次なる一歩
ナザイリ・フリン大統領は執務室の机に届いて溜まっていた書類を整理していた。彼が行ったロシア全土の陸軍の再編成の経過報告書だった。少し前の陸軍再編成で分かれたモスクワ軍管区を首都圏防衛軍団に改名し、1番信頼の厚いミハイル・シュレンコフ大将をそのトップに据えた。ここにはウクライナ戦争で戦ってきた歴戦の部隊を多数加え、機甲師団3個、自動車化狙撃師団10個の、5区ある軍管区のうち最大級の規模になった。戦時中に編成された練度の低い師団はそのほとんどを解体し、予備役連隊も7個を残し、残りは解体してしまった。戦時急造の質の悪い兵器は一度、工場に引き上げたのち、素材として再利用することで戦後の物資不足をどうにか乗り越える目処を立てた。また同時に旧式化している装備の更新にも取り組むように各兵器工場に指示を出した。こういった諸々のことに懸命に取り組むことにより、陸軍は戦争前の基準までなんとか戻ることができた。海軍の損害はさらに甚大で、戦前の姿を取り戻すには10年かかるだろうというのが海軍参謀部の見立であった。空軍は少しずつ損害を受け続けた結果、戦前の3分の2ほどまで戦力が落ち込んでいた。運用できている機体は戦闘機400機、爆撃機120機、攻撃ヘリ100機、輸送機が200機だった。
フリンは全軍の状況に関する報告書を一通り読んで、シュレンコフ大将を執務室に呼んだ。
「こうして2人で話すのはしばらくぶりだな。」
フリンはシュレンコフが部屋に入って扉を閉めるなり、喋り始めた。
「確かにそうだ。私があなたの別荘を訪ねた、あの時が全ての始まりだった。」
「なにか飲み物は?」
「コーヒーはあるかな?」
フリンは机の上にあった電話を取ると、隣室で待機している補佐官にコーヒーを2杯持ってくるように頼んだ。
「エリツィン中佐やボロディン少佐は元気かな?あの2人はとても重要な役割を果たしてくれたので、大統領直々に勲章を授与したいのだが。」
「2人とも私の新しい軍団で元気にしているよ。今や彼らはエリツィン大佐とボロディン中佐だからな。勲章なら彼らも喜ぶだろうな。」
「それはそうと、政府の汚職関係者は全て調べ上げて拘束したよ。私の部下だったGRUのスペツナズが一役買ってくれた。彼らは拘束任務を速やかに相手に勘付かれることなく終わらせた。拘束したやつらは元大統領と同じ秘密収容所に収容してある。」
「彼らの後始末もしなければならんな。裁判なんぞ信じられんから、秘密裏に処理しなければならないかもな。」
そこまで話したところで、ノックと共にフリンの補佐官がコーヒーカップを載せたお盆を持って入ってきた。机にカップを置くと退出していく。シュレンコフは砂糖とミルクを加えると、スプーンでしっかり混ぜてから口をつけた。
「もし手をつけなければならないならば、私がしよう。そうすれば誰も損はしない。」
一息おいて、彼は続けた。
「私も、もう先は長くない。私がいなくなっても誰も不思議には思わんよ。妻は3年前、ウクライナによる郊外へのドローン攻撃に巻き込まれて死んでいる。私が1番適任だよ。」
フリンは窓際に移動して、窓の外を眺めていた。シュレンコフを窓際に呼び寄せると、語り始めた。
「モスクワ市民たちは未だに多くの傷を抱えている。それは家族や友達を失った悲しみや、家を失った喪失感が大半だろう。あそこで父親と母親と共に手を繋いで歩いている子供が見えるか?我々は彼らを守らなければならないんだ。この国の未来を。」
しばらく窓の外を眺めたあと、再び口を開く。
「ここで簡単に元大統領を銃殺することもできるだろう。しかし、それでは過去と同じ過ちを繰り返すことになるだけだ。そこで彼を国際刑事裁判所に預けることにした。奴を司法の手に委ね、自らの罪を自覚させることが何よりも重要だ。それにこの国の変化も外に向けて見せなければならない。」
「なるほどな…。裁判は信頼できんが、君の言うことは正しい。それが最善の選択かもな。」
2人は椅子に戻ると、静かにコーヒーを啜った。
シュレンコフが帰ったのち、フリンは机に溜まっていた書類を再び整理していた。次の報告書は極東事情に関するもので、東部軍管区の司令官から送られてきたものだった。中華人民共和国との国境付近で半年ほど前から謎の民兵集団がロシア国境に侵入してきている、ということだった。彼らは武装しており、警備についているロシア兵に死傷者が発生している、どうするべきかという疑問点も付けられていた。大きな問題が生じているわけではなさそうなので、ひとまず警備を怠ることなく厳重に警戒せよ、と助言をつけて処理済みと書かれた箱に突っ込んだ。時計を見ると、午後5時になろうとしていた。今日は6時からアメリカの大使との食事があるのでもう出なければならない。祖国は長年、アメリカとは対立していた。しかし、今は協力しなければならない。新たな未来のためにクーデターを経て、得たこのチャンスを逃すわけにはいかない。フリンは綺麗にアイロンされたスーツジャケットを羽織り、正面玄関へと歩いた。
フリンが出て行った執務室には柔らかな夕方の光が差し込んでいた。赤の広場では帰宅し始めた政府職員たちが地下鉄の入り口へと集まっていた。彼らの祖国は再び息を吹き返し、動き始めた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。ブックマークをしていただいた方もいて嬉しく思います。内容が不揃いで読みにくいところもあると思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
次作については、「中露開戦」のようなものを構想しています。また次作も読んでいただけると嬉しいです。




