第66話:天を穿つチタンの脚(と、山脈の結界を一瞬で粉砕し要塞を崩壊させる超高圧油圧サスペンション・ギガキャリア)
「……アリス、聞こえる? 私の、前世はから揚げのレモンを絶対に許す(かける)派だった側の遺伝子が、お皿の横に添えるべき『幻のレモン(ゴールデン・シトラス)』の不在を検知して、今まさに大腿四頭筋を激しく揺さぶるストライキを開始したわ……!」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の扁桃体も、次の『極上から揚げ(第67話予定)』の完成予想図において、あのビタミンCあふれる黄色い果汁の酸味がないなど、画竜点睛を欠くどころかQOL(生活の質)に対する深刻な欠陥だと弾き出しているわ。でも、あのレモンが実るのは隣領との境界にある険しい『巨獣の爪痕断崖』の絶壁の上。普通の馬車やロードバイクじゃ、アプローチする前に崖から転落して物理的に肉片になるわね」
シルバーストーン領の穏やかな朝。
コタツ(ドライ除湿モード・第65話)でぬくぬくと温まりながら、銀髪の双子は脳内の専用回線をかつてない「から揚げ用のレモン熱」で同期させていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
その知識と、異世界で開花したチート能力を駆使してお気楽に美味しいものを貪る双子にとって、険しい断崖絶壁など、ただの「ちょっと傾斜が激しめの特設果物売り場」に過ぎない。
「いい、エレン。絶壁の激しい凸凹と、崖から飛び降りた際の10Gを超える衝撃力を物理的に100%打ち消すにはね、流体静力学における『パスカルの原理』と、振動工学における『減衰比ζ(ゼータ)の最適化』が必要よ。まずは愛車スプリンター(第28話仕様)の足回りを、岩場をものともしない『アクティブ・サスペンション』に魔改造するわよ!」
「最高ねアリス! 大地の凹凸をサスペンションで完全無力化する……これぞフィジカルの出番だべ!」
二人の『二心同体』が、自動車工学と材料工学の極致へと完全同期した。
アリス(理論・設計・数理担当)が、まず脳内の3D-CADで、ペダルを踏み込むわずかな力で数百倍の油圧を生み出すアクティブ制御システムの設計図を立ち上げる。
パスカルの原理の公式はこうだ。
P = F₁/A₁ = F₂/A₂
F₂ = F₁(A₂/A₁)
(ここで圧力をP、入力側の力をF₁、シリンダー断面積をA₁、出力側の力をF₂、シリンダー断面積をA₂とするわ! 面積比A₂/A₁を極限まで高めることで、エレンの踏力を数百倍の油圧F₂に拡大し、車高を自在に上下させるの! さらに、チタン製シリンダーに高分子スライムオイル(第26話)を封入し、路面から受ける振動の減衰比 ζを正確に臨界減衰である『ζ = 1.0』に調整して、一切の跳ね返り(バウンド)を瞬時に消滅させるのよ!)
(さすがアリス、理論はガチガチにロックしたわ! だったら私の『超精密魔力クラフト・一体延伸成形(120,000 rpm)』で、チタン製シリンダーと高分子用の超高精度シールリングを削り出してあげる!)
エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の指先が、ガラクタ置き場から回収してきたチタンパイプを前に、パチパチと凄まじい魔力火花を散らした。
キィィィィィィィン!!!!!
大気を鋭く切り裂く、エレンの魔力放電カッター。
アリスが共有視界に投影した「超高圧窒素ガス室&油圧ピストン」の三次元設計図に沿って、エレンはチタンの塊をコンマ数ナノメートル単位のクリアランス(隙間)で完璧に削り出していく。
さらにアリスは、路面の凹凸をミリ秒単位で先読みするための「セミアクティブ制御システム」を構築した。
「エレン、第30話で開発した地層スキャンの超音波ソナーをフロントフォークの先端にアタッチしなさい! 迫り来る凸凹の深さをミリ秒単位で先読みし、アクティブ油圧をミリ単位でリアルタイム制御する『魔導スカイフック制御』を接続するのよ!」
「オッケー! これでどんな絶壁から飛び降りても、私たちの頭の位置は一ミリもブレない『完全等速スライド』が実現するね!」
一人が「流体静力学&減衰制御シミュレーター(ソフト)」、一人が「ナノ精度放電カッター&高分子スライムオイル充填」。
双子の超絶同調により、スプリンターの足回りには、うねうねと不気味に蠢くチタン製の極太ピストンアームと、怪しげな油圧配管がギラギラと張り巡らされた、異形のオフロード仕様『シルバーストーン・ギガ・キャリア』が完成した。
◇
数時間後。
シルバーストーン領の境界、人間なら覗き込むだけで失神するほど切り立った、落差数十メートルの険しい「巨獣の爪痕断崖」。
その崖の下、深い茂みの中に、漆黒の隠密服を着た少女が潜んでいた。
前回の「除湿デシケーター(第65話仕様)」の冷涼なサラサラ空間に鎧のまま爆睡敗北し、すっかりこの地獄の領地の監視活動(兼、アルドとのトホホな合流)に憑りつかれている、王都特務監察官イゾルデ・フォン・アストレアである。
「……アルド。奴ら、今度はあんな絶壁の上で、一体どんな神罰を計画しているのだ?」
イゾルデは、隣に立つ、すっかりお気に入りの「おぞましいサウナハット(第51話仕様)」を被ってのんきにたこ焼き(第60話)を摘まんでいる元隠密アルドを睨みつけた。
「イゾルデ様、声を落としてください。双子様は今、究極のから揚げを揚げるためのレモンを採りに行くだけです。……あ、来ましたよ」
アルドが崖の上を指さす。
イゾルデが恐る恐る見上げた、その瞬間。
断崖絶壁の頂上、落差20mを超える垂直の崖から、あの銀髪の双子が乗る異形の二輪車が、あろうことか大空へと飛び出した。
「な、何をしているのだあの子たちはーっ!? 自殺志願者か! 人間なら着地の瞬間に全身の四肢が砕け散って即死――」
イゾルデが絶叫した、その直後。
物理法則のメルトダウン(相転移)が起きた。
フワッ……スササッ。
「「――きゃっはー! 縦揺れが本当に『ゼロ』よ!!」」
崖の上から落下してきた重力加速度g = 9.8m/s²の恐るべきエネルギー。
それが、地面に接触した刹那、一切のバウンド音も、金属の衝突音すらも立てず、完全に「無音」で等速着地した。
アリスが計算した臨界減衰ζ = 1.0と、エレンの「魔導スカイフック制御」が完璧に作動したのだ。
着地の瞬間、チタン製の不気味な四本の脚が、
「うご……うごうご……」
と、生き物のように不気味に伸縮を繰り返し、上のシートに乗る双子の頭部の位置を、物理的にコンマ一ミリも上下させずに維持していた。
「な、ななな……何なのだ、あの自重と重力を完全に無視した不気味な機動性は……!? しかも、あのチタンの脚……着地の衝撃を完璧に吸収するどころか、地面を蠢きながら踏みつけているぞ……!」
イゾルデは、恐怖のあまり全身の毛穴が開き、その場で腰を抜かして這いつくばった。
彼女の脳内では、アリスの言っていた「パスカルの原理」という言葉が、この世の終わりを告げる最悪の呪法に変換されていた。
「間違いない……。あの異形のチタンの脚は、パスカルの呪法によって『無限の破壊圧力』をピストン内部に蓄積し、踏みつけた敵国の防衛要塞の石垣や城門、あるいは大地の結界を一瞬にして粉砕・液化して地底に埋め立てる、超高圧地殻破砕突撃機――『ギガ・プレス・キャリア』だ……!!!!! あれに踏みつけられたら最後、我が国のいかなる鉄壁の城塞も、一秒でただの砂利に変えられるぞォォォ!!!」
ただの「から揚げに添える幻のレモンを傷つけずに収穫するための、乗り心地抜群のサスペンション」なのだが、王都のエリート堅物騎士にとっては、大陸中の城壁をペダルを踏むだけで粉砕する、超高圧破壊要塞にしか見えなかった。
あまりの恐怖と大誤解によるストレスに、イゾルデは胃を激しく痙攣させ、雪(または草むら)の上に這いつくばってガタガタと震えるのだった。
「イゾルデ様、だから言ったでしょうに。ただのレモンを採るための、めちゃくちゃ乗り心地の良いサスペンションです。本当に乗り心地最高なんですよ、これ」
「だ、黙れアルド! 貴様、完全にあの突撃機の圧力に脳をフォーマットされているのだ……! ひ、ひぃぃぃ……胃が痛い……!」
崖の下では、無事に「幻のレモン」を傷一つなく(※サスペンションが完璧だったため)大量に収穫したアリスとエレンが、
「よし、エレン! 減衰比のデバッグ完了ね!」
「ええ、アリス! これで今夜は、お口の中で脂汁が爆縮を起こす『極上から揚げ』を、レモンの酸味でハックするわよ!」
「「ふふふふ……」」
と、お互いのキューティクルツヤツヤの髪(第40話)を揺らしながら大はしゃぎでハイタッチを交わしていた。
新章を迎えたシルバーストーン領には、目に見えない「極限の振動工学・流体力学技術」と、隣領の貴族たちを「逆らったら要塞ごと地底に埋め立てられる、恐るべき超高圧突撃マシンの噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




