第149話 わかっていました
「……今なんて言った?」
聞こえなかったわけでは無かった。彼女の口から突如として語られた言葉を信じたく無い一心で聞き間違いだと、有りもしない可能性にかけて思わずそう問い返す。
しかし目の前の白花そっくりの彼女は悲しそうな表情を変えない。
「……白花はもうすぐ消え――」
「……嘘だっ!」
求めていたものとは違う言葉を遮り、取り乱す俺を彼女はただただじっと見つめていた。
「白花が消える? 馬鹿馬鹿しい!」
「……じゃあ、あの子は貴方と再会するまでの数年間、どこで何をしていたかわかりますか?」
彼女の問いに言葉が詰まる。考えた事が無いわけでは無い。両親が亡くなったあの日、花を持って逃げ出した白花はそのまま行方不明になった。
どういうわけか白花に関する記憶を全て失い、俺達は彼女のいない日々を過ごしていたが去年の5月、あの神社で白花と再会した。
じゃあ……その間白花はどこで何を? 単純な疑問だが答えは見つからない。
口を開けない俺に目の前の白花そっくりの彼女が再び口を開く。
「貴方のご両親が亡くなったあの日、花を持ち出した白花は酷い雨の中、偶然に恵幸神社へ辿り着きました。自分のせいで貴方の両親が死んだと絶望を抱きながら。そこで不意に願ったのです。『消えてしまいたい』と」
「……っ!!」
彼女の言葉1つで不可解だった謎に合点がいった。
「そ、そんな……じゃあ白花は俺と再会するまで存在自体が消えていたという事なのか!?」
白花そっくりの彼女は静かに頷く。
しかし謎は他にもある。
「じゃ、じゃあ! 俺や杏……それにあの施設に関わっていた全ての人が白花の事を忘れていたのはどういう事なんだ!? 記録だってなにも残ってなかったじゃないか!」
「それもあの子が願ったからです。消える間際、彼女は他に2つの願いをこの花にしました。その内の1つがこの花の事を皆が忘れますようにと、それに伴って花に関する資料も消えたのでしょう」
「なぜそんな事を?」
「同じような悲劇を起こさない為です。願いを叶える花なんて存在する限り、再び争いが起きるのは明確ですから」
彼女の言葉は次々に長年の謎を解いていく。しかし彼女の説明には矛盾がある事を俺は見逃さなかった。
「あんたの言う事が本当なら……どうして俺は再び白花に会えた? どうして思い出せたんだ?」
「あの子が貴方に再開できたのは至極単純な答えです。あの子が願った2つの内、最後の1つこそが貴方への再会だったのですから……記憶が戻ってしまったのは1度に多くの願いを承ってしまったことによる花のエネルギー不足です。全員ではありませんが、あの子と特に結び付きの強かった貴方と杏さんの記憶だけが戻ってしまったのでしょう」
流暢に説明を続ける彼女に、返す言葉の無い俺はそのままソファに座り込んだ。
「……そうだったのか……あいつ、1人でそんな辛い目に遭ってたのかよ……」
「話を戻しましょう。あの子はあの時と同じように消えてしまいます。それに今度消えてしまえば2度と会うことは出来ないでしょう」
「な、なんでまた消えるんだよ! 白花が消えてしまいたいって望んだのか!?」
彼女は首を横に振った。
「そうではありませんし、理由は貴方にも大方の検討はついているのでは?」
「……っ!」
再び言葉を失った俺の様子は彼女の言葉に対する肯定の意そのもの。それでも口を開かない俺の代わりに目の前の彼女は言葉を続ける。
「……貴方の想像は大方正解です。この花は数千年を生きた永寿ではありますが、久遠の時を咲き続ける訳ではありません。花弁の最後の1枚が散った時、その時こそがこの花の寿命なのです」
「……違う、なんかの間違いだ」
「気持ちはわかります。花弁の最後の1枚が散ったその時、花が作り出した生命体であるあの子は役目を終え、消えてしまいます」
「うそだぁぁぁぁあ!!!」
限界を迎えた憤りが叫びとなって口から溢れ出し、俺は両手で頭を抱える。リビングにはしばしの静寂が流れた後、彼女の声がまた響く。
「説明は終わりました。そこで最初に言った言葉を繰り返しますが、どうか最後まで、白花のそばにいてあげてください」
「……その言葉にも意味があるんだろ?」
彼女は小さく頷き、花を見つめた。
「残る花弁は後4枚、それらが散る度に白花は更に弱っていくことでしょう。いずれ見てられないほどに……そうなったとしても、あなた方と一緒に居させて欲しいのです。病院などへは行かず、あの子が大好きなこの家で……」
彼女の願いには素直に「わかった」とは言えなかった。言ってしまえば、白花が消えてしまうという悲しい未来を認めてしまうようなものだったから。
「なぁ……なにか方法はないのか?」
「……ごめんなさい。私にはわかりません」
彼女は悲しそうに俯くと、少し間を置くと俺へ向き直る。少し躊躇いがちな表情で。
「もしかしたら……雲を掴むような確率ですけど、貴方の希望を叶える為に力を貸してくれる人が1人います」
「本当か!? 教えてくれ! どこにいるんだ!?」
「今は……札幌にいます」
おもわぬ事態に心に希望の光が差し込んだ。
札幌なら電車で1時間弱、簡単に行けるじゃないか!
「行くよ! それでその人の名前は?」
「……それは」
ここに来て基本的に俺の質問に対して流暢に答えてくれていた彼女が初めて言い渋った。
「……貴方も知っている人物です……けれどごめんなさい。そろそろ時間のようです」
「え……あんたその体!」
彼女の体はまるで間もなく消える事を示唆するように薄くなっていた。
「急いで伝えます。貴方が合うべき者の名は――」
彼女の口からその者の名が語られると、俺は言葉を失う。
「そんな……まさか……」
「きっとあの人は最初は協力しないかもしれません。その時は私の名前とこう言ってください」
「君の名?」
「私に授けられた名は……始花。そしてあの人に伝えるべき内容とは……」
彼女は最後にメッセージを言い残して、まるで無数の蛍が飛び回るように光の粒子となって消えた。




