0011 課せられる迷宮所有税
ランランが迷宮の支配者になって2週間がたった。
いつものようにオレンジジュースをごくごく飲んでいるランラン。
毎朝必ずレジェンド・オブ・イレギュラーズ本部に届くオレンジ及び搾りたてオレンジジュース。
2週間もすれば慣れてきて落ち着くだろうと思っていたけど、毎日オレンジジュースが飲める幸せを噛み締めているように見えた。
「オレンジと一緒に手紙が来てたんだけど……ランラン宛てだ」
責任感のあるクリスは、毎朝必ずお届け物を受け取ってくれる。
オールバックが乱れているのを気にするのは、戦闘時やちゃんとした外出時だけのようで、玄関で対応する分には問題ないらしい。
クリスがランランに手紙を手渡す。
王国政府の印が付いているから、迷宮の件で何か報告があるんだろう。
「あたしに手紙なんて珍しいですね~」
呑気に手紙を読み始めるランランだったが――。
「あの、これ、どういう意味ですか?」
結局手紙の内容がよくわからなかったらしい。
なんとなく予想はしてたけど。
ジャックが手紙を預かり、じっくりと読む。少しずつ眉間に皺が寄ってきてるけど、大丈夫なのか?
「ランランの迷宮所有税の通達だ。オレたちイレギュラーズに送られる活動資金の4割が、今後はその所有税で引かれるらしい」
「4割!?」
おいおい、それってかなりの額になるぞ。
生活できなくなるレベルではないけど、これまでより大幅に活動資金も減るわけだし……。
「ユハ帝国が提示した100億という迷宮の価値を聞いて、王国政府も味を占めたのかもしれない」
ジャックは明らかに不快そうな表情だ。
「確かに納得はできる。今になって言ってくるのは少々悪質な感じだけど、とんでもない伝説の迷宮を、王国に在住権を持つ少女が所有しているんだ。受け入れるしかない気もする」
「クリス、お前はそれでいいのか? 正直俺は納得がいかない」
なにやらクリスとジャックが対立しそうな予感。
ここはオレが何か言わないとな。
「まあ、生活できなくなるわけでもないし、裕福な暮らしなのは変わらないだろ。この機会にちょっとした副業を始めるのもアリな気がする」
「ありがとう、アキラ。シエナはどう思う?」
「わたし? わたしは……」
なぜかシエナがオレの表情を確認する。
「アキラ君に賛成かな。いつまでも政府からの支援に頼るわけにもいかないし……」
「そうかそうか。だが1番重要なのはランランだ」
ジャックが唇を尖らせ、拗ねるようにしてランランに意見を求めた。
なんて貴重な光景。
もしカメラがあればしっかり撮っておきたいところだけど、残念ながらこの世界には存在しない。
正直ジャックの言うこともわかるし、ランランくらいは賛成してやってもいいと思う。
とはいえ、ランランが空気を読むとは思えない。
ジャック、ごめんな……。
「あたしはそんなにお金に困ってないですし~」
多分そんなに話を聞いていない。
オレンジジュースを美味しそうに飲んでいるだけだ。ここでランランに救いを求めたのがジャックの大きな失敗だな。
ランランはともかく、オレ、クリス、シエナの3人は税金への不満や不当性への訴えより、ポジティブに生活を変えることを考えた。
それに対し、ジャックは急な4割引きの不当性に苛立っている。
「これはどうかな。みんなそれぞれ、勇者活動以外での資金源を調達することを目標にして頑張ってみる。それで上手くいかないようだったら、王国に今回の所有権について交渉する」
さすがは主導者のクリス。
ここで双方を納得させるべく提案する。さらに彼は魔術師ジャックに仕掛ける。
「ジャックほどの偉大な魔術師なら、大金なんて好きな時に好きなだけ稼げると思うんだ」
「俺が本気を出せば3日で億万長者になれる」
本人も罠だと気づいて引っかかっているのかもしれないけど、自尊心をくすぐる作戦は上手くいった。
ジャックは意外とチョロい。
2日後。
強烈な爆発音が、レジェンド・オブ・イレギュラーズ本部全体に響き渡る。
音の発生源は2階。
ジャックの部屋だ。
黒い煙が扉の隙間から大量に出てきて2階フロアを覆い尽くす。幸い、オレを含めた4人は1階のグランドホールにいたから直接的な被害はなかった。
「これで何度目だよ……」
「24回目」
オレの小さなぼやきにシエナが答えてくれる。
そう、ジャックの部屋ではこの2日間で24回もの爆発が起こっていた。何をしているのかは聞いてない。珍しいことでもないし、その実験が上手くいったらどうせ教えてもらえるだろうし。
それにしても、今回はなかなか失敗が多いな。
王都を滅亡に追いやらないのであれば、どんな失敗でもいいけど。
「様子見てみるか?」
いい加減うんざりしてきたのか、シエナがオレの腕を引っ張り、2階へと促した。
あの天才魔術師がここまで失敗を繰り返すとなると相当な魔術なんだろう。
なんだか気になってきたし、娯楽感覚で見にいってみるか。
「ジャック、大丈夫? おーい!」
部屋には黒焦げのジャックがいた。黒人特有のカーリーヘアが、アフロヘアみたいになっている。
実験に心血注ぐ狂科学者みたいだな。
「錬金術を試そうとしているが、俺でも一筋縄ではいかない」
「錬金術って、金塊生み出したりするやつ?」
「厳密には細かい定義があるが、そんなところだ。オコエ鉱山で採れた金を複製しようとしたら、魔力暴発を起こしてこうなった」
「なるほど」
オコエ鉱山は王都にある唯一の鉱山で、現在はほぼ資源が枯渇している。
今使っている金塊は、100年前に採れたものを魔術師ギルドから譲ってもらったものだと教えてくれた。
「そんな貴重な金塊を実験に使うのか」
「この金塊も俺に実験されて喜んでいる。文句は言うな」
ジャックの謎発言に、シエナが顔をしかめた。
「金塊が可哀想だよ」
「シエナまでそんなことを言うか。この金塊は世界で初めて錬金術を成功させた魔術師の実験対象ということで伝説になる。結果的には報われるはずだ」
これ以上口を出しても話に決着はつかないな。
というわけで、オレたちは立ち去ることにした。
「本拠地を吹き飛ばすのだけはやめてくれよ」
今夜は久しぶりに酒場に行きたい。
酒が飲みたいなら家でも飲めるけど、酒場に出向いて独特な雰囲気に包まれながら酒を楽しむのとはまったく違う。
例の合コンの時にもお世話になった、灰の灯亭。
カウンターに腰掛け、1人の時間を満喫する。
店主のヴァルドは寡黙なイケオジだ。
元々は王都騎士団に所属していたらしいが、友人を失ったショックで騎士団を辞め、そのまま吸い込まれるようにこの酒場で働き出したとのこと。
気づけば先代から店主を任され、今に至るそうだ。
「今日は何を飲む?」
「いつもので」
かっこつけて言ってみる。
すると店主は顔をしかめた。
オレは確かに常連ではあるけど、いつも注文する飲み物はバラバラだ。
「ごめん。じゃあエルフの静寂を」
軽く謝り、店でも人気のあるカクテルを注文する。
上品で口触りのいい、エルフの冷酒だ。
「新入り、エルフの静寂の注文だ」
「了解です」
店の奥から出てくる新入り。
正直に言うと、店主が作るカクテルが飲みたかったんだけど……常連は新入りの実験台にされることがあるから困る。
「やあ、アキラ」
「……クリス? なんでここで……働いてるんだ?」
新入りの正体は見覚えのあるエルフだった。金髪オールバックは揺るがない。
「新しい収入源を探そうと思って、冒険者ギルドに行ったんだ。そしたら勇者は冒険者にはなれないって断られて、酒場でバイトすることになった」
「天下のオールバック・エルフがバイトって、その……恥ずかしくないのか?」
「そうでもないよ。女性客からは評判がいい」
「だろうな」
イケメンエルフがこんなところで働いてるんだ。
そりゃあ、特に女性は大興奮だろ。
「アキラも働いてみるかい? 時給もいいし、最高の環境だよ」
「いや、やめとく」
我らが主導者に時給がどうとか言ってほしくなかった。クリスには無限の価値がある。
もっと根本的な解決策を試すしかなさそうだな。
翌朝、オレは全員をグランドホールに集め、こう告げた。
「イレギュラーズ、今日から迷宮ビジネスを始めるぞ!」




