こうもり傘の少女①
「あら、おはよう悠美。珍しく早起きじゃない?」
「うん、今日も任務はいっちゃってさ。想里ちゃんに欠席って言っといてね」
リビングには亜衣がいた。早起きだな。どうやら今日のテストか何かの予習をしてるらしい。こういう姿を見ると、いままで一度もそういう努力をしたことがないあたしは、少し反応に困る。
「連日で任務なんて、珍しいわね」
「ああ、誰か風邪でもひいたんじゃないかな。さっきメール来たんだ。今日はただの治安維持みたいだけど」
「酷い天気なのに、大変ね」
あたしは、焼いてない食パンをとってかじる。
「焼いた方がおいしいのに」
「お、じゃあ亜衣、超熱視線【ヒートアイ】で焼いて♪」
「え…い、いいわよ」
《…犯罪者を狙った殺人鬼"こうもり傘"による事件は延べ10件となり、犠牲者の数は14名。バスターポリス市民の間にも不安が広がっております。ヒーロー庁は今回の対応に…》
「今日は遅くなるの?」
黒コゲになった食パンにバターを塗りながら、亜衣が聞いてくる。
「んーどうだろ。たぶん夕飯くらいには戻ると思うよ」
「…はい、食パン。さっきのは失敗したから、オーブンでもう一枚焼いたわ」
「いいよ、コゲた方ちょうだい」
「なんでよ」
「いいから」
「どうせ笑うんでしょ」
「笑わない笑わない。ほら」
「じゃあ…はい」
「アッハッハッハ!ホントに真っ黒だなぁ!」
「いで!」
パンのトレーであたしの頭をひっぱたく亜衣。ペンッ!といい音がした。
《…今夜9時『Old Long Sign』感動の最終回!》
テレビから流れるニュースを、なんとなく聞き流しながら牛乳を飲む。
そういえば今夜はあのドラマの最終回だっけ。9時までに帰ってこれるかなぁ。
「亜衣、もし9時までに帰ってきそうになかったらドラマ録っといてね」
「別にいいけど、予約していけばいいのに」
「予約したよ」
「え?じゃあなんで私に言ったの?」
「機械に予約するより、亜衣に予約した方が確実だからな!」
「……そういうこと」
「頼んだぞ亜衣♪あたし予約のやり方よくわかんないんだ」
「…はいはい。ちゃんと覚えれば出来るくせに」
テレビの右上に表示されてる時間は、気づけば結構ヤバい時間だった。あたしは、急いでパンを口に突っ込んで牛乳を飲み干す。
「やっば、カナリアに怒られる!」
「悠美」
「ん~なに?」
バタバタと玄関に行きながら、返事をする。
「気をつけてね、いってらっしゃい」
「ああ、いってくる!」
*~*~*~*~*~*~*
「………カナリア、いまなんて…?」
正義の要塞、メガトンベース指令室。急な任務での連日出動に少し不満を漏らしたあたしにカナリアが話したのは、耳を疑うような出来事だった。
「本当よ。フレイムテイルはいま、メガトンベースの集中治療室で治療を受けているわ」
あのフレイムテイルが…?
「……ひどいのか?」
「インカムの故障で発見が遅れてしまったのがよくなかったわ。けど、一命は取り留めたみたい。外傷自体はほとんどなかったから」
「え?外傷はないのか?」
「ええ。でも、ひどい出血量だったわ。首筋に、何者かに"吸血"されたみたいな跡があったの。命を落とすギリギリのところで救出に間に合ってよかったわ」
吸血……?
「……誰にやられたんだ?」
「犯人の詳細は不明。だけど、ほとんど目星はついてる。いま世間を騒がせてる"こうもり傘"よ」
「………こうもり傘」
昨日フレイムテイルが言ってた、例の犯罪者専門の殺人鬼か。そういえば、今朝のニュースでもそんなことを言ってたような気がする。
「でも、今朝のニュースじゃフレイムテイルのことなんて…」
「フレイムテイルが負けたなんてヒーロー庁にとって都合の悪いニュース、流すわけないでしょ?フレイムテイルはいま、正義の象徴の一つでもあるのよ。負けそうな映像は流しても、負けた映像なんて絶対に流さない。たとえフレイムテイルが死んだとしても、死んだことなんて世の中には公表されないわ」
なんだよそれ。
「……縁起でもないわね。ごめんなさい。たとえ話よ」
あたしの非難に満ちた目を見たカナリアは、仕切り直すように言う。
「それと、テイルは気を失う前に大事な情報を提供してくれたわ。こうもり傘の使っていたギフトは……」
「―――『まるで、選ばれし原初の英雄【オリジン・オブ・ザ・ヒーローズ】のようだった』らしいわ」
「…なんだって?」
どういうことだ?選ばれし原初の英雄【オリジン・オブ・ザ・ヒーローズ】のギフトは先天性、純血統の家系のヒーローにしか備わらないはずなのに。
「…なにかの間違いなんじゃないのか?似てるギフトとか…」
「無敵星の加護【ダメージキャンセル】に超怪力、飛行、超学習に透視。この条件を満たす他のギフトがあれば話は別だけど、普通に考えてそんな反則みたいなギフトはこの世に二つとないでしょう」
「……たしかなのか?」
「フレイムテイルの言ってることがたしかなら、たしかなのかもしれないわね」
「…そうだ、ジュリアスは?フレイムテイルが護送してたはずなんだけど」
「そう、そのジュリアスなんだけど」
「どこにいるんだ」
「……いままさに逃走劇の真っ最中よ。スクエアガーデンからウェストサイド方面に向かってる。でも、そっちは別のヒーローがあたってるから、あなたは――」
「カナリア、いますぐあたしもそっちに行かせてくれ」
「レディ…?」
「ジュリアスもこうもり傘を目撃してるはずだ。この事件は、必ずあたしがなんとかする」
………昨日はフレイムテイルと二人で乗ったエレベーターを、今日は一人で乗る。
『位置情報よ。逃亡者ジュリアスはトラックを奪い首都高でウェストサイド方面に逃走中』
「…こちらレディダイナマイト。了解、誘導よろしく!」
『くれぐれも街を破壊しないよう、細心の注意を心がけなさい』
「ああ」
インカムのカナリアに応えると、あたしは、メガトンベースの屋上から見渡す先にある、目標の首都高を見据える。天気は雨。不穏な雷鳴が響く中、あたしは頭から覆面のようにマントをかぶる。
「いくか」
あたしは、力強く地面を蹴って空に飛び上がり、現場に向かった。
*~*~*~*~*~*~*
空から目視する首都高。雨に反射する車のライトの列の中を、もの凄い速度で走る犯人のトラック。
「あれか…ジュリアス!」
車線上を走る別の車は、その暴走したトラックにはじかれたり、無理に避けようとして事故を起こしたりしていた。トラックが通った後には、いくつかの火災煙が上がっている。
「もしもし、こちらレディダイナマイト!首都高の上は結構ひどい!飛べるギフトがある人は事故車周辺の救助に当たるように言って!あたしは犯人のトラックをなんとかする!」
『了解、クインビーナスとウィンディ・ウェンディは事故車周辺に急行してください!』
『…ザザッ…了解!』
応援を確認したあたしは、トラックの行く手の先に降り立つ。時速150kmくらいでぶっ飛ばしてるジュリアスのトラックは、あと10秒ほどであたしと接触する。
「いっくぞぉおおおおおおおおお!」
BAAAAAAAAAAAGHN!
トラックを正面から受け止めたあたしは、首都高の道路をかかとで削りながら数百メートルひきずられ、そしてトラックを完全に停止させた。
「……ふぅ…」
運転席を見ると、フロントガラスに頭をぶつけて血を流しているジュリアス。でも、どうやらまだ全然元気だ。ドアを開けて逃げようとしている。
「そうは、させるかぁ!」
あたしは、トラックの頭を持ち上げると、ブレーンバスターのような形でまっすぐ空に担ぎ上げ、トラックの背を首都高の道路に叩きつけた。
どうやら灯油かなにかが入っていたらしいトラックの燃料タンクは大爆発をして、首都高の一部は崩落。それでも、炎上する運転席から出てきたジュリアスは昨日のヤケドを引きずりながらも、まだ逃げようとする。
「…タフだねぇ。あんた、変身系と怪力系のマルチ?」
「畜生、なんて奴だ…。最近のヒロインはなんでもありかよ!」
ジュリアスは、頭から流れる血を拭いながらあたしを睨みつける。
「さてと、逃げ足と逃げ道はなくなったね。大人しくしてくれ。あんたに色々聞きたいことがあるんだ」
「俺はねぇよ。今度こそ食い殺してやる」
ジュリアスは再び、体の骨格をメキメキと変化させ、8割オオカミのオオカミ男に変身した。この状態になると、体格が倍くらいになり腕力と速力が爆発的に上昇する。そして―
「GROOOOAAAAAAAAW!」
「理性もなくすんだったな…」
燃えるトラックの前に佇むジュリアスは、その巨体には似合わないほどの瞬発力で地面を蹴り、飛びかかってきた!雨で踏ん張りのきかない足下に足を取られ、あたしは突進されたまま壁に激突する。体を壁に押し付けている前足、そして、大きく開く鋭い牙。逆上がりの要領でそのアゴを蹴り上げたあたしは、ジュリアスの手を離れ体勢を立て直す。ひるまないジュリアスからの間髪入れない牙の猛攻をかわしながらあたしは、横回転の回し蹴りの要領で体をひねってジュリアスの横顔を蹴り飛ばした。
首都高の上を滑るように転がりながら吹き飛ぶジュリアス。カーブの壁に激しく激突して、その体は止まった。
動きがない。どうやら、今度は上手い具合に気絶してくれたらしい。
「…ふぅ!一件落着かな!」
雨と水たまりで汚れたスーパースーツを手で払いながら、ジュリアスに歩み寄る。
「もしもしカナリア?こちらレディダイナマイト。うん。ジュリアスを捕まえたよ」
ぐったりと倒れ込んだジュリアスを確認しつつ、インカムで報告をする。
『ご苦労様。ちなみに、なにか壊したものはある?』
「……えーっと~…それなんだけど…」
『…なにを壊したの?』
「首都高の一部が崩落しちゃった…的な…?」
『…………はぁ~……』
インカムの向こうから深いため息が聞こえる。
「いや、なんていうかさ!しかたない感じだったんだよ!だってさ、ジュリアス――」
ガッシャアアアアアアン!
「うおっ!?」
気絶していたように見えたジュリアスは目を覚まし、そして、逃走を図る。
「なんつータフなやつだ!」
それと同時に、壊れかけた首都高をさらに破壊して、高架下を通っている車を事故に巻き込んでいた!
『どうしたの!?レディダイナマイト、応答しなさい!』
ジュリアスが、落ちた首都高の向こう側を走っていく。
このままじゃ取り逃がしてしまう。けど、高架下で起こってる事故の救助が優先だ…!
「…油断した…!」
「もしもし!救助こっち増やせない!?ジュリアスが逃げ――」
その時、遠くを走るジュリアスに目がけて、空から黒い影が急降下した。ミサイルでも落ちたような轟音と衝撃を出しながら、まだ被害の無かった向こう側の首都高がガラガラと崩れ落ちる。
「…なんだ…!?」
崩落の音が止み、再び雨の音とサイレンの音が響く。雨空に低くうなる雷に、なにか嫌な予感を感じる。
いまあそこに落ちたのは、なんだ…?
「レディダイナマイト!お待たせ!事故はどこ!?」
後ろからあたしに話しかけたのは、救助活動をしていた風のヒロイン、ウィンディ・ウェンディ。さすが仕事が早い。
「ごめんウェンディ、高架下に事故車が2台あるんだ。ちょっと任せていいかな!」
「え!?いいけど、どこ行くの!?」
「ジュリアスを追う!」
数百メートル先、黒い影によって崩落した首都高周辺に歩み寄ったあたしは、その瓦礫の周辺を捜索する。雨で視界が悪い。瓦礫で足下も悪い。そして、ジュリアスが暴れてる様子もない。
「さっきのはなんだったんだ…?」
妙に静かな瓦礫の山。妙な胸騒ぎを感じながら、あたりを見渡しながら歩く。
!
雷鳴が轟いた瞬間、あたしは、崩れた首都高の壁に照らし出された不気味な影を見た。人ではない、なにか悪魔めいたシルエット。全身の毛穴から冷や汗が出るような、酷く不吉な気配。振り返ることをためらってしまうほどの圧倒的な何かが、いま後ろにいる。
「…っ……!」
十分な警戒をして、飛びかかるつもりで振り返る。
しかし、そこにいたのは一人の少女だった。
雨の中、黒いこうもり傘をさして、倒れ込んだジュリアスを見つめて佇むどこか虚ろな印象の少女。いや、歳はあたしと同じくらいか。金というよりは銀に近い、ホワイトブロンドの長い髪。ひるがえる、黒いサビ色のドレス。大きな黒いリボン。
――そして、背中に生える黒い翼。雨に濡れてツヤが光るその翼は、鳥の翼のそれとは違う。そう、これはどちらかというと…。
「コウモリ…」
あたしの声に気づいて振り返ったのは、雷に照らされ禍々しい狂気を秘めた、鋭く冷たい犯罪者の顔だった。
「…お前がこうもり傘か」
(続く)




