水使い 1
二人の男がテーブルに差し向かいについていた。片方はまだ二十歳そこそこの青年で、もう片方は壮年、と呼ぶには今少し齢が足らぬようだ。
青年は長い漆黒の髪を、背が覆われるほどに垂らしている。油燈の明かりに照らされる髪と同じ、漆黒の戦士装束だ。方や男の方は、濃い金の髪を短く刈り込んでいる。全体的なコントラストも対象的だが、その装束も対照的である。男は軍服を身に纏っていた。色自体は黒なのだが、青年の装束とは明らかに光沢が違う。それに首元を飾る銀の襟章からして、かなり高い役職であることは確かだ。
普通は、こんな裏通りの酒場の、これまた隅のテーブルなんぞに顔を突き合わせているような身分の二人ではなかった。
しかしこの時、二人の顔を飾る表情はどちらも同じ、何とも弱り果てたかのようなものだった。
「…………大将……もう一回聞くけど、本当に本気か?」
青年はもう何度ついたであろうか、ため息混じりに男に問いかけた。
男もまた、何度目かのため息をつく。
「……何度も言っているだろう……俺は本気だよ……」
青年に端的な返答を口にする。
そして、ため息がもう一つ。
これは双方がついたものであった。
先刻からこれの繰り返しだ。二人は、全く進展せぬ話を、もうかれこれ一時間もしているのである。
代わり映えしたものと言えば、テーブルの上に並ぶ空になった酒瓶の量くらいなものだ。
しかし、いつまでもこれでは埒が開かぬと、しびれを切らしたのは、やはり年若い青年の方であった。
「とーもーかーく。俺は、御免だぜ。いくら大将の頼みでも、できることとできねぇことがあるんだよ」
「別に、大して難しい話でもないだろう? 礼は弾むと言っているのだぞ?」
「だからって、注文が無茶苦茶だ。やってらんねーよっ」
青年はさも嫌そうに顔をしかめる。そしてそのまま、がたんと大きな動作で立ち上がった。
「とにかく。俺はズラからせてもらうぜ。面倒は御免だ」
そう言うなり、男にくるりと背を向けた。男の言うことなど、これ以上聞いていても仕方がないと言うのが、青年の導き出した結論であるらしい。
どかどかと、荒っぽく歩き去ろうとした青年を、男はとても低い声で呼び止めた。
「……俺は確か…お前に金を貸していたよなぁ?」
低い、相手を脅すような声に、青年はぴたりと立ち止まった。そして、ゆっくりと振り返ると恨みがましい目で男を睨みつけた。男は青年の威嚇にも動じず、にやと人の悪い笑みを浮かべる。
「…………大将……そりゃないぜ……あれの返済期限はまだ先じゃないか」
「さあなあ? お前に負けないくらい、俺は気まぐれだから、気が変わるかもしれないなぁ。この場合、お前の返事次第では……」
「きっ、汚ねぇ……」
抵抗しようのない切り札を目の前にちらつかされて、青年は悔しげに呻いた。よもや、こう言う手段に出るような男だとは思っていなかったのだ。
まだ自分は甘いらしい。青年は心の中で己の未熟さを呪った。
「さあ、どうする?」
わざとらしい問いかけに、青年は唇を噛んだ。
結論解っていてとぼけやがる!
低く唸っていた青年は、しばらくして噛みしめていた唇を解いた。
「……ああ、ちくしょう! 引き受けてやるよ、その仕事。その代わり、払うもんは払えよ。タヌキおやじ!」
敗北を認める声が、薄暗い酒場を駆け抜けた。店の客たちはその声に驚きはしたものの、別に喧嘩をしているでもない二人にはすぐに興味を失ってしまったようだ。向けられた視線が、一つまた一つと離れていく。
酒場には、再び独特の淀んだ喧噪だけが残った。




