表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギアレブナント  作者: 御影のたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/14

第7話 統合 後編

 翌朝、橘から電話が来た。


「昨夜の建物について調べました。区の記録と地方紙のアーカイブを確認しました。過去二十年間で四件の死亡事例が記録されています。孤独死が二件、自死が一件、転落事故が一件です」


「わかった。よくやってくれた」


 電話を切った。


 四件の死が、この建物に残っていた。長い時間、積み重なって、複合した残響になっていた。処置した。消えた。


 消えることで、四人が記録から完全に消えるわけではない。ただ、残響という形の名残は消えた。


 それが処理か鎮魂かを、久住はまだ決めていなかった。



 雨が降っていた。


 桂木凛音。


 名前を確認した。ある。

 声の形を確認した。ある。

 顔の輪郭を確認した。ない。


 輪郭がないまま、名前と声の形だけがある。

 それが、今朝の久住の中での桂木の状態だった。


 昨夜、鈴村に言われたことを、朝の部屋で改めて確認した。


 桂木は自分の核を移した。

 三年前の事故の夜。

 久住を生かすために。


 核を失った後、消えた。


 今、久住の体内にあるのは、桂木凛音の核だ。


 その核が、届かなかった感情に共鳴する。


 信じてほしかった。

 間に合わなかった。

 来てほしかった。


 そういう形の感情に。


 桂木が受け取り続けた感情の形が、核に染みている。


 久住はその事実を確認した。


 橘から電話が来た。


「おはようございます。昨夜の鈴村さんとの話、鈴村さんから私も聞きました」


「知っているか」


「はい。少し前から知っていましたが、久住さんが自分で辿り着くまで言わないようにしていました。すみません」


「謝る必要はない」


「……久住さん、今大丈夫ですか」


「大丈夫だ」


「何か感じていますか」


 久住は少し考えた。


「重い、という感じが少しある。昨夜から続いている。ただ、それだけだ」


「重い、というのは」


「様々なものが今朝の俺の中にある。桂木の名前と声の形。昨夜の建物の四件の感情の残像。鈴村が言ったこと。それらが全部今朝の俺の中にある。全部が重いわけではないが、全部が一緒にある状態が、少し重い」


「わかりました」と橘が言った。「今日は案件を入れないように調整します」


「入れなくていい。ただ、入ってきたら行く」


「……はい」


「橘」


「はい」


「橘が知っていたのに言わなかったことについて。俺はそれをおかしいとは思っていない。ただ」


「ただ、何ですか」


「今後は、俺が辿り着く前でも、言ってくれていい。辿り着くまで待たなくていい」


 橘が少し止まった。


「……わかりました。そうします」


「頼む」


 電話を切った。


 雨は降り続いていた。


 桂木凛音。


 三十二歳だった。

 十五年間、処置をしていた。

 届かなかった感情を受け取り続けていた。


 そして三年前、久住を生かすために、自分の核を移した。


 後悔していなかったと、鈴村は思っている。


 久住にはまだ、その言葉の意味が完全にはわからなかった。


 ただ今朝は――名前が揃った、という事実だけがある。


 それが久住には、重かった。


 重かった。

 だが、押しつぶされはしなかった。


 押しつぶされなかった理由が、今朝は少し、わかりかけていた。



 昼過ぎ、案件が入った。


 橘から電話が来た。


「久住さん、商店街の外れに小さい個体が発生しています。数値は5.8。今夜は私が代わりの人間を手配し――」


「俺が行く」


「でも昨夜の後遺症がまだ――」


「肋骨は固定した。後遺症は動作に支障がない範囲だ。行く」


「……わかりました」


 商店街の外れ、古い郵便局の跡地だった。


 解体されてから何年も経っていたが、基礎の残骸が地面の下にある。

 その中に核があった。


「変身。ギアレブナント」


 心拍が一拍、落ちた。

 装甲が展開した。


 素体のまま。


 地面に手を当てた。

 グレイヴ・ブレイクをかけた。


 感情が来た。


 また届けたかった。


 それだけだった。


 また届けたかった、という形だった。


 一度届いたことがあった。

 その後で、届けることができなくなった。

 また届けたかった。


 核が浮いた。


 打ち込んだ。


 消えた。


 変身を解除した。


 また届けたかった、という感情の残像が残っていた。


 橘が来た。


「今夜の感情は」


「また届けたかった、という形だった。一度届いたことがあった。また届けたかった」


 橘が少し止まった。


「一度届いた、というのは」


「来た内容だ。一度だけ、届いた経験があった、という形が来た」


「それは――いつか届いた、ということが残っていたんですね」


「そうだ」


「久住さん」と橘が言った。


「何だ」


「桂木さんのこと、昨夜聞きましたよね」


「そうだ」


「桂木さんが届けたかったことが、一度でも届いたことがあったとしたら――それは、誰に届いたんでしょう」


 久住は少し間を置いた。


「わからない」


「久住さんかもしれませんか」


「……わからない。ただ、可能性はある」


 橘が頷いた。


「それは」と橘が言った。「いいことだと思います」


「いいことか」


「一度でも届いたことがあったなら。それが残っていたなら。いいことだと思います」


 久住は答えなかった。


 夜の道を歩いた。


 また届けたかった、という感情の残像がある。


 桂木の声の形もある。

 輪郭はない。

 声と名前だけがある。


 一度届いたことがあった。

 それが残っていた。


 それが桂木のものだったとして――久住はまだ、受け取っていたのかどうかを確認できなかった。


 ただ今夜は、桂木の声の形が今までとは少し違う場所から来ていた気がした。


 少し、近い場所から来ていた。


 それが何を意味するかを、今夜は確認しなかった。


 橘が隣を歩いていた。


 それだけで今夜は、歩けた。



 翌朝、橘から連絡が来た。


「昨夜の建物について調べました。区の記録と地方紙のアーカイブを確認しました」


「何があったか」


「過去二十年間で、この建物では四件の死亡事例が記録されています。孤独死が二件、自死が一件、転落事故が一件です。転落事故は七年前、四階の住人が階段から転落して死亡しています。自死は十二年前、五階の住人が入院中に死亡、遺書があったと記録されています」


「孤独死は」


「一件は五年前、一件は三年前です。どちらも発見が遅れています。五年前の方は二週間後に、三年前の方は十日後に発見されました」


「三年前というのは――桂木が消えた年だ」


「はい。そうなります」


 久住は黙った。


「三年前の孤独死の感情が中心核になっていた可能性がある」


「そう考えられます。その核を起点に、後から来た感情が積み重なっていったのかもしれません」


「わかった。よくやってくれた」


「久住さん」と橘が言った。


「何だ」


「|NULL REVENANTヌル・レブナントを使ったことで顔の輪郭が消えた、と言っていましたね。それは、昨夜の処置のためでした」


「そうだ」


「代償を払って、あの四件を処置した」


「そういうことになる」


「私は」と橘が言った。「その代償が何だったかを知っています。久住さんが何を失ったかを知っています。だからこそ聞きたいのですが――後悔していますか」


 久住は少し間を置いた。


「していない」


「なぜですか」


「あの四件を処置することが必要だった。代償がなければ処置できなかった。だから払った。払ったことを後悔しても意味がない」


「でも、大切なものを失ったんですよね」


「輪郭は失った。ただ、声と名前はある」


「それだけで、足りますか」


「足りるかどうかを確認する余裕がなかった。昨夜は必要だったから使った。今はまだ、足りるかどうかよりも、声と名前がある事実の方が先にある」


 橘が黙った。


「久住さん」と橘がやっと言った。「鈴村さんからフルネームを聞けましたか」


「昨夜聞いた。桂木凛音だ」


「……そうですか」


「知っていたか」


「知っていました。ただ、久住さんが自分で聞くべきだと思っていたので、言いませんでした」


「そうか」


「桂木凛音さんの顔の輪郭は消えましたが、名前は今夜揃いました」


「そうだな」


「それは――良いことだと思います」


 久住は少し間を置いた。


「そうかもしれない」


「久住さんにとって、名前が揃ったことは、何かを変えましたか」


「変えた、と思う。何が変わったかを、まだ言葉にできていない。ただ、昨夜名前が揃ってから、少し何かが変わった気がする」


「それを確認する時間を、今日は持ってください」


「わかった」


「今日は私が調整します。案件が入っても、できる限り対処します」


「頼む」


 電話を切った。


 部屋の中が静かだった。


 桂木凛音。


 名前が揃った。

 顔の輪郭はない。

 声はある。

 名前がある。


 その状態で今日は過ごす。


 確認する時間を持つ、と橘は言った。


 今日は確認する時間があった。


 その時間を、久住は初めて、ただ過ごした。


 ただ過ごすことの中に、何かがあることを、今日は少し感じた。



 夕方、事務所で沖野に顔を合わせた。


「昨夜の|NULL REVENANTヌル・レブナントについて、分析しました」と沖野が言った。「久住さんの核の共鳴パターンが、使用前後で変化しています」


「どう変化しましたか」


「使用前は、届かなかった形の感情に共鳴する傾向がありました。使用後は、その傾向が維持されつつ、加えて――見届けた形の感情にも共鳴するようになっています」


「見届けた形の感情」


「はい。見届けたかった、という感情に加えて、実際に見届けた、という感情にも反応するようになっています。これは|NULL REVENANTヌル・レブナントの境界希薄化が、核の共鳴パターンを更新した可能性があります」


「見届けたかった、から、見届けた、に変わった」


「変わったというより、加わった、という方が正確です。両方に共鳴するようになっています」


 久住は少し考えた。


「桂木が見届けた、という感情を持っていた可能性がありますか」


「可能性としては、あります。ただ確認できません」


「わかりました」


 沖野が端末をしまった。


「久住さん、桂木さんのフルネームを昨夜聞いたんですね」


「そうだ」


「どうでしたか」


「名前が揃った。それだけだ。ただ、それだけで何かが変わった気がした」


「そうですか」と沖野は言った。「それは、桂木さんが持っていたものに、少し近づいた、ということかもしれません」


「どういう意味ですか」


「桂木さんは、久住さんの名前を知っていました。ずっと前から。今日、久住さんが、桂木さんの名前を知った。少し対等になった、ということかもしれません」


 久住は沖野を見た。


「対等」


「そうです。知っていることが対等になる、ということがあります」


 沖野が立ち上がった。


「今夜はゆっくり休んでください。肋骨もまだ痛むでしょう」


「そうします」


 沖野が出て行った。


 事務所が静かになった。


 桂木凛音。


 名前が今夜揃った。

 顔の輪郭はない。


 ただ、名前がある。


 対等になった、という言葉が残っていた。


 それが正確かどうかはわからない。


 ただ、今夜名前が揃った、ということは、何かの始まりかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ