第99話:お肌を潤す魔法の白い肉(と、生体を分子レベルで融解して脱力させる、恐るべき低温精神崩壊兵器)
「……アリス、聞こえる? 私たちのQOL(生活の質)メーターが、この『QOL巨大観光特区(第61話仕様)』の完成によるだらだらライフと、冬の乾燥によって、筋肉の柔軟性と皮膚の水分バリアが深刻な危機に瀕していると警告しているわ……」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の前頭葉も、先日の『全自動ナノミスト(第76話)』だけでは補いきれない、身体の内側からの『極上のアミノ酸(タンパク質)と潤い』を求めてストライキを起こしかけているわ。脂っこい角煮(第96話)や肉じゃが(第98話)も最高だけど、今私たちが求めるべきは……そう、お口の中でシルクのようにほどけ、驚異のジューシーさで喉を潤す、前世のダイエッターの聖水――『極上サラダチキン』よ!」
シルバーストーン特区の台所。
完璧に除湿されたドライコタツ(第65話仕様)から這い出てきた銀髪の双子は、お揃いのエプロンを締め直し、不気味に赤く明滅する全自動電気圧力鍋(漆黒のチタン釜・第96話仕様)の前に立っていた。
「いい、エレン? 鶏むね肉がパサパサに固くなるのは、肉の構造タンパク質である『ミオシン』と『アクチン』の熱凝固温度の差によるものよ。ミオシンは約50~60 ℃ で凝固して肉の旨味を閉じ込めるけれど、アクチンは約66℃以上で激しく収縮・凝固し、内部の水分を絞り出してしまうの。タンパク質の熱変性速度の公式はこれよ!」
Rate = Ae⁻Ea/RT
「(ここで活性化エネルギーをEa、気体定数をR、絶対温度をTとするわ! つまり、アクチンが凝固する直前の温度、正確に『65℃』で『1時間30分』加熱し続けることで、アクチンの凝固を防ぎつつ、ミオシンだけを完璧に変性させてジューシーさを限界突破させるのよ!)」
「最高よアリス! 科学の力でお肉をプルプルにするのね! 私の『超精密魔力クラフト・3次元熱コントロール(120,000 rpm)』、出力最大でいくよ!」
二人の『二心同体』が、食品物理学と熱力学の極致へと完全同期した。
アリス(理論・分子設計・生物担当)が、タンパク質の変性カーブをリアルタイムでシミュレート。エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の視界へ、お肉の温度勾配を示す熱分布マップをAR投影する。
1.極上のプレ熱処理と密閉水分バリア
エレンの指先から、パチパチと精密な魔力が放たれる。
エレンは、アリスの設計図に従って、鶏むね肉2枚(約600g)を用意。
「まずは一次熱処理(プレ殺菌)よ! 鍋に水3Lを入れて沸騰させ、塩大さじ3を投入! さらに皮付きのまま薄切りにしたしょうが6枚を投入しなさい!」
「塩としょうが、投入完了! 沸騰したよ!」
「今よ! 鶏むね肉の皮をしっかり伸ばして、沸騰した鍋に投入! そして同時に『火を止め』、フタはせずに正確に『5分(5:00)』余熱で温めなさい!」
エレンが「調理スタート(ポチッ)」とタイマーを起動。
この5分間の「余熱プレ処理」により、お肉の表面に付着した雑菌を物理的に不活化させつつ、急激な熱変化によるタンパク質の熱変性を完璧に防ぐ。
5分後、エレンが素早くお肉を取り出す。
「ジプロック(密閉袋)にお肉、しょうがを入れ、ブラックペッパーを適量振って味付けよ! そして、お鍋のスープを約60℃まで冷まして、お肉と同量(約300mL)注ぎ込みなさい! これがお肉の乾燥を防ぐ『水分バリア(浸透圧平衡)』になるわ!」
「お任せあれ! 『真空密閉スライドロック』で、袋の中の空気を完璧にパージ(排出)して密閉したよ!」
2.65℃、1時間30分の極限低温熱マネジメント
「内なべに袋を入れ、全体が隠れるくらいの水を注ぎなさい! そしてお肉が水面に浮いて熱ムラができないよう、上に小皿を置いてお肉を完全に沈めるのよ!」
「沈台、セット完了! 内なべを本体にセットしてふたを閉めたよ!」
「よし、プログラムセット! 手動メニューから『低温・発酵調理』を選択! 温度設定は『65℃』、時間設定は『1時間30分(1:30)』! そして、今回は圧力をかけないから、ふたのレバーは『排気』にセットよ! 調理スタートボタン、オン!」
ガチャン! とエレンがボタンを押すと、チタン釜の液晶が「1:30」と不気味に赤く点滅を開始。
ふたのレバーが「排気」にセットされているため、
「ポコ……ポコ……」
と、時折温泉の湧き出るような、極めて温和で不気味な音がチタン釜の奥から響き始めた。
水晶ピエゾ素子による微小温度制御が作動し、鍋の中の温度は65.0℃から0.1℃すらブレることなく、完璧な定温状態をキープし続ける。
◇
3.王都の査察使たちの、最悪のスローデス大誤解
その頃。
コタツ(除湿ドライモード)で完全に溶けていた、サウナハット(第51話仕様)を被った元スパイのアルド、そして今や完全に「コタツの一部」と化した元聖騎士イゾルデ。
そして、前回の「全自動パルス肉じゃが(第98話仕様)」の爆縮スチーム大誤解からかろうじて生還し、双子の「新型兵器の挙動」を監視していた、王都の最高査察使(エリート官僚)たち。
彼らは、台所の奥で不気味に赤い魔導文字(1:30)をチカチカ点滅させながら、
「ポコ……ポコ……」
と、温泉の如き不気味な定温音を響かせ、ふたの隙間から「しょうがと、何かが茹で上がる甘いアミノ酸の匂い」を漂わせている漆黒のチタン釜を覗き込み、
あまりの「不気味な静けさ」に恐怖し、その場で失禁して崩れ落ちた。
「ひ、ひぃぃぃっっっ!!!???」
査察使のリーダーが、恐怖で全身の毛穴を直立させて絶叫した。
「ま、間違いないわ、アルド……!!! あの漆黒の棺(圧力鍋)……! 以前の激しいパルス鼓動(第98話)とは異なり、今度は不気味なほど静かに、一定の低温を保ち続けている……! 近づく者の身体の細胞を分子レベルでゆっくりと加熱(熱変性)させ、一切の抵抗力すら奪ってふにゃふにゃの液体(肉塊)に変えて消滅させる、恐るべき広域生物・熱溶解兵器――『スロー・デス・サーマル』が起動しているのだわ……!!! あの沈められている白い肉(※鶏むね肉)は、実験台にされた犠牲者の部位に違いないわ……!!!」
イゾルデも、恐怖で胃を激しく痙攣させ、泥(のようなリビングの床)にひれ伏した。
その時。
ピーーー!!!
加熱終了を告げる鋭い電子音が響き渡った。
「し、終末のタイマーがゼロになったああああ!!! 我々の肉体が……骨までゆっくりと融解させられるぅぅぅ!!!」
「みんな、目を守るべ! 『黒い目隠し(第70話仕様)』をガチ巻きして、これ以上の精神汚染(※匂いです)を防ぐんだべ!!!」
アルドの叫び声に合わせ、査察使たち20名とイゾルデは、
全員で両目に黒い目隠しをこれでもかとガチガチに巻き付け、
最後のスチームがバルブから「フワッ……」と優しく噴き出した瞬間、
「お、お赦しください、低温の魔王様……! 我々を……どうかドロドロに融解しないでくださいぃぃぃ!!!」
と、ただの電気圧力鍋のブザーに向かって、涙と失禁の温水で床を濡らしながら、全力の土下座を繰り返すのだった。
◇
4.極上の実食とQOLの昇天
そんな、ただのサラダチキン作りが「広域熱溶解兵器」と大誤解されているとは1ミリも知らない双子は、のんきにフタをパカッと開けた。
「よし、二次温熱プロセス完了ね! エレン、密閉袋ごと取り出して、氷水(第74話仕様の永久氷応用)で一気に急冷しなさい!」
「お任せあれ! 『魔力急速水冷サーモ』で、熱変性を一瞬でストップさせ、肉汁を肉の繊維に定着させるよ!」
バシャァン!とお肉が氷水に突っ込まれ、熱が瞬時に奪われる。
この「急速冷却」により、お肉の内部に留まっていたコラーゲンと肉汁がゼリー状に固まり、お肉をカットしたときに旨味が外に流れ出るのを完璧に防ぐ。
粗熱が取れたところで、エレンが袋からお肉を取り出し、3cm幅の美しいスライスへとカット。
お皿に盛り付け、周囲にフレッシュなハーブ(バジル・第93話仕様)をあしらう。
テーブルの上には、アリスのアクチン凝固回避設計によって、角が1ミリも崩れることなく、それでいて箸を当てた瞬間にプルプルとゼリーのように揺れ、
お口の中でシルクのようになめらかにとろける「黄金のサラダチキン」が完成していた。
「いっただっきまーす!!」
双子はスプーンで、プルプルのサラダチキンをすくい、目隠しをして泣き叫んでいるイゾルデたちの口の中へ、お気軽に向かって放り込んだ。
「ひ、ひぃぃ!? 溶解液が口の中に……んぐっ、ハフ、ホロ……」
イゾルデが、お肉を口の中で転がした。その瞬間。
――ホロリ……ジュワァァァァァッ!!!
「QOL完全敗北(筋肉がととのう)ですぅぅぅぅぅん!!!???」
口に入れた瞬間、歯を当てる必要すらなく、お肉がまるで極上のムースのようになめらかに「ホロホロ……」と崩れ、
中から、65℃の低温調理(アクチン凝固回避)によって限界まで閉じ込められていた、しょうがと鶏肉の上質な旨味が、じゅわぁぁっと大爆発を起こして溢れ出していった。
「な、何これぇぇぇ! 鶏むね肉なのに、パサつきが1ミリもなくて、まるでお口の中が温かいハチミツミスト(第76話仕様)で一杯に満たされていくよう……! そして、このブラックペッパーのピリッとした刺激が、大脳新皮質を完全にハッキングして、正気を保てないぃぃぃ!!」
あまりの美味しさとコタツの快適さに、
イゾルデと査察使たちは、目隠し(第70話仕様)を頭に巻いたまま涙とよだれをダラダラと流し、コタツの布団をギュッと抱きしめた。
「もう……王都の最高査察なんて、どうでもいいわ……。私、このままこのコタツの『お掃除ロボ(第36話仕様)メンテナンス班』として、毎日このお肉をおかわりして暮らしますぅぅぅ……」
彼らは白目を剥いて幸せそうな笑顔を浮かべ、コタツの上にへなへなと崩れ落ち、完全降伏(昇天)した。
こうして、王都から送り込まれた最新の査察使も、サラダチキン一皿で無事にお掃除ロボバイトメンバーへと追加雇用されたのだった。
「おやおや、アリス、エレン。この『低温調理』というものは、鶏むね肉をこんなに柔らかく、美味しく仕上げてしまうんだねえ。ビール(第6話仕様)が無限に進んでしまうよ」
「本当にねえ、エドワード。お肉が瑞々しくて、お肌もツヤツヤになりそうだわ」
父エドワードと母レイラ、そしてサウナハットを被ったアルドも、嬉々としてスプーンを往復させ、コタツの上で「究極のヘルシー肉」を満喫していた。
「「ふふふふ……」」
お互いのツルツルキューティクル(第40話)の髪を揺らしながら、大はしゃぎでハイタッチを交わす小さな双子。
窓の外では、月明かりの下、新たに目隠しをしてバイトメンバーに加わった査察使が、
「この白い肉、実にお口のQOLが高い……」
と、幸せそうな笑顔で、木製のお掃除ロボ(第36話)と並んで庭の片付けをしていた。
新章を迎えたシルバーストーン特区には、目に見えない「極限のタンパク質熱変性・低温熱マネジメント技術」と、隣領の貴族や王都の役人たちを「一口食べるだけで胃袋の理性をハックされてコタツの奴隷にされる、恐るべき白い肉の噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




