暗殺者、驚愕する
「あ、シン様! どうぞこちらに!」
俺が冒険者ギルドにいくと、いつもの受付嬢がカウンターの中から頭を下げていた。同時に、ガツンという音が響いたが大丈夫なのだろうか。
額をこすりながら涙目の受付嬢に手を挙げると、仕切り直しのようにもう一度頭を下げてくれる。
ちなみに、受付嬢の名前は知らない。
「また指名依頼だって聞いてな。今回はどんなものなんだ?」
「はい! ちゃんと今回も日帰りで終えられるものですよ! エンシェントスナイパーと呼ばれるおっきいトカゲみたいなものです。エンシェントスナイパーの皮ってとても人気で。光沢がある見た目から高額で取引されるんです。けど、隠密行動が得意な魔物で討伐できる人があまりいなくて……お願いしていいですか?」
「まあ、それくらいならいいか。場所は?」
「シン様がドラゴンを倒した森の奥地です! シン様なら日帰りで大丈夫だと思いますよ!」
俺が依頼を承諾すると、受付嬢がどこか嬉しそうに依頼の受理を始めてくれた。
そんなやりとりをしながら、俺は今日の依頼をどうしようか頭の中で考える。
すると、奥から見知った顔が現れた。厳つい顔のギルド長、エリセオだ。
「また依頼を受けてくれたんだな。いつもありがとな」
顔をくしゃくしゃにしながら笑いかけてくるこのおっさんが俺は嫌いではない。
裏表のない人柄に惹かれる人間も多いのだろう。
冒険者達からは信頼があるようだ。
「それより、もっと後継を鍛えたらどうだ? 俺だっていつでもいけるわけじゃないからな」
「わかってるさ。だが、大概の高位冒険者達は遠くに依頼にいっちまっていることが多いからな。近くで仕事をしてくれる奴がいるんと重宝するんだよ」
「まあ、とりあえず、今日の夜には戻ると思う。依頼が達成できてても、いなくてもな」
「ああ。別に今日討伐できなくてもまた明日やりゃあいいんだからな。適当に待ってるさ」
今度こそ、俺は二人に手を振るとカウンターから離れた。
すると、近くにいる冒険者達がこそこそと何やら話しているのが聞こえた。
「おい、あいつが騎士団長と互角以上に戦ったっていうやつだろ? そんなに強そうじゃねえな」
「馬鹿! 聞こえたらどうすんだ! 俺は見てたんだ。シンがドラゴンの首を担いでくるのをな」
「まじかよ! あいつがあのドラゴンを!? しばらくギルドに飾られてんのをみたけど、あんなの普通じゃ無理だろ」
「だろ? 俺らとは次元が違うんだよ、次元が」
そんなやり取りをしている奴らに視線を向ければ、なにやら会釈なんぞをしてくれた。
俺が手を挙げてかえすと、何やら興奮したように二人で肩をたたきあっている。仲が良さそうでなによりだ。
冒険者ギルドを出ると、俺はまっすぐ外に向かう。
なぜって、それは早く帰ってくるためだ。
正直、あのドラゴンレベルでなければ、大概の魔物相手に苦戦なんてしないことがわかった。あくまで依頼のために魔物を刈るのだ。
安全がある程度確保され、残業もそれほどなく、給料もいい。
冒険者とはかなりのホワイトだった。
しばらく歩くと門が見えてくる。
そして、その門には必ず門兵がおり、今日は偶然にもこの間世話になった門兵がいた。世話というのはドラゴンを討伐したときのことだ。あの時は申し訳ないことをした。
「おう! シンじゃねぇか! 今日も依頼か?」
「ああ。また夕方には帰ってくるよ。それまで頼んだぞ」
「いわれなくても、危険なやつらは入れねぇよ! お前も、娘のことは安心して任せてくれればいいさ!」
「ん~、お前がレイ可愛さに悪さをしないかが心配だ」
「馬鹿野郎! 俺はロリコンじゃねぇ!」
そんな軽口を言いあいながら俺は門をくぐる。
「気をつけろよ!」
「あんたもな!」
気のいい門兵だ。
結局、あの時も怒ってなかったからな。本当にいい奴だ。名前は知らないが。
空を見上げると、澄んだ青空が広がっていた。
世界は平和で、こんなにも穏やかだ。
俺は、この時そう信じて疑わなかった。
◆
「ふぅ……これで終わりかな?」
思ったよりも、森の手前にいたエンシェントスナイパー。尻尾も含めると三メートルくらいあるトカゲは確かに見つかりづらかった。
体の皮は保護色で、すばやく色を変えていた。
匂いもなく足跡も残さず、おそらくはギフトでも気づかれづらくしているのだろう。目を凝らしてようやく見つけられるような魔物だった。戦闘能力も高いのだから、たしかに普通の冒険者にはきついかもしれない。
俺は、近づいてさくっと短剣を刺すだけだったが。
依頼の五匹はすでに討伐していたが、あと一匹はレイにとって行ってやろうと決めていた。
何やらこの革を使って作るものは一級品だと聞いたからだ。
とりあえず、バッグでも作ってやればいいかな?
俺は、六匹のでかいトカゲを背中に背負いながら、王都を目指していた。
王都に戻る。
外からいつもの門をみるが、なにやら雰囲気が違ってみえた。
なにが、という明確な根拠はないのだが、何かが違う。しいて言うなら空気が、だろうか。
俺が中に入ろうとすると、朝話した門兵がいた。門兵が、俺の顔を見るや否や顔を引きつらせる。そして、ぎこちなく視線を逸らした。
「約束どおり夕方だ」
「あ、ああ。とりあえず、そろそろ門を閉めるから中にはいってくれるか?」
なにやらそっけない様子で受け答えをしてくる門兵。
そして、早く通れとせかす様子が、いつもの彼とは違う。
急いでたのか? それとも交代の時間か? まあ、もしかしたら疲れて話す気分じゃなかったのかもしれない。
だが、なんだかおかしい。
俺は首をかしげながら歩いた。
その後も奇妙な違和感が続いていた。
全身をピリピリと刺すような刺激。それは、最近意識するようになった誰かから見られているという感覚だ。
今まで俺は人から見つかることがなかった。だからこそ、視線を気にすることはなかったのだが、レイと出会ってから不思議と人は俺を認識するようになった。それからというもの、俺は一目を人一倍気にした。いや、気にしたというよりも恐怖といってもいいかもしれない。
見張られるような注察感。
その時感じた感覚を、さらに刺々しくしたような感じなのだ。
どういうことだ? なぜ、俺はこんなにも注目を?
その答えを知りたくも、俺は知る術を持ちはしない。
だからこそ、まずは依頼を終了させ家に帰ろう。今の俺にそれ以外考えなければならないことは存在しなかった。
やや速足で俺は冒険者ギルドに向かう。
ギルドに近づくにつれて見られている感覚は強くなった。とんでもない居心地の悪さだが、とりあえず進まないことにはしょうがない。
俺は、そう思って、ギルドのドアに手をかけた。
その瞬間。
手に痛みが走る。
否――。走ったように感じた。だが、それがドアを開けない理由にはならない。
そのまま、ゆっくりとドアを開けた。
中を覗き込むと、そこにはいつものギルドだ。
カウンターがあって、端っこには酒場。なんらかわらない俺の職場がそこにはあった。
ただ一つ変なのは、受付に誰もいないこと。
いつもなら、受付嬢がそこにいるのに……。
後手でドアを閉める。
すると、それが合図だったかのように、ギルド中に点在していた殺気が膨れ上がる。
咄嗟に短剣に手をかけると、三百六十度、全周囲から無数の刃物が飛んできた。
逃げ道は――なし。ギフトは隙間がなくて使えない。
じゃあ、どうすれ――。
――――。




