進むにつれて、にわかにマリアの目が輝きを増していくように見える。

「まず、私たちが元々住んでいた世界は太陽の神の怒りに触れ――」

 どうも上田の発言がマリアの信仰心を刺激したらしい。神話について一から話そうとするマリアだったが、すかさず上田が止めにかかる。

「ああ、なるほど。はい、わかりました。とにかく異世界というのは、マリアさんたちにとって何か重要なものなのですね?」

「え、ええ。まあそういうことですけど……」

 そう言ったマリアは口をへの字に曲げ、上目づかいで上田を窺っている。

「ほら、時間もあまりないのではありませんでしたか?」

「そうですね。そうでした。そうなんですけど……。なんだか前もそうやってはぐらかされたような気が……。うん、3度めはないですからね。ソータさんの言う通りですし、続きといきましょう」

 上田は何とか危機を回避できたようだ。

「とにかく、ソータさんが異世界人であるということは、私とニコラとエリアノーラのほかには、5人しか知りません。変に注目を浴びられても困りますから、絶対に言わないように」

「自分からは喋らないようにしますが、もし相手に出身地などを聞かれたらどうするのですか?」

「その場合は嘘をついてもらいます」

「考えてあるのですか?」

「はい。ソータさんは名前や言葉以外の記憶を失い、森をさまよっていた。そこを私たちが保護し、就職先として魔術部隊を紹介してあげた。というシナリオです」

「……それで大丈夫でしょうか?」

「もちろんです。さらに、詳しいことは全部忘れました。と言えば、完璧です」

 マリアは言葉の通り自信を持っている様子だ。確かに、こういうことは変に考え過ぎるとよくないものなのかもしれない。慎重さを失ってはいけないが、同時に大胆さも持ち合わせておく必要がある。上田は普段、前者に傾きがちだが今回の件は後者であるべきなのだろう。

 また、結局得られた情報も少ない。この世界の人々の中には異世界に対して強い思い入れを持っている人がいる、ということだけだ。魔法という不可思議な技術があるのだから、摩訶不思議な異世界に興味を持っているということか。

 そうして自分を納得させ、上田は了解の意思を伝えた。するとマリアは部屋に戻って待っておくように言い、すぐにエリアノーラを連れて、食堂を出ていった。

 時刻はちょうど10時。明日から忙しくなりそうだ。来客は昼過ぎだろうから、今の内に睡眠貯金をしておくのも悪くない。部屋に戻る廊下の途中で上田はそんなことを考えた。

 わからないなりに、できることを一つずつ積み重ねていくことが肝要だ。

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