暗殺者、団らんする
俺がミスリル冒険者になった後、思っていたより生活は変わらなかった。
好きな時に依頼をして、ギルドから指名された時は仕方なくその依頼を受ける。
家に帰ってきたらレイが迎えてくれて、その日あったことを話してくれる。
アンドレイとヤーナも仕事を頑張ってくれていて、綺麗な屋敷とおいしい料理がいつも待っている状態だ。
たまにクロイツに訓練所に呼ばれるも、世間話程度に留めて帰ることにしている。
模擬戦をやらないのか? だって?
やるもんか。
俺だって命は惜しいのだ。
と、そんな生活の中に一つだけ大きな変化があった。
それは、まあ、変化といってもいいものかどうか。別に困っているというわけではないんだが……いや、やっぱり困っているのかもしれない。
というのも、なぜだかリブが夕食時に必ず顔を出すようになったのだ。
「今日は、プルプル鳥を見つけたんだ。一緒に食べないか?」
アンドレイに案内されてやってきたのは鎧を脱いだリブである。
鎧を脱ぐとエルフらしい細身の肢体があらわになり、思わずどきっとさせられた。
だが、その見た目とは裏腹に、手に持っているのは締められた直後のプルプル鳥。
嘴からは血が滴っており、首をがしっとつかんだ手は血に濡れている。
そのスプラッタな様子は、およそ乙女からは程遠い。
「いつもすまんな。だがいいんだぞ? 別に食材を提供してくれなくてもヤーナが用意をしてくれているからな」
「そんなわけにはいくまい。私だって、ご相伴にあずかるだけでは申し訳なく思うものだ」
鎧を脱いでも軍人調な言葉を崩さないのはリブらしい。
リブは猪突猛進な気があるが、まっすぐで素直な性格だ。そんなところにレイも惹かれているのだろう。リブが来ると、レイもうれしそうに近づいていく。
「リブお姉ちゃん! 今日も訓練終わったの?」
「ああ。今日はうまい鳥を取ってきた。レイも元気にしていたか?」
「うん! 今日はね、ヤーナに料理を教わってたんだ! リブお姉ちゃんにも食べてもらいたくて」
「それは楽しみだ」
仲睦まじい様子に、思わず笑みがこぼれる。
美少女と美女との共演は、正直眼福ではある。そう思ってみていると、隣に立っていたヤーナから鋭い視線が浴びせられた。
「ご主人様の目つきは犯罪級ですね。その視線だけで女性は恐怖を刻み込まれてしまうので自分で目をつぶしてみやがれ、です」
「突然なんだと思ったら、無理に決まってるだろう? なんで俺はそんな狂人めいたことをやらなきゃならないんだ」
最近気づいたんだが、ヤーナはなぜだか俺にだけ辛辣だ。
レイにも俺の悪口を挟みつつ普通だし、リブにも同様だ。
悪口を言うのは俺だけ、という状況に最初は辟易したが今では慣れたものだ。こんなやりとりもなければないで少し寂しい。
「っていうか、レイと料理したのか? 何作ったんだ?」
「それはきっとお嬢様が夕食の時に披露してくださるでしょう。それすらも待てないせっかちなご主人様はお嬢様にすら見捨てられてドブの水でも飲んでいやがれ、です」
「わかった。無理やりなのは、最近ネタが尽きてきたんだな? そうなんだろう?」
レイとリブが戯れているのを、俺とヤーナは遠巻きに見つめていた。最近ではこんな光景がよくみられる。まあ、その輪に俺が入ることも多い。
そうこうしていると、アンドレイからお呼びがかかり、夕食に呼ばれるのだ。
食卓に行くと、そこに並べられた料理の数々にごくりと唾を飲み込んだ。
いつもうまそうだよな、ヤーナの料理は。
あれでもう少し言葉が丁寧だったら可愛くて料理も上手なメイドさんなのに。
「何か余計なことを考えましたか? ご主人様」
声に振り向くと、そこには包丁を手に持ったヤーナが立っていた。満面の笑みである。
いや、怖いって。
とくに何も考えてません。
そんなメッセージを秘めつつ、俺は無言で席に座った。
美味しそうな料理。
そう。
ほとんどがおいしそうな料理なのだが、その中で一つだけ不格好な料理があった。
野菜の大きさはバラバラ。
炒め物なのか、少しだけ焦げ付いた食材。
明らかに料理に慣れていないものがつくったその皿を、レイは緊張した面持ちでじっと見つめていた。
「どうした? レイ。この料理が何かあったか?」
「え!? ううん! なんでもないよ! い、いただきます!」
動揺を隠すようにご飯を口に頬張るレイ。
あぁ、これがレイの作った料理なんだな。うんうん。お父さんとしては一番に食べてやらなければなるまい。
そう思って俺がその料理をさらに取ると、なんともいえない香りが漂ってきた。
「こ、これはおいしそうな料理だな! じゃ、いただきます!」
その香り――もとい悪臭を鼻腔に入れないように即座に口呼吸。
が、口の中に料理をいれると必然的に鼻呼吸になり、突如として襲ってきた悪臭に吐き気を覚えた。
だが!
きっと、味はおいしいんじゃないか!?
すっぱくて少しだけ生ごみ臭いこの料理も、きっと深い味わいに違いない!
そう思って咀嚼するも、料理にはほとんど味がない。
あるのは、純粋な酸味。
下を刺すようなそれは、唾が出るをとおりこして嗚咽を生み出しそうになる。
だが、そこは元暗殺者たる自分の真骨頂。感情を表に出さず冷静にふるまうことに全力を注いだ。
「うまい! この料理は特別うまいな!」
「ほんとぉ!?」
俺が意地と意志で叫ぶと、レイは大声で喜んでくれた。
その笑顔を見るだけで、俺はこの料理を心からおいしいと感じる。ような気がする。
「ほぉ。それがレイの作った料理か。ならば私も食べてみよう」
そういってリブが一口食べると――ふん。甘いな。
レイには気づかれないだろうが、こめかみの筋収縮や、額の血管の盛り上がりなど何かを我慢していることは明白だ。
そんな身体的な反応さえも抑え込んで、初めて父親としての愛情が試される。
レイはやはりまだまだだ。
「レイは料理が上手なんだな。おいしいよ」
「リブお姉ちゃんも食べてくれたんだ! うれしい!」
ニコニコ顔をレイを見ながら、俺はほかの料理でなんとか正気を保つ。
しかし、おかしいな。
ヤーナは料理がこれだけ上手なのにどうしてレイが作る料理はこんな味に?
ヤーナの教え方が悪いのか、味見をしたりするレイの料理的センスが絶望的に悪いのか。レイはヤーナの料理をおいしいとって食べるのだから味覚は正常なのだろう。
だが、なぜ……。
「ん? そういえば、レイは食べないのか?」
気づくと、レイは決してその料理に手を付けなかった。
不思議に思って聞いてみると、レイは苦笑いを浮かべながら恥ずかしそうに笑う。
「レイね、その料理苦手なんだ。ヤーナはその料理の味が大人の味だって教えてくれたんだけど、わたしにはまだ早いみたい」
それを聞いてヤーナに視線を向けると、なぜだかドヤ顔でこっちを見つめている。
しばらく目があってからヤーナは厨房へと消えた。
俺とリブは思わず顔を見合わせてから、互いに頷いた。
その時俺達通じ合ったのだ。
あとで、ヤーナにはひどい目にあってもらおうと。
あきらかにわざとこの料理を作らせたあの毒舌メイドに後悔という二文字を教えてやろうと心を燃やしたのだった。
「皆様、仲がよろしいようで何よりです」
アンドレイは小さくそう呟きながら、俺達に食後の紅茶をふるまってくれていた。




