4場
国際空港のロビー。錠一が立っている。手にはスーツケースを持っている。
後ろから十和子がやってくる。
十和子 錠一さん。
錠一 …十和子。
十和子 行っちゃうのね。
錠一 うん。
十和子 何も言ってくれないの?
錠一 …
十和子 あの時も、ついて来てって言ってほしかった。返事が欲しかった。
錠一 そうだな…。あのとき俺にそう言える勇気があったらどんなに良かったか。でももしそれが言えたとして俺は君を幸せに出来たのか?実際君は、他の男と結婚して家庭を持って、幸せな人生を送れたじゃないか。それは俺じゃ出来なかった。
十和子 …私はあなたと一緒にいたかった。
錠一 本当は君がずっと俺のことを待ってくれているんじゃないかって夢見てた。馬鹿なやつだよ。二十年も連絡しない相手のことを待てるなんて、そんなのあり得ないのにな。
十和子 …あなたのこと、ずっと待ってたの。
錠一 もう忘れないといけないのに、終わらせないといけないのに…。なんで俺にはこんな幻が見えているんだろう。
十和子 …私のこと、忘れないで。
未来 籠屋さん。
錠一が驚いて振り向くと、未来がいつの間にか立っている。
未来 今、誰かと話してましたか?
十和子はいるが、未来には見えていない。
錠一 いや…電話してただけだよ。
未来 あ、そうでしたか。
十和子がそっと去る。
錠一 昨日ライブに来てくれた子だよね?未来ちゃんだっけ?
未来 はい。覚えていてくれたんですね。
錠一 どうしてこんなところに?旅行にでも行くの?
未来 いや、その…出待ちです。
錠一 出待ち?俺の?
未来 昨日お話した母のことがやっぱり気になって…。私のお母さん、半年前に病気で亡くなって、遺品を整理していたら(小さな箱を取り出す)この箱が出てきて、中にあなたのCDと手紙が入ってたんです。
錠一 手紙…?
未来 宛名にあなたの名前があったので、最初はファンレターかなと思ったんですけど、内容を読んだらそうも思えなくて…。籠屋さんは昨日、知らないと言ってましたけど、もしかしたらもっと深い関係だったのかな…と。
錠一 それ、読ませてもらってもいいかな?
未来 どうぞ。
未来から手紙を受け取り、読む。
錠一 …こんなの残してたんだな。
未来 心当たりあるんですか?
錠一 これはね、彼女から受け取った最初で最後の手紙なんだ。
未来 受け取った?
錠一 たぶんわざわざきれいに清書したのをくれたんだろう。マメなところが彼女らしい。
未来 それじゃあやっぱり…
錠一 うん、嘘ついてごめんね。(手紙を未来に返す)
未来 (手紙を受け取る)これにお返事したんですか?
錠一 いや、しなかった?
未来 えっ…?どうして?
錠一 出来なかったんだよ。当時の俺には。
未来 お母さんのこと好きじゃなかったんですか?
錠一 …。
未来 あ、ごめんなさい。気になったから、つい…。
錠一 …好きだった。彼女は俺には無い素敵なところがたくさんあって、そこにすごく惹かれた。でも当時の俺は音楽活動も挫折してまともな職にもつかずにいたから、そんな俺が彼女を幸せに出来るわけがないって思ってた。だから返事をしなかった。
未来 それからずっと会わなかったんですか?
錠一 うん。結局、最後の最後まで。
未来 …籠屋さん、お母さんが亡くなったこと知ってたんですね。
錠一 十和子が亡くなってすぐ、共通の知り合いから連絡を貰ったんだ。本当はすぐにでも帰ってきたかったけど、向こうで仕事が重なっていた時期だったから、結局何も出来なかったな…。
未来 昨日「今度はお母さんと一緒においで」って言われたから、てっきり知らないのかと…。
錠一 昨日はかなり動揺してたから、とっさに誤魔化すようなことを言ってしまったんだ。
未来 そっか…そうだったんですね。…あの、一つ聞いてもいいですか?
錠一 なんだい?
未来 籠屋さんは、私の本当のお父さんではないんですか?
錠一 …え?
未来 だからその…私は籠屋さんとお母さんの間に生まれた子どもなのかな…って。
錠一 …あ、そういうことか。
未来 違うんですか?
錠一 うん。
未来 でも、絶対に無いって言い切れるんですか?
錠一 言い切れるよ。
未来 どうしてですか?
錠一 俺と十和子は、そういう関係にならなかったからさ。
未来 そういう関係?
錠一 もう高校生だったら、何となく分かるんじゃないかな?
未来 それって、プラトニックなお付き合いだったってことですか?
錠一 いや、付き合ってもいなかった。
未来 えっ?
錠一 信じられない?
未来 いや、そんなことは…
錠一 プロローグだった。
未来 プロローグ?
錠一 俺と十和子は何も始まらないまま…物語のプロローグで終わってしまった。例えるならそんな関係だったんだ。
未来 なんだかロマンチックな表現ですね。
錠一 まあ、これでもアーティストだからね。
未来 そっか…そうでしたね。でも良かった。この手紙を見つけて籠屋さんのことを知ってからお父さんとどう接したらいいか分からなくなっちゃって…心配して損しちゃいました。
錠一 それは何というか…ごめんね。
未来 いや私が勘違いしてただけですから。お父さんがお父さんで本当に良かったです。
錠一 俺も安心したよ。十和子は本当に幸せな人生を送れたんだなって。
未来 そう思いますか?
錠一 きっとお父さんも素敵な人なんだろうな。
未来 あ、もしかして籠屋さん、妬いてますか?
錠一 え…いやそんなことないって。
未来 (笑う)
空港のアナウンスの音が鳴り響く。
錠一 そろそろ出発の時間だ。
未来 お話を聞いていただいてありがとうございました。
錠一 いやこちらこそ、未来ちゃんに会えて良かったよ。
未来 次はいつ日本に来るんですか?
錠一 そうだな…イベントの主催者さんからオファーは貰ってるから、また近いうちに戻ってくると思うよ。
未来 じゃあ、その時は家族三人で聴きに行きますね。
錠一 三人?
未来 私とお母さんとお父さん。
錠一 あ…ああ。
未来 ライバルに会うのはいやですか?
錠一 いやそんなことないよ。寧ろ会ってみたいな。
未来 楽しみにしてますね。それじゃあ、お気をつけて。
錠一 ありがとう。またね。
未来が去る。
十和子がやってくる。錠一が気づく。
錠一 十和子…
錠一が十和子に向き合う。
錠一 十和子、君が家族と幸せな人生を送れて本当に良かった。でも本当は、俺は君と結ばれたかった。それが叶えられなかったのが辛い。出会わなかったらこんな想いしなくて済んだのかもしれないね。でも、もし出会っていなかったら、苦手なサックスも勉強もひたむきに頑張る君の姿を見ていなかったら、俺は自分を変えようなんて思わなかったと思う。…君がいたから、ここまで頑張れたんだ。本当にありがとう。
十和子が笑顔で頷き、ゆっくりと去っていく。
END




