0012 新しいビジネス
1週間ほどの準備期間を経て、イレギュラーズの迷宮ビジネスは本格的に始動した。
実際に自分で地下迷宮に潜った時、あの無駄に広い空間を有効的に利用する方法を考えていた。
そこで浮かんだのが、迷宮ビジネスだ。
「せっかくだし、この5人で勝負してみないか?」
「勝負?」
オレの提案に対し、シエナが首を傾げる。
「5人それぞれが別のビジネスを迷宮の中で展開して、誰が1番稼げるのかって勝負だ」
「いいね、僕は賛成だ」
「どうせ俺が勝つ」
クリスとジャックが『勝負』という言葉に敏感に反応する。
やっぱり男は勝負が好きだ。
特にジャックなんか、錬金術の失敗でストレスが溜まっているのか、勝負にノリノリの様子。まだやってるからな、爆発の日課。
「面白そうだね」
シエナが微笑んだ。何をやろうかもう考え始めているようにも見える。
肝心なのは、ランランの反応。
そもそも彼女の迷宮なわけだし、ここで嫌だって言われたらどうもできないからな。
絶対に嫌って言うことはないと思うけど。
「迷宮ビジネスですか。面白そうですね~」
というわけで、この真剣勝負、オレが勝たせてもらいます。
地下迷宮の入り口には受付を設置し、愛想のいいオークキングのケヴィンを配置。
迷宮に新しい施設がオープンするという広告チラシも王都中で配った。開業届も政府に提出している。
チラシの宣伝効果があったのか、昼前には初めての訪問者がやってきた。
一般人も安全に過ごすため、地下迷宮の中にいるモンスターは全て始末しておいた。
モンスターが生まれる特定の場所は3階層にあるので、そこさえ立ち入り禁止にしておけば問題ない。
それに、そのエリアではシエナが仕事をしているとのこと。
「やあケヴィン、調子はどうだい?」
「クリス氏! まさかこの古代の地下迷宮を支配してしまうとはな。驚いたわい」
ケヴィンは無償で受付の仕事をしてくれていた。
本当にいい奴だ。
彼を受付にしようという案はクリスが出した。オークが受付なんてしたら、みんな怖がって逃げていくんじゃないかと心配していたけど、意外なことにウケがいい。
母親に連れられてやってきた子供もケヴィンを親しげに愛称で呼び、好きなオークの俳優について楽しそうに会話していた。
「これは全てランランのものだ。僕たちはその土地を使ってビジネスを始めただけだよ」
クリスが始めたのは、『オールバック・エルフ』の特別講座だ。
ダンジョン2階層の大部屋をクリス講師の講義室として改造した。
いつもの赤マントの戦闘服に身を包み、生徒から期待されているであろうオールバック・エルフ像を見せるために張り切っている。
今日の髪のセットは朝3時くらいに起きて始めたそうだ。
そのおかげで珍しく遅刻しなかった。
受付のケヴィンと別れると、クリスと一緒に迷宮に入る。
実は今日の午前中、オレは戦略的休息を取っていた。
自分が運営する仕事はせず、他の4人のやっているビジネスの調子を見て回るのだ。
これは真剣勝負だし、相手がどれだけ稼ぎそうか確認して、午後から動き出すのも悪くない。
「オールバック・エルフの講義は需要がとんでもないだろ。将来勇者を目指してる若者は多いし」
「つまり、この勝負は僕が有利ということだよ」
クリスは自信満々らしい。
凄腕魔術師は間違いなく強敵になりそうだが、そもそも知名度や人気が1番高いのはクリスだ。
だから彼が自分の名前を使って王都の人を集めたというのなら、明らかに最初から有利に働く。
クリスの人生最初の講義には、会場を埋め尽くすほどの生徒が集まった。
世代も性別もバラバラ。とりあえずクリスを見るために来たって感じだな。
申し込みは必要ない。
この講義室の入り口でお金を払えばいいだけ。
1回の講義にかかる授業料は1万セントル。
みんなの憧れの勇者に会える、というのだけで価値は高いと思うけど、なんかねぇ。
これは勝負だから仕方ないし、商売だから当然のこと。とはいっても、クリスにはみんなの教育のために授業料はゼロだよ!という高潔さを期待したかった。
これがリアルです。
まあ、オレがクリスなら、1講義で3万セントルは要求していただろう。
「やあみんな、オールバック・エルフだ」
自分を二つ名で紹介するのって、なかなか勇気のいることだ。見てるだけでも恥ずかしい。
「僕はこれまで、イレギュラーズとして多くの敵と戦い、勝利を収めてきた」
黒板の前を堂々と歩きながら、講師が語り始める。
「そんな中で、勝利を決定づける、僕にとって重要な要素が2つある」
普通に気になる内容。
それに加えて声はイケボだし、通っているし、プレゼンの才能がある。
「それはズバリ、このオールバックと聖剣クリスカリバーだ」
……。
期待とは違う2つの要素に、多くの生徒が困惑していた。
会場は静まり返る。
「剣術や勇者パーティの主導者としての心構えも、当然ながら大切だ。しかし、僕がこの講義で伝えるのはそんなことではなく、オールバックの可能性と、クリスカリバーの魅力になる。みんな楽しみにしていてくれ」
拍手は起きなかった。
次は強敵ジャックの偵察に行こう。
ジャックはクリスの講義室の5倍近い広大な空間を使い、お化け屋敷みたいなものを作り上げていた。
テーマパークにあるようなヤツより、さらに本格的なもの。
魔術でグールやリッチの偽物を創造し、超絶不気味な姿にして悪夢を地上に呼び起こす。
本物じゃないので実際に危害を加えられることはないけど、リアルよりもリアルなので怖すぎて病む人が出てくるかもしれない。
1日フリーチケットは6700セントル。
これで1日何度でも屋敷に入れるけど、あまりに怖すぎてリピートどころじゃなくなるような気がしている。
ジャック曰く、ここでしか味わえない恐怖体験をさせることで中毒性を生む、とのこと。他の恐怖系アトラクションでは満足できない体にするとかなんとか。
興味があったので体験してみた。
~恐怖の30分後~
――無理だ。
まず、こんなに長いなんて思わなかったし、何度も心臓止まりかけたし……もう二度とあんな地獄には戻りたくないっ!
3階層ではシエナが黙々と活動をしている。
彼女の場合、人を呼び込むわけではなく、自分がとことん頑張るというなんともコスパの悪いビジネスだ。
モンスターが頻繁に生れ落ちる空間に1人で構え、とにかくモンスターを殺しまくっている。
可哀想なモンスターたち。
やっと生まれたかと思うと、一瞬で塵になる。
ゴブリンやコボルトといった、雑魚モンスターがよく生まれる空間なだけに、この弱肉強食の世界が恐ろしい。
シエナはよく敵に対して可哀想と言うし、同情することがある。
でもそれは相手が人間の言葉を話せる場合のみだ。敵にも生活があると考えたらトドメを刺せなくなるらしい。
「容赦ないな」
後ろから声をかけると、あり得ないくらいに肩をビクつかせ、驚かれた。
一応オレ忍者だから、気配を感じなかったのかもしれない。
普段から足音を立てないように歩いている。いつの間にか無意識にできるようになっていた。
「アキラ君……ずっと見てたの?」
「いや、さっきから」
「ごめん、集中してたから」
「さすがはゴブリンキラーだ」
「やめてよ。全然可愛くないから」
頬を紅潮させながら首を振るシエナ。ついでにシエナガンの引き金をひいたので、ゴブリンがまた死んだ。
シエナの二つ名はシューティングレディ。
最終的にはこの二つ名に落ち着いたものの、候補としてはゴブリンキラーが有力だった。
シエナガンの試し撃ちでゴブリンを殺しまくっていたからである。
「じゃあシューティングレディは可愛いって思ってるのか」
「全然思ってないよ。でもゴブリンキラーよりはマシ」
引き金をひく。
そして今度はコボルトが散る。
「それもそうか」
シエナはこのモンスター殺しっ放しで多くの魔石を得て、それを冒険者ギルドで換金してもらうことで収益を得ようと思っているらしい。
勇者は冒険者登録できないものの、魔石の換金に関しては手数料を払えば可能だ。
魔石は大きさとか光り具合にもよるから、安定はしない。
このペースで魔石を獲得し続けて、仮に8時間撃ち続けたとしても……20万セントルくらいにしかならないかもしれないな。
もしかしたらシエナは、ただゴブリンを殺したいだけなのかも。
「アキラさん、一緒に遊びませんか?」
3階層の別室では、ランランが部屋貸し出し事業をやっていた。
彼女の仕事はただ自分が所有する地下迷宮の部屋を貸し出し、料金をもらうだけ。
あとは暇だ。
1番楽に、そして賢く稼げている。
所有者だからこそできる事業だけど、今回のダークホースは間違いなくランランといえよう。
とはいえ、問題はこんな陰気な空間を借りたいと思う人がいるのかどうか。
部屋の貸し出し状況がわかるメモを確認してみると……。
「満室だ」
「はい。一瞬のことでしたよ。1時間しか使わないお客さんがいるので、アキラさんも借りたければ――」
「オレは遠慮しとく」
午後からはオレのビジネスが始動するわけだし。
「ちなみに1時間何セントル?」
「え? お金取るんですか? そんなの酷いですよ~。せっかくオーナーなんですし、無料で貸し出してます」
なんとなく、そんな気がしました。
「ランランはずっとこのままでいてくれよ」
「当たり前ですよ~。アキラさんとはずっーと一緒です」
今後も一緒にいよう的なニュアンスで伝わってるなと思った。
いよいよオレの仕事が始まる。
満を持して開業したのは、『現役忍者の忍者道場』。
そもそも忍者というのは珍しい役職だ。
アクロバティックな動きでスタイリッシュに敵と戦う姿がかっこいいのか、子供たちには人気の役職でもある。
オレの忍者道場はガチだ。
生徒にはしっかり忍者のノウハウを教え込んで、将来一人前に忍者になってもらいたいと思っている。
その点、毎週来てくれる生徒を確保すれば、安定して稼ぐことができる!
――と、思っていたのに……。
「……これだけ?」
集まったのはたった20人の子供たちだけだった。
16人の男子と4人の女子。
もしかして、忍者カゲブンシンって人気ない?
広告チラシに『ガチでやる人しか認めません。過酷で血と汗と涙を流しながら己を鍛えられる若者を求めます』って書いたからかな。
結構ウケると思ったんだけど、逆効果だった?
まあいい。
20人の子供が高い志しを持って集まってくれたんだ。
彼らに精一杯、忍者になるためのノウハウを叩き込もうじゃないか。
挨拶と自己紹介を済ませ、最初のトレーニングに入る。
「忍者たる者、精神を鍛えないと話にならない。まずは瞑想を1時間やっていこう」
~静寂の1時間後~
ぽつん。
しーん。
しょぼん。
「えーっと、誰もいないんだけど……」
1週間の迷宮ビジネスが終了して、全員がグランドホールに集まる。
ここで稼いだ資金の発表だ。
まあ、オレを含めた男子3人は浮かない顔だけど。
「まずはシエナから」
この場を仕切るのはオレだ。そもそもこの勝負と迷宮ビジネスの案を持ちかけたのはオレだから。
「157万セントル。調子が悪い時もあったから、安定して稼げてないよ」
すごいね。
1週間で157万も稼いだんだ。
「次はランラン」
「あたしはなんと、0セントルです! お金をもらってなくてもビジネスって言いますよね?」
「ビジネスの定義は商品やサービスの対価としてお金を得ることだ。ランランがしたのはボランティア活動になる」
抑揚のない声で解説するジャック。
「いいですね。ボランティア活動の方が、みなさんのお役に立てた気がします」
素晴らしい。
ランランの穢れのない清らかな心こそ、市民を笑顔にすると思うよ。
「それじゃあ、ジャックお願いします」
「……84万4200セントルだ」
自信のない、小さな声だ。それもそうか。
「稼ぎのほとんどは初日に稼いだものだ。初日こそ120人の客が来て盛り上がったが、リピート率はゼロ、精神的ショックで気絶する客が50人以上……」
それ以上は言いたくないらしい。
実際、ジャックのお化け屋敷は3日で機能しなくなった。客足が完全に途絶えたのだ。
「クリス」
「僕も初日にほとんど稼いで238万セントルだ。初日には200人くらいの人が来たからね。でも何が悪かったのか、その後は僕のサインを求めてやってくる女性生徒くらいしか来なくなった」
「それは災難だったな」
多分オールバックと剣への愛しか語らなかったからだと思うぞ。
最後に残ったのはクリスという存在を推すファンだけ、か。
今回の講座のせいでオールバック・エルフの人気が落ちないといいけど。本当に強いし、いい奴だからいつまでも人気であってほしい。
「最後はアキラだね。楽しみにしてるよ」
クリスがすごい意地悪なことを言ってくる。多分嫌味はないんだろう。この1週間、自分のビジネスの進行状況については黙っていた。
「……言わなきゃダメ?」
ジャックが結構ガチで睨んできた。
もちろん冗談だって。そんなマジで怒らないで!
「わかった。言うぞ……オレが忍者道場で稼いだ額は……0セントルです」
最悪だ。
レッスンを受け終わった後で、3万セントルをもらう予定だった。
貴重な忍者の訓練を受け、充実した時間を過ごした後だから、3万とか普通に払ってくれるだろうと思っていた。
「後払い制にしていたら、生徒に逃げられた」
「嘘を言うな」
ジャックが笑っている。悪魔だ。
「噂で耳にしたんだが、最初に1時間の瞑想をさせようとしたらしいな」
「覚悟を持ってきた子供たちだし、それくらいなら――」
「間違いなくそれが敗因だ。お前はアホなのか?」
このパーティの一員である時点でそれは間違いない。
「……とりあえず、みんなお疲れ! 迷宮ビジネスも今日で終わりだな!」
というわけで、オレたちの迷宮ビジネスは1週間で終焉を迎えた。
赤字じゃなかったのが幸いだな。




