1場
錠一 約二十年ぶりに日本に帰国した。かつて住んでいた街はあの頃の面影を残しつつも、まるで違う場所のように感じた。それでも帰ってきたと思えたのは、そこに君がいたからだった。
ビジネスホテルの一室。街を見渡せるほどの高層階。
窓の外を見渡す錠一のもとに、十和子がやってくる。
十和子 おはよう。
錠一 おう、おはよう。
十和子 今日はずいぶん早いのね。
錠一 そうか?まあようやく時差ボケも無くなってきたからな。
十和子 ようやく?もう明日には帰っちゃうじゃない。
錠一 はは、そうだな。コーヒー淹れようか。
十和子 ええ。
錠一と十和子が座ってコーヒーを飲む。
十和子 さっきね、あなたと初めて会った日のことを思い出してたの。
錠一 初めて会った日?
十和子 覚えてる?
錠一 もちろん。もう二十年以上前、君が大学で入っていたジャズ研究会に、俺は講師として呼ばれたんだ。講師と言ってもサックス初心者に基礎的なことを少し教えるくらいだったけど。そこにいたのが君だった。
十和子 うーん、惜しい。
錠一 え、違うのか?
十和子 面と向かって話したのはその時だけど、本当はその前に会ってるのよ。前にもこの話したんだけど、覚えてない?
錠一 うーん…
十和子 ジャズ研に入って間もない頃に先輩に連れられて食事会に行ったんだけど、そこに卒業生とか、音楽関係の仕事に就いてる人もいて…
錠一 そこに俺もいたのか?
十和子 そう。でも私が着いたときには、あなたは端の席で酔いつぶれて寝てた。先輩たちには、やけ酒しちゃってるからそっとしておいてって言われて、結局その日はまともに顔も合わさずに終わったの。
錠一 あぁ、覚えてないというか、思い出したくない話だった。
十和子 ふふ、そうね。
錠一 あの時は、バンドが解散した直後だったから、お先真っ暗になってたんだ。
十和子 そう言ってたね。
錠一 今思うと最悪の第一印象だったな。
十和子 確かに。でもそれが今や世界で活躍するサックス奏者だもの。籠屋錠一を知らない人はいない。すごいよね。
錠一 そんなことないよ。
十和子 あ、照れてる。
錠一 …君が…。
十和子 ん?
錠一 君がいたから、ここまで頑張れたんだ。本当にありがとう。
十和子 ……あなたからそんな言葉が聞ける日が来るなんてね。
錠一 …ごめん。
十和子 いいよ。…こちらこそありがとう。
微笑み合う二人。穏やかな朝の光が二人を優しく照らしていた。




