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暗殺者、知る

 結局、メフィストはリブに引き渡し騎士団が身柄を預かった。

 彼は、最終的にすこし精神が壊れてしまったらしく、尋問もすすまないらしい。まあ、ほとんどの暗殺者を戦闘不能にできたのだから騎士団としてはかなり大きな出来事だったのだろう。 

 しばらくリブがうちの屋敷に来なかったのも無理はないかもしれない。まあ、とても静かにレイと話すことができたのでよしとする。


 それにより、王都の暗殺者ギルドは機能しなくなり壊滅状態になった。

 貴族達はいろいろとてんやわんやだったようだけど、俺には全く関係はない。俺を追う者達がいなくなったというだけで、こんなにも安心してレイと過ごせるようになるとは思っていなかった。


 まあ、レイと一緒にいることで、レイの力というかギフトというか、そんなものが見えてきたのはびっくりしたが。


「あ、リブお姉ちゃんくるよ」


 屋敷のなかで、ふとした時にレイはそういった。

 その視線はずっと遠くを見つめており、確信をもってそこを見つめている。 


「ん? リブがなんだって?」


 俺はレイのその言葉を聞いて、気配を探る。だが、全くわからない。アンドレイとヤーナを見るも、二人はかぶりをふった。


「リブおねえちゃん、こっちに走ってきてる。あ、つまづいた! ドジだなぁ、リブおねえちゃんは」


 そういってケタケタと笑っている。

 どうしたんだろうと思っていると、次の瞬間。

 確かに遠くにリブらしき気配を感じた。

 もしかして、本当にリブが?


 俺に加えて、アンドレイとヤーナも驚いているようだ。


「確かに、お嬢様はこういうことがありました。ご主人様が仕事に行かれているときも同じようなことが」


 隣でヤーナもうなづいている。

 俺はリブの気配をたどりながらしばらく様子を見ていると、ようやくドアをたたく音が聞こえた。


「おい! 来たぞ! やっと仕事が終わったんだ! おーい! シン! いるんだろ!?」


 そう言って通されてきたリブは、なぜだかマントが土埃にまみれていて汚れていた。


「なんでそんなに汚れてるんだよ」

「ん? ああ、これか」


 そういうと、リブは照れたように頬を書きながら顔を赤らめた。


「ちょっとそこで躓いてしまってな。怪我はないが、マントが汚れてしまったんだ」


 まさにレイの言う通りだ。

 俺達は一斉にレイに振り返る。

 すると、そこには無邪気なほほ笑みを浮かべているレイが首をかしげて座っている。


「ほらね! やっぱりそうだった!」

「おお! すごいな、レイは!」

 

 嬉しそう顔が俺の視界に飛び込んできて、正直さっきまでのことはどうでもいい。

 ずっとこの顔を見てられたらいいのにな。

 明日は仕事だ。

 もう、金もあるし仕事をやめればいいか? あぁ、そしたらずっとレイと一緒にいられるのか。

 いいなぁ、それ。

 うちの娘はやっぱり可愛いな。


 俺がそんなことを考えながらリブと戯れているレイを見る。

 

「だからご主人様はだめ、です」


 ヤーナがなんか言ってるが、俺には全く聞こえなかった。


 ◆


「『見つけるもの』?」

「はい。レイ様が授かったギフトは『見つけるもの』で間違いなさそうです。同じギフトをもらっている人は多くいますが、何を見つけるか、という点でいろいろな種類があるようですよ」

「そうか、レイのギフトは……」


 屋敷での話後、アンドレイとヤーナにすすめられて俺は神殿にきていた。

 というのも、ギフトを調べてきてはどうか? という話になったからだ。

 たしかに俺からみて、レイのギフトは探索系の一つだろうとは思っていたが、まさにその通りだったわけだ。そう考えると、遠くにいたリブを見つけられたことには説明がつく。

 俺は神殿を出た先でレイに問いかけた。


「レイは、さっきリブを見つけた時、どんな感じに見えたんだ?」

「ん? えっとね。なんかオレンジ色の光が見えたの。リブはオレンジなんだよ!」

「色ね。面白いギフトだな」

「ギフト?」


 ギフトのなんたるかをしらないレイだ。やはりわかっていなようで首をかしげている様は天使である。


「ああ。それが、レイがこの世界にきてもらった力だ。超能力みたいなもんだな」

「超能力!? そんなのがレイにもあるの!?」

「ああ。ちなみに、俺は何色に見えるんだ? 俺のいる場所も遠くからわかるんだろ?」

「ん? 遠くからはわからないよ」

「なっ――!?」


 俺は、レイのまさかの言葉に絶句した。

 どういうことだ?

 リブはわかるのに俺のことはわからないとでも言うのか?

 つまり、父親の俺よりもリブのほうが上!?


 その事実に、俺は膝を折る。

 もう力は入らない。おもわず吹き出しそうになる涙を必死で飲み込み、俺はぎこちない笑みを浮かべた。


「そ、そうか。ま、まあ。見えないなら仕方ない」

「えっと、ちゃんと見えるんだよ? でも遠くからじゃないの」

「遠くからじゃない?」

「うん……」


 レイはそっと目をつぶると、胸に手を当ててほほ笑んだ。


「青い光は……んと、お父さんの色なんだけど。お父さんは一番近くに感じるんだ。この世界に来てからずっと……お父さんの光はそばにいるんだ。だから、遠くじゃなくて一番近くに見えるの……へへ。だから、仕事にいっててもあんまり寂しくないよ? だって、光の向こうにお父さんが見えるから」


 俺はレイの言葉を聞いた時、驚きで立ち止まってしまった。

 

 まさか。

 そういうことなのか?

 レイが俺の光を見失ったことがない? それって、ずっとレイが俺のことを感じてくれているってことだよな? それってつまり――。


「お前のおかげだったのか」


 そう。

 やっぱりレイのおかげだったのだ。


 レイは俺のことをこの世界にきてからずっと知覚していたらしい。

 青い光はそばにあったというのだから、何らかの方法で俺を感じていてくれたのだろう。

 

 俺は今まで、誰からも認識されずに生きてきた。

 それは、流れていく木の葉のように、俺の存在は多くのものにまぎれてきたからだ。

 だが、レイは違う。

 レイだけは、俺をずっと見てくれていた。

 レイが俺を見ていてくれることで、俺はきっと世界とつながってこれたのだ。人とつながってこれたのだ。

 だから、俺は、今こうして多くの人と交われている。

 俺は、一人じゃなくなったんだ。


 俺は、そばにいる娘に近寄りしゃがみ込む。そして優しく抱きしめた。


「お、お父さん?」

「レイ。お前は俺の娘だ。絶対に、俺が守ってやるからな」


 その言葉は誓い。

 俺は、孤独という絶望から救ってくれたこの子を裏切ることはない。

 だから一生をかけて守るんだ。

 この子の一生を。

 俺を救ってくれた、レイの命を、生き方を。


 俺を見つけてくれて、ずっと見てくれている娘を。

 俺は、ずっと見守り、守っていく。


 そう誓った。

 今、誓ったのだ。


「お父さん、く、苦しいよ?」

「ああ、わかってる」

「だから、離して!? うー、お父さん!」

「わかってるから」

「わかってない!」


 娘の怒った声は、初めて聞いたかもしれないと思いつつ、俺はちょっとだけ俺よりも高い体温のレイを抱きしめながら、そのぬくもりを感じていた。

 ああ。

 俺の娘は本当に可愛いなぁ。


「おとーさん! はなして!」


 そのあと、本気で怒ったレイが俺と口を聞いてくれなくなるという未来が待っているのだが、今の俺はそんなこと、知る由もなかったのだ。  

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