23.『好き?』と聞かれて、全部が崩れた夜
一ヶ月ぶりの織の身体だった。
玄関を入ってすぐに、織に抱きつかれ、そのまま、和室の布団に潜り込んだのだ。
毛布を剥ぎ取り、露わになる織の身体を、隅々まで確認するように触れていく。
織の吐息と、裕介の呼吸だけが、静かな和室に響き渡る。
避妊具をつけるのは、いつぶりかわからない。少なくとも十年、いや二十年以上は使っていない。
彩を抱く時には、当然避妊具など使わずに、口や腹に出していた。
俺は、ここまでして、織の中に出したいのか、と思った。
ぎこちなく装着する。
すぐに、織とひとつになる。
準備は出来ていた。
だが、やはり、違和感しか無かった。
織も、すぐに気づいたようだ。
「…外していいよ」
「…やっぱり?」
「うん、なんか、変」
裕介は、一度織から離れると、避妊具を外し、再び覆いかぶさる。
直接との違いがありすぎて、裕介はすぐに達していた。
織の前に膝立ちになり、解放しつづける。
織の下腹部に、拡がっていく。
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織は、それを指で掬いあげた。
「…多くない?量」
「一ヶ月分だから」
「…ホントに?」
「…ああ」
織は、微笑みながら、ティッシュを手に取る。
布団の脇には、裕介のTシャツと、Tバックが無造作に置かれている。
織は、全てを拭き取り終わると、丸く纏めて、寝ながらの体勢でゴミ箱に投げ入れる。
「…後始末、面倒」
思わず、そうつぶやく。
その言葉に、裕介が苦笑いしている。
「それすらも、面倒なんだね」
織は、頷きながら、裕介を見る。
裕介はまだ、織を見下ろすようにして、覆いかぶさる体勢を維持している。
まだ、元気そうだった。
「ねえ、裕介」
「…何?」
「…私の事、好き?」
はっきりと聞くのは、初めてだった気がする。
裕介は、つかの間の沈黙の後に言った。
「ああ、大好きだ」
「本当に?」
「本当に、だ」
「じゃあ、もう中でいいから」
裕介は、その言葉に何かが突き動かされたようだった。
何かから、ふっきれたのかもしれない
「織」
名を呼びながら、再び重なってくる。
そんな裕介の背中に手を伸ばした。
裕介の背中に触れた瞬間、織は、自分の中で何かがほどけていくのを感じていた。
一ヶ月の空白が、触れ合うたびにゆっくりと埋まっていく。
裕介の呼吸が近づくたび、胸の奥に沈んでいたものが、少しずつ浮かび上がる。
織、織と、名前を呼ばれるたびに、ああ、やっぱり——と、織は思う。
求めていたのは、言葉よりも、理由よりも、この瞬間に触れている“確かさ”だったのだと。
やがて、裕介の体温が内側から弾けるように、熱い奔流となって織の芯を打った。
二人の動きが静かに落ち着いていく。
和室の空気は、冬の名残のようにひんやりしているのに、布団の中だけが、ゆっくりと温度を取り戻していた。
裕介は、織の肩に額を預けたまま、しばらく動かなかった。
織もまた、腕を回したまま、何も言わずにいた。
言葉を交わすよりも、この沈黙のほうが、ずっと正直だった。
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「私、中に出されたの裕介が初めて」
裕介の呼吸が、ほんの一瞬だけ止まった。
その変化が、織の胸にじかに伝わる。
「……え?」
驚きというより、戸惑いに近い声だった。
織は、ゆっくりと顔を上げる。
裕介の目が、まっすぐ自分を見ている。
「今までの人は、ちゃんとしてたし、だから私、この間、裕介に聞いたの」
言いながら、織は自分でも気づく。
これは責める言葉でも、期待でもない。
ただ、事実を差し出しているだけだ。
裕介は、しばらく何も言わなかった。
けれど、その沈黙は重くない。
むしろ、慎重に言葉を探しているようだった。
「…織」
名前を呼ぶ声が、さっきよりも低い。
胸の奥に落ちてくるような響きだった。
「そんなこと……言われたら、俺……」
言いかけて、裕介は言葉を飲み込む。
代わりに、織の頬に手を添えた。
その手が、少し震えている。
「……大事にしたいって思うに決まってるだろ」
織は、目を伏せた。
嬉しいとか、怖いとか、そういう単純な感情ではない。
「…困るよ、裕介」
「困らせたいわけじゃない」
「わかってるわよ」
織は、裕介の胸に額を戻した。
「…私、本当に、まずいかも」
「何が?」
「本気になっちゃうかも」
裕介は、何も言わずに、織の背中に腕を回し、そっと抱き寄せた。
その抱きしめ方は、欲よりも、確かさのほうが強かった。
和室の静けさの中で、二人の呼吸だけが重なっていく。
さっきまでの熱とは違う、もっと深い温度が、ゆっくりと二人を包んでいた。




