第121話:極東の竹林と幻の「わさび・醤油」
「……アリス、聞こえる? テーマパークのド派手なパレード(第120話)を終えて、私たちのQOL(生活の質)メーターは完全にととのったはずなのに、このお寿司(第52話仕様)と天ぷら(第64話仕様)を前にして、私の脳内和食センサーが、あのツンと鼻を抜ける本物の『おろし生わさび』と、大豆からじっくり熟成された『本醸造醤油』の不在を検知して、胃壁から激しいデモ行進を再開しているわ……!」
「聞こえるわエレン! コンビナート(第24話仕様)の化学合成じゃ、あのアミノ酸とエステルが絶妙に絡み合った杉樽熟成の醤油のコクは再現できないのよ。これは和食QOLに対する深刻な冒涜よ! 目的地は判明しているわ。領地の北、一度入れば二度と戻れないとされる不帰の魔境――『迷いの黒竹林』よ。あそこに自生する野生の生わさびと、古代の醤油樽の遺跡をハックするための『数日間のマジ大冒険(長期遠征)』へ、チャリで出発するわよ!」
シルバーストーンQOL巨大観光特区のリビング。
完璧に除湿されたドライコタツ(第65話仕様)の中で、キンキンに冷えたハチミツレモネード(第26話仕様)を啜りながら、銀髪の双子は脳内の専用回線をかつてない「わさび醤油熱」で同期させていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
その知識と異世界チート能力を駆使し、お気軽極楽に「食の楽園」を完成させるため、双子の超絶同調が再び火を噴いた。
「いい、エレン。わさびの辛味の正体は、シニグリンという配糖体が、細胞破壊に伴ってミロシナーゼという酵素と反応して生成される『アリルイソチオシアネート』よ! この化学反応を最大化するには、細胞を物理的に極限まで破壊しつつ、酸素を遮断して酸化を防ぐ『超高速すりおろし』が不可欠よ! あと醤油は……麹菌によるタンパク質分解と、デンプン分解が織りなす長い熟成のドラマね!」
アリス(理論・設計・数理担当)が、脳内の黒板に化学反応式を書き殴る。
シニグリン + ミロシナーゼ → アリルイソチオシアネート
「(ここで重要なのは酵素の活性温度!40℃を超えると酵素が失活してただの辛い泥になるわ! エレン、私の計算した『極低音・神速おろし』の回転トルクをエレンの腕に同期させて!)」
「最高よアリス! 科学の刃で最強のわさびを錬成ね! だったら、私の『超精密魔力クラフト・3次元切削(120,000 rpm)』、出力最大で極細のおろし金を組み上げてあげる!」
エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の指先から、バチバチと精密な魔力放電が散る。アリスが脳内CADで算出した「最も細胞を均一に破壊するピッチ」の3D設計図に沿って、エレンは真鍮プレートを一瞬で芸術的なおろし金へと削り出し、それを愛車『スプリンター』のフロントに魔導連動装置として組み上げていった。
◇
数日後。
不気味に黒い竹が密集する「迷いの黒竹林」。
そこは、普通なら迷い込んだら最後、永遠に森から出られないという最悪の魔境。だが、アリスの「地層スキャン&磁気共鳴ナビ」とエレンの「アクティブ・サスペンション(第66話仕様)」を搭載したスプリンターの前では、ただの「ちょっと路面がデコボコなだけの、緑のホームセンター」に過ぎなかった。
「よし……起動よ、エレン! 霧を切り裂く超音波シールド、オン!」
「スイッチ、オォォォン!!!」
ガチャン。
フロントから放たれる、物理法則をハックした「超音波」が前方の霧を一瞬で雨に変えて弾き飛ばし、双子の前には光り輝く「光のトンネル」が開通する。
「ここよ! この黒竹の根元に自生しているわ!」
アリスが叫ぶと、そこには驚くほど力強く生い茂る、緑鮮やかな「本わさび」が群生していた。
「やったわアリス! これで極上の醤油と合わせて、異世界初の『本物のお寿司』が作れる!」
エレンが神速のピッキングハンドでわさびを確保し、さらに迷宮の奥深くに眠っていた「古代杉樽の醤油」のストックを魔法のトランクに詰め込む。
◇
帰還後。シルバーストーン特区の屋敷。
コタツBarには、イゾルデ、アルド、そしてお父様エドワードと母レイラが集結していた。
「さあ! 第1回『シルバーストーン・極上のわさび醤油・寿司パーティー』の開幕よ! この収穫したてのわさびを、私が計算し尽くした『神速おろし金』で、香りを一切逃さずにすりおろすわよ!」
アリスがマイクを握りしめると、広場からは「おおおっ!!」「双子様万歳!!」と割れんばかりの歓声が上がった。
コタツの住民たちも、期待で目を輝かせていた。
「アルド! 覚悟はいいか! このツンとくる香りと、杉樽醤油のコク……わたくしの騎士のプライドにかけて、至高の一貫を味わい尽くしてやりますわ!」
「ヘヘッ、イゾルデ様、このわさびの香りの強さ、めちゃくちゃ鼻に来るべ! さあ、実食だべ!!」
パッ。
アリスが魔法で研磨したばかりのわさびを、エレンが神速おろし金で一瞬ですりおろす。
その瞬間、食卓を支配したのは、これまでにないほど鮮烈で、鼻を抜ける「緑の暴力」だった。
「「「ーーーっっっっっっ!!!」」」
一同、息を呑む。
イゾルデが震える手でお寿司を箸で摘み、わさびをちょんと乗せて醤油にくぐらせ、口へ放り込む。
「サクッ……プリッ……!」
あまりの香りと、ネタの新鮮さ、そして口の中でとろける醤油のコクに、イゾルデやアルド、そして両親も、大笑いしながらコタツの中にドロドロに沈んでいった。
終わった後の広場では、
「おい、このわさび、脳の神経を直接ハッキングしてくるぞ……!」
「あははは、もう一貫! もう一貫おかわり!」
と、大興奮で絶叫する面々。
そのまま彼らは、特設のコタツBarへと雪崩れ込み、「わさび醤油パーティー」の打ち上げが始まった。
「勝者は、最後まで一番綺麗にわさびを擦り続けたアルド! さあ、特製から揚げ(第67話仕様)と黒エール(第10話仕様)を、好きなだけ食べなさい!」
「ふふ、わたくしの騎士のプライド(わさびすりおろし力)が認められましたわね。最高にお気楽で美味しいですわ!」
アツアツのから揚げを頬張り、キンキンに冷えた黒エールを喉に流し込み、みんなで大笑いしながらゲーム大会に熱狂する夜。
「アリス、成功ね。このわさび醤油フェス、みんな脳がとろけてるわ」
「ええ、エレン。酵素反応速度論と界面化学をハックして、QOLを極限までブーストした甲斐があったわね」
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと走る木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに庭に落ちたわさびの皮を掃き清めていた。
領内には、目に見えない「極限の生化学・酵素工学技術」と、隣領の貴族たちが「一口食べるだけで脳の神経系を麻痺させられて双子の奴隷にされる、恐るべき暗黒経口兵器の噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




