暗殺者、お父さんになる
あの後、数日の旅を経て、俺達はようやく王都へとたどり着いた。
毎夜、夜泣きというには激しい麗の泣き声に起こされ疲労困憊であったが、自分をあんなにも頼ってくれて、それでいて隣で可愛らしく笑顔を浮かべている麗をみているとそんなことはどうでもよくなったのだ。
クロイツとも入り口で別れたが、同じ王都にいるのだ。また会う機会もあるだろう。
簡単に別れをすますと、そのまま麗と手をつないで歩き出した。
「ここがシンおじさんのおうち?」
「ここよりもっと奥に行ったところだな。まぁ、あんまり家にいないから汚いけど」
「ふーん。お仕事、忙しいんだね」
「まあ、忙しいのかな? これからは仕事は変えるつもりだけどな」
「そうなの?」
どこか日本での仕事のように簡単に語られるそれに、すこし居心地の悪さを感じる。
だが、今までやってきたことへの葛藤をとりあえずどこかに置きつつ、俺は麗とじっくり腰を据えてはなさなければと思った。また、自分の仕事についても考えなければならない。
今までとは違う。
誰かと関わって生きていく生活に、ひそかに心を躍らせていた。
王都の中心に向かって歩く。そこは、庶民が住む地区と貴族が住む地区の中間あたり。それなりの富裕層が屋敷を連ねる地区だった。
その地区の一角に、やや小さめな屋敷が立っている。それが、俺の家だ。
一人で住んでいるのになぜ屋敷かと問われれば、実はあまり覚えていない。
だって仕方ないだろう。
あの時は、とにかく住む所があればよかったのだ。加えて、自暴自棄になっていた時期でもあったから不動産屋に進められるがままに買ったのが原因だと思う。宿ぐらしは限界だったのだ。孤独というものを嫌でもかんじてしまったから。
とりあえず、仕事で稼いだ金はあったし、家の形状に頓着がない人間がきたら、儲けられる家を売りつけるのが当然だろう。貴族が買うには小さく、庶民が買うには大きい。そんな屋敷をあてがうにはうってつけだったのだろう。
だけど今は感謝しかない。
なぜなら、隣で屋敷を見上げる麗の目がキラキラしているからだ!
なんだこの反応! 可愛い。
「ふぁー、おっきいね!」
「無駄にな。ほとんど使ってない」
「すごいね! お城みたい! このおうちがシンおじさんの家なの!? すごい、すごい!」
まあ、日本の住宅事情を考えると仕方のないことだと苦笑い。そのまま手を引いて、屋敷の中に入る。
めったに開けられない扉を開けると、粉埃が舞い立ち思わず腕で口を覆った。
「ごほっ、けほっ」
「おい、大丈夫か? って、こりゃひどいな。メイドでも雇うか」
「めいど?」
「家事をやってくれる人のことだよ。俺はできないからな」
「麗、お洋服たためるよ?」
「そりゃすごいなぁ。他にも色々やらなきゃだけどな」
とりあえず興味のなかった部屋の数や広さを確認して外に出た。このままじゃ住めないため、とりあえずは宿をとる。
そして、宿の部屋の中で今後について話し合うことにした。そんなやり取りもどこかうれしかった。
「とまあ、こうして王都に来たわけだが……一応確認しておくぞ? 麗は俺と一緒に行きたいって言ってたけど、気は変わらないか? やっぱり友達とかいっぱいいるところに行きたいなら孤児院を探す。俺と一緒にいたいって思ってくれるならそれはそれでいい。……どうする?」
もし孤児院を選ばれたらどうしよう。
俺の中では既に麗と一緒にいたいと思ってしまっている。俺を孤独から救ってくれた少女。可愛いに決まっている。
でも断られるかもしれない。そんな不安をひた隠しにしつつ、麗に問いかけた。
すると、麗はどこか遠慮がちに告げるのだ。
「……シンおじさんがいい」
その言葉を聞いた瞬間、肩の力が抜けた。
大声を張り上げたい衝動にかられたが、怖がられそうだから精いっぱい避ける。
俺は、こみ上げてくる涙をこらえながら笑みを浮かべた。
「そうか。わかった。なら俺達は家族だ。一緒に生きていこう。後悔しないな?」
「えっと……家族?」
「そうだ。一緒に住んで、助け合って生きていく。家族だ」
「そっか……じゃあおとーさん? みたいなの?」
おとーさん。
その言葉を聞いた瞬間に、今まで感じたことのない熱を胸に感じた。
同時にとても心地よく、俺の心を癒していく。
「そうだな……麗のお父さんだな。よろしくな? 麗」
「うん……おと、さん」
顔が熱い。麗の顔もなぜだか真っ赤だ。
俺達はお互い真っ赤になりながら照れ隠しにはにかむ。すると、麗は何かを言おうともごもごとしはじめた。
「あのね、そのね……なら、何て呼べばいーい?」
呼び方か……。
まあ、普通ならお父さんなのだろうが、血がつながっていないしどうするべきか。
俺は少し悩んだが、そこは麗に任せることにする。
「好きに呼べばいい。今まで通り、シンおじさんでもお父さんでもな。じゃあ、一緒に住むならとりあえず申請を出しておかないとな。誘拐犯と間違えられたらやっかいなことこの上ない」
「そのしんせーをやれば、一緒に住めるの?」
「ああ、そうだ。とりあえず、レイで登録しておくぞ?」
「うん! わかった!」
うれしそうにレイは頷いている。
本当にうれしそうに何度も、何度も。
俺はその笑顔をみて、今までレイが感じてきたようなつらい思いはさせないと固く誓った。誰に、というわけじゃない。ただ、自分のなかでそう決めた。
ここまできたら投げ出せない。
目の前の小さな命を見つめながら、ぐっと拳に力を込めた。
「よし! じゃあ、忙しくなるぞ!? まずは俺の仕事とメイドと執事だな! レイ、もうちょっと頑張れるか?」
「うん! レイ、元気だよ!」
「わかった。なら行こうか」
俺がそっと手を差し出すと、レイも自然に手をつないでくれる。
そんな些細なことが、俺の胸に開いた隙間をそっと埋めてくれていた。




