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滲む境界  作者: キシ
第四章

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22/22

5

 ドアの先に広がる空間は教室よりも倉庫の方がしっくりきた。

 床、壁、天井。黒板に机、椅子。すべては異変が起きる前のままである。机の上には教科書やノートが広がっており、黒板には文字が書かれている。

 ただ、それらを無視して人々が寝かせられていた。


 白い線が縦横に規則正しく並んでおり、線によってできた箱に人が入っている。

「繰り返しになりますが糸に触れませんようにお願いいたします」

「あっ、すいません」

 光り輝いて見える線に手を伸ばしかけ、注意を受ける。

 美しささえ感じる白い線は事前に言われていた糸であった。やはり見てみれば分かる。

 空間を塗りつぶすように規則正しく糸が広がっている。人を餌にする怪物がいるのならここは狩場に違いない。まだあったことのないアマカドシノという人物と蜘蛛が結びついた瞬間である。


 教室で寝ている人はこのクラスの生徒数よりも多そうだ。今は全校生徒のほとんどが一つの校舎に集められていることだろう。床に転がすだけでは場所が足りないのは理解しているが、シュールな光景だと言っておこう。


 教室をさらに細かく区分するようにある糸の中にも通路となる空間が設けられていた。

 寝ている人の顔を見ていく。俺の中で寝顔を勝手に拝見するのは趣味が悪い行為と位置づけている。そしてそもそも他人の寝顔などに興味はない。だが、今は見知らぬ誰かの寝言でも寝ている人の生きている実感があると落ち着いた。

 見覚えのある顔もチラホラあったが、目をつむられて普段と異なる表情をされると断言が難しくなる。


 そんな中で、

「えっ?あれ?えっ?」

 まひるは気になる人物を見つけたようだ。

「知り合いでもいたか?そしたらラッキーだが」

 記憶が戻り友人を見つけたのかと思い振り返るが、ひと目見ただけですでに予想は外れていそうだった。腰が引け、震えながら寝ている人を指さす。顔を見ただけで震え上がるような強面はこの学校に居ただろうか。

「か、カイト君にそっくりな女の子がいるんだけど⋯⋯カイト君って女の子だっけ?な、ならこの子は?あれ?」

 相当混乱しているようで支離滅裂なことを口にしている。


 俺にそっくりな女子生徒に心当たりはないが、見覚えのある顔だった。

「あ、カイハだ」

 カイハの周囲の生徒にも見覚えがある顔が混ざっている。この辺りはちょうど三組が集まっているのだろう。

「知り合い⋯⋯家族だよね。カイト君は一年生だからお姉さん?」

「惜しい、妹だ。これは譲れない。双子なんだ。しかし、よく気がついたな。似てないのに」

「えっ?そっくりだよ。カイト君の女の子バージョンって感じで」

 よく言われるが、兄妹共通の見解としては全く似ていない。

 例えば俺は牛乳が好物だが、妹は嫌悪レベルで嫌っている。シチューは喜んで食べるくせに、だ。


「似てる似ていない論争はこのくらいにして⋯⋯。本当に良かったね。家族が無事で。本当に良かった。あっ、もしかして他にも兄弟がいたりする?探そっか?」

 心の底から喜んで、心配してくれている。その人間らしさが、怪しい登場でありながらも信じられる根拠になる。

「大丈夫だ。授業参観でもないし、これ以上の家族は高校にいない」

 両親ともに元気に働いている時間だ。


「この後はアマカドシノさん?とお話しなきゃだけど、ボク一人で出来るかも。だから、カイト君はもう少しここに居るのはどうかな」

「⋯⋯」

 友達も、親友と呼べるような友人もここには居る。それでも肉親は重い。

 このまま糸を引きちぎり、カイハを連れて逃げ出したい。幽和氏に頼み込めばどうにかなるかもしれない。

「いや、いい。うちの妹は図太いのが売りだ。放っといても元気にしてるさ」

 俺は兄だ。けれど、尊敬される兄になりたいのだ。それはヒーローのような。

 そして、ここで一人を優先するよりも全員を選択したほうが断然格好が良い。その当てはないが、それでも逃げ出さない方がまだ格好が良いはずだ。


「カイハ、カイハ、カイハちゃん。同い年だったりするのかな。どんな声をして、何が好きで、立って会ってみたら見え方がどう変わるのかな」

「妹のことはもういいって。それより、そっちの兄弟事情は?」

「ボクはね⋯⋯」

 言葉の途中で口をポカンと開けたまま固まってしまった。

「⋯⋯って、ワリ」

 妙にテンションが上がっているのを抑えようとして、不躾な質問をしてしまった。

「違うの。自分で自分にビックリしちゃって。今ねボク、姉さんがいるって言おうとしてたの。無意識にね。だからきっとボクには⋯⋯」

「それは良いきっかけになるといいな」

「⋯⋯うん」

 まひるの記憶喪失は日常に支障がないタイプだろう。そして家族のことは日常に含まれているため、咄嗟に口にしかけたのだろう。

 そうでなくとも記憶が戻る予兆なのかもしれない。

 重ねて不躾なことをするべきでないので自重したが、まひるが家族のことを話している時にどんな顔をしているのかが気になった。

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