第69話:雲を抜ける空中ゴンドラグリッド(と、王都を射程に収める超高高度軌道爆撃拠点&極地フリーズ凍結砲)
「……アリス、聞こえる? 合併された我がアストレア公爵領の標高が、平均して海抜1,200mを超えており、冬の北風がもたらす豪雪によって、私の大腿四頭筋が『寒冷による血管収縮ストライキ』の第2波を宣告しようとしているわ……」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の大脳皮質も、せっかくの雪景色をただの『豪雪の被災地』として放置するなんて、QOL(生活の質)に対する大いなる機会損失だと激しい警告を発しているわ。この雪と標高差、前世で私たちが憧れてやまなかった『最高級スキー&スノーボードリゾート』にハックするしかないわね! ついでに、その高低差を活かして、究極のロードバイク用の『超々ジュラルミン&魔法カーボン(CFRP)高圧硬化釜』を山頂にDIYするわよ!」
アストレア公爵領の山頂。
吐く息が白く凍りつく極寒の中、お揃いの特製スノーウェア(母様デザイン・第37話の電熱インナー内蔵・完全防水仕様)に身を包んだ銀髪の双子は、脳内の専用回線で「雪山の完全アミューズメント化」に向けて熱く同期していた。
今回のQOLハックは、パウダースノーをいつでも敷き詰められる「人工降雪機」と、目標重量5kg台の異次元のロードバイク用カーボンフレームを焼き上げる「巨大高圧硬化釜」の同時建造である。
「いい、エレン? 人工雪の精製は熱力学の美しいドラマよ。第42話のコーラで使った液化二酸化炭素(CO₂)と、第30話で掘り当てた地熱温泉水を混ぜて高圧でノズルから放射するの。高圧気体がスリットから噴き出す瞬間に急激な膨張を起こすことで周囲の熱を奪う『断熱膨張(ジュール=トムソン効果)』を利用して、温泉水を一瞬で過冷却の微細な霧にして氷点下の大気に解き放ち、完璧な結晶にするのよ!」
アリス(理論・設計担当)が脳内の黒板に気体の相転移公式を書き殴る。
ΔT = μJTΔP
(ここで温度変化をΔT 、ジュール=トムソン係数をμJT、圧力差をΔPとするわ! 膨張弁のクリアランスを0.05mmに設定して、噴射圧力を一瞬で15気圧から大気圧までドロップさせるの。エレン、この設計の通りに、チタン製スリットノズルを削り出して!)
(了解アリス! 『超精密魔力クラフト(120,000 rpm)』、出力最大! ついでに、カーボンフレームに熱と15気圧以上の超高圧を同時にかけられる、直径2mのチタン製『オートクレーブ釜』も山頂の駅舎の裏に錬成しちゃうね!)
エレン(実技・精密工作担当)の指先から、激しい魔力の放電カッターがパチパチと飛び散った。
エレンは、アリスが脳内CADで算出した「高圧圧力容器」の応力分散設計図を共有視界にAR投影し、極厚のチタンプレートを1ナノメートルの隙間もない完璧な円筒状の釜へと成形していく。さらに釜の内部には、カーボン樹脂の分子を熱架橋(架橋反応)させるための、均一な熱伝導ヒーターを仕込んだ。
一人が「断熱膨張&高分子架橋シミュレーター(ソフト)」、一人が「高圧チタン釜切削&温泉水配管アッセンブル(ハード)」。
双子の超絶同調により、わずか数日のうちに、公爵領の最高峰に、黒く輝く不気味な巨大チタン釜と、空を睨む複数の「怪しげなタワー型スノーマシン」が爆誕した。
◇
数日後。
アストレア公爵領の統合プロセスを不穏な目で調査しにきた、すっかりお馴染みの専属デバッガー兼庭師アルドと、堅物令嬢イゾルデ。二人は、吹雪く山頂の岩陰から、防寒マントに身を包んで双子の「開発地域」を見上げていた。
「イゾルデ様……見てくだせえ。双子様、また山頂に何かとんでもねえ『おもちゃ』を建てやがりました。あれ、絶対に近づかない方が身のためですぜ……」
サウナハット(第51話仕様)を頭からすっぽり被ったアルドが、お気楽にたこ焼き(第60話)をつまみながら警告する。
「ば、馬鹿を言うなアルド! 私は王都特務監察官だ! 没落貴族が我が実家の公爵領で、世界を揺るがす恐ろしい邪法を起動しようとしているのだぞ……! ……あ、見ろ! 奴らが、あの黒い大釜のレバーを引いたぞ!」
山頂にそびえ立つ、ゴォォォォォ……と不気味な重低音を響かせて熱気を吐き出す漆黒の巨大チタン釜。
そして、空に向けてブシューーーーーッと不気味な白い霧を大気中に放出するタワー(降雪機)。
霧が触れた瞬間、周囲の山肌は瞬く間に真っ白な「氷の結界」へと閉ざされていく。
「ひ、ひぃぃぃっっっ!!!」
イゾルデは、あまりの「超物理」の光景に顔面を土気色にし、その場にへたり込んだ。
「ま、間違いない……! あの空に放たれている白い呪霧は、大陸全体の気候を自在に操作し、一瞬にして我が国を氷河期に叩き落とす気象凍結兵器……! そして、あのゴォォォと熱気を放つ漆黒の釜は、いかなる魔法攻撃も弾き返す、死神の黒い鎧『魔導カーボン(CFRP)』を大量精製するための世界凍結要塞――『ブリザード・インフェルノ』だ……!!!! あれが最大出力で起動したら最後、王都の防壁も、我々の肉体も、一秒でただの氷の彫刻にされるぞォォォ!!」
ただの「スキー場で遊ぶための雪作りと、快適な超軽量チャリのフレーム焼き釜」なのだが、王都のエリート堅物騎士にとっては、世界を永久凍土に変える最悪の長距離大量破壊兵器にしか見えなかった。
あの不気味に白い霧を吐き出すタワーが、今まさに王都の方向を向いているように見えて、イゾルデは胃を激しく痙攣させた。
「だ、ダメだ、アルド! ここにいたら我々の身体もミイラのように凍らされて……ぐっ、体温が奪われて、指が動かん……!」
山頂の猛烈な寒さと大誤解によるストレスで、体力と精神の限界を迎えたイゾルデ。
「ああ、イゾルデ様。だったら、あそこの別棟のテントに逃げ込みましょう。あそこ、めちゃくちゃ『QOL』が高いんですよ」
「えっ、何だそれは……? ああっ、私の身体が……寒さで……」
アルドに半ば抱き抱えられるようにして、イゾルデは山頂のプレハブ小屋(第29話の高分子温室+地熱床暖房仕様)へと飛び込んだ。
ガラッ!
「あ……」
イゾルデの言葉が止まった。
一歩足を踏み入れた瞬間、極限の寒さから一転、頭上から降り注ぐのは、摂氏24℃の完璧にドライ除湿(第65話)されたサラサラの温風。
そして部屋の中央には、弱アルカリ地熱温泉水が巡る「魔導床暖房コタツ」。
コタツの中からは、もぎたてのフレッシュトマトをふんだんに使った焼き立てピザ(第29話)の、理性を木っ端微塵に破壊する香ばしい匂いが漂っていた。
「あら、いらっしゃい、イゾルデにアルド。お外はちょっとジュール=トムソン効果で寒かったでしょ? 早くコタツに入りなさい」
コタツの中でハチミツレモネードを啜っていたアリスが、極上の笑顔で手招きする。
「お姉ちゃん、お肉! 焼き立てのから揚げ(第67話)もコタツのテーブルにセット完了だよ!」
エレンがパチパチとハイタッチを交わす。
「こ、コタツ……? う、うう……身体が、勝手に吸い寄せられて……」
イゾルデは、凍りついたエリート騎士のプライドなど一瞬でどこかへ放り投げ、吸い込まれるようにコタツの中に下半身をダイブさせた。
「ふあぁぁぁ……。なにこれ、お腹の底から、と、とろけるようなぬくもりが……。お、お肉……から揚げ……美味しい……レモンが……」
アツアツのから揚げを口に突っ込まれ、ドライでサラサラなコタツのぬくもりに包まれた瞬間、イゾルデの脳内ニューロンは完全に融解(QOL完全降伏)した。
「アルド……私はもう……動かん……。この『コタツ』という名の世界凍結要塞の、一部となる道を選ぶ……。極楽じゃ……」
「へへ、だから言ったでしょう、イゾルデ様」
アルドとイゾルデは、完全にコタツと一体化し、幸せそうな笑顔を浮かべながら白目を剥いて爆睡してしまった。
◇
数時間後。
すっかりパウダースノーが積もったアストレア公爵領のゲレンデ。
エレンが削り出した「超々ジュラルミン製エッジ付き・魔法カーボン製スノーボード(重量わずか1.2kg)」を足元にガチャンと固定し、
「よし、エレン! 減衰比デバッグ完了ね!」
「ええ、アリス! この超軽量ボードとパウダースノー、QOLの極地を滑るわよ!」
「「きゃっはーーー!!!」」
銀髪を風になびかせ、等速無音で真っ白な雪原をシュババババッと滑り降りていく双子の姿。
窓の外では、月明かりの下、木製お掃除ロボ(第36話)が自動でスキー板のワックスがけをしていた。
新章を迎えたシルバーストーン特区には、目に見えない「極限の熱力学・材料工学」と、王都の重鎮たちを「近づいた人間を一瞬で凍らせてコタツの操り人形にする、恐るべき世界凍結要塞の噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




