暗殺者、びっくりされる
まず向かうのは冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドとは、いうなれば互助会のようなものだ。冒険者という荒事で金を稼ぐ職業のとりまとめ役のような位置づけだ。魔物もいて常に命の危機にさらされているこの世界からすると、とても重要な組織になっている。
俺は暗殺者であるが、一応冒険者ギルドにも所属している。なぜかというと、一応の身分の証明になるからだ。そのためだけに所属しているから、もちろん冒険者のランクも低い。しかしメリットもしっかりあるのだ。今日はそのために来た。
俺はレイを引き連れて受付へと立った。
時間としては昼前の閑散とした時間。多くの冒険者が依頼に出かけ、今ギルドにいるのは休養をとっている冒険者くらいだ。
いくつもある受付には、今は一人しか人がいない。そんな様子をぼんやり見ていると。受付嬢が話しかけてくる。
「あの……何か御用ですか?」
「あ、その、ちょっと聞きたいことがあってね」
俺はそう言いながら、手元から冒険者証を差し出した。冒険者証とは冒険者である証明だ。金属のプレートにそれぞれのナンバーが撃ち込まれている。どんなとんでも技術かしらないが、その情報が世界中のギルドで共有されているというから驚きだ。それを、十年前に作ったきりしまってあった。
「これは……古いものですね。五年に一度更新をしてもらっているのですが、いまから更新手続きします?」
「ああ、頼むよ」
「では、この上に血を一滴、いただいてもよろしいですか?」
朧げだが、確かに十年前もこうして登録をした。血の情報を読み取って、その者の能力を読み取り情報をプレートに刻み込んでいく。何度見ても、その性能に驚くのだが、そんなものは今更だ。俺はおとなしく、指先を切り血を提供した。
「いっ――」
「ん? どうしたレイ。大丈夫か?」
「ううん。だって、お父さんの手が」
何気なくお父さんと呼んでくれるレイ。
俺はその響きに感動しながら、心配してくれたレイの気持ちにうるっときてしまう。
「ああ。これか? これくらいすぐ治るさ。心配してくれてありがとな」
俺がレイの頭をぐりぐりやっていると、目の前の受付嬢は淡々と仕事を進めてくれていた。
血を小さな金属の板に塗ると、大きな石板にその金属をはめ込んでいく。すると、その石板に文字が浮かび上がるのだ。そこに俺の情報が書かれている。
「えっ――」
その情報を見た瞬間、受付嬢は固まってしまった。そして、次の瞬間には、なぜだかけたたましい大声をあげていた。
「ええええぇぇぇぇぇ!」
「な、なんだ!?」
俺は何かあったのかと思い、おそるおそる声をかけた。
「な、ななな、なんですか!? この位階は! どうして、この位階でランクが銅級なんですか!!」
「そんなに驚くことか?」
「そうですよ! こんなにすごい位階……私、見たことありません」
位階。
それは、人に宿る力の段階と言われている。
いろいろな経験をしていると、ある時位階が上がるときがあるというのだ。位階が高い人間は何らかのことに秀でている。つまり、優秀な人間が多い。最も、強さを表す指標として使うことが多いらしいが、俺はそんなに高くないはずだ。見たことないけど。
そんなやり取りをしていると、ひょこりとカウンターにレイが顔を乗り出した。
「お父さん、すごいの?」
「そう、ですね。こんなすごい人、初めて見ましたよ」
「そんなことないだろう……」
やや思い当たる節はあったが、あまり表ざたにできることじゃないのでとりあえずごまかす。
視線を落とすと、レイがなぜだかキラキラした顔で俺を見ていた。
「お父さん、すごいんだねぇ」
ニコニコをというほほ笑みに、俺もついほだされてしまう。
その横では受付嬢がやや焦った様子で俺に声をかけてきた。
「あ、あの! シン様。これからこちらで活動するときには、ぜひ指名依頼をださせていただけないでしょうか? シン様ほどの実力者じゃなければできない依頼もたくさんあるんです!」
「依頼、か。まあ、受けてもいいが……本当に冒険者経験がないからいきなりは無理だとは思う」
「もちろん、慣れてきてからで結構です! お待ちしていますからぜひ声をおかけください! いえ、かけますから!」
「わかったよ。機会があればな」
話がひと段落したところで、俺は本題を切り出した。
これを伝えなきゃ、ここに来た意味はない。
「そういえば、ここは人材の紹介も?」
「え? ええ。それなりには横のつながりもありますし。どんな人を探していますか?」
受付嬢はすぐさま平静を取り戻す。先ほどまで驚愕に染まっていた表情を切り替えると、笑顔を取りもどし質問に答えていった。
「執事とメイドを一人ずつ。できるだけ優秀なものがいい。できれば戦闘能力もあるといい」
「戦える執事とメイドというと、かなり高額になってしまいますが……」
「予算は問わない。とにかく、この子の世話と俺がいない間に守れる人材を探してくれ。できるか?」
「予算は問わないとおっしゃいましても……一応の目安というかなんというか」
受付嬢は困ったのだろう。
仮に、かなりの大金がかかったとして、本当に払えるかどうか判断ができない。もし払えずに断るにしても、能力の高い人物相手には失礼にあたるだろう。
受付嬢の心配はもっともだった。
「なら、ほら。この残高以内に収めてくれればいい」
そういって、冒険者証を指さした。
この冒険者証には、なぜだか銀行機能がついていて、しかるべきところでは引き出しも預け入れも自由自在だ。どんなスーパーテクノロジーだと突っ込んだのはやはり十年前である。
受付嬢は、おとなしく残高の確認に移ったようだ。
しかし、次の瞬間には、目を見開き、口を半開きにして放心していまう。
「それが予算だ。頼んだぞ。あ、それと依頼もいいが日帰り限定な? レイが家にいるんだ。夜、家を空けることはできないから」
「お父さん、夜帰ってきてくれるの?」
「もちろんだ。そのためには、はやくあの屋敷を住めるようにしないとな」
そういって、俺は冒険者証をしまうと、レイの手を握る。
「あ、あの――」
受付嬢は、なにやら言いかけながら残高と俺とを何度も繰り返し見ている。
だが、そんな受付嬢に気づかないふりをした俺は、急いでそのまま外に出る。
せっかく執事とメイドがなんとかなりそうなのだ。俺は、ほっと息を吐きながら次の目的地に向かうのだった。