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黄金の魂  作者: 向井司
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幽霊屋敷 9



「……う…ん……」


 ヴァルが魔術士を倒して間もなく、 低くうめき声が響いた。

 それは、先刻からこの地下室の床に転がるフィカスのものである。

 それを聞き付けロスが慌ててフィカスに駆け寄った。

 少しして、フィカスは目を覚ましたが、この時彼は状況というものを全く理解してはいなかった。

 目を開くと、きょとんとした顔でヴァルとロスとを見上げる。


「……あ、あれ? ここ、どこ? なんで、オレこんなとこにいるの?」


 全く見慣れぬ薄暗い地下室をキョロキョロと見回し、フィカスは不思議そうな声をもらす。

 幽霊屋敷に入った途端、ヴァルが亡者と一戦交えたことは覚えている。それに、それをやり過ごして間もなく、目茶苦茶気持ちが悪くなったことも。

 しかし、それから先の記憶はからっきしだった。


「……俺、気絶かなんかした?」


 問いながらも、ともかく立ち上がろうとするのだが、体はフィカスの思いどおりには動かず、すぐさま鳩尾あたりを押さえてうずくまった。


「…?…あた、あたたた……どうして、腹がこんなに痛いんだ? それに手も……」


 その痛みは先刻、ヴァルに殴られたり蹴り飛ばされたり、ロスに噛み付かれたりした時のものなのだが、フィカスはそれすらも覚えてはいないようだ。


「……屋敷に入って幽霊たちが消えて…それから気持ち悪くなって……それなのに、どうしてオレ、こんなところにいるんだよ、ヴァル?」


 自分の首を力任せに絞めたことも、ロスを人質にとったことも全く覚えていないフィカスに、ヴァルは忌ま忌ましそうに舌打ちをした。

 魔術士に取り憑かれていたのだから、覚えていないのは当たり前と言えば当たり前なことなのだが、なんとなく腹が立ってくる。

 この時点でヴァルは、フィカスをけり飛ばしたことも思い切り殴りつけたことも、きれいさっぱり忘れ去っていた。


「フィカス。お前は、魔術士に取っ憑かれてたんだよ。ついさっきまでな」

「えっ?」


 ぱちりとフィカスが目を見開いた。

 しかし、彼はヴァルが口にした事柄について、何一つ覚えがない。

 真偽について、真剣に考え込むフィカスを、思わずヴァルは腹立たしげに蹴り飛ばす。


「あだだだ……」


 軽く蹴っただけなのに、やけに派手にその場にうずくまるフィカスに、ヴァルは一瞬あっけにとられた。

 慌ててフィカスの顔をのぞき込んだロスは、次いで責めるような、恨めしそうな目でヴァルを見上げた。


「……もしかして…どっか、ひびでも入ってたりすんのか?」


 問うと、ロスはとても重大そうに一つ頷いて見せた。

 多分、ヴァルが先刻フィカスを蹴った時かさもなければ、思い切り殴った時に肋骨にでもひびが入ったのだろう。

 どちらも死なない程度の容赦しかしなかっただけに、ひびの一つや二つ入っていたとしても、不思議なことではない。


「ひっでー、オレが何したってんだよ」

「ああ、ああ。悪かったよ」


 痛みのあまり泣きそうな顔で自分を見上げるフィカスに、うっとうしそうにそう言って、ヴァルはフィカスの体を荷物よろしく肩にひょいと担ぎ上げた。

 細身のヴァルの体つきからは想像できない、手際よさである。

 その扱いに、フィカスはむっとする。


「……オレは、小荷物か……」

「とーんでもない。でっかい、荷物だよな。全く、よ……」

「……う…」


 あっさり言い放たれた言葉に、フィカスは何も言い返せなかった。

 ヴァルが魔術士を倒したことは、多分疑う余地もないだろう。

 ただ、問題は己がそれらのことを、一切覚えていないということである。

 つまり、自分はヴァルの言うとおり、完璧なる足手まといでしかなかったと言うことなのだ。

 従って、フィカスは荷物としてヴァルに担がれるほか、ないのである。

 それが、本人にとってどれだけ不本意なことであろうとも。

 むっとした顔で見下ろすと、ロスと視線があった。ロスはにこにこと屈託のない笑みをフィカスに向ける。

 ロスは、フィカスの今の姿を笑っているのではなく、この仕事が終わったことを喜んでいるのだ。それは解るのだが、ヴァルの荷物扱いに、ろくに抗議もできないフィカスとしては、どうにもおもしろくなかった。


「…ま、こんなもんだよな」


 フィカスの憮然とした気配を取り敢えずさらりと無視して、ヴァルはロスに向かって柔らかに笑んで見せた。

 それをフィカスが見ることはできなかったが、その笑みは実は見る者の心を蕩かしてしまいそうに優美なものであった。

 ロスはヴァルの言葉に、養い親に負けないほどの柔らかな笑みでもって答えゆっくりと頷いた。


 かくして、三人は幽霊騒ぎの噂される屋敷を後にした。

 ヴァルたちを雇ったの商人のまな娘は、すぐさま無事目を覚まし、彼らは約束どおりの礼金を手にした。

 取り敢えず、ヴァルたちはこれでしばらくの間は路銀に困らなくなった訳である。



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