宰相たち
宰相たちは、会議室に入ると一際大きな溜息をついたものがいた。
子の国の宰相、氷雨だ。
「白蓮、お前は今の状態がかなり危険な状態であることを理解しているのか?」
氷雨の鼠の耳と尻尾がピンっと立って白蓮を睨んでいた。氷雨の紅い瞳が鋭く光っている。白い髪と真っ白な肌がさらに氷雨の冷たさを際立てているように見える。
「ええ、理解していますとも。」
白蓮は微動だにせずにそう答える。その姿に氷雨は余計に腹が立ったのか、ふんっと言って顔を背けた。
「2人とも落ち着いてよ。氷雨、僕たちは王を選べない。白蓮に怒っても仕方ないでしょ。」
午の国の焔が仲裁にはいった。
「私も焔さんと同じ意見です。ここで喧嘩をしても意味はないと思いますよ」
磊がそう言うと、年長者の意見だからか、氷雨はそれ以上口を開くのをやめ、渋々といった様子で椅子に深く腰掛けた。
会議室の空気は、張り詰めた冬の空気のように冷え切っている。
円卓を囲む四人の宰相たちの頭上では、それぞれの「獣の耳」が、彼らの本心を映すように細かく動いていた。
「磊殿の言う通りだ。今は内輪揉めをしている場合ではないよ」
焔がそう言って、赤みがかった髪の毛の間から馬の耳をぴくりと前に傾けた。
「……ただ、午の国としても、今回の寅の新王の即位を素直にお祝いできるわけじゃないよ。昼間の演説といい、先ほどの晩餐会での立ち振る舞いといい、根性があるのは認めましょう。ですが……あまりにも『戦』を知らなすぎる。外界の武術とは、理由が違う。」
焔の言葉に、氷雨が再び冷ややかな視線を白蓮へと向けた。
「焔の言う通りだ。寅の国はかつては戦で敵なしであったはずだ。しかし、今はどうだ。巳の国や他国にも何回も侵略されかけている。……外界から来たばかりの人間は、この世界の残酷さを知らない。平和な世界に生きていた者が、他国の侵略を前にまともな指揮を執れると思うか?」
氷雨の白い鼠耳が、警戒を示すようにピクピクと細かく刻む。
子の国は情報の国として、中立を守ってきたが、最近の巳の国の行き過ぎた行動にはさすがに目を瞑れずにいたため、氷雨なりの忠告だった。
三人からの視線が一斉に注がれる中、白蓮は相変わらず表情を崩さず、静かに佇んでいた。
彼の頭上にある、美しい白虎の耳だけが、微かな不快感を示すように僅かに後ろへと寝かされている。
「皆様の懸念はごもっともです。……ですが、我が王は王として知ろうとしてくれています。また、王の素質がお有りなのです。」
白蓮の碧い瞳が、すうっと細められた。
「彼女は礼節を重んじ、人の上に立つ教育を叩き込まれて育ったお方です。力でねじ伏せる戦はできずとも、言葉と教養で人を動かす術を、彼女はすでに持っている。現に、先ほど我が王は、午の王を言葉一つで黙らせたではありませんか?」
白蓮の言葉に、焔は馬の耳を伏せた。光が紗蘭を認めたのは事実だったからだ。
「……なるほど。言葉を武器にする王、ですか。それはまた、ずいぶんと毛色の違う王をお迎えになりましたね」
それまで静かに話を聞いていた戌の宰相、磊が、優しい低い声で笑った。彼の頭上にある、灰色の犬の耳が、穏やかに左右に揺れる。
「我が主、藍様もまだ12の少年。現世から来て1年、未だに戦の現実には怯えておいでだ。ですが、先ほど寅の王と目を合わせられた時、藍様はとても安心したようなお顔をされていた。……白蓮殿、私は貴方が言う『王の素質』は十分に感じれましたよ」
磊のにっこりと微笑んだ。
「あのお嬢様が、本物の『虎の王』になれるかどうか……同盟国として、この世界の年長者としてじっくりと見守らせていただきましょう」
「感謝いたします、磊殿」
白蓮は深く一礼した。
だが、その視線の先で、子の国の氷雨だけは、まだ納得のいかないように鼠の尻尾をピシャリと床に打ち付けた。
「ふん……。ただ、結果を見ないと私は納得できない。せめて民の不安を取り除いてから意見を言ってほしいものだ。よい報告が聞けることを願っている。」
「ええ、望むところです。あと、王をサポートするための私たちですからね。」
白蓮は静かに微笑み、己の白虎の耳をキリッと立たせた。
氷雨は白蓮の言葉に、ふいっと顔を背けた。
(紗蘭様、寅の国をよろしくお願い致します)
白蓮は心の中て呟く。
月明かりが差し込む会議室で、四人の獣耳がそれぞれの思惑を孕んで揺れていた。




