合格発表
「ふわあぁ……」
結局一睡もできなかったオットーは、眠い目を擦りながら合格者発表へとやってきた。
自分の番号は五百五十六番。
百番台が終わり、二百番台へと進む。
受かった者達は歓喜の雄叫びを上げ、落ちた者達は涙を流しながらその場に立ち尽くす。
受験生の悲喜こもごもを気にしている余裕などない。
四百番台の発表が終わり五百番台に突入した時にはオットーは口から心臓が飛び出しそうになっていた。
「五百二番、五百三十五番……五百五十六番」
一瞬、聞き間違いかと思い自分の頬を叩く。
痛くて頬が赤く腫れた。
全ての発表が終わり張り出された合格者一覧に自分の番号があるのを見て、オットーはようやく自分が合格しているのが夢でも希望でもない事実であることを知った。
クラクラとめまいを起こし、その場に立っていられなくなる。
思わず椅子に座り込み、その場で呆然としてしまう。
自分ではてっきり号泣するものとばかり思っていたが、不思議なことに涙は一滴も出なかった。
心が未だ、現実に追いついていないのかもしれない。
拳を握りしめる。
自分の苦労が報われた。
なりたかった文官に、ようやくなることができたのだと、笑みがこぼれた。
長年の苦労が昨日のことのように脳裏に蘇る。
自分のことを応援してくれた両親の顔が頭に浮かんだ。
送り出してくれたマスターが、共に頑張ってきた同志達が、そしてフランシスの姿が浮かんでは消えていった。
♢♢♢
「皆様、此度の採用試験に合格おめでとうございます。ですがここからがスタートラインです。最初に業務内容の説明と契約の確認を行います」
不合格者は馬車に乗せられ、合格者だけが一つの会場に集められる。
数はざっと見て百三十前後。
思っていたより多いな、というのが正直な感想だった。
「現在男爵領の経理を担当しておりますロッブと申します。前職はフレイム伯爵領の財政官をやっておりました。男爵閣下にここを小さな伯爵領にするつもりはありません。有能な人間は昇進させ、無能な人間は容赦なく首を切っていいという許可も取っておりますので、そのつもりで職務に励んでください」
ロッブと名乗る切れ長の目をした女性が、自分達の直属の上司に当たるらしい。
そしてこの場にいるのが自分の同期になるわけか……。
(負けたくない……絶対に一番になってやる)
「現在男爵領は大きく分けて四つの区域に分かれています。移民達が暮らすダート大森林浅層、獣人の方々が暮らす恵みの森とその周辺地域、アマゾネスが暮らす熱帯雨林区域、そしてマーメイドの方々が暮らす北海区域、そして獣人・アマゾネス・マーメイド達の集落を繋ぐ中継地点となるミドルの村です。あなた方はこの四つに適宜振り分けられます。試験時の内容を踏まえて割り振りは行っていますが、希望の職場がありかつ要望が適切であった場合、職場の入れ替えを認めます」
それぞれの名前が呼び出されていく。
オットーの名が呼ばれたのは最後、彼の担当エリアはマーメイドが暮らす北方であった。
一体どんなところなのか想像もつかないが、とりあえずここから一番距離のある領地であることは間違いないらしい。
また暮らしている者達もほとんどがマーメイドであり、意思の疎通はできるものの文化的な摩擦なども決して少なくないという。
北海へ向かう文官の業務内容は、なんと驚くことにマーメイド達に関する物流や徴税の一切らしい。
ほとんど人がいない関係上、業務内容は非常に多岐に渡っており、マーメイド達が人間の文化に疎いため商人との交渉や海産物や宝飾類の保存などまでを行う必要があるらしい。
(すごいな……めまぐるしい仕事量に謀殺されるのが、行く前からわかるぞ)
オットーはここに来て、俸給が金貨三枚である意味を知った。
見知らぬ土地で激務に耐え、膨大な事務や交渉ごとを差配して処理していく。
それだけのことをする対価と考えれば、たしかに妥当と言えるかもしれない。
人の目が行き届きにくい遠方での仕事となれば通常であれば汚職などが横行するだろうが、おそらくこの領地ではそのようなことは起こらないだろう。
きっと彼はそのような悪漢を、決して許さないだろうから。
途中までは森の中を獣人達に護られながら進んでいったが、彼らが暮らす恵みの森から北に向かう場所には道が通されており、馬車に乗ることができたことでずいぶんと負担は軽減された。
突き上げるような衝撃に耐えながら、オットーはまだ見ぬマーメイド達を少しでも富ませるためにできることはないかと、同じ配属の同期達と未来の展望について語り合った。
中には既に文官として働いており転職してこちらの職場などに来ている者もあり、色々と学ぶことも多い。
だがやはり同輩の中に、自分でもこいつには敵わないと思うような逸材は一人も居なかった。
もったいないな。
かつて呟いた言葉をもう一度心の中で繰り返す。
馬車に揺られて進むこと一週間ほど。
ようやく目的地である領地が見えてくる。
初めて嗅ぐ磯の香りと視界の先一杯に広がっている海へ興奮しながら、オットーはマーメイド達に手を振りながら案内された文官用の寮へと向かう。
受験生の頃とは違い、彼には個室が与えられるらしい。
長旅の疲れから既に眠気を感じていた彼は、俯きがちに自身に用意された部屋へと向かう。
ドアを開き入ろうとすると、隣室のドアが開いた。
隣人に挨拶をしようと顔を上げ……そして目を見開いた。
「――フランシス!」
「やあ、再会できて嬉しいよオットー」
そこに居たのは紛れもなく、あのフランシスだった。
だが貴公子然としていた長髪はざっくばらんに切りそろえられており、髭も伸びている。
顔立ちこそ端正だが一気に野性味が増しており、一瞬同一人物とわからなかったほどだった。
「君も受かってたんだね?」
「ああ、色々と考えて自分の事情を全部ぶちまけたら、男爵閣下が色々と配慮してくれてね。僕は密偵として殺され行方不明になった……そういう扱いになることに決まったんだ。今日から僕はこの地でフランとして生きていく。君もそう呼んでくれると嬉しい」
「……わかったよ、フラン」
彼の事情に深入りはしない。
ただ今は彼と共に働けることを喜ぼう。
オットーは馬車の中で感じなかった胸の高鳴りを、今再び覚えていた。
「ちなみにこの北海区域は一番の激務部署であり、将来の幹部候補生達が連れてこられるらしい。一緒に男爵領を盛り上げていこう、オットー」
「ああ、ああ、もちろんさ!」
こうしてオットー・フォン・ライツは北海区域での文官として働き始め、めきめきと頭角を現すことになる。
領内の財政を一手に切り盛りする辣腕の文官、フランとオットーの名が有名になるのは、もう少し先の話である……。




