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エピローグ

 ある冒険者がいた。


 その冒険者へ頼んだ依頼はほぼすべてが達成されており、どんな難敵が相手でも、どんな謎が立ちふさがろうとも関係はなかった。

 彼は、ただ愚直に依頼を受け、そして達成する。

 そんな彼への信頼は厚く、王都の冒険者ギルドをはじめ、騎士団や今では王族の者たちの信頼も得ていると評判だ。


 そんな彼には、変わった決まり事があった。

 それは、依頼の目的地は必ず日帰りで行ける範囲であること。それだけは彼が譲れない条件だったらしい。

 

 だが、日帰りで行けるところなら必ず赴き依頼を達成する。

 王都で最も有名な冒険者の一人だ。


「あ、そうですね。怖いこともありますけど、基本的には優しい人ですよ? 特に家族に対しては笑っちゃうくらいに」


 冒険者のギルドに行くと、その冒険者のことをそう教えてくれた。

 怖いというが、その表情には特に恐れはなく問題なく受け入れられているようだ。


「シンか……。あいつはよくわからないが。強さという点ではこの王都で敵う者はいないだろう。だがなぁ、男としてはどうなんだろうか」


 ギルドの職員や長の信頼を得て強さも兼ね備えている冒険者。シン。

 今日、私はその男の取材に来ているのだ。有名な冒険者をまとめ、書き上げたいと思っている。

 その一人目がシンだ。

 とにかく、周辺情報を調べてから、本人に突撃取材をしたい!


 私は、そう決意して、彼にまつわる場所を回っていこうと足を進めた。




「シンさんか? すごいぞあの人は! 冒険者になって最初の依頼でドラゴン討伐やってのけたからなぁ! まじあこがれるぜ! 俺も早くあんな風に――」


 初依頼がドラゴン討伐……すさまじい。

 これはきっと劇的な物語があるに違いない!


「そんなわけねぇよ! あいつがさっさと討伐したのはあのせいだろ? ただ早く帰ってきたかっただけだって噂だぜ」

「はは違ぇねぇ!」


 へ? 

 ただ早く帰ってきたかったって。

 それってどういう……。


「あぁ? あいつは強いぞ。一度本気で殺りあいたいんだがなぁ……。だが相手してくれねぇんだよ。なんでも、怪我したくないって。あいつが怪我したところなんか見たことねぇのにな」


 騎士団長もそんなことを言いながら、そわそわと貧乏ゆすりをしている。

 よっぽどやりたいんだな。

 そう思わせるような態度だ。


 ギルド長と騎士団長から強いを言われるその人物。一体どんな人なんだろうか。

 私は、これから会うだろうシンを想像して胸を躍らせた。




 私はようやく彼の住む屋敷のまえにたどり着いた。

 それほど大きくない屋敷を見上げると、中からにぎやかな声が聞こえてくる。家族の方、だろうか?

 とにかく今は、彼に会いたい。

 私は、ドアをたたこうと手を伸ばした。その時――。


「何か御用ですか?」


 聞こえた声に振り向くと、真後ろに執事服をまとった男が立っていた。

 中年の彼は、その鋭い視線で私を射抜いている。

 こ、こわい。

 

「い、いえ! あの! 私は今、冒険者の方の取材をしておりまして! 王都で知らぬものはいないといわれるシン様のことを取材したいのです!」


 私が叫ぶようにそういうと、目の前の執事はじっと私を見つめた後、ゆっくとその表情を緩ませた。


「そうですか。驚かせて申し訳ありません。ご主人様にうかがってまいりますのでお待ちくださいませ」


 深々と礼をしてくれて中に入った執事。

 って、いつのまに後ろにいたんだ!?

 まったくわからなかった。


 少しずつ息を整えていると、目の前のドアが再び開く。隙間から、執事が半身を出した。


「ご主人様が短時間ならいいとおっしゃっております。さぁ、どうぞ」


 招かれるままに中に入る。

 すると、執事の横をすり抜けるときに、何かが聞こえた気がした。


「久しぶりにいたぶれる玩具が見つかったと思ったのですが……」


 驚いて振り向くと、すでにそこには執事はいなかった。

 そして、二階に続く階段の上からこちらを見据えている。


「さぁ、こちらへ」

「は、はい……」


 私は背中に感じた寒気を振り切るように、勢いよく階段を上った。

 



「さぁ、どうぞ」


 応接間らしきところに通された私に、メイドがお茶を出してくれた。

 特に会話もないが、うーん。このお茶、死ぬほどうまい。

 しばらくまってもシンはこないし、とりあえずこのメイドにシンのことを聞いてみよう。

 私はそう思って、カップをそっと置いた。


「あの……」

「なにか」

「あなたのご主人様はどんな人ですか? 率直な意見を教えてくれませんか?」

「ご主人様のですか?」

「ええ、どのようなことでもいいですから」


 私はそう聞くと、メイドはなぜだか目の前にどかっと座り、すわった目でこちらをにらみつけてくる。


「ご主人様。あの男は世界一強いくせに精神的には幼くて、まるで年下の弟を見ているようになってきます。一度、その精神を鍛えなおすために、辛子だけで作ったフルコースでも作って口の中に詰め込んでやがれ、と思うです。かと思えば、とんでもなく優しくて、生意気にも誕生日なんか祝ってくれるとかどこの刻野郎かと思う、です。母性本能をくすぐりつつ、包容力をもってやがるとか、ご主人様にはもったいないスペックですし、かと思えば最強の強さを持つとかどんだけ私の心を乱せば気が済むのかしったこっちゃないところも死ぬほどむかつきやがる、です。とにかく、一度死んで、二度も三度くらいは死んで、生まれ変わって性根から叩きなおしながら、私と幼馴染になりつつ愛をはぐくんでいく過程とか、そんな夢みたいなことがおこればいいのにとか思ってないのに言わせる感じとか、最低最悪です。最低のご主人様、です」


 ほぼ一息で言い切った彼女はどこか満足気だ。

 とりあえず、この目の前のメイドがご主人様とやらに愛憎を抱いててヤンデレ製造されつつあるということはわかった。

 さっきの執事といいこのメイドといい、まともな使用人がいない……のか?


 私が居心地悪くお茶を飲み干していると、部屋の外から何やら声が聞こえてくる。

 ふと気になり廊下を覗くと、そこには一人の中年男性と騎士風の女性と女の子が立っていた。女の子は、十二、三歳だろうか? なにやらひどく怒っている。


「どうして勝手に私の日記を読むの!? 私の部屋にも勝手に入るし、もうお風呂だって一緒に入らないって言ってるのに!」

「だって! 心配だろうが! レイが危ない目に合ってないか、とか! お風呂だって、前は一緒に入ってくれたのに!」

「もう私だって子供じゃないんだよ!? リブお姉ちゃんも言ってやってよ!」


 見る限り、男性と女の子が言い争っている。

 もう一人の女性は困り顔で仲裁に入っていた。


「ま、まあ。あれだ。レイの言っていることのほうが正しいと思うぞ? もうレイも十二だ。シンと出会ったころからもう四年もたっているんだぞ? いつまでもあの時のままじゃない」


 その言葉に、女の子は勝ち誇ったように胸を張った。まだ、成熟していないその肢体はひどくほっそりとしている。


「ほら、お父さん! 言ったでしょ!? リブお姉ちゃんは私の味方だって!」

「だ、だだだだってな? お父さん、もしお前が知らない男に連れ去られたらって思うと――」

「いつの話してるのよ。 私だってリブお姉ちゃんに訓練してもらって危険回避くらいはできるっていったでしょ? 害意も『見つけられる』ようになったし、そう簡単に事件には巻き込まれないって言ってるのに」

「でもな!? まだ、俺の尾行はまけないし、そっと覗き見てても気づかないし、本気で戦ったらお前なんか一瞬で組み倒されちゃうぞ? そんなの危険すぎてやばいだろ!」

「お父さん、そんなことしてたの!? もう最低! お父さんなんか、大っ嫌い!!!!」


 女の子はそう言って、どこかの部屋に入っていってしまった。

 男性はその場に崩れ落ちて両手を地面についている。


「嫌いって言われた……大っ嫌いって」

「ああ。私も、シンの行動なないと思う……だ、だがな? 私はそんなお前のことが好、す――」

「あぁ! もしレイに嫌われたらと思うと俺はどうしたらいいんだ! 生きていけない! リブ! お前も一応女だろ!? どうすればいいか教えてくれ!」

「……一応?」

 

 助けを求めるように女性に縋りつく男性の言葉に、彼女のオーラは一変した。

 どす黒くオーラをまとったかと思えば、その腕を振り上げてましたに振り下ろした。


「この馬鹿! いい加減にしないか! お前なんか、知らない! 馬鹿、馬鹿!!!」


 その拳骨の鋭いこと鋭いこと。

 殴られた男性は、地面に埋まってしまったかのように動かない。


「な、なんで……こんな目に」


 いや、それはあなたが悪いでしょう?

 そんなことを他人事のように思っていると、隣にいつの間にかたっていた執事がそっと私に語り掛けてくる。


「申し訳ありません、お客様。ああなってしまってはご主人様はしばらくまともに話すことなどできないでしょう。今日のところはお引き取りくださいませ」

「そうですか、ご主人様――って、えぇ!? あの人が!? あれが、高名な冒険者であるシンですか!?」

「そうです。あの腐れ親馬鹿などうしようもない男がご主人様、です。さっさと私に甘えやがれ、です」


 そういってメイドがどこか嬉しそうに駆けよっていく。


 私は、その光景を横目で見ながら無言で頭をさげて屋敷をでた。


 うん。

 最初に書く冒険者は、別の人にしよう。


 そう誓って、私は王都の街を歩いていった。



 


 しばらくして、初めて日帰り以外の依頼を受けたシンが魔族に牛耳られている地域をたった一人で取り戻したというニュースが王都に回っていった。


 やっぱりすごい人だったんだなぁ、と思いながら、私は本を書いている。

 さらに調べると、過去の暗殺者だった噂話や、位階が五百を超えているなどといった話を聞くことができたが、真偽は定かではない。


 後日、もう一度取材にいったら今度は快く話を聞いてくれた。

 私が調べたことの確認をしようと思ったのだが、彼はたった一言だけを私に伝えてくれた。


「俺はレイの父親だ。それ以上でも以下でもない」


 あぁ。

 正真正銘の親馬鹿なおっさんでしかないんだな。

 私はそう結論せざるを得なかった。




 後に、王都の膿を出し切って、独立国家を立ち上げていく最強の冒険者の話はとりあえずはここまで。

 さぁ。


 それでは、次の冒険者の話を書きましょう。


 私は、ペンを置き、そして再び王都へと繰り出した。次の冒険者の話を聞くために。

 

最後まで、お付き合いくださりありがとうございました!

それでは、次回作もまたよろしくお願いします!

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