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暗殺者、寝かしつける

前回までを、人称変更して書き直しています。

大筋は変わりませんのでご了承くださいませ。

「なんかゲームみたい!」


 そう声を挙げる麗は、無邪気にはしゃいでいた。

 こちらでは一般的なワンピースと外套。それと、かなり柔らかめの皮のブーツ。どれもが、前の世界ではお目にかかることはないだろう代物だった。

 その中でも、外套は高かった。

 物理的衝撃は障壁ではじくことができる。つまり雨風は問題なし。周囲の温度の任意に調節できるからかぶっていれば常に快適だ。それを着たとたんに外が適温になるのだから、麗は何度も着たり脱いだりを繰り返していた。


「ちゃんと着てるんだ。別に汚れないってわけじゃないからな」

「うん! わかってる」


 そういいながら再び、着ては脱いでと繰り返している少女はきっとわかっているのだろう。だが、それでもやめられいないのだ。

 しょうがないな。

 俺は苦笑いを浮かべながら、旅に必要なものを買い足していった。


 というのも、俺は麗を連れて王都に戻ることにした。

 王都には俺の家もあるし、元々の拠点だ。当然、暗殺者ギルドには依頼を完遂したことを報告しなければならない。

 もちろん俺の一存じゃなく、麗の同意を得ての行動だ。勝手に連れて行くような誘拐まがいなこと、できるわけがない。


「別に、ほかのやつに任せたっていい。教会は孤児を預かってくれるから、そっちでもいい。俺と来るならそれでもかまわない……どうする?」

「……一緒に行く」

「いいのか? いい生活はさせてやれないかもしれないぞ?」

「うん。シンおじさん、麗を助けてくれたから。だから一緒にいたいの」

「っ――、ああ、わかった」


 思わず「可愛い」と叫ばなかったことを称賛してほしい。

 それだけ、今の麗は可愛らしかった。

 おれの横にぴったりくっついて、俺が来ている外套をそっと指先でつまんでいる。俺が立ち止まると、見上げて様子をうかがってくるし、ほほ笑んでみれば同じように笑みを返してくれる。

 何、この可愛すぎる生きもの。

 そんな感想しか出てこない。


 つい頭を撫でてみると、びくり、と体を固まらせた麗だったが、俺ができるだけ優しく触れていることに気が付くと、目を潤ませながら彼の腰あたりに顔をうずめた。

 その反応。

 俺は思わず顔をしかめた。

 麗に手を触れようとすると、必ず怖がるのだ。もしそれが、今まで生きてきた名残であると思うと胸が痛んだ。だからこそ、麗に触れるときにはこれでもかと優しく努めた。無暗に怖がらせたくはなかったのだ。

 たくさんの人を殺め汚れた自分の手。

 そんな手で触れるのは後ろめたかったが、自分がいることで安心してくれる少女の存在はとても嬉しかったのだ。

 この十年間で失った触れ合いを、温もりを、優しさを取り戻すかのように。


 そうして旅の準備を進めながら、ほどなくして街を出た。

 乗合馬車に揺られながら、俺と麗は旅は始まった。といっても、王都までは数日の道のりだ。それほど身構えなくていいと思っていた俺は麗を心配したが、麗は麗で少しだけはしゃいでいる様子だった

 楽しみなのだろう。

 なんの面白みのない景色を眺めているだけでニコニコと笑っている様子をみて、俺もつい気を緩ませていたのだ。


 そうしてしばらくたったころだろう。

 ようやく景色に飽きてきた麗がぼんやりと座っているところに目の前に座っていた初老の男性が話しかけてきた。


「おや、お嬢さん。どこかにお出かけかな?」


 その男は、腰に剣を下げ厳つい皮鎧を身にまとっていた。冒険者などの類だろうか。

 一見すると強面だが、その顔はどこかなつっこい雰囲気があり、麗は当然のように言葉を返す。


「うん。いまから王都ってところに行くんだって」

「そうかい。お父さんとの旅が楽しいものになるといいね」

「ぶふっ――」

 

 お父さんだって!?

 何を言うんだ、この男は! 俺が麗のお父さんだって!? 結婚すらしたことがないのにお父さんって……あれ? 別に悪くないかもしれない。

 思ったよりもいいことを言うな、と思った俺は一人にやついていた。

 俺が噴き出したことに目の前の男性は驚いたが、麗の言葉を聞いてその表情に検が宿る。


「あのね。シンおじさんはお父さんじゃないよ?」

「ほぅ……ならお父さんとお母さんはどちらに?」


 麗はその質問には答えられず俯いてしまう。それを勘違いしたのか、男性は俺をにらみつけた。


「べ――別にやましいことはない。川のほとりで倒れていたこの子を保護しただけだ」

「うん! シンおじさん、助けてくれたしご飯も食べさせてくれた」

 

 ついつい、うろたえてしまうが、悪いことはしていないのだ。胸を張っていればいい。

 麗もこう言ってくれている。何も問題はない。

 俺は思わず麗をみると、麗も同じように俺を笑顔で見上げていた。目が合った瞬間、思わず顔をほころばせてしまう。今の麗の無邪気さにほだされない人間などいない。と、そこまでのやり取りをへて男をみると、一部始終を見られていたようだ。

 気恥ずかしさに、顔が熱くなった。


「うむ……子供も懐いているようだし人さらいというわけではないようだな」


 ようやく表情が緩んだ男をみて俺もほっと息を吐いた。


「当たり前だ。もしそうなら、もう少し工夫するさ」

「違いない」


 ふぅ。

 危なかった。

 別に麗に対しては後ろ暗いことはないが、俺は暗殺者だ。調べられもしたら俺のしてきたことがばれてしまうかもしれない。

 麗と出会う前ならいざ知らず、今の俺は周りの人間に一人の個としてみられていた。つまり、普通の男だ。その変化が、過去をどう変えていくか今の俺にはわからなかったからだ。

 それに、俺は今まで幾度となく修羅場をくぐってきた。まあ、修羅場といっても俺ではなく相手だが。

 危険の匂いには敏感だと自負しているが、目の前の男は強い。おそらく、真正面からちから比べしたら負けてしまうくらいに。

 そんな男に目をつけられたらと思うとぞっとするものがあった。ただでさえ、今は麗を連れていて自由が利かないのだから。

 普段ならばそっと闇にまぎれてしまえばいい。

 そうすれば、自分のことなど誰もが忘れてしまう。けれど、今は麗の保護者なのだ。とりあえず王都にはたどり着かなければ。そんな思いについ姿勢を正した。


 ふと視線を挙げると、いまだ男は俺を見つめていた。

 その視線にこたえるように肩をすくめると、案の定、男は言葉を続けてくる。


「王都には何故?」

「俺の家があるだけさ。あそこを離れると仕事のうえでも不便でね。小さい子に旅をさせるのは酷だと思うが、この子が選んだことだからな」

「この子が選んだなぁ……まあ、あまり無理をするな。一人の時とは勝手が違うだろう」


 俺は片手をあげてそれにこたえると、そのまま目を瞑った。

 体力温存の意味はあったが、一番は無用な追及が面倒になったからにほかならなかった。


 

 


 そのまま順調に旅は進み野営。

 乗合馬車といえども、野営の準備は総出で行う。それこそ人手が足りないのだ。もたもたしている間に魔物が集まってきたら目も当てられない。 

 俺達も、自分たちのテントに入ると、すぐに横になる。

 麗は俺の横でゴロゴロと転がっていた。


「どうだ? 眠れるか?」

「うん! こういうのってキャンプっていうんだよね!?」

「キャンプか……まあ、そういってもいいのか?」

「楽しいね! 麗、初めて!」

「明日もずっと座りっぱなしだからな。早く寝るんだぞ?」

「うん」


 麗は楽しさが漏れ出てくるような、シシシと笑う。

 不思議な笑い方に、俺も思わず笑ってしまった。


 思えば、さっきの食事なども、硬いパンと粗末なスープだけ。

 それなのに、麗はどこか楽しそうだった。硬いパンに悪戦苦闘して、スープの味に顔をしかめていたが、それでもだ。

 ずっと座っていて、普通なら退屈だっただろうに。

 頑張ったんだろうな。

 麗は、年齢の印象よりも我慢強い子だった。


「シンおじさん。王都ってどんなところ?」

「ん? 王都かぁ……すっごい大きいところかな? 人も多いぞ? まあ日本よりはましだけど」

「遊園地くらい!?」

「どうだろうな。行ってみればわかるさ」

「あの……シンおじさん?」


 さっきまでの楽しい雰囲気が唐突にしぼんでしまう。

 何事かと視線を向けると、麗は不安そうにこちらを見つめていた。


「王都に行っても、一緒?」


 まるで、居場所を失うのを恐れているかのような。

 そんな麗をそっと抱きしめてささやいた。


「大丈夫さ。お前が望まないことはしない。怖いことはしないから、安心しろ」

「そっか……わかった」


 そういって、俺は地面へと寝かした。テントの中にともしていたランプを消すと、すぐに真っ暗になる。

 

「まあ、明日も早い。今日はお休みだな」

「うん……おやすみなさい。シンおじさん」

「ああ」


 そのまま麗は目を閉じた。すると、やはり疲れていたのだろう。

 横になってすぐに寝息をたてはじめた。 

 何の気なしに麗を見る。

 思えば、この子は何なのだろう。

 おそらくつらい身の上なのはわかった。だが、この子は自分のことを覚えていられる。そして、この子とあってから俺は周囲の人に存在を認識されるようになっていた。ようやく、異世界にきて生きているという感覚だ。

 孤児院などをすすめたり、麗が自分といることなどを選んだといったが、本当は自分がこの少女といることを望んでいるんだろうな。そんなことを考えていた。

 年齢よりもすこし小さい麗。

 子供らしい丸みなどなく、やややつれたその顔は今は穏やかだ。

 

 シンおじさん、だもんな。まいっちまう。


 十八歳で異世界に来た自分はすでに二十八歳だ。

 確かに八歳の子からすると父親でもおかしくない年齢だ。おじさんというのも頷ける。

 昔ならばいら立ちを覚えただろうおじさん扱いに、今の俺はしょうがないなぁ、というあきらめにも似た感情を抱いていた。

 そして、王都に帰ってから麗との生活をどうしようかと無意識に考えるほどには麗を受け入れている俺がいる。


 そうこうしていると、眠気が襲ってくる。

 そして、その眠気に身をゆだねようとしたその時――隣で寝ていた麗が突然声をあげた。


「わあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 突然の大声に飛び起きると、咄嗟にレイを見る。すると、麗は目をつぶったまま小さなその体を、さらに小さくするように頭を抱えていた。


「麗!? どうした! 何があったんだ!」


 慌てて麗の肩をつかもうとすると、麗はそれを乱暴にはねのけた。


「やぁ! やめて! お父さん! お母さん、やめて!」

「大丈夫だ! いま、ここにはお前の父親も母親もいない! だから大丈夫なんだ!」


 必死で呼びかけるも、麗は泣き続けたまま。

 それでもあきらめずに続けていたが、頭の中は真っ白だ。どうしていいかわからない。

 どうしたらいい。

 どうしたら――。

 すると、うろたえている俺の後ろから声がかかった。


「抱きしめてやればいい」

「え!?」


 振り向くと、そこには昼間に話した男がいた。

 おそらく、声を聞きつけてやってきたのだろう。だが、その助言を素直に聞くことはできない。


「でも! 手をはねのけるんだ! どうしたら――」

「それでもだ。今、お前はこの子の保護者なんだろう? なら、ちゃんと伝えてやれ。言葉じゃなく、傍にいるんだってことを、行動と温もりで」


 俺が、今の麗を抱きしめる?

 赤の他人が何を伝えるっていうんだ。でも、このまま泣かせておくのも胸が痛む。


 なぜだか自分が泣きそうになりながら、俺は麗を見た。

 苦しそうにもがいている。

 逃げるように縮こまっている。

 懇願するように泣き叫んでいる。

 それも一人でだ。

 こんなに苦しんでいる少女を一人で放置することなどしたくない。ただ、どうしても強引にすると壊してしまいそうで躊躇した。振り向くと、男は平静なまま彼と少女をじっと見つめている。

 逃げ場がないことを悟った俺は、やみくもに麗を抱き寄せ力任せに抱きしめた。

 当然、そこから逃げようと麗は暴れる。その暴れっぷりは、いくら少女と言えどすさまじいものだ。

 そんな麗を、俺はなんとか抑えながら、できるだけ優しく頭を撫でた。そして、伝えようと思った。俺はここにいるから、安心していいんだぞ、と。


「麗。大丈夫だ。大丈夫だから……何も怖くない。大丈夫なんだ」


 壊れたラジオのように、俺はひたすらに大丈夫と繰り返した。しばらくそうしていると、ようやく落ち着いてきたのか、麗は再び静かな寝息を立て始める。汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、どこか安心したように。

 俺はようやくおとずれた静寂に、大きく息を吐いた。それは、安堵と疲労感からだ。

 それでも、よかったという想いのほうが強かった。悲しみと苦しみに溺れる少女を見るのもつらかったからだ。


「泣き、やんだ……ありがとうな」


 顔だけ振り向くと、俺は男にそう告げた。

 男は、テントの外に顔を出して何か合図を出している。おそらく、周囲の面々も起こしてしまったのだろう。どこか申し訳なくなる気持ちも、ここ最近は感じたことのない感情だ。


「大丈夫だ。皆には寝てもらった。それにしても」


 男は麗に視線を落とすと、眉をそっと顰める。


「そういうことか……」


 眉を顰める男の様子に、俺もならったように顔をしかめた。


「俺も詳しいことは知らない。けど、両親を探すことはあまり気が進まないんだ。こんな風になったのは初めてだったけど、すぐには癒えるものじゃないと思うんだ」

「それで……どうするんだ? 王都に戻ってその子の面倒をみるのか、やはり孤児院をあたるのか」


 別に男には関係ない。

 そう告げたい気持ちもあったが、なぜだか真正面から応えたいと思ったのだ。

 旅先で出会っただけの男にすら、ごまかすようなことはしなくなかった。


「俺が面倒を見る」

「見たところ、子育ての経験もないようだが?」

「それでもだ。この子は、俺と同郷なんだ。俺の故郷は遠くてな。誰も知る人のいない王都に一人きりにはさせたくない」

「そうか。父親になるのも大変だぞ?」


 苦笑いを浮かべた男は肩をすくめてそういった。


「子どもがいるのか?」

「とんだじゃじゃ馬がな」


 そう言った男に、つい笑みを返した。

 

「助かった……そういえば、名前を教えてもらってもいいか? 俺はシンという」

「シンか。俺は、クロイツだ。あらためてよろしくな」


 クロイツ?

 どっかで聞いた名前だったが……まあ、いい。今は麗のことが心配だ。

 それに、俺自身寝ておかないと明日以降、旅もままならない。

 俺は、軽く会釈をすると男はテントから去った。ようやく俺も横になる。


 すると、いつの間にか寄ってきた麗は、俺の胸元に縋りつくように丸まった。その麗の頭をなでながら、俺も意識を落としていく。

 なぜだが、とてもぐっすり眠れた。 

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