第129話:世界を包む至高の繊維、全自動「魔導テーラー」の脅威
シルバーストーン特区の朝は、いつもアリスとエレンの「もっとダラダラしたい」という純粋な欲望から始まる。
すでに観光特区として驚異的な発展を遂げ、数々の超近代的なインフラが整備されたこの領地において、双子が次に目をつけたのは、毎日必ず行う「衣服の着替えと洗濯、そしてサイズ合わせ」という、あまりにも生産性の低い日常の手間であった。
「ねえエレン、服ってどうしてこう、季節ごとに衣替えしなきゃいけないのかしら。それに、ちょっとコタツでたこ焼きを食べすぎると、ウエストの締め付けが弾性限界を超えそうになるのよね。非常に非科学的だわ」
「わかるよアリス。布地の経糸と緯糸の隙間に汚れがトラップされるのも非効率だし、体型変化に合わせて分子構造レベルで追従する衣服があれば、僕たちは一生、服の悩みから解放されてコタツと一体化できるのに」
二人の元理系教師の目が、怪しく光った。QOL(生活の質)を極限まで高めるためなら、国家予算級のオーパーツを日常DIYで爆誕させるのがこの双子である。
二人はさっそく、庭の工房(という名の、もはや地球の最新鋭研究所をも凌駕する謎の空間)に引きこもった。
今回アリスが設計したのは、衣服の快適性を極限まで高めるための数理モデルである。
「繊維のヤング率(応力とひずみの比例係数)を、着る人の姿勢や肉体の動きに合わせてリアルタイムで可変させる3次元応力テンソルの計算式よ。これに、環境温度に応じて熱伝導率を変化させるマクスウェル関係式を組み込んで……よし、制御ソフトは完璧ね」
それを受けて、エレンの神速のフィジカルが火を噴く。
「よし、それなら僕は、分子レベルで液体魔力を超極細のナノファイバーとして射出する『120,000 rpm超精密削り出しチタン製3Dプリントノズル』を物質化するよ。ついでに、汚れを常時プラズマ斥力で弾き飛ばす静電コーティング機能も組み込んでおこう」
こうして、わずか数時間で庭に爆誕したのが、巨大な姿見のような形をした最新都市インフラ――全自動『3D魔導テーラー・ブース』であった。
「おーい、双子たち! 今日もコタツBarの仕込みが終わったから、新作の試食を持ってきてやった……って、なんだべそれは!?」
最初にやってきたのは、両親と、すっかりこの領地のお気楽ライフに馴染んでいるのアルド、そしてイゾルデだった。彼らの目に入ったのは、怪しく、しかし美しく明滅するチタン製の超近代的なボックスである。
「あ、アルドさん、ちょうどいいところに。これ、新しいインフラの試作品なんです。そこに立ってみてください」
エレンに促され、アルドは「また怪しいものを……」と眉をひそめながらも、ボックスの前の指定位置に立った。
アリスが起動スイッチを押した瞬間、ブースから目にも留まらぬ速さで、淡い光のレーザー網がアルドの全身をスキャンした。
『――生体データスキャン完了。胸囲、腹囲、筋肉の応力分布を測定。衣服の最適化を開始します――』
「な、なんだ!? 体が光に包まれて……うおっ!?」
アルドが驚いて声を上げた瞬間、エレンの作ったチタンノズルから、目に見えないほどの超極細ナノ魔導繊維が噴射された。それは一瞬にしてアルドの着ていた無骨な服を分子レベルで分解・再構築し、あっという間に、見たこともないほどスタイリッシュで、かつ仕立ての良い高級シルクのような質感の「特製リラックス・カジュアルスーツ」へと変貌させた。
「な、なんだこれは……!?」
アルドは自分の体をペタペタと触り、驚愕で目を丸くした。
「軽い……! まるで何も着ていないかのようだ! それでいて、関節を曲げた瞬間に生地が完全に筋肉の動きを予測してアシストしてくれる! おまけに、この衣服の内部温度、常に私が『一番心地よい』と感じる24.5度に保たれているぞ!?」
「ふふん、当然よ」とアリスが胸を張る。
「ヤング率を動的に制御しているから、立っている時はシャキッと、座った瞬間にパジャマ以上の解放感になるわ。さらに撥水・撥油・防汚機能は完璧。一生洗濯も衣替えも不要よ」
それを聞いたイゾルデや両親たちも目を輝かせた。「私もやるべ!」「拙者も頼む!」と、次々にブースへ飛び込んでいく。
数分後、そこには最高にオシャレで、かつ究極の快適性を手に入れた「最強の部屋着集団」が爆誕していた。
しかし、ここからが特区住民たちのドタバタの始まりだった。
この全自動魔導テーラー、あまりにも快適すぎて、人間の「着飾る努力」や「動く意志」を完全に奪い去る魔のインフラだったのだ。
翌日、特区の広場にこの『魔導テーラー』が正式に設置されると、領民たちは大喜びで利用した。
だが、その数日後、アルドが青い顔をして双子のコタツへ駆け込んできた。
「双子たち! 大変だ! このインフラは便利すぎるが、恐ろしい副作用がある!」
「え? 副作用? 計算にミスはなかったはずだけど……」
アリスが首を傾げると、アルドはガタガタと震えながら言った。
「衣服が……衣服が、我々を甘やかしすぎるのだ! 昨日、訓練のために騎士団のメンバー全員でこれを着用したのだが、衣服のサポート性能が良すぎて、全員が『一歩も動きたくない』という極限の怠惰に陥ってしまった! 現にイゾルデなど、その快適な服のままコタツBarの床に転がったきり、今朝まで芋虫のように動こうとしない!」
「あ、それは服のせいじゃなくて、単にみんながコタツの魔力に負けただけじゃ……」
エレンが苦笑いする。
さらにドタバタは続く。王都から特区の視察にやってきたお偉い商人や貴族たちが、広場にあるこの謎のチタン製ボックスを発見したのだ。
「ふん、シルバーストーン特区がまた妙な箱を置いているな。どれ、私が試してやろう」
恰幅のいい貴族がブースの前に立つと、光のレーザーが彼をスキャンした。
『――警告。対象の腹囲、および体脂肪率が想定の安全基準値を大きく超過しています。健康QOL向上のため、強制補正モード(コルセット機能)を起動します――』
「ぬおっ!? なんだこの凄まじい締め付けは!?」
アリスが仕込んだ「親切心(お節介)プログラム」が作動し、貴族の贅肉が科学的な応力計算によって限界までギチギチとスリムに圧縮されていく。
「苦しい! しかし……おお? 姿勢が劇的に良くなり、長年の腰痛が消えたぞ!? それに、なんだこの溢れ出る気品は!」
気がつけば、その貴族は超絶モデル体型のイケメン紳士(衣服の視覚誤認トリック付き)に変貌しており、「素晴らしい! この箱を我が領地にも売ってくれ!」と大興奮で叫んでいた。
結局、外部からの脅威や兵器としての誤解などは一切なく、領民も、騎士も、王都の貴族までもが、「全自動で自分を一番美しく、かつ極限まで堕落させる衣服」の魅力に完全に屈服してしまったのだった。
その日の夜、コタツBar。
すっかり新しいリラックスウェアに身を包み、文字通り「骨抜き」にされたアルドやイゾルデ、両親たちが、山盛りのたこ焼きを囲んでコタツに足を突っ込んでいた。
「いやぁ、もう元の服には戻れないべさ。洗濯もしなくていいなんて、神様の贈り物だわ」
「拙者も、もうこの服のまま一生をここで過ごしたい……」
完全に野生を失ったイゾルデが、コーラを飲みながらコタツの住人と化している。
アリスとエレンは、そんな大人たちを眺めながら、自分たちも特製パジャマ姿でコタツの特等席に潜り込んだ。
「計画通り、領地全体の衣類に関する家事負担がゼロになったね、アリス」
「ええ、エレン。これでまた一歩、私たちが24時間ダラダラ過ごすための『究極のニート特区』が完成に近づいたわ。さあ、最高の服を着て、最高のコタツで、最高の朝寝坊をしましょう!」
衣服のQOLを完全にハックし、領地全体を心地よい怠惰の渦に巻き込んだ双子たちは、今夜もまた、誰よりも幸せそうにコタツの中で丸くなるのだった。




