エピローグ
午後の光が、静かに揺れていた。
昔の記憶と、これからの時間が、ゆっくりと重なっていく。
その静けさを――
「ゴエモン先輩ッ!!」
叫び声が、見事にぶち壊した。
「マジで感動しました! さっきの告白、超かっこよかったです! 尊敬します! これからは敬語使います! ゴエモン先輩って呼びます!」
石川洋平は、思わず目を見開いた。
「は? お前、バスケの時は全然尊敬してなかったくせに、なんで急に?」
佐伯智樹は、真顔で答える。
「いや、バスケはバスケですけど……今のは、男として尊敬しました!」
「……なんだその線引き」
その時、後ろから白石彩花の声が飛んできた。
「ちょっと佐伯、空気読みなさいよ。今めっちゃいいとこだったでしょ」
そのまま佐伯智樹を押さえつけながら、山口真美に向かって笑顔で言う。
「マミ先輩、おめでとうございます。私、感動しちゃいました」
「ありがとう、アヤカちゃん」
山口真美も笑顔で返す。
「ゴエモン、手紙作戦上手くいったな」
そう言いながら、高橋旭が歩いてくる。隣には酒井陽依がいて、山口真美の方に向かって微笑む。
「……良かったね、マミ」
「うん。ありがとう」
山口真美は、少し照れくさそうに笑ったあと、視線を落として指先で制服の袖をそっとつまんだ。
「……いい告白だったな」
フェンスの向こうから、渡辺武尊が静かに現れた。制服の襟を整えながら、ゆっくりと歩いてくる。その顔はいつも通り涼しげで、でもどこか誇らしげだった。
石川洋平は驚いて言う。
「え、帰ったんじゃなかったの?」
渡辺武尊は、肩をすくめて答える。
「……見届けたかっただけ」
その言葉に、山口真美がふっと笑う。
「タケルくん、この後の演奏会楽しみにしてたもんね」
「演奏会?」
石川洋平がそう聞き返した瞬間――体育館の脇の通用口から、石川美香がサックスを抱えて現れた。
「……あんた、この後何があるか知らなかったの?」
石川洋平が、目を見開く。
「え、姉ちゃん!? なんでここに!?」
石川美香は、にやっと笑って言う。
「体育館で、私の楽団の演奏会あるって、朝言ったでしょ?」
酒井陽依が、すかさず言う。
「ホームルームでも言ってたじゃん」
高橋旭が続ける。
「終業式でも言ってた」
佐伯智樹が、真顔でうなずく。
「つか、前から言われてましたよ。ポスターも貼ってたし」
白石彩花が呆れたようにつぶやく。
「私たち吹奏楽部なんて、一ヶ月も前から準備してたのに」
渡辺武尊が、静かに言う。
「だからここで、マミと話しながら待ってたんだよ」
山口真美が、少しだけ首をかしげて言った。
「……放課後って、この演奏会の後だと思ってたんだけど」
みんなの言葉を聞いて、石川洋平はふと体育館の方に目を向けた。
扉の向こう、体育館のステージ前には――全校生徒が、びっしり集まっていた。
石川洋平は、反射的に背筋を伸ばして、ぎこちなく会釈した。
「ど、どうも……」
その瞬間、体育館に拍手が広がった。
「おめでとー!」
「ゴエモンー! かっこよかったぞー!」
「マミちゃん、幸せにねー!」
歓声と拍手が、体育館の天井に響き渡る。
石川洋平は、顔を熱くしながら、山口真美の方をちらっと見る。山口真美は、照れくさそうに笑っていた。
その拍手に合わせるように、石川美香がサックスを構えた。
「……じゃあ、始めるか」
そう言って吹き始めた旋律は、どこか懐かしくて、でも新しい。
ステージ上の楽団メンバーが、慌てて楽器を構えながら言う。
「え、もう始まったの?」
「合わせるしかないっしょ!」
次々に音が重なっていく。サックス、トランペット、ドラム、ベース――。体育館が、まるでダンスホールみたいに跳ね始めた。
その音楽の中で、誰かが誰かに声をかける。
「……さっきの告白、見てた? なんか、俺も言いたくなった」
「今なら、言えるかも」
そんな声が、あちこちでささやかれる。誰かが笑って、誰かがうなずいて、誰かが立ち上がる。
その日、体育館では――いくつもの告白が、音楽に乗って静かに生まれていた。
いくつかの組が結ばれ、何人かが玉砕した。でも、誰も泣いてはいなかった。
みんな、笑っていた。いつまでも、楽しそうに。
高橋旭は、酒井陽依と並んでステージ脇に立っていた。何を話しては、酒井陽依が笑い、高橋旭が照れくさそうに頭をかく。その距離感は、もう誰にもツッコまれないくらい自然だった。
佐伯智樹は、バスケ部の1年メンバーに石川洋平の告白を熱弁していた。
「これからは敬語使えよ、ゴエモン先輩だからな!」
「お前が一番“ゴエモ〜ン!”って馴れ馴れしかっただろ」
「それは過去の俺! 今は尊敬してるから!」
渡辺武尊は、少し離れた場所でフェンスにもたれていた。誰かと話しているわけでもなく、ただ音楽に耳を傾けている。でも、その背中はどこか満ちていて、静かな余韻をまとっていた。
そんな渡辺武尊に、白石彩花が憧れの視線を送っていた。自分も想いを伝えたい――そう思いながら、まだ言葉にはできない。
石川美香は、ステージの中央でサックスを吹いていた。その音は、誰かの告白を祝福するように、誰かの玉砕を慰めるように、体育館の隅々まで響いていた。
そして石川洋平は――山口真美の隣にいた。
山口真美は、石川洋平の袖をそっとつまんで、少しだけ笑う。
「……私も、いつかあんなふうに弾いてみたいな」
石川洋平は、うなずいて言う。
「きっと弾けるよ。俺は、隣でずっと聴いていたい」
午後の光が、ゆっくりと傾いていく。
その中で、誰もが――それぞれの“隣”を見つけていた。
隣には、親友も、仲間も、ライバルも、家族もいる。
そして今――また新しい大切な人を隣に、大きな一歩を踏み出す。




