20話 決戦 少女と竜
目の前の巨大化したトカゲが前腕を振る。三本の指にそれぞれ生えた長い爪が地面を深く抉り三本の溝が出来る。
すかさずトカゲは牙がはみ出た口から炎の弾が吐き出す。吐き出した火球の反動でトカゲの首から上が跳ね上がる。
「『フレイ・ウォール』!うん。火の球も、壁で守れる。当たらなかったら大丈夫」
爪の攻撃を後ろに飛ぶことで回避したグレンデルは続く炎の球をフレイ・ウォールで防いだ。ぶつかった壁と球はお互い弾け飛びあたりに火の粉を撒き散らし辺りを赤く照らす。
「当たって!『フレイ・ランス』!!」
グレンデルの杖の先から高速で飛び出した炎の槍はトカゲの跳ね上がった首に突き刺さる。
「キュルルァァァァァァ!」
しかしトカゲは首を横に振ると槍が抜けてしまう。槍は空中で燃え尽きる様に消えてなくなった。何度目かの攻撃だが致命傷には至らない。
グレンデルは先程からこの調子でトカゲの攻撃を回避しながら攻撃し続けているが小柄で体力の無いグレンデルは既に限界寸前。息を切らし肩で呼吸をしている。
「守ってるだけじゃ、ダメ。私の体力、無くなっていくだけ。新しい方法試さないと。体力を使わないで、攻撃出来るように考えないと」
「キュルァァアァァァア!!」
これまで聞いたことのない耳をつんざく高い咆哮を上げるトカゲはそのままグレンデルに向かって一直線に巨体に見合わない速度で突進して来る。
「わっ、ちょっと待っ、そんなに速いなんて聞いてない!『フレイ・ウォール・サークル』!」
突進を見るなりとっさに詠唱する。
グレンデルの周囲に炎が湧き上がる様に紅く燃え上がり球状の炎の壁が包む。
トカゲは目の前に突然炎の壁が出来るも無視。勢いそのままに頭で突き飛ばす様に体当たりをした。
「っぁあ!!」
炎で出来た壁は物理攻撃に対して余りに脆く、中に居るグレンデルごと吹き飛ばされた。
グレンデルは落下の衝撃を『フレイ・ウォール・サークル』の炎を落下する寸前に放射状に放ち受け流すも初めてトカゲから攻撃を食らってしまった。地面に転がるグレンデルは一瞬呼吸が出来なくなる。
自分が居る場所が先程居た場所より遥かに後退している事に気付いたのは呼吸が整ってからだった。
「うぅ・・・。とっさの体当たりは防げれない。なんとかして、逃げる魔法作らないと。試してみないと、分かんないよね。おじさんの力を使いこなさないと」
グレンデルはうつ伏せの状態で未だ鋭く痛む腹部を抑えながら立ち上がる。
トカゲに向ける杖を握る手が痛みと恐怖で震える。
「でもどうやって・・・そんな魔法覚えてない」
「キュァアァァアァア!!」
トカゲは杖を向けただけで棒立ちのグレンデルに追い打ちをかけるように先程よりも一回り大きい火球を吐き出す。
「・・・っ!『フレイ・ウォール』!」
すかさず『フレイ・ウォール』で壁を展開するも反応が遅くなってしまい完成度の低いいつもよりも薄い壁になってしまった。
火球と壁が衝突すると衝撃を耐えきれなくなった壁は破れグレンデルが居る内側に爆発が起こる。
「っぅうあ!!」
爆風によってグレンデルは後方に宙高く舞い上がってしまう。
(ここは!?私宙に浮いてる・・・?あのトカゲにやられたんだ。この前私地面に落ちて死ぬのかな・・・。死ぬ?私死ぬの?怖いよ・・・怖い。死ぬってドクターもリューシュもおじさんも忘れちゃうってこと・・・だよね。怖い)
「嫌だ。忘れたくないよ・・・」
既にグレンデルの体は落下を始めている。
グレンデルの目は死への恐怖よりも記憶を失う恐怖で涙でいっぱいになっている。
「ありがとうドクター。私ダメみたい」
最後に一言そう呟いた。
「バインド!」
諦め、目を閉じたグレンデルの耳に聞きなれない声が聞こえた。
声が聞こえたかと思うと腰の辺りを何かでグルグルに締め付けられる感覚が伝わって来た。
「え?」
このまま地面に叩きつけられるはずのグレンデルの体が上に引きつけられる。
「うわぁ!?」
乱暴ながらもなんとか死なずに済んだグレンデルは尻もちをついたまま首を動かし辺りをキョロキョロと見回す。
「こっちだよ、こっち。」
子供っぽい女の子の声が聞こえたのは上から。グレンデルが見上げると何か見慣れない人影が宙に浮いている。
「私を、助けたのは、あなた?」
首を傾げ疑問ばかりが浮かんでくるグレンデルはゆっくりと目の前まで降りてくる人影に目を離せないでいた。
「そう。少し乱暴にしてごめんね」
「あなたは人間、ですか?」
グレンデルがそう聞いた理由は一つだけ。人影はあまりに小さく、頭から二本の角を生やしていたから。
「人間じゃないよ。見ての通り精霊。ウチはロアこの街を守る精霊だ」
ショートヘアから二本の角を生やし、左頬にクモの巣の様な紋章が浮かぶ少女は「ロア」と名乗った。
「あ!リューシュから聞いたことある!!フナリスをおっきくした妖精さん!?」
とっさに出した手の平に立って乗る精霊に座ったまま顔を近づけるグレンデルの目は輝いている。
「そうよ。ウチらも有名人ね、リューシュってのはさっき会った緑の元気ニコニコの人かな?」
そう言うとロアはグレンデルの手の平からフワリと浮かぶとグレンデルの頭の上まで飛ぶ。
「それと、ウチらは妖精じゃなくて精霊だから。次から間違えないでね」
「ウチら?まだ妖精さん・・・じゃなくて、精霊さんは居るの?」
ロアはグレンデルの白い髪を一本掴むと
「そうよ。すぐに見れるわ。あら、綺麗な髪の毛。一本貰うわね」
一本引き抜いた。
「痛っ、なんで髪の毛抜くの!?」
ロアに振り返ってグレンデルは頭を抑えてうっすら涙を浮かべる。
「ウチ、魔法使う為の道具持ち歩いて無いの。無くてもいいんだけど、あった方が楽チン」
ロアはグレンデルの髪の毛を鞭のようにうねらせ
「冷気よ、縛れ!」
ただ一言叫んだ。
すると遠く離れた場所から走って向かってくるトカゲの足元から透明な氷の鎖が飛び出る。
鎖はトカゲの前脚、後ろ脚の四箇所を縛り付け、それぞれの脚を冷却する事で次第に動きを鈍らせていく。
「ロコ!今よ!」
「任せてくれよ!」
どこからともなくもう一人の精霊がロアの声と共に上空から現れた。
「轟け!」
ロコと呼ばれた精霊は叫びながらトカゲの目の前で両手を広げる。すると雷鳴と共に雷がトカゲを襲う。
「ギュルルルァァアァァァ!」
「ロア!」
雷を発したロングヘアの小さな男の子の様な声をした妖精は、こちらに振り返りロアを呼ぶ。
「分かってるわ!この者に力を!」
ロアはロコに向かい鞭を振う。
「よっしゃ!これで俺もまともに戦える!」
ロアの魔法で体を赤く発光させたロコは懐から剣の柄の様な小さな円筒を取り出し、剣を持つように構えた。
「燃え上がる刃よ!」
円筒の片方の端から炎が勢い良く吹き出した。吹き出た炎は細い刃の様な形になり、さながら炎の剣を形成する。
雷撃によって怯んでいたトカゲも体制を立て直しロコと対峙する。
「そんなにでけぇのに、俺に負けたら恥さらしだな」
「ギャヤァアァァァァァァァ!」
ロコの刃とトカゲの牙がぶつかった。
「凄い。あの精霊さんトカゲと渡り合ってる・・・」
精霊の登場から地面に座ったまま様子を眺めていたグレンデルは圧倒され続けていた。
「ウチの魔法のおかげ。ロコの筋力を強化してあげたのよ。戦いが終わったら筋肉痛ね。あの子が戦っている間少しお話しましょ」
クスクスと笑いながら再び手の平に乗ったロアはグレンデルに向かい話し続ける。
「グレンデル。あなたは治癒色の魔法は使えるかしら?」
「ううん。使えない。私が持ってる恩恵はフレイおじさんのしかないから治癒出来ないんじゃないの?」
首を横に振りながら杖を握る。
「そう。まだ使った事が無いのね。じゃあ今この場で使える様になりましょ。私が手伝えば、炎でも治癒色の魔法はあるわ。グレンデルの怪我を治しましょ」
フワリと飛び手の平から杖の先に立ったロアは先程抜いた髪の毛を杖に向かって垂らす。
「イメージしてごらん。永遠に燃え続ける優しい炎がグレンデルを包み、傷つき消えかけた命を再び燃え上がらせる様に。魔法の名前は『フレイ・フィニクス』」
グレンデルはふらつく足でゆっくりと立ち上がると、目を瞑り杖を自分の胸の前でギュッと握る。
「いくよ。私を包む炎、傷を癒して。『フレイ・フィニクス』!」
グレンデルを中心にして弱々しい火の粉が舞い上がる。しかし火の粉は次々に地面に落ちて消えていく。
「あれ、失敗しちゃったのかな?」
杖を握ったグレンデルは首をかしげる。
「いいえ。見ていて。これからがこの魔法の真骨頂よ。不死鳥は一度死んでからこそ輝き永遠のものになるのよ。グレンデルも。この街も」
火の粉が落ちた箇所が淡く赤色に輝く。すると地面から炎が湧き出る様に優しく燃え上がる。しばらくすると炎が一層膨れ上がり中から火の鳥が飛び出し、グレンデルの周りを飛び回り始めた。
「凄い!火の鳥が飛び出して来た!わぁっ」
火の鳥の尻尾から火の粉を振り撒きながらグレンデルの頭上を二周回り何処かへ飛び去っていった。
火の粉を頭から被ったグレンデルの傷がゆっくりと癒えていく。
「ふふ。おじさんから髪飾り貰った時みたいに熱くない優しい炎だ」
「この魔法、原理は簡単なのよ?大地に含まれてる魔素を炎に含ませてそれを振りまいているだけ。その魔素を浴びると体内の魔素が活性化。傷が癒える仕組みなの。って、聞いてないわね」
すっかり元気になったグレンデルは自分の周りを舞い続ける力強い火の粉を眺め、触り「おぉ~」と初めて見る魔法に感動を隠しきれていない様子。
「傷が治ったらあのトカゲを倒すのよ!ウチら精霊だけじゃ朝になっちゃうわ」
ハッと我に帰ったグレンデルは
「そうだね」
と呟くとロコと戦うトカゲを見る。
「ねぇロアさん。私、試したい魔法があるんだよ。初めて使うから怖いけど、さっきの魔法で出来るって思ったの」
グレンデルはフード付のマントをなびかせトカゲに向かって歩く。
「そうね・・・ウチは止めないわよ存分に試してご覧なさいな。手伝ってあげるわ。いい武器も借りてるしね?」
「ありがとう」
白い髪の毛を握るロアに向かってニコッと笑うとグレンデルはフードを取り前髪に付いた髪飾りを取って手の平に乗せた。
「炎の精霊さん。少し力を貸して?」
グレンデルは髪飾りに向かって優しく話しかける。
グレンデルを包む幾つかの火の粉が髪飾りに収束していく。すると髪飾りの中心にはめ込まれた魔石が赤く光り始めた。
「よし、多分これで使える様になったと思うロアさん、これ持ってて欲しいの」
グレンデルはロアに赤く光る髪飾りを手渡す。ロアは両手で受け取りグレンデルの少し上を飛ぶ。
「いいけど、少し重いわね。大丈夫よ?そんなにヤワな精霊じゃないわ」
今なおロコと戦うトカゲとの距離はグレンデルの魔法の射程距離に入った。
「ごめんねトカゲさん。本当はやっつけたくないんだけど、許してね」
グレンデルはトカゲに杖を向け独り言を言う。街を守る為とは言え、命を奪う事への躊躇いがグレンデルの中にはあった。
「『フレイ・ジャグル』!!」
グレンデルは魔法を詠唱。すると髪飾りから大量の火の玉が上空に向かって打ち出される。
「ロコ!離れなさい!!」
火の玉が限り無く出ている髪飾りを持ったままロアは叫ぶ。
「了解ぃ!じゃあなトカゲ。少しは楽しかったぞ」
「『フレイ・ランス』!!」
グレンデルは杖を全力で振り下ろしながら詠唱。
打ち出された火の玉は次々に捻じれ、細長くなり鋭利な槍へと姿を変え、瞬く間に無数の炎の槍がトカゲを囲む。
そして大量の槍は一斉にトカゲへと直進。体を貫き。剣山の様な景色を作り出した。
「キュァァァア・・・ァァァ・・・」
トカゲは弱く鳴くと動かなくなった。
「えへへ。ありがとう精霊さんたち」
グレンデルはロアから受け取った髪飾りを前髪に付け、フードを被った。




