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スライムには負けるけど魔王には勝ちます  作者: すふぃ~だ


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75/77

蘇る魂の道しるべ⑫

11/8~1/3号をまとめたものです。

 今年はとても良い年になりそうだ。

 そんな予感を感じずにはいられないガタリヤ一行であった。





 少し時を戻し、ミールとフローリアがモンブランを食べていた頃まで遡る。

 ミールはデザートを平らげ、寝る準備を始めた。



「さて。今日はもう遅いので寝るとしましょうか?」

「え・・・でも・・・」



「お気持ちは分かりますが、なんの手がかりも無いまま、夜の森を徘徊するのは危険だと思います。フローリアさんは足も怪我してますし。とりあえず夜が明けたらフローリアさんのお家にお伺いしてもいいでしょうか?もしかしたら僕だけが気づけるヒントがあるかもしれませんので」


「そ、そうですよね・・・分かりました。よろしくお願いします」



 ミールはマジックポケットから毛布を取り出してフローリアに渡し、自身もゴロンと横になる。

 結界内で焚き火をしていることもあり、そのままでも風邪を引かずに眠れそうだ。


 フローリアもぎこちなく毛布をかけて横になる。

 ピーンとつま先まで真っ直ぐに硬直している姿は、緊張しているのが手に取るように分かる感じだ。



 フローリアは真上を向いて目を閉じるが、しばらくしてから、すこーしだけまぶたを開き、横目でミールの様子を伺う。


 ミールは焚き火を挟んで横になっているが、フローリアには背中を向けて寝ているので、表情を読み取ることは出来ない。


 しかし、ミールが背中を向けているのをいいことに、ジーッと堂々と視線を送るフローリア。

 男性をここまで長い時間見つめることなんて初めてだ。

 フローリアは初めて経験する胸の高まりを、じっくりと堪能していた。



 すると、唐突にムクっとミールが起き上がる。



 フローリアは、思わず『ひゃっ』と声が出てしまった。

 もはや完全に手遅れかと思われるが、そのまま必死に寝たふりを続けている。


 しかし、いくら待っても一向に物音ひとつしない。

 フローリアは恐る恐る目を開けて、横目でミールを見てみる。

 ミールは先程と同じように、起き上がったまま硬直していた。



「ど、どうかしましたか?・・・」

 ミールの不自然さが心配になったのか、フローリアは遠慮がちに話しかけた。



「ああ、起こしてしまいましたか。すみません・・・」

 ミールは焚き火に薪を足しながら謝る。



「いや、特にこれといった事はないんですが・・・何か見落としてる気がするんですよね・・・」

「見落とし・・・ですか?」


「はい。なんかこう・・・気分がモヤモヤしてるというか・・・スッキリしないというか・・・」


「スッキリ・・・」

 ここでフローリアは勝手に顔を赤らめる。

『モヤモヤ、スッキリ』といった単語で、如何わしい想像をしてしまった自分に恥ずかしくなったようだ。

 

 ムッツリな反応を示しているフローリアには構わず、ミールは考えを巡らせる。



 なにか・・・



 なにかを見落としている?・・・



 どうしても、この考えを否定できない。



 気のせいか・・・

 朝になれば分かるでしょ・・・

 寝よう寝よう・・・



 どうしても、このような考えで、時の流れに身を任せる気にはなれなかった。



 ふと、フローリアの母親が残した日記に目が止まる。

 そこで、バチバチっと脳内で閃きが起こった。



「そうだ!日記だ!」



 ミールは再度、日記を手に取り、ページを巡り始める。

 そして再び一字一句逃さずに読み始めた。


「あ、あの・・・どうされたのですか?・・・」


 一心不乱にページを巡っているミールに問いかける。


「変なんですよ」

「変??」


「ええ。フローリアさん、言いましたよね?自分が母が後悔しているかも知れないと思った理由は、日記をつけている母が時折泣いているのを見たからだと」


「あ、はい。その通りです」


「しかし、無いんです。この日記にはネガティブな事は一切書かれていない。もちろん、最初の頃、まだ下界に降りてきてもない頃は、言葉も通じず色々と苦労した体験が書かれています。しかし、フローリアさんが生まれた時くらいから、一切ネガティブな事は書かれていない。日記なのに変じゃないですか?それまでは今日あった出来事、辛かった体験などが事細かに書かれているのに、ある時を境に急にポジティブな事以外記載されなくなった。そして1番変なのがフローリアさんのお父さん。この方が亡くなった記述が一切無いんです。なにか違和感を感じるんですよ・・・」



『それは私が望まれない子供だったからじゃ・・・』との言葉を飲み込むフローリア。

 ミールはフローリアの考えを否定する決定的な『何か』を知っているような気がしたからだ。



 ミールは何十年分の日記を一時間以上、時間をかけて再確認する。



「やっぱり無いですね・・・」



 日記の最後の行は、帰ってきてくれたフローリアへの感謝の言葉、愛の言葉、未来への祈りの言葉で締めくくられている。

 ネガティブな言葉、悲しい思いなどは一切書かれていなかった。



 ミールは何処かに別ページに飛ぶ仕掛けがあるのではないかと、念入りに確認した。

 しかし、本がやたら分厚いという点以外は不自然な所は見当たらない。



「なんだ・・・どこがおかしいんだ・・・くそ・・・」



 ミールはブツブツと独り言を呟きながら、引き続きページをめくる。

 最初の頃、日記を書き始めた頃のページから、フローリアが旅立ちの日を迎えた時のページ。フローリアが帰ってきた時のページから、産まれたばかりの時のページ。


 行ったり来たり、ページをめくり続ける。



「あの・・・ミールさん。もしかしたらエルフの血が必要なのかもしれません。私がめくってみてもいいでしょうか?」

 ミールの苛立ちが混じった様子を慰めるように、フローリアが提案する。



「そうですね・・・お願いできますか?」

 ミールは自身の気持ちを落ち着かせるようにフーッと息を吐いて、フローリアの提案を受け入れた。



 ちょうどそのとき・・・



 ミールの前髪を揺らすような風が吹き抜けた。

 焚き火もブワっと一瞬だけ揺らめき、空中に火の粉を撒き散らす。



 パラパラパラ・・・



 ミールが魔力を込めていた事もあり、日記のページはその風に乗ってパラパラとめくられる。



「!!!」

 ミールはその光景をみて、何かに気付く。



「そうか!・・・もしかしたらっ」



 ミールは再度、魔力を込めてページをめくり始めた。

 今度は先程とは違い、一心不乱にドンドンとめくっている。



「あの・・・ミールさん。どうなさったんですか?」


「この本はエルフの本です。見ての通り、とても分厚い。それだけ膨大な量のページを収納できているのでしょう。エルフの一生は何千年、長寿の者は何万年とも言われています。それだけの時間にも対応できるように、この本にはかなり大量のページがあると思うんです」


「な、なるほど・・・」


「だからもしかしたら、このページの最後の方に隠されたページがあるかもしれません。フローリアさんのお母さんが内に秘めた想い。掟によって、契約によって語れなかった言葉が、このずっとずっと先のページに記載されている可能性があると思うんです」


「・・・・・」


 ミールはずっと白紙のページをめくり続けている。

 フローリアも母親の秘めた悲しい思い、つらい思いが出てきたら、どうやって向き合えばいいのだろうと、心の準備をしているようで、黙って日記を見つめ続けていた。




 どれくらいの時間が流れただろうか・・・




 エルフの本だけあってページ数もハンパない。

 最初の頃と違い、今は高速でページをめくり続けている・・・にも関わらず、全く終わりが見えてこない。


 普通の本ならば、魔力を込めてイメージするだけで、半分からだったり、巻末のあとがきからだったりと、一気にページを進める事が出来るのだが、このエルフの本はいくらイメージして魔力を注いでもページを飛ばす事が出来なかった。

 おそらくエルフのみが知る、特別な方法があるのかもしれない。


 一時間が経過し・・・


 二時間が経過した・・・


 しかし全く変化がない。

 流石にページをめくる手も疲れてきた・・・



 もしかして・・・俺の勘違いか?・・・



 行けども行けども全く変わりのない白紙のページが続く状況に、流石のミールも自分の考えに疑いの念を持ち始めた、ちょうどその頃・・・




 唐突にエルフ文字が現われた。




—————————————————



 しばらく日記を書けてなかったわ。


 とてもとても悲しい事があったの。


 下界に降りて生活しても、ほとんどの人は私を避けた。

 でも唯一、私を認めてくれた。気遣ってくれた。愛してくれた。

 私のとてもとても大切な人。最愛のルイスが亡くなってしまった。


 私が悪いの。

 つい油断してしまったの。


 ルイスが猟から帰ってきて、その笑顔を窓から見たときに気持ちが緩んでしまったのね。


 私は扉を閉めずに出迎えてしまった。


 そして開いた扉からフローリアが出て行ったのに気付く事が出来なかった。


 ようやくハイハイが出来るようになったフローリア。

 直ぐにアンヨが出来るようになるぞって貴方は嬉しそうに言っていた。


 お互いで目を離さないようにしようと決めてたのにね。


 気付くとフローリアは私が作り出したエルフの結界を越えていた。

 そしてフローリアの目の前にモンスターが口を開けていたわ。


 ルイスは叫び声を上げながら、フローリアを庇い、身体を投げ出していた。

 ルイスの剣はモンスターを貫いたけど、同時に角がルイスの胸に深く突き刺さっていた。


 私は泣き叫んで2人を結界の中に運んだ。

 けれどルイスの傷は深く、素人の私が見ても致命傷な事は直ぐに分かったわ。

 貴方はそれから直ぐに、私の腕の中で泣いているフローリアを優しく撫でながら笑顔で逝ってしまった。


 私は取り残された孤独感、突然最愛の人を亡くした絶望感に押しつぶされそうになった。

 自らの命を絶つことも頭をよぎったけれど、それを救ってくれたのはフローリアの存在だった。


 この子を。

 私とルイスの大切な宝物を残して死ぬわけにはいかない。


 貴方、見てて。

 私はこの子を立派に育ててみせるわ。

 それが貴方への贖罪になると信じて・・・



————————————————



 今日は少し弱音を書くわね。


 フローリアを立派に育てると先日書いたけれど、やっぱり不安。


 そしてどうしても後悔が頭をよぎるわ。


 そもそもの原因は私が体調を崩した事ね。

 貴方はとてもとても心配していた。


 私は貴方を心配させたくない一心で、エルフの特徴を話したわ。

 でもそれが全ての元凶だった。


 エルフは希望や喜びなどの陽のエネルギーを吸収して自分の糧とする事が出来る。

 そしてエルフの里は隔絶した世界。

 陽のエネルギーのみが供給される世界なのだと。

 だから里のエルフはほとんど食事をとる必要がないのだと。


 しかし下界は陽のエネルギーと負のエネルギーが混ざり合っている。

 だから下界に降りたエルフは食事が必要なんだと。

 だから下界に降りたエルフは負のエネルギーに当てられ消耗していくのだと。


 それを聞いたルイスは、村の結界から出て、少し離れた場所に住む事を提案してきた。

 村から離れて、人間から距離を置けば、負のエネルギーに当てられることも減るから。

 そして、私の展開するエルフの結界を使えば、村から出ても住むことが出来ると知っていたから。


 でもそれは、私の愛する人に少なからず危険を背負わせてしまう。

 何故なら、エルフの結界は人間の結界と違い、完全にモンスターを弾くわけではないから。

 あくまでモンスターが苦手な空間を作り出すだけなのだから。

 だから、どんな時でも警戒心を持たなくてはならなくなる。

 それはきっと、貴方の心を擦り減らしてしまう、疲弊させてしまう。

 しかしルイスは私の体調が良くなるなら、これくらいどうって事ないよと笑顔で言ってくれた。


 どうして話してしまったのだろう。

 話せばルイスがこう提案してくるのは分かってたはずなのに。

 

 そして、どうしてその提案を受け入れてしまったのだろう。

 我慢できないほどではなかったのに。

 ちょっと私が我慢して、村の結界内であのまま暮らしていればこんな事にはならなかったのに。


 本当に後悔だけが積もっていくわ・・・



————————————————



 今日、フローリアが泣いて帰ってきた。

 どうやらエルフの血を引いてる事でイジメられたみたい。


 ママ、どうして私は人とは違うの??


 私はこの質問に答えることが出来なかった。

 ただ・・・ただ・・・謝ることしか出来なかった。


 何故私はエルフのくせに下界に降りてしまったのだろう・・・



————————————————



 最近は考えごとをする事が多い。

 そして、考えれば考えるほど、私はなんて愚かなエルフなんだろうと思ってしまう。


 きっかけはビル爺の元に足を運んだことだろうか。


 ビル爺は里の外れに住んでいる変わり者。近づいてはならないというのがエルフ達の共通認識だった。

 何故ならビル爺の家には下界の品が多数あるからだ。

 

 下界に降りれば死が待っている。

 下界は恐ろしい場所。

 そんな下界の品は(けが)れているに決まっている。


 そんな思いに支配され、里の者は一切近づこうとはしなかった。


 私も両親からも絶対に近づくなとキツく言われてたので、言い付け通り、近づかないようにしていた。


 しかしある日、里に光り輝く蝶が飛んでいた。

 初めて見る蝶を私は夢中で追いかけ・・・そして気がつくと、ビル爺の敷地内に足を踏み入れてしまっていた。


 見渡すと、そこには見たこともない品に溢れていた。

 七色に光るウサギさんが出迎えて、庭には楽しそうに走り回る犬や猫、そして空中を気持ちよさそうに泳ぐ魚たち。


 そこには私の知らない『未知』で溢れていた。

 そして自分でも驚くほど、私はその『未知』に惹かれていた。


 それから私はビル爺の元に足繁(あししげ)く通い、様々な品や物語に触れていった。

 そんな私が下界に興味を持つのは必然だった。


 何故下界に降りる決断をしてしまったのだろう。


 ううん。下界に降りたのを後悔はしていない。

 変わらない日々の繰り返し。

 決められた運命。

 それらが本当に嫌だったのは本当だから。


 そして実際に降りた下界の生活は本当に楽しい・・・ううん、楽しかった。

 全て自分で決めて行動する新鮮さ。

 沢山の『未知』に触れ、そして愛する人とも出会った。


 だから後悔はしていない。


 後悔はしていない・・・はずだったの。


 でも貴方がいなくなってから、私の心は毎日、後悔し続けている。



 何故、両親の反対を押し切って下界に降りてしまったのだろう。

 里を捨てたらもう会えない。

 両親は泣いて止めてくれたのに・・・

 少なくとも下界に降りなければルイスとも出会わなかった。

 そしたらこんなつらい思いもしなくて済んだのに・・・



 何故、ビル爺の話に夢中になってしまったのだろう。

 ビル爺の話は、今思えば単調だったし、内容も深くない。

 言うなれば子供の作った絵日記のようだった。

 しかし、当時の私には、それが超大作の英雄伝に聞こえていた。


 でも問題はそこじゃない。


 どうしてビル爺は里に居続ける事が出来たの?

 ビル爺と関わって里を捨てる結果となった者は何人もいる。

 なのに何故ビル爺は里を追い出されないのだろう。


 もしかして、わざと?


 私みたいな者が引っかかるのを見て楽しんでるんじゃないの?

 また馬鹿なヤツが現われたってみんなで笑ってたんじゃないの?

 両親も・・・うそ泣きだったんじゃないの・・・



 どんどんと私の心は醜くなる。



————————————————



 ルイスに出会えて本当に良かった

(会わなければこんな思いしなくて済んだ)


 フローリアが産まれてきてくれて本当に幸せだった

(フローリアが飛び出さなければルイスは死なずに済んだ)


 里を出て人間達と暮らし、本当に毎日が新鮮で楽しかった

(下界に降りる決断をした私を止めなかった里のみんなが悪い)


(エルフではなく人間として生まれたかった)

(私の両親が悪い)

(女神様が悪い)


 最近は人のせいにする事が増えた。


 後悔が募れば募るほど私の心は醜くなる。


 本当に毎日がつらい・・・苦しい・・・



————————————————



 今日、村でイジメられてるフローリアを見た。

 きっとこの後、泣きついてくるに違いない。

 優しくしてあげなきゃ・・・


 そんな思いで家に帰ってきたフローリアを出迎えたの。


 でも違った。

 あの子はしっかりと現実を受け止めて前に進んでいた。

 負けてなるものかと強い瞳をしていたわ。


 そして私の前では、とても明るく、何事もなかったかのように笑っている。


 この子は本当に強くて優しい。

 貴方そっくり。


 そういえばフローリアが生まれて間もない頃。

 ちゃんと育てられるか不安だった私に貴方は言ったわ。


『子供が俺達を親に育ててくれるのさ』


 本当ね、ルイス。

 私はフローリアに教えられたわ。

 後ろ向きな事を考えても良いことなんてなにもない。


 貴方が命がけで守ってくれたフローリアの為にも、私も前に進まなきゃ。


 後悔ばかりしてる暇なんてないわね。



————————————————



 随分と久しぶりにここに書くわ。


 あれから何年も経ち、私の灯火も消えそうになっていた時、フローリアが帰ってきてくれたわ。


 本当に嬉しかった。

 死ぬ前に会えて本当に良かった。


 帰ってきたフローリアは前にも増して強くたくましくなってたわ。

 そしてとてもとても優しく私を気遣ってくれる。


 エルフの特徴を話してなかったから、私の寿命が残り僅かと知り、フローリアはかなりショックを受けていたわ。

 ごめんなさい、フローリア。

 最後まで駄目な母親ね、私は。


 でも母さんは本当に嬉しい気持ちでいっぱいなの。

 貴方がいてくれて本当に良かった。

 貴方の母親になれて本当に良かった。

 ルイスと出会い、フローリアを産む事が出来て本当に良かった。

 下界に降りてきて本当に良かった。


 お父さん、お母さん、私を産んでくれて本当にありがとう。

 悲しい思いをさせちゃってごめんなさい。

 でもお父さんとお母さんの子供に生まれる事が出来て本当に良かった。


 私がこんな気持ちになれたのはフローリア、貴方のお陰よ。

 貴方のお陰で、後悔も悔いもない最後を迎えることが出来るわ。

 本当にありがとう、フローリア。



 でもね・・・



 本音は少しだけ・・・ほんの少しだけ残念な事があるの・・・


 それはフローリアの成長をもう見れなくなること。


 通常のエルフは、死後は天界に魂は導かれ、神の眷属様達と共に過ごし、新たに宿る時を待つことになる。

 だからその間、下界の様子を見守ることが出来るの。


 でも私のように里を捨てたエルフは輪廻の輪から外れる。


 死後は無となり、全てが消え去る。


 里を捨てた時は、私以外の人のことなんて興味はなかった。

 だから死後の事なんてどうでもいいって思ってた。


 それがこんなにも大切に思える人が出来るなんて・・・


 ああ、叶うならば少しだけ。少しだけでいい。

 フローリアの成長を見守りたい。


 でもそれには里に帰る必要がある。

 許しを得る必要がある。


 でも私にはそれが出来ない。

 契約で縛られている私には、里の事を誰かに喋ることも、文字に残すことも、自分の足で向かうことも出来ない。


 喋ろうとしても、文字に残そうとしても、歩いて向かおうとしても・・・


 何かに止められているかのように、身体が弾かれるのだから。



 でも・・・



 この日記だけは大丈夫みたい。

 ううん。普通の場所なら無理。

 でも、これだけ深くページの奥底に書く分には問題ないみたい。


 きっと女神様が御慈悲を下さっているのね。


 だけど・・・


 こんな奥深くのページを見つけてくれる人なんているはずがない。

 フローリアにも教えていないエルフ文字を読める人なんているはずがない。


 それは分かっている。

 そもそもフローリア以外の人がこの日記を読むこと自体、あり得ないことなんだから。


 でもどうしても期待してしまう。

 どうしても奇跡を願ってしまう。

 

 この希望が私の最後の光だから。



 だから私は、残された微かな希望を胸に、旅立つことにするわ。

 この光のお陰で、怖い気持ちは一切無い。

 とても穏やかな気持ちよ。



 最後に、フローリア。

 もう一度言わせて頂戴。

 生まれてきてくれてありがとう。

 母さんはいつまでも貴方の幸せを祈っている。

 愛しているわ、フローリア。



——————————————————————



『清らかな清流にオルランの花が咲く時。泉の中央、聖木に門が現われる。全ての癒やしの根源の筆頭たる器に誓うべし。我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり』



——————————————————————


 

 ミールは一通り日記に目を通すと、フーッと息を吐く。


 そんなミールをフローリアは真剣な表情で見守っていた。

 その表情からは不安、期待、願い、恐れ。

 ありとあらゆる感情が複雑に絡み合っているように見える。



 もしかしたら里への手がかりが見つかったのかもしれない。

 でも、もし母のつらい思い、悲しい気持ちが書かれていたらどうしよう。

 もしかしたら想像通り、私が望まれない子供だったらどうしよう。



 そんな思いに溢れているようだった。



 ミールは少し考える。

 ここでフローリアに日記の内容を全て語ってもいいだろうか?



 父親が死んだ原因は自分にあると知ったフローリアはどんな気持ちになるだろう。

 まだ物心ついていない時の行動とはいえ、ひどく傷つくに違いない。


 母親のネガティブな感情も直接知る必要はない。

 フローリアにとって母親は命をかけてでも守りたい、大切な存在なのだから。



 ミールはなるべく笑顔で優しく語る。



「予想通り、フローリアさんのお母さんのつらかった思い出などが書かれていますね」


「そ、それは・・・どういったものでしょうか?・・・」

 フローリアは不安そうに質問する。


「んーと。まあ、簡単に言うと愚痴みたいなものですね。エルフといっても人間種と同じようなもんですから。生きていれば色々とあるのでしょう」


「そ、そうなんですか?・・・」


「ええ。フローリアさんもお分かりだと思いますが、エルフが保護されているといっても、現実は差別と同じような対応をされてるわけですから。気に病むことも多いでしょう」


「そうですね・・・」


「しかしですね。それもフローリアさんに救われたと書かれています。エルフの血の事でイジメられたフローリアさんはお母さんに泣きついたようですね。当時は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだったようです。それがですね。段々と負けるもんかと立ち向かい、笑顔で振る舞うフローリアさんを見て、お母さんも心を入れ替え、前向きな気持ちでいられるようになったそうです。それを本当に感謝していました」


「そ、そうなんだ・・・よかったぁ・・・」


 フローリアは心底ホッとしたような表情を見せる。



 どんな真実が出てくるのであろう。

 どんな事実が書かれているのであろう。

 どうしてもネガティブな想像をしてしまい、自分を否定される事も覚悟していたフローリアは、母親の思いを知り安堵したのだ。



「それともう一つ・・・後悔・・・と言いますか・・・お母さんの願いも書かれています」



「後悔・・・ですか?」

 再びビクッとなるフローリア。



「ええ。それはフローリアさんの今後を見守ることが出来ないという後悔ですね。エルフという種族は死んだら天界に導かれるそうです。しかし里を捨てたエルフはその輪廻の輪から外れ、消滅する。つまり、通常のエルフであれば、死んでもなお、天界からフローリアさんを見守る事が出来た。しかし自分には出来ない。それがとても悲しいと書かれています」


「・・・」


「だからこそ・・・願いですね。もし、お母さんの魂が里に帰ることが出来て、そして許しを得ることが出来れば、お母さんの魂は天界へと導かれるそうです。つまりフローリアさんの今後を見守ることが出来る。どうやら本当にそのネックレスにはお母さんの魂が宿っているようですね。そのネックレスを里に持ち帰ることが出来るのであれば、或いはお母さんの願いを叶える事が出来るのかもしれません」



「探しに行きましょうっ!!ミールさんっ!!私がエルフの里を見つけて・・・痛っ!」

 勢い込んで急に立ち上がったフローリアだったが、足の傷が痛み、うずくまる。



「落ち着いてください、フローリアさん。お気持ちは分かりますが、無策で夜の森を徘徊するのは危険です。それにですね。もう一つ、お伝えするべき事があります」



 ミールはすーっと息を吸い込んで、静かに語る。




『清らかな清流にオルランの花が咲く時。泉の中央、聖木に門が現われる。全ての癒やしの根源の筆頭たる器に誓うべし。我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり』




「ミールさん・・・今のは?・・・」


「多分、エルフの里への手がかり・・・暗号のようなモノだと思います。フローリアさんのお母さんは契約で縛られ、エルフの里の事を喋ることも、書くことも、向かう事も出来なかった。しかしこの本の最深部までページを進めれば多少書くことが出来たようです。しかしやはり直接的な情報は書けなかったようで、このページには沢山の書き直しの跡や必死に文字を残そうと努力した形跡が見られます。つまりこの文面は、結果として暗号のようになっていますが、その実は、お母さんが必死の思いで書き残したエルフの里へと通ずる情報なのだと思います」


「なるほど・・・もう一度、いいですか?」


「そうですよね、フローリアさんには読めないですものね。ちょっと待ってください」



 ミールはマジックポケットから紙とペンを取り出す。

 『神力』を所持しているフローリアは基礎魔法の魔法メモを使う事が出来ないので物理的に渡す必要があった。



「これが・・・母が残した暗号・・・どんな意味でしょうか?」


「うーん。まず・・・『清らかな清流にオルランの花が咲く時』とあります。これは時間を示していると思いますね。具体的な時間は不明ですが、何らかの時を現わしているのでしょう」


「なるほど」


「そして『泉の中央、聖木に門が現われる』はそのまま場所を意味していると思います。つまり、真ん中に大木がある何処かの泉にエルフの里へと通じる門があるのだと」


「ふむふむ」


「そして最後は『合い言葉』のようなモノではないかと思いますね。門の前で『我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり』と言えば門が開かれる・・・という仕組みではないでしょうか?」



「す、凄いですっ!ミールさんっ!こんなに簡単に解き明かしてしまうなんてっ!」

 フローリアは目を輝かせている。



「いやいや。まだ全然解き明かしてなんかないですよ。時間も全く不明ですし、場所も分かっていませんから」


「いえ!もう分かったも同然ですよっ!だって大木が中央にある泉なんですよねっ?!そんな場所は限られてると思いますっ!そこでずっと見張ってれば、いずれ門が現われるんじゃないでしょうか?!」


「いや、そんな簡単な事ではないと思いますよ。この文面には『聖木』と書かれています。つまり聖なる力を宿した木です。いわば神木ですね。そういったモノは精神世界に存在しており、普段はこの世界に具現化してない場合も多いと聞きます。単純に中央に木がある泉を探す程度では見落としてしまう可能性が高いんじゃないかなって思います」


「そ、そっか・・・そうですよね・・・すみません、舞い上がってしまって・・・」


「いえいえ。フローリアさんのお気持ちを考えれば無理もないです。大きく前進したことは事実ですから、焦らず行きましょう」

「は、はいっ」


 ミールはニコッと笑顔を向けてから、再び日記に視線を落とす。



 『清らかな清流にオルランの花が咲く時』か・・・



 ミールは考えを巡らす。


 清らかな清流とは、透明度の高い透き通った水の事を指しているような気がする・・・が、この森一帯は比較的そういった水が多い。

 森に入った時にも説明させてもらったが、小さな小川や池などが多く、まるで神々の森のような雰囲気を感じるので、単純に『清らかな清流』だけでは絞り込めそうにない。


 そしてオルランの花。

 この花は、この地域一帯に自生している植物だ。

 オレンジ色の綺麗な花をつける多年草の植物で、開花期も長く、森のあちこちで見かけることが出来る。

 なので咲く時・・・とあるが、春から秋にかけて長い時期開花しているので、こちらも中々絞り込むことは難しそうだ。

 もちろん春から秋にかけて、ずっと門が現われているという可能性もなくはないが、エルフの里の秘匿性、隔絶性を考えると可能性は低いだろう。



 もしかしたら時期ではなく、場所を示しているのか?



 このオルランの花は森の各地で見つける事が出来るが、まとまって花畑になっているような所は一つもない。

 この森は植物の品種が多く、多様性に溢れているので、特定の一種のみが繁栄しづらいというのも理由の一つだが、オルランの花自体、あまり群生するような品種ではない気がする。


 そんなオルランの花が一面に咲いている場所が仮にあったとしたらどうだろう?

 しかも泉の周り一帯にオルランの花がひしめき合っていたら?


 そんな場所がもしあったなら、何かしらの別の力がその一帯に働いている可能性もなくはないだろう。

 だとしたら、フローリアが言ったように、しらみ潰しに森を探索した方が早いのかもしれない。



 しかし・・・



 どうしても咲く時・・・『時』という言葉が気になる。



 そういった不思議な場所を示しているのだとしたら、『咲き誇る』『満開の』など、暗にどういった場所なのかを示す言葉を使うはず。

 

 それを、確実な時期を示せない言葉をわざわざ使う事に、ミールは何かしらの意味があるのではないかと、どうしても考えてしまうのだった。




「ひゃああぁぁあぁ!!」




 ミールが考えを巡らせていると、唐突にフローリアの悲鳴が聞こえてきた。

 視線を上げると、そこには巨大で真っ黒な物体が月の光を遮っている。




「ベヒーモスですっ!!ミールさんっ、逃げてっ!!」




 フローリアは唇を噛みしめながら立ち上がると、剣を抜き、臨戦態勢に入る。

 それを穏やかな声で制止するミール。


「落ち着いてください、フローリアさん。ここは結界内です。ヤツには僕らの姿はもちろん、匂いも音も結界の力で遮断されています。大丈夫です」


「あ・・・そうでした・・・ごめんなさい」


 フローリアは緊張を解いて、剣を鞘に収める。

 


 相変わらず考え無しというか・・・

 後先を考えずに行動するというか・・・



 おそらくミールが止めなかったら、ベヒーモスの前に出て、戦いを始めていたであろう。

 

 ミールにとっては敵ではないが、普通の冒険者達にはかなり強敵な部類に入る。

 強さは野良デーモンと同程度、いや、この森の中ではデーモンよりも強いと思われるので、少なくとも銀ランククラスでないと対応する事が出来ないであろう。


 そんなベヒーモスに平気で戦いを挑もうとするのだから・・・

 多少、腕に自信があるのだとしても、少しは自重してもらいたいものである。



「あれ??このベヒーモス・・・目を負傷してますね」



 ミールの言う通り、ベヒーモスの右目にはザックリと深い裂傷が見て取れた。

 カインの話ではババリオン国の聖都から出発した討伐隊は、あまり成果を出せていないという話だったが、実はそこそこ戦えていたということだろうか。



「はい。急に襲われてしまいまして・・・私には片目を奪うことで精一杯でした」



 ん??



「あれ??・・・それって、あの傷はフローリアさんが負わせたってことですか?」


「あ、はい、そうです。いきなり襲われて追い詰められて・・・やぶれかぶれで必死に剣を出したら偶然ヤツの片目を奪う事が出来ました。そのお陰でベヒーモスは逃げ出し、私は間一髪助かることが出来ましたが、その際に私は足を負傷してしまい・・・その血の匂いに引き寄せられたモンスターに襲われていたところをミールさんに助けてもらったという訳です」


「それは凄い。ベヒーモスに傷を負わせることなんて、並の冒険者には出来ないことですよ。フローリアさんはかなりの使い手なんですね。この一件が片づいたらギルドに行って冒険者登録をしたらどうですか?それだけの腕の持ち主を埋もれさすのはもったいないですから」


「え??わ、私なんてそんな・・・皆さんの足元にも及びません」


「いやいや。逆ですよ逆。フローリアさんくらい強い人って中々いませんから。冒険者になれば困ってる人を助けることも出来ますし、お金も稼げますし。何より色々な場所を見て回ることが出来ます。ワクワクしてきませんか?好奇心旺盛なお母さんの血を引くフローリアさんなら、分かると思いますが」


「い、いえ・・・私はそんな・・・」


 口では否定したフローリアだったが、声がうわずっている。

 自分でもビックリするくらい、湧き起こる胸の高まりを感じていたのだ。



 そして冒険者になった自分、颯爽さっそうと人々を助けている自分、ミールと2人で色々な国に訪れている自分、夕陽の綺麗な場所でプロポーズされている自分、子供が産まれ仲睦まじくミールと暮らしている自分・・・



 かなり先の未来まで想像してしまい、顔を赤らめている。


 ミールはまさかそんな先の事まで妄想しているとは思っておらず、恥ずかしそうにしているフローリアを優しい瞳で見つめ・・・そしてベヒーモスに視線を移す。



 ベヒーモスはしきりに、この辺りの匂いを嗅いでいるようだ。

 体毛は逆立ち、低いうなり声を出しながらウロウロしているので苛立っている様子が見て取れる。



「どうやら私を探しているようですね。仕返しにでも来たのでしょうか」

 正気に戻ったフローリアは冷静に分析した。



「そのようですね。フローリアさんの匂いを辿って来たのでしょう。ですがここは結界内です。匂いも全て遮断されているので安心してください。ベヒーモスもそのうち諦めて帰るでしょうから」

「はい。ありがとうございます」



 フローリアも一応ベヒーモスを警戒しながらも、ミールが用意した丸太に腰を下ろそうとした・・・正にその時。



 2人は信じられない光景を目にする。



「え??・・・・」

「は??・・・・」



 ミールとフローリアはお互いにマヌケな声を出した。


 その視線の先には人間の子供らしき物体が、月明かりに照らされながらフラフラと歩いていたのだ。



 あり得ない・・・



 まずあり得ないのが、村から迷い込んだ子供だという仮説。



 今、ミール達がいる場所は村からはかなり離れている。

 少しの距離であったならば、たまたまモンスターが付近におらず、偶然迷い込んでしまった・・・という考えも否定できないが、流石にこの距離は無理だ。

 更に今は肉食のモンスターが活発に動き出す深夜。

 万が一でも、村の子供がここまで辿り着くことは不可能であろう。



 では人間に擬態したモンスターなのでは?



 確かにそのようなモンスターはいる。

 人間に擬態し、近づいてきた者を喰らうのだ。


 しかし今、ミール達は結界の力で姿を消している。

 なのでミール達を喰らおうとして擬態したモンスター・・・という仮説は否定せざるを得ない。

 そして何より、今、目の前にいるのはベヒーモスだ。

 こんなモンスターの前で擬態しようものなら、人間と思ったベヒーモスに襲われるのは必然であろう。


 

 なので、どうやってここまで来たのかは定かではないが、人間の子供という事は間違いないようだ。

 そしてその子供は力尽きたかのように、パタリと地面に倒れ込んでしまった。


 ベヒーモスもその子供の存在に気付いたようで、低いうなり声を出して威嚇している。



「私が時間を稼ぎますっ!!ミールさんはあの子供をお願いしますっ!!」



 フローリアは躊躇なく結界外に飛び出し剣を構える。



「ベヒーモス!!私はここよっ!ここにいるわっ!」

 そして大声を上げてベヒーモスの注意を引いた。




「ぐおわおおおぉぉおおぉぉんんんっ!!!」




 ベヒーモスはようやく探していた人間を見つけ、怒りの咆哮を上げる。




 キュイイィィィィイィィンン・・・




 そして口をカパっと開き、光の束を収束させていった。




「え・・・そんな・・・」

 絶望の声を絞り出すフローリア。




 この世界のベヒーモスの真の恐ろしさは、この『爆発魔法』を使えるという点だ。

 爆発魔法とは以前、少し説明させて頂いたが、使える者はほとんどいない、超高火力の魔法である。

 もちろんモンスターなので『魔力』と『妖力』という根源の違いがあり、人間の使う爆発魔法とは少し違うが、恐ろしい威力を秘めているという点は同じ。

 おそらく一撃でククラーソン村を壊滅させることなど容易であろう。


 そんなベヒーモスにとって奥の手というべき攻撃をフローリア相手に放とうとしている。

 かなりフローリアに対して頭にきているようだ。



 絶望的な力を前に、フローリアは逃げようとするが・・・足がすくんで身動きが取れない。

 元々足を負傷していたということもあり、ペタンとその場に尻餅をついてしまった。



 そして、母の願いの成就、村の子供達のこと、冒険者となって世界を旅する希望、ミールと共に過ごす時間・・・



 圧倒的な力の前に、その全てを叶えることが出来なくなる・・・そんな数秒後の未来を想像してしまい、涙が頬をつたう。



 そんな絶望的な表情を浮かべているフローリアの前に立ち塞がったのはミール。


 白く輝く透明な剣をヒュンっと横に振ったと思ったら、直ぐに右手の鞘に収めた。





     正に一刀





 その直後、ミールの背中側にいたフローリアは、一瞬だけブワッと身体が押されるような、圧の強い風に包み込まれる。



 そしてミールと対面していたベヒーモスは・・・



 ブシャアァァっと凄まじい血しぶきを上げて真っ二つに両断されていた。

 



 ズドドドオオオオォォォォンン・・・・バヒュウウゥゥンン・・ン・・・・




 身体は胸からザックリと横に真っ二つに両断され、上半身は音を立てて後ろに倒れ込んだ。

 ベヒーモスが倒れた方向の木々は、血の雨を浴び、真っ赤に塗りつぶされていく。

 そして口に溜めていた爆発魔法は、天高く上空へと発射されて四散していった。



「・・・・・・・・」



 本日二度目とはいえ、死を覚悟した状況から救われるのは流石に慣れない。

 フローリアは最初ミールに救われた時と同じように、涙を流しながら口をポカーンと開けて硬直している。



「全く・・・少しは考えて行動して欲しいもんですね」

 ミールは振り返ると笑顔でフローリアを諭す。


「あ・・・ご、ごめん・・・なさい・・・」

 声を絞り出して謝るフローリアに対し、ミールは笑顔で頷くと、フローリアに肩を貸して結界内まで歩いて行き、丸太の上に座らせた。



 そして正体不明の人物に向かって、警戒しながら歩みを進める。

 その子供は立ち上がろうとしているようだが、力が入らないらしく、その場でもがいていた。



 ミールは落ちていた小枝を拾い、ツンツンと突っついてみる。



 その子供はそれに反応し、プルプルと手を伸ばして必死に懇願してきた。



「み・・・みみみみ・・・水・・・」



「あれ??・・・」

 ミールは何かに気付いたのか、子供をお姫様抱っこして結界内まで運び、水の入ったコップを唇に触れさす。


 その子供はガバッと目を見開き、ゴクゴクと音を立てて飲み干した・・・が、気管に入ったのかゲホゲホと咳き込んでいる。


 そんな子供にミールは呆れた声で一言。


「なにしてんすか?師匠」






「ゲホッゲホッ!み、水っ!!ゲホッ!あ!ミミミミミール君?!!ゲホッ!ゲホッ!み、水にミール君!?ゲホッ!ゲホッ!水!水!」


 その子供はミールを知っているようだったが、今は命を繋ぐことに精一杯。

 思いっきり咳き込みながらも、ガブガブとミールが継ぎ足す水を飲み干している。


「た・・・食べ物・・・プリーズギブミー・・・ミール君・・・食べ物を・・・」

 水をあらかた飲み干した子供は今度は食べ物をねだる。


 ミールは先程焼いた肉串やスープ、そしてパンなどを与えた。

 子供は両手で食らいつき、食材を撒き散らし、貪り尽くすように胃の中に納めていく。


 やがて落ち着いたのか、縁側で日向ぼっこをしながらお茶を飲んでいるおばあちゃんのように、ほっこりとした雰囲気に変わった。


「ふー。助かったよ、ミール君。まさかこんな所で出会うとは。世界は広けど世間は狭し・・・といった所かな」


「いあいあ、それはこっちの台詞ですよ。なんでこんな森深くに師匠がいるんすか?」



 皆さんもご存じの通り、ミールは大抵はタメ口だ。

 例え聖女であったとしても、その態度は変わらない。


 そんなミールが敬語を使い、師匠と呼ぶ者。

 それだけでかなりの人物だと想像できてしまう。



「いやね。実はこの近くに遺跡があるとの文献を見つけてね。いてもたってもいられずに森に入った訳だが・・・中々見つけられず、雇った冒険者達も逃げだし、途方に暮れていたわけだよ。だがしかーし!僕の情熱が勝ったのだ!遂に遂に、僕はその遺跡を見つけ出し!調査に明け暮れていたという訳だよ!ミール君!」


「なるほど。それで食べ物や飲み物が尽きていたのにも気付かずに、限界ギリギリまで調査してたってことっすね」


「わっはっはっ!流石ミール君だ!全くその通りさ!わっはっはっ!」


「あの・・・ミールさん・・・の・・お知り合いの方ですか?・・・」


「おや?・・・君はエルフ・・・いや、ハーフエルフだね。ふむふむ。流石はミール君。相変わらず面白い人を連れているね!君は!」


「ははは。フローリアさん。紹介します。こちらドルグレム技術開発部の主席研究員ローラン・フレイ・アルバナムさん。こう見えても立派な大人、合法ロリってやつですね」



 以前から、ドルグレムに知り合いがいるとミールは言っていたと思う。

 その人物こそ、このローランちゃんなのだ。

 ローランちゃんは主席研究員なだけあって、魔道具の知識は相当なもの。

 又、遺跡発掘が趣味で、日々、新しい技術開発に余念がない。


 更に、グレービーが使用した点滴の事を知っていたりと、いわゆる『異端児情報』にも精通するほど、幅広い知識と頭脳を併せ持つ、超天才児(大人)なのだ。



「ご、ごうほ・・・ろり?・・・」

「わっはっはっ!相変わらず面白い表現をするね!君は!さては溜まっているのかい?!丁度良い!僕もしたいと思っていた所なんだよ!では早速、お互い身体を重ねようではないか!」


 そう言うと、ミールにまたがり、上着を脱ぎはじめた。



「ちょっ!ちょおおおぉぉおおとととおお!!何しようとしてるんですかっ!?」



「何ってセックスだよ。セックス。人間の三大欲求を知っているかい?食欲が満たされれば、性欲が、性欲が満たされれば睡眠欲が湧いてくる。ごく普通の自然な流れじゃないか。ハーフエルフ君も食欲が満たされれば性欲が湧いてくるだろう?」


「う・・・」

 確かに・・・と納得しそうな自分を必死に否定するフローリア。

 その間に、ローランちゃんはポイポイと服を脱ぎ捨てて、既に下半身の布一枚となっていた。



「ちょ、ちょっと待ってっ!!ちょっと待ってぇ!速い!速すぎる!なんでそんなに平気で脱げるんですか?!服を着てください!!」



「何を言ってるんだい?ハーフエルフ君。ああ、なるほど。君は着衣プレイが好きなんだね。ソーリー。僕は肌と肌を直接重ね合い、お互いの体温を感じるのが好きなんだ!すまないね、ハーフエルフ君!」


「ち、違います!そうじゃなくて!い、いきなりそんな・・・人前で・・・せ、せ、せせせせいこうい・・・をするなんて端無はしたないです!」


「???」

 ローランちゃんは首を傾げる。


「君ぃ。端無(はしたな)いって言うけど、この端無い行為が無くなれば人類、いや、生物のほとんどは絶滅してるんだぜ?第一、君自身もお父さんとお母さんの端無い行為で生まれてきているんだから。僕はむしろ、命を生み出す神聖な、尊い行為だと思うけどね!」



 ここでローランちゃんは立ち上がり、熱を込めて語り出す。



「僕が最も凄いと思う所は、神がこの行為に快楽という付加価値を付けたということさ!本来なら本能として生殖行動を脳に組み込んでしまえばいいだけなのに、わざわざ欲望という形にした。出来るはずなんだよ、神なら!私達人間、いや、生き物全ては小さな小さな細胞から出来ている。その小さな細胞の中にも更に沢山の働きをする器官が備わっている。ハーフエルフ君もミール君も僕自身も!その小さな細胞が集まって形成されているんだ!こんな複雑かつ神秘的な生命体を創り上げた神なら、脳に生殖行為をインプットすることなんて容易なはずさ!だがしかーし!神は快楽を私達に与えてくれた。このお陰で多くの生命体が現在も切磋琢磨しながらも繁栄する事ができているんだ。正に僕みたいな凡人には考えつかない発想さ!本当に神には頭が下がるよ!」


 ローランちゃんは素っ裸のまま、腕を組んでウンウンと頷いている。


「さて。気分も高まってきたし、するとしようか!ミール君!服を脱ぎたまえ!」


「ちょ!ちょっと!!だめです!絶対に駄目!ミールさんとするなんて私が許しません!」


「なにをムキになっているんだい?ハーフエルフ君。ははーん。さては君はミール君の事が好きなんだね??」


「なっ!!」


「オーケーオーケー。では先に君が済ませたまえ。僕は2番目で構わないよ」


「バッ!バババババカな事言わないでください!わわわわわたしがミミミミールさんと・・・・っ・・・ダメです!ダメダメ!絶対にダメェ!」



 またもや一瞬、ローランちゃんの言葉に乗りそうになりながらも、必死に否定するフローリアさん。



「やれやれ。ハーフエルフ君はワガママだねぇ。いったいどうしろと言うんだい?欲望に忠実になることがそんなにいけないことなのかい」


「でも師匠。それが人間の面白い所なんじゃないですかね」


 ミールの言葉にピクっと反応するローランちゃん。


「人間は自分の意思で本能を抑えようとする。セックスしたいと思っても無差別にしたりはせず、法を守ろうと場所を考えようと思ったり、周りをみて相手をみて、今はそんな雰囲気ではないな・・・と相手へ気遣いを見せたり、本当はメッチャしたいと思っているのに恥ずかしくて気持ちを隠そうとする者もいるんです。確かに師匠が言うように本能として組み込むことは出来たでしょう。しかしそれをせずに快楽という付加価値を付けたからこそ、様々な多様性溢れる存在になれたんじゃないかなって思います」


「む・・・」


「野生の自然界ではいつ襲われるか分からないので繁殖行為に時間をかける訳にもいきません。そして基本的に強い者しか子孫を残す事が出来ない。もし本能に組み込んでいたら、性行為も種族の多様性も単調なもので終わっていたでしょう。逆に本能に組み込まなくても快楽がなければ積極的に性行為を行う事がなくなり、種族の繁栄は無かったでしょう。他人に関わるのは基本面倒くさいですからね」


「むむ・・・」


「ですが快楽があるお陰で人間はセックス自体をコミュニケーションの手段として、娯楽の手段としても活用しています。そして本能さえも押さえる事が出来る『知性』があるお陰で、力が強い者以外にも子孫を残せる事が出来ています。なので人間種は、かつてはこの世界の覇者として、そして絶滅寸前にまで追い詰められてもなお、再び現在に繁栄する事が出来ている。僕はこの本能に抗うことが出来る『知性』を持っている人間は非常に可能性を秘めた存在なんじゃないかなって思うんです。だからこそ神は快楽のみを与えてくれたんじゃないですかね。人間の可能性に期待して」



「ぬおおおぉぉ!!その通りだよっミールくんんん!我々人間種は高い『知性』を活用して現在まで繁栄してきたんだっ!正に『知性』とは神秘にして未知!可能性の宝庫さ!私はこの『知性』こそが強大な悪魔種に対抗しうる力だと思うんだっ!」



 ローランちゃんは手と足を広げ、身体全体で『大』を表現している。



「やはり君との議論は面白いなっ!そうだっミール君!是非君に見てもらいたいモノがあるのだよっ!さあっ!付いてきたまえっ!」


 そう言うとローランちゃんは颯爽さっそうと森の奥へと歩き出す。

 そこへフローリアの大声が響き渡った。


「せめて服を着てくださーーーぁーーいいいい!」






 準備を整えたミール達は、意気揚々と先頭を歩くローランちゃんに付いて行く。


「み、ミールさん。結界から出ちゃってますけど、ローランさんは大丈夫ですか??」

「ああ。多分大丈夫でしょう。彼女はああ見えても第一級冒険者に匹敵する実力を持っている魔法士ですから」

「そ、そうなんですか」

「ええ。まあ、自分が興味あるモノ以外は視界に入らないってのが玉にきずですけどね」



 そんなローランちゃんの横からヌッと現われたのはクマさん。

 ダークグリズリーと呼ばれる凶暴な肉食モンスターだ。


 ダークグリズリーは鋭い爪を生やした太い腕を振り下ろす。



「ぬわああぁぁあぁぁ!!!」



 それにビックリしたローランちゃんは、慌ててミールの発動している結界内に逃げ込んできた。



「危ないじゃないかっミール君!ちゃんと僕を守ってくれないと!」

「いやいや、無理っすよ。俺のスキルは知ってるでしょ?」

「む・・・そうだったな。やれやれ。頼りになるんだか、ならないんだか分からないボディーガードだね、君は」


 そう言うと、ローランちゃんは魔法を発動し、あっさりとグリズリーを始末した。

 そして何事も無かったかのように行進を再開する。



「あ、あの・・・ミールさん。スキルって・・・」

「ああ。そういえば言ってませんでしたね。僕は強敵相手には能力を発揮できるんですけど、雑魚モンスターには全く力を発揮出来ないんですよ。だからベヒーモスは倒せるんですけど、今のグリズリーは倒せないって訳です」

「へえぇ・・・それって人間種の方はよくある事なんですか?」

「いや。多分僕だけのオリジナルスキルでしょうね」

「そうなんですか?すごい・・・」

「いやいや。結構大変なんですよ?角ウサギとかめちゃくちゃ怖くみえるんで」

「あはは。あんなに可愛いのに。可能ならペットとして飼いたいくらいです」

「ひいい・・・」

「うふふ」



 フローリアは足に怪我をしているので、ミールが肩を貸して歩いていた。

 なので、お互いの身体は密着している。

 しかし前回のようなウブな反応ではなく、普通に会話が出来ていた。

 だいぶミールのことを信頼してきたようだ。



 しばらくして、モコっとなっている小山に到着した。

 小山といっても1メートルくらい。雑草とコケに埋もれた、ちょっと土が盛られてるような場所だ。



「ふっふっふ。ここを見てくれっミール君!」

 ローランちゃんは得意げに指を指す。

 そこにはコケまみれになってはいるが、長方形の人工物のように見える突起物があった。



「へえ。良く見つけましたね、師匠」

「がっはっはぁ!そうだろそうだろ!我ながら会心の発見さ!」



 ミールは当たり前のように3本指で下になぞるように魔力を込めた。

 するとゴゴゴゴゴ・・・と低い振動音を響かせながら、ゆっくりと地面が口を開ける。



「相変わらず君は不思議な人だな!僕が三日三晩、試行錯誤した扉の開け方をあっさりとクリアしてしまうとは!」

「ははは。たまたまっす」



 口を開けた地面からは地下へと続く階段が延びていた。

 そして階段のフチは光っており、近代的なイメージだ。


 ミールはフローリアを気遣いながら、ゆっくりと階段を降りていく。


「あれ?これって結界っすか?師匠」


 降りた先には扉があったのだが、その手前に光りの膜が見えたのだ。


「ふっふっふ。流石ミール君だ。その通り!これは結界なのさ!」

「へえ。どうやって維持してるんですか?結構デカい規模の結界ですよね?」

「ふっふっふ。まずは中に入ってくれ!」


 ローランちゃんは得意げに壁に手をつく。

 すると自動ドアのように扉が開いていった。



「わあっ」

 思わずフローリアから感嘆の声が出る。



 部屋の中は明かりに包まれていた。

 壁から床、天井にいたるまで、壁面は薄く白い光を放っていて、更に繋ぎ目部分には線状の光源が張り巡らされているので近未来的な雰囲気。


 円上の作りで部屋の広さはお相撲さんの土俵くらい。

 ミール達が入ってきた入口とは別に、扉が5つ確認出来る。


 もちろん、太古の昔の建造物なだけあって、至る所で老朽化が進んでいるようで、天井の隙間から土が流れ込んできていたり、木の根っこが壁を突き破って扉を破壊している箇所もあるようだ。


 しかし肝心の動力部分には大きな損傷はないようで、入口の扉の開閉や照明、空調などは機能しているようだった。

 つまり3000年以上、時が経過しても動いたということ。

 かなりのレアケースだ。



「こりゃ凄いっすね。師匠が夢中になるのも分かる気がします。かなり状態が良い遺跡ですね」

「そうだろそうだろ!これだけ状態が良い遺跡は久しぶりさ!」

「しかも『魔力充満』も起きてない。奇跡っすね」



 魔力充満とは・・・・いずれ説明する機会があれば語らせて頂こう。



「それでミール君!これを見てくれたまえっ!」

 ローランちゃんは中央に置かれた魔道具の元に歩いて行く。

 大きさは普通の扇風機くらい。

 地面から何かを吸収しているような光の動きがあり、この部屋全体に拡散しているかのようだった。



「これは?」

「これは僕が開発した結界分散機さ!」

「結界分散機??」


「そうさ!これを使えば、この場所のように結界を何時までも発動し続けることが出来るのさ!どうだ凄いだろ!」


「へええ。どうやって結界の力を維持してるんすか??」


「ふっふっふ。これの凄い所は、街を維持している結界の力を利用出来るところなんだっ」

「ほう・・・」


「ちょうどこの近くに聖都からスワップの街へと伸びる地脈が通っていてねっ。その地脈に流れている結界の力を拝借することが出来るって仕組みなんだよっ!しかも地脈から1キロくらい離れてても力を得ることが出来る!つまりこの森の至る所で使う事が出来るってことさ!どうだ!最高だろ?!」


「へー。そんなことして街の結界に影響は出ないんですか?」


「はっはっは!それはもちろん心配ないさ!拝借する力は常に最小限に・・・・・・・」

 ここで何かに気付いたローランちゃんは、サッと魔道具のダイヤルらしきモノをグリッと反対方向へ回す。

「しているからねっ!」

 そして何事も無かったかのように言葉を続けた。



「師匠・・・この魔道具を使い始めてどれくらいっすか?」

「んん?そうだな。だいたい3ヶ月くらいかな?この森を2ヶ月くらいウロウロして、ようやくこの場所を探し当てたんだ!それから1ヶ月くらい、ずっと研究に冒頭していたからな!お陰で、かなり大量に食料を持ってきてたのに無くなってしまったよ!わっはっは!」



「・・・・・・・・。」



 カインさん・・・・・

 スワップの街の結界を弱めた真犯人を見つけました・・・・



 ローランちゃんが魔道具を使い始めたのが3ヶ月前。

 スワップの街の結界が薄くなったのも3ヶ月前。


 恐らく吸収する量を設定するダイヤルが『小』のつもりが『大』になっていたのであろう。

 ローランちゃんがダイヤルの向きを変えたことにより、この部屋の結界の光が少しだけ弱まったが、それでも魔石を使用して展開する結界よりも光の輝きは強いので、結界強度は問題ないようにみえる。


 多分だが、今頃スワップの街は唐突に結界の輝きが戻り、大騒ぎになっていることであろう。



「さてさて!ミール君!まずはこれを見てもらいたい!ついてきたまえ!」

 ローランちゃんは意気揚々と近くの扉を開けて中に入っていく。

 


 扉を開けた先にあった部屋は10畳ほど。そこまで広くもないが、狭くも無いって感じだった。

 この部屋も壁や天井、床などが薄く光りを放っており、明るさは問題ない。

 ただ奥の壁が完全に破損しており、土砂が部屋に侵入してきていた。

 その影響で幾つかの魔道具は土に埋もれているようだ。

 この部屋からは、何となくだがリビングのような雰囲気を感じることができる。



「さあっ!ミール君!君はこれをなんだと思うかね?!」



 ローランちゃんが指差した魔道具はお水の給水器を少し大きくしたような感じ。

 お水のボトルをセットする部分にはガラス製の筒が3つ搭載されているが、2つは破損して割れていた。

 生き残っているガラスの筒には白い液体が光りを放ちながら撹拌かくはんされている。



「おお・・・懐かし・・・」

 ミールは思わず『ピッ』と中央の部分に魔力を込める。

 するとウイーーンっと低い振動音を響かせながら魔道具は起動し、チーンとベルの音とともに給食のお皿のような物体が出てきた。



「ぬおおおぉぉ!!なんだい!なんだいそれは?!どうやったんだ?!ミール君!」



「あ・・・いけね。さあ・・・テキトーにやったんで僕にもわかんないっすね」

 ミールは白々しくとぼけている。



「むむむ!むむむむむ!これは・・・食べ物か?・・・・ふむふむ・・・ほのかに温かい・・・むむむ!ダメだ!知的好奇心を抑えられん!えいっ!ぺろっ・・・・むおおおぉぉ!これは食べ物だ!間違いないぞっミール君!」


「そうっすか・・・旨いっすか?」


「いや!正直、味は薄い!しかしこれは間違いなく食べ物だ!凄いぞミール君!大発見だ!ここに魔力を注ぐのか?!・・・・・んん?・・・・んんんんんっ?!・・・ダメだ!何も反応しないぞ?!いったいどうやったんだ?!ミール君!」


「さあ・・・わかんないっす」



 ローランちゃんが感動している魔道具は、かつて人類が繁栄していた大厄災前の世界に普及していた『自動調理機』だ。


 この『自動調理機』の凄いところは、食材などを新たに必要としない点。

 ガラス製の筒には魔力を帯びた微生物のような有機物が入っており、撹拌することで筒の中で増殖と死滅を繰り返す。

 つまり勝手に増えて、勝手に減る。

 要は常に新しい状態を維持してくれるのだ。


 なのでこの有機物を使用する事により、食べ物に困ることは無くなるので、当時の食糧不足は劇的に改善し、多くの人々の命を救うことになる。


 しかし、それと同時に『食』という毎日確実に収益が見込める収入が減り、食産業は大打撃を受け、飲食業、運搬業、生産者などから多く失業者を出した。

 更に部屋から出なくても完結するので人々は外に出なくなり『労働意欲の低下』『肥満』『過食症』『引きこもり』『精神障害』等々。

 多くの問題を巻き起こし、世界各国で巨大な訴訟問題に発展した曰く付きの魔道具でもある。

 


 本来は『赤』『緑』『白』の液体を混ぜ合わせて作るのだが、破損しているので出てきた料理は真っ白だ。

 そして調理機能も衰えているようで、出てきた物体はドロドロで味も薄く、温度もぬるい。

 しかし、3000年以上経過しているのに未だに『白』の液体は生命のサイクルを繰り返している。


 当時のCMで『永遠に食に困る事はない生活を貴方に』というキャッチフレーズは伊達じゃないといった所だろうか。


 この魔道具は魔力を込める時に食品もイメージする必要がある。

 要はどんな料理がいいのか注文する必要があるのだ。

 なので、それをイメージできないローランちゃんは魔道具を起動させる事が出来なかったという訳だ。



「むむむぅぅ。ダメだ、やっぱり出来ない。ミール君!もう一度やってみてくれっ!」

「え~。嫌っすよ。壊しそうですもん」

「何を言うんだ!実験に失敗はつきものだろ!やるんだミール君!」

「はいはい」


 ミールは素っ気なく、無心になって魔力を込める。当然『自動調理機』は反応しない。


「やっぱり無理っすね。さっきのは偶然っすよ」

「くうううぅぅ。ここで三日三晩ミール君を拘束して検証したい所だがしょうがない!よし!次の部屋へ行こう!ミール君!ついてきたまえ!」



 ローランちゃんは立ち上がり、隣の部屋へ移動する。

 今度の部屋は何となく洗面所のような雰囲気があった。



「見てくれミール君!これは僕でも分かるよ!これはトイレだ!実際に僕もう○こしてみたので実験済さ!僕のう○こはキレイサッパリ無くなっていたよ!特に配管などもないのにう◯こが無くなっていたんだ!非常に興味深い魔道具だよ!君はどう思う?!僕のう○こは何処にいったと思うかね?!」



 うん。合ってる。トイレで合ってるよ。

 だけどね、ローランちゃん。

 う○こ、う○こ連呼するのは止めようね。


 穏やかな瞳でローランちゃんを見つめるミール。



「さあっ!今度はこっちだ!ここが本命!正に謎の多い部屋なのさ!」



 ローランちゃんは意気込んで部屋の扉を開ける。


「うわぁ・・・」

 思わずフローリアが声を上げる。


 何故なら部屋の中は数多くのポスター、フィギアに溢れていたからだ。


 どれもキラキラとした女の子達が決めポーズを決めており、どうやらこの部屋の住人はアニメオタクだったのかもしれない。

 そして1体だけ、何故かガイコツのような等身大フィギュアも置かれている。



「どうだい?!ミール君!これは何の魔道具だと思うかね?!」



 ローランちゃんが示している魔道具は結構デカい。

 この部屋の半分くらいを占めている。

 そしてベッドも置かれているので、ここは寝室なのかもしれない。


 魔道具の左側には人間が入れるくらい大きなガラスケースが、右側には何やら操作が出来るようなパネルやボタンなどが沢山作られていた。



「さあ・・・何でしょう・・・」

 ミールは泳ぐ目で答える。



「ふっふっふ。僕は分かったよ。これは睡眠安定機さ!」

「睡眠安定機??」


「そうさ!ここにベッドがあるだろう!きっと寝る前にあのガラスケースに入るんだ!すると心地よい眠気が来るって仕組みだろう!どうやって眠気を引き出すのか、どうやって身体の緊張を抑え、良い睡眠に繋げるのか!その仕組みを解明してみたい!非常に興味深い魔道具さ!」

 

 ローランちゃんはベッドに横になり、ビヨンビヨンと跳ねながら自らの考えを披露する。



「・・・・・」



『知らぬが仏』だな。

 ミールは笑顔でローランちゃんを見つめる。



 残念ながらローランちゃんの予想は外れており、実際は・・・自慰行為の魔道具だったりする。


 使い方はこうだ。


 まずガラスケースにガイコツの等身大フィギュアを入れる。

 そして右側のパネルで色々と設定するのだ。

 顔の作り、髪型、体型などはもちろん、性格なども設定できる。

 そして起動するとガイコツのフィギュアに『仮の肉体』が創り出されるのだ。

 何故『仮の肉体』なのかと言うと、専用のゴーグルを装着した者だけ、そこに設定した人物が存在しているように見える。

 つまり他の人には、ただのガイコツが動いているだけにしか見えないからだ。


 しかし、『仮』とはいえ、侮ってはいけない。


 触った感触、質感、温度も忠実に再現されているし、自分好みの性格を設定して、喋らせる事も出来るのだ。

 なので、ゴーグルを装着した者には、そこに本物の人間がいるようにしか感じないだろう。



 そうして創り出した、かりそめの人間に好き放題できるのだ。



 恋人のようにイチャイチャする事も出来るし、酔いつぶれた演技をさせる事も出来る。

 人妻も、教師と学生も、上司と部下も、痴漢もレイプも。

 ありとあらゆる欲望が設定により思いのまま。


 もちろん女性用にイケメンやマッチョ、ショ◯にすることだって出来る。


 正に究極の自慰マシーンなのだ!


 しかし、そのあまりの完成度に抜け出せなくなる人が続出する。


『なんで僕の言う通りにしないんだ!』『◯◯ちゃんは嫌がったりしないのに!』『なんで胸毛が生えてるの!?』『汗臭い!タバコ臭い!』と言ったリアルとのギャップに苦しむ者。


 現実のお店では断られるような、ものすごい特殊な性癖すらも叶えてしまうため、過激な性癖を持つ者が多く誕生し、現実世界に戻れなくなる者。


 レイプ願望が強い者は、どんどんと要求がエスカレート。ワザと街中に逃げさせて、捕まえて行為に及ぶ。

 つまり、公共の場で走り回るガイコツと、それをだらしない顔で追っかける裸の男が誕生するというわけだ。

 そんな感じで現実との区別、罪の意識があやふやな者が続出し、数多くの逮捕者を出したという、問題作なのである。



「しかし、やはりここで調査を続けるには限界があるな。何処か安心して実験、検証できる所はないかね?ミール君!」



「あの・・・ドルグレムの研究員さんなんですよね??・・・でしたらドルグレムに帰られてはいかがですか?ドルグレムの技術力の高さは私でも知ってますから」


「甘い!甘いぞ!ハーフエルフ君!ドルグレムはいわば腹ペコな猛獣がひしめき合っている動物園だ!そんな中にこんな素晴らしい魔道具達を持っていくのは、その中に肉塊を投げ入れるのと同義!技術の奪い合い、盗み合い、妨害行為に研究員の拉致、監禁まで!確かに技術力は高いが、安心して研究なんて出来やしない!あんな所で研究なんてまっぴらごめんさ!」


「そ、そうなんですか・・・大変なんですね。技術者さん達って」


「その通り!我々技術者にとって一番大切なのは、自分の研究を好きなだけやらせてくれる環境に他ならない!お金をジャブジャブと使えて、人を好きなだけコキ使えて、誰も邪魔してこない!そんな場所を知らないかね?!ミール君!」


「一つだけ、心当たりがありますよ」


「おお?!どこだね!」


「ルーン国のガタリヤです」


「んんん??ガタリヤ・・・ガタリヤかぁ・・・すまない、ミール君。君が今滞在している国を悪く言うつもりはないが、あの国は一世代・・・いや、二世代は技術力が遅れているよ。そんな国が僕の希望に添えるとは到底思えないな」


「ははは。師匠らしくもないっすね。『無ければ作ればいい』がモットーだったのに」


「む・・・」


「まず一つめのおススメポイントはガタリヤの領主、そしてルーン国の聖女にも僕は恩を売っています。なので交渉次第では、さっき師匠が言ったジャブジャブとお金を使える環境を用意してくれるかもしれません」


「むむ・・・」


「2つめはガタリヤの環境です。師匠も行けば分かると思いますが、街全体が良い街にしようと活気に満ちています。もちろん全てではないですが、そういう熱量を持った人が多い事は師匠の研究の安全にも影響するでしょうから。少なくともドルグレムのように自分さえよければそれで良いって人や、スーフェリアのように見下してきたり、足を引っ張ってくる人は少ないと思います。あと、ガタリヤの領主とはかなり懇意にしているので、多少のワガママは聞いてくれる可能性が高いです。なので師匠がお望みの安全な場所は確実に用意出来ると思いますよ」


「むむむむむ・・・」


「そしておススメポイント3つ目は協力してくれる技術者です。やはり優秀な者の側には優秀なサポーターがいるものですから。稀代の君主には軍師が、有名なアスリートにはコーチが、英雄には信頼できる仲間がいるものです。師匠も1人で研究するのは限界があると思うんです。欲しくないですか?優秀な助手が」


「はっはっは。二世代は遅れているガタリヤに僕を納得させる技術者がいるというのかねっ?!」



「まずは師匠。これを見てください」

 ミールはマジックポケットから一つの魔石を取り出す。



「む?・・・なんだい、これは。どうみても普通の魔石・・・・・むおっ?!なんだこれは?!むむむむむ!これは持続式の・・・むむむむむ!・・・なるほど!そうか!これをこうやって・・・しかしこれをしたら・・・なんだとぉ!!くぅ・・・まさかこんな発想があったとは?!しかしこれをするには・・・むむむむむ!なんてヤツだ!正気とは思えん!面白い!面白いぞ!ミール君!」



「どうですか?師匠。確かに彼の技術力は師匠には遠く及ばないでしょう。しかし、技術者にとって大切なのは技術力じゃない。誰もが考えつかないような奇抜な発想ができる思考。そしてどんなに失敗しても挫けない強い精神力です。そして彼はチョット変わってますが人柄はとても信用できます。それは僕が保証します。どうですか?正に彼は師匠にピッタリの助手なんじゃないでしょうか」



「ぬわっはっはっ!流石ミール君だっ!技術者に必要なのは技術力じゃない・・・か!これは2本も3本も取られたな!確かに技術力は後でいくらでも向上させる事が出来るが、内面的なセンス、精神力は中々鍛えるのが難しい!だからこそ、技術者には誰もマネできないような突拍子のない発想力と、けして屈することのない鉄の精神力が大切なんだ!ぐふふっ。この魔石を見れば分かるぞ!正に奇抜な発想!そしてかなり根気のいる作業を丁寧に丁寧に行っている!こんなドMな技術者は久しく記憶にないよ!正に僕にピッタリの人材のようだねっ!」


「それじゃあ?」


「うむ!行こう!行こうじゃないか!ガタリヤに!わーはっはっはっ!これは楽しみになってきたな!胸の奥のウズウズが止まらない!こんな気持ちは久しぶりだ!『無ければ作ればいい』か!本当にその通りだな!日常の喧噪けんそうに埋もれ、僕自身も考えが凝り固まっていたようだ!まるで初心に帰った気分だよ!さあっ!直ぐにでも魔道具を運び出そう!ミール君!手伝ってくれたまえ!」



「いや、師匠。申し訳ないんですけど、僕はフローリアさんのお手伝いをしないといけないので無理っす。その代わり、別の人達を呼び出しますので、その人達とガタリヤに向かってください」

「む・・・そうなのか?それは残念だ。よかろう。では手配を頼むよ、ミール君!」

「うっす」



 ミールはカインに通話をかける。



「ああ。ミールさん。どうしたんだ?」

「カインさん。深夜に申し訳ない。今、少し大丈夫ですか?」

「ああ。実は俺も連絡しようか迷ってたとこなんだ。問題ない」

「え?そうなんですか?どうしました??」

「いや。ミールさんの要件からでいい。先に話してくれ」

「そうですか?それじゃ、遠慮なく。えっと、実はですね。ちょっとカインさん達にやってもらいたい仕事がありまして」

「仕事?」

「はい。ちょっとですね、クオーツの森林の指定の場所まで来てもらって荷物の運搬をしてもらいたいんですよ。そしてその荷物と依頼主をルーン国のガタリヤまで運んでほしいんですよね」

「ガタリヤ・・・結構遠いな」

「ええ。ちょっと大変だと思うんですけど、報酬は弾みます。もちろん外部の人を雇ってもらっても構いません。その分も出しますので、どうですか?」

「ああ。もちろんミールさんの頼みは断るわけにはいかないが・・・自分達の仕事があるしな・・・」

「でも解決したでしょ?」

「・・・・・やっぱりなんか知ってるんだな。いや、ついさっきスワップの街の知り合いから連絡が来て、夜だからよくわからないけど、結界の色が戻ってる気がするって言っててな。当然俺達はなんもしてないから半信半疑だったんだが・・・もしかしたらミールさんがなんかしたのかと思ってな。連絡しようか迷ってたんだ」

「あはは。大当たりです、カインさん。犯人はここにいる依頼主なんで、よかったらカインさんが直接叱ってください」

「そうか。まあ、解決したのなら良かったよ。ただもう一つ懸念なのがベヒーモスの事だ。俺はまあ何とかなるが、コクリト達は襲われたらまず助からない」

「ああ。それも問題ありません。さっき倒しちゃいましたから」

「は?・・・・ベヒーモスを・・・・ミールさん1人で倒した・・・てことか?」

「ええ。さっき花火みたいなのが空に上がりませんでした?あれベヒーモスの爆発魔法っすよ。空振りでしたけど」

「・・・・・本当にミールさんには驚かされてばかりだな。了解した。その依頼受けよう。荷物は多いか?」

「ええ。結構あると思います。しかも古代の遺跡の魔道具なので、慎重に運ぶ必要がある感じですね。何往復もする感じになるかと思います」

「なるほどな。一度現地に行ってからプランを立てるとしよう。場所を教えてくれ」

「はい。聖都とククラーソン村を基点にX89Y108ですね」

「了解した。とりあえず明日向かおう」

「ありがとうございます。あ、それと今回の結界の件はカインさん達、地脈調査隊の活躍のお陰って事にしといた方が良いと思います。色々とバレるとまずい感じなので」

「そうか。了解した。正直、俺達も結果が欲しかったからな。これで本部にドヤされなくて済む。助かるよ」

「いやいや。悪いのは依頼主なので。とっちめて良いですよ。まあ、カインさんには苦手なタイプかもしれませんが」

「なんか凄く嫌な予感がしてきたんだが・・・」

「あはは。気のせいっすよ。それじゃあ宜しくお願いします」

「ああ。了解した」



 通話を終えたミールは、ご機嫌に魔道具をいじっているローランちゃんに話しかける。



「師匠、手配できました。とりあえず明日、直接ここに来てくれるそうなんで、その時に運び出す方法とかを調整して下さい。地脈調査隊のカインさんって人です」


「イケメンかねっ?!」

 ローランちゃんは眼光鋭く問いかける。


「まあ、僕よりかはイケメンっすよ」


「はっはっは!相変わらず君は自分を過小評価するクセは直ってないようだね!まあいい。それじゃあ明日を楽しみにしておくとしよう!」


「ガタリヤへの連絡はククラーソン村に着いたらしときますね。今は通話届かないので」


「おお、そうそう。ちょうど良い!君に私が開発した『新魔法』を伝授しようではないか!うーんと・・・えーと・・・あれ・・・おかしいな・・・どこにしまったかな・・・あー!あった!あった!さあ!ミール君!この魔石に触れてみたまえ!」



 ローランちゃんはリュックにしまっていた赤色の魔石を得意げに掲げる。



「へー。新魔法っすか」

 ミールは疑うことなく魔石に触れる。するとパァァっと白い光に包まれた。



「なんか全く変わった気がしないんすけど?」


「ふっふっふ。甘い!甘いぞ!ミール君!既に君の通話魔法は強化されている!これで固定魔石を使わずとも世界中に通話が出来るんだぞ!」


「マジっすか?!」


「ふっふっふ。マジだ。マジ。大マジだ」


「流石師匠っすね。マジ尊敬っす」

「がーはっはっ!遠慮するな!もっと褒めたまえ!ミール君!」



「あの・・・」

 遠慮がちにフローリアが尋ねる。



「私はよく分からないんですけど・・・『新魔法』て・・・ものすごい事のような気がするんですけど・・・」


「ええ。フローリアさん。アタリです。通常、新魔法が発見されたら世界中大騒ぎですね。効果次第では世界の常識さえも覆す事になりますし・・・莫大な利益ももたらしますしね」

「や、やっぱり・・・そんな凄い魔法を簡単にあげちゃってもいいんですか??」

「はーはっはっー問題ないさ!僕とミール君の仲だからねっ!」



「と、言いつつ本当は表に出せないんでしょ?」

「む・・・」

「え??どういうことですか?」



「フローリアさん。魔法の中でも基礎魔法って呼ばれている魔法は、めちゃくちゃ利益が出るんですよ。なので今回師匠が発見した新魔法が公表されると、基礎魔法の中の『通話』ってヤツの価値がゼロになるんですよね。師匠が発見した新魔法は完全に通話の上位互換版ですから」


「ふむふむ」


「で、そうなると通話魔法を開発した国が困るわけです。毎年莫大な利益を生み出していた権利が無くなるわけですから。確か・・・通話魔法を開発したのはスーフェリアでしたよね?という事はスーフェリアから圧力があったか・・・もしくは非公開にする代わりに何らかの見返りを勝ち取ったか。いずれにせよ、師匠が魔石を持っているのにも関わらず、新魔法の情報が開示されてないってのはそういう事です」



「がーはっはっはっ!流石ミール君だ!バレてしまったらしょうがない!ミール君の言う通り、この魔法はドルグレムから秘密にするように言われてるんだ!だからミール君も秘密で頼むよ!」

「うっす」



「なんか可哀想。苦労して開発したのに評価すらしてくれないなんて」

「いやいや。全く逆ですよ。ドルグレムは師匠をめっちゃ評価してるんで、こういった好き放題出来てるんです」

「え?」



「師匠は既に一つ、基礎魔法の『魔法通貨』を開発してるんです。それによってドルグレムに莫大な利益をもたらした。だから師匠は国の特別外交官として任命され、世界中のほとんどの国に行けて暮らす事が出来るんです。いわば国が身元保証人になってるイメージですね。これだけ好き勝手に色々な国に行ける人って、実は凄く少ないんですよ」



 以前、基礎魔法の魔法通貨は『最近』開発されたと記載したのだが覚えているだろうか。

 この魔法のお陰で強盗犯罪などが激減し、今世紀最大の新魔法と呼ばれていると。

 実はその開発者がローランちゃんだったのだ。



「そして今回の新魔法。おそらくかなりの見返りをスーフェリアから勝ち取った可能性が高いです。それこそ毎年100億グルドの収入に匹敵するような。こうなると師匠の存在価値はうなぎ登り。多分、今現在では、独裁者として有名なドルグレムの国家元首に意見を言えるのは師匠だけでしょうね。それほど凄い人なんですよ」


「へええ・・すごい」


「がーっはっはっはっ!やめてくれ!やめてくれ!僕はあんなヒゲジジイと関わる気も、政治に関わる気も毛頭ないよ!僕は世界中の遺跡に触れてインスピレーションを感じ、好きなだけ研究が出来ればそれでいいんだ!世界には未知が溢れているからねっ!」


 そういうとローランちゃんは山積みされている空き箱や瓶をガサゴソし始める。


「むむむ!そういえば飲み物が空になっているのを忘れていたよ!ミール君!すまないが飲み物をくれたまえ!喋っていたら喉が渇いてしまったよ!」


「うっす」


「ぐびくび・・・ふー・・・すまない。助かったよ。夜が明けたら水を補充しに行かないといけないな」


「どこか補充できる所があるんすか?」


「うむ。君たちに会った場所のもう少し先に行くと泉があってね。そこの水は透き通っていてとても美味しいんだ。君たちも飲んでみるといい」



「泉?!泉とはどんな感じでしたか?!真ん中に大木がありましたか?!」

 フローリアは食い気味に反応する。



「んんん??どうしたんだい?ハーフエルフ君。そんなに興奮して・・・そういえば君たちの目的を聞いてなかったね。ミール君!話してみたまえ!」



「はい。実は————」

 ミールはローランちゃんに事の次第を説明する。



「ふむふむ。その暗号とやらを聞かせてみたまえ」



「うっす。えっと・・・・『清らかな清流にオルランの花が咲く時。泉の中央、聖木に門が現われる。全ての癒やしの根源の筆頭たる器に誓うべし。我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり』っすね」


「ふむふむ」


「ミールさん。何か紙に書いてあげた方がいいんじゃないですか」

「いえいえ。師匠は1度聞いたら忘れないので大丈夫です」

「す、凄いですね・・・」



「がーはっはっは!なるほどなるほど!それで?!ミール君!君の意見を聞かせてくれたまえ!」



「うっす。まず『清らかな清流にオルランの花が咲く時』ですが、この森の至る所で清流が流れているので、なかなか絞り込めないって感じっすね。そして『オルランの花が咲く時』ですが、これも開花時期が長いので時期を絞り込むことは難しいです。もしかしたら場所を示しているのかとも思ったんですけど『時』って言葉が気になる感じっすね」


「うむうむうむ」


「そして泉の中央にある聖木ですが、これはもしかしたら精神世界にあって、この世界には具現化してない可能性があると思ってます。なので中央に大木がある泉ってだけでは場所の特定に至らないのではないかと。その後の言葉は合言葉のような感じかと思ってます。以上っす」


 ローランちゃんは満足そうに頷くと

「うむうむ。正に君らしい客観的な意見だな!ではミール君!一つ一つ問題を解決していこうではないか!まずミール君が言うようにオルランの花は開花時期も長く、この森の至る所で咲いている。なので、時期や場所を特定する事が出来そうに無い。ではこの考えは捨てようではないか!ミール君!オルランの花の特徴は何かね?!」


 ローランちゃんはまるで、既に答えが分かっているかのように不敵な笑みを浮かべている。


「えっと。開花時期が長くて・・・この森に沢山咲いている・・・だけど群生などはしていいない・・・それとオレン・・・」


「それだっ!!」


「え?・・・オレンジ色ってことっすか」


「そうだとも!もしオルランの花の意味がオレンジ色を差しているとしたらどうかねっ?!」


「そうか・・・清らかな清流にオレンジ色・・・・清流にオレンジ・・・つまり清流がオレンジ色に染まるような光ってことですかっ??」


「うむうむ。なかなか良い推理だよ、ハーフエルフ君。ではその推理に合致する条件は何かね?」


「えっと。やっぱり夕陽ってのがイメージしやすいです!日が暮れる間際の夕陽!正にオレンジ色に染まっている泉の中央に門が開いているってことじゃないですか?!」


「うむうむ。確かにハーフエルフ君の言う通り、その可能性も否定できない。だがしかーしっ!聖域たる神の里へと続く門が、そんなにカパカパと股を開いているかね?!毎日毎日、夕方になると股を開くなんて、そんなのただのヤリ○ンじゃないか!僕は違うと思う!もっとハーフエルフ君みたいに純情で身持ちが固い子だと思うけどね!」


「///」

 何故か照れているフローリアさん。


「そうなると・・・」

 考えを巡らせるミール。


 そんなミールを不敵な笑みで見守るローランちゃん。

 やはり既に答えが分かっているようだ。


「そうか・・・月だ・・・」

「え??ミールさん。月はオレンジ色じゃないですよ?赤と黄色です」


「そう。普段は赤と黄色です。しかし『双月月蝕』と呼ばれる、同時に2つの月が昇る時、この2色は混ざり合い、月はオレンジ色に染まっていませんか?」

「あ・・・」


「そのとーりっ!正解だっ!ミール君!月はそれぞれ別々のタイミングで顔を出している!しかーし!4ヶ月に1度!1年で3回だけ同時に昇る日があるんだ!その月が泉の水面に映ったら??正にそれはオルランの花が咲いているようではないか!」


「確かに・・・すごい」

 フローリアはローランちゃんの推理力に関心しているようだ。


「師匠。次の双月月蝕はいつっすかね?」



「はっはっは!まるで仕込みのようだが、今日だ!今日が4ヶ月に一度の双月月蝕の日さ!」



「大変!直ぐに探しに行かないとっ!」

 慌てて飛び出そうとしているフローリアをローランちゃんが止める。



「落ち着きたまえ、ハーフエルフ君!『双月月蝕』が始まるのはあと30分くらい先だ。そして3時間くらい合体したままさ!今は焦らず暗号の解明をしようではないか!」


「そ、そうですよね。ごめんなさい」


「ふふふ。それにしても、年に3回しか股を開かない女を落としにいこうとは!流石ミール君だ!僕の初めてを奪っただけのことはある!」

「え・・・ちょっ・・」

「では考察の続きを再開するとしよう!次は『泉の中央、聖木に門が現われる』だ!確かにミール君が言う通り、聖木が精神世界にあるという説も否定出来ない!いや!おそらく精神世界と何らかの繋がりがあると仮定する方が自然だ!ではミール君!聖域とはなにかね?!」



「聖域ですか・・・・うーん。神聖なる場所、神々が住む場所、汚すことが許されない場所、奇跡が起こった場所・・・とかですかね」



「うむ。いいぞ、いい線いってるぞミール君!聖域には2種類ある!実際に神たる存在がいる場所!そして人間が勝手に言い始めた場所だ!」


「勝手に・・・ですか?」


「そうだともハーフエルフ君。勝手と言っても悪い意味ではないぞ!つまり人がそこを聖域と感じる事、思う事が重要なんだ!君は今いるこの場所が聖域だと思うかね?!」


「えっと。た、確かに、この場所は貴重で珍しいと思います・・・なのでローランさんからすると聖域と呼べるのかもしれません。ですが多くの人から聖域と呼べるかというと違うような気がします」


「うむうむ。言い答えだ。ではこの床から黄金の水がダクダクと溢れ出てきていたら、どうかね?」

「え??黄金の水・・・ですか?そんな事があったなら聖域と・・・呼べるかもしれません」


「それは何故かね?!」


「え・・・黄金の水・・・というのを私は聞いた事がないので・・・非常に珍しいのではないかと。そんな世界的に珍しい場所は聖域と呼ばれていてもおかしくないのかなって」


「そう!世界的にみて非常に珍しい事象があった時、人はそこを特別な場所だと感じるんだ!人が特別だと感じることで、その思いは信仰へと変化し、そこは聖域となる!つ・ま・り!聖木がある泉は非常に珍しい事象が起こっている場所と言うことさ!」


「なるほど・・・」



「では問おう!僕が水を補給する為に行く泉は、形がまん丸なんだ!それはそれは見事な円形をしている。何故だと思うかね?!」



「ええ?・・・えっと・・・偶然できた・・・誰かが作った・・・あっ!もしかしてそれも太古の遺跡ってことじゃないですか?!」


「うむ。確かにハーフエルフ君の推察の通り、古代の造形物って可能性もなくはない。だが、それならば何かしらの痕跡や遺跡があるはずだ。しかし、この泉にはそういったものはない。あくまで自然に出来たモノ。しかし自然現象っぽくはない。これは一体なんであろうか?!」



「そうか・・・隕石だ・・・」

 ミールがポツリといった言葉をローランちゃんはニヤリと受け止める。



「ふふふ。流石ミール君だ。そう。あの泉は隕石が落ちたクレーターで出来たと考えるのが妥当だ。そんな珍しい現象が起きた場所は聖域と呼ばれる資格があると思わないかね」


「た、たしかに・・・」


「更に、この泉の真ん中には浮島があり、大樹が1本生えている。おそらく最初はクレーターに水が溜まっていなかったのであろう。そのため偶然にも中央に1本木が生えることになった。そして育つにつれて風に乗せられ木の周りに土が盛られていく。それから周りに水が溜まるようになったのだろう。他の木々が近くに生えていたらこうはならなかっただろうさ。最初から水が溜まっていたらこうはならなかっただろうさ。正に偶然。偶然にも1本だけクレーターの中央に木が生えたお陰で浮島が作られ、大木が中央で鎮座する結果となったのだ。どうだい?この行程は充分、奇跡に近いと思わないかね?!」


「え?・・・てことは、その泉の中央には大木があるってことですかっ?!み、ミールさん!ここなんじゃないですか?!扉が現れるって場所は?!」


「落ち着きたまえ、ハーフエルフ君。残念ながら、この泉の中央に大木はないよ」


「そ、そうですか・・・」


「ふふふ。ちょっと意地悪な言い方になってしまったかな。正確には元大木と言うべきだろう。何故ならその大木は現在、3分の1程度の大きさ。根っこや幹の土台部分が残ってるのみなんだ。何故だと思うかね?!」


「え?枯れちゃったってことですか?・・・」

「いやっ!枯れてはいない!しかし大部分が消失しているんだ!そしてその断面には燃えたような跡がある!」

「えっ、てことは山火事??あ、でも周りの木々は燃えた跡はないんですよね?なんでだろ・・・」



「なるほど。雷っすね」



「ぐわっはっは!その通りだ!ミール君!この地域はそこまで雷が多くない。その雷が大木に直撃したのだ!ハーフエルフ君は雷が落ちて木が燃えたってニュースを何回目撃したかね?!ほとんどないはずだ!非常にこの地域では珍しい現象なんだ!しかーも!大木の大半は燃えて消滅したが、今はその土台から、小さな新芽が顔を出し、大木は森に息吹きを送り続けている。どうだ?!ミール君!君はこの奇跡の大木を!この数多くの奇跡を生み出している一帯をなんて呼ぶかね?!」


「聖域・・・っすね」


「がーはっはっは!流石はミール君だ!僕の聖域を荒々しい欲望で蹂躙じゅうりんしただけのことはある!」

「え・・・ちょちょっ・・・」

「つまーり!僕が水を汲みに行っていた泉は、君たちが探している聖域に限りなく近いということさ!後は自分の目で確かめる他ないな!」

「うっす」



「しかし、実は最後の部分が分からないんだ。『我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり』というのはミール君が推察したとおり、合言葉のようなモノだろう。しかし『全ての癒やしの根源の筆頭たる器に誓うべし』・・・・ここが分からん」



「癒やしの根源・・・というとやはり癒姫神ゆひめがみポメラニアン様のことでしょうか?」



 多分、純粋なエルフは癒姫神の名前を正確に知っているだろう。

 しかしフローリアはハーフエルフだ。知識は下界で得た情報のみ。

 癒姫神ポウラルアンの名前を知らないのは当然であろう。



「確かにハーフエルフ君が言うように、この全ての癒やしの根源は間違いなく癒姫神ポメラニアンのことだろう。しかしこの筆頭たる器・・・が分からん。癒姫神ポメラニアンの弟子のような存在なのか、子供のような存在なのか・・・おそらく門を管理している存在がいるはずなんだよ。その存在に誓え・・・とあるので、そのモノの名前、いや、存在を認知出来なければ、呼びかけが不発に終わる可能性もなくはないな・・・」



「ああ。それなら大丈夫です。直接会ったんで」

 ミールのしれっとした一言に、思わずローランちゃんの顔がニヤける。



「フフフ。相変わらず君は面白い人だな。そうか。それなら問題はないな。あとは君に任せるとしよう」



 そう言うとローランちゃんは、床に置いてあったリュックをガサゴソし始める。

 そして何かを取り出し、フローリアに渡した。



「ハーフエルフ君にはこれを渡しておこう。君の願いが成就される事を願っているよ」

「これは?・・・」

「ふふふ。ちょっとしたお守りさ。初めては痛いだろうが、なあに。彼に任せておけば大丈夫。安心して全てを任せたまえ」

「は、はいっ!分かりましたっ!ローランさん!本当に沢山ありがとうございましたっ!とても助かりましたっ!また今度お礼をさせて下さいっ!ありがとうございましたっ!」


 深くお辞儀をしたフローリアは、ローランちゃんから貰ったコンドームを大切に大切にポッケにしまうのであった。





 ミールはフローリアに肩を貸しながら、ローランちゃんが言っていた泉に向かって歩みを進めた。


 空を見上げると『双月月蝕』が始まっているようで、普段とは違った雰囲気を感じる。

 その影響か、モンスターや動物は身を潜めているようで、不気味なほど静かな森の中を2人は無言で進んでいた。



 ベヒーモスの死体を通り過ぎ、そのまま進む。

 すると冷たい風と共に泉が姿を現わした。



 泉の大きさは50メートルほど。

 うっすらともやが水面にかかっており、水はとても透明度が高い。

 おそらく水深5~6メートルはある感じだったが、底まで見通すことが出来ていた。


 そして中央にはローランちゃんが言っていたように浮島があり、土台部分のみが残った大木があるのだが、太さから推測すると樹齢何千年・・・いや、何万年はあるようだった。


 そして、オレンジ色の月が揺れながら水面(みなも)に映し出されている。



「ミールさん。あの木・・・」

 フローリアが中央の大木を指差す。



 浮島に浮かぶ大木は、光の粒を(まと)いながら、うっすらと光を放っているように見えた。

 どうやらローランちゃんの推理通り、特別な力を宿しているようだ。



「やはりあの木が里へと通じる扉のようですね。フローリアさんって泳げますか?」

「え?」

「この泉は何処も水深5メートルくらいありそうなので、泳ぐ必要があると思います。中央までジャンプできるなら話は別ですが」


「あ・・・えっと・・・すみません。私は泳いだことが無いのでわからないです」

「そうですか。オアシスで泳いだりしないんですか?村の人達って」

「子供の頃は水辺で遊んだりしましたが・・・大人になってからはめっきり・・・その・・・恥ずかしくて・・・」

「なるほど」


 ミールはそう言うと、服を脱ぎ始める。



「ちょっ!ちょちょちょっ!な、なんで服を脱ぐんですかっ?!ま、ままままさかこんなところで?!」

「いや、ここは淡水なので服を脱がないと、泳ぐのは難しいんですよ」

「あ、そっち・・・・失礼しました」



 フローリアは顔を赤らめ謝る。なにやら勘違いをしていたようだ。

 ミールは服をポイポイとマジックポケットに収納する。



「フローリアさんも脱ぎます?」

「えっと・・・その・・・」


 モジモジするフローリア。

 素肌を見せるのが恥ずかしいようだ。



「ふむ。それじゃあ剣とか日記とか、厚手のもの、重いものは僕が預かります。フローリアさんは出来る範囲で構いませんので、薄着になってください」

「あ、はい。分かりました」



 そうしてフローリアは少し迷いながら服を脱いでいき、最終的に上は白いTシャツ、下は白のパンツ姿になる。

 フローリアにしてはかなり頑張ったようだ。



 ミールは目を細める。

 月明かりに照らされたフローリアはとても美しかった。

 まるでフローリア自身が聖なる力を宿しているかのように。

 


 ミールは先に泉に入り、フローリアを手招きする。



「ではフローリアさん。ここは足が着くので、とりあえずここまで来てくれますか?かなり水が冷たいのでゆっくりゆっくりと来て下さい」


「は、はいっ。ひゃああぁ・・・つ、冷たーい」



 フローリアは身をかがめながら、なんとかミールの元へ移動する。

 ちょうど胸元まで水に浸かるくらいの深さだった。



「ではフローリアさん。おへそを上に向けて頭だけ水面から出すように両手両足を広げて浮かぶことは出来ますか?」


「あ、はい。やってみます」


「そうそう。いいですね。こうやって両手や両足をパタパタと水を掻く感じにするとなお良いです。うんうん。良いですね」


「はいっ。ありがとうございます」


「ではフローリアさん。これから僕が引っ張っていくんで、フローリアさんはなるべくリラックスして浮かんでてください。緊張したり足や手を閉じてしまうと浮く力が弱くなってしまうので、そこは注意してください。あと、何があっても僕にしがみつくのだけはやめてください。2人とも溺れてしまうので」


「は、はいっ!分かりました!ミールさんに全てをお任せます!」



 ミールはフローリアの両脇にヒモを通し、引っ張っていく。

 フローリアは言われた通りに、手や足で軽く水を掻きながら水面にプカプカと浮いていた。



 ミールに引っ張られながら、フローリアは大きな安心感に包まれている。



 暗闇に支配された夜の森の中。

 不気味なほど静かな森。

 水の中も真っ暗なので、いつ巨大な魚が襲ってくるか分からない。

 そんな恐怖や不安が襲ってきそうなものなのだが・・・



 視界にはオレンジ色に光る月がくっきりと夜空を照らしている。

 シーンと静まり返っている空気。

 ソヨソヨと風に揺られる葉っぱの音、チャプチャプと水を掻く音だけが、微かに鼓膜を揺らす。

 そんな心地よい音に包まれて、フローリアは大草原に大の字で寝っ転がっているかのような錯覚さえ感じていた。



 この人なら全てを任せられる。



 フローリアは確実に自分を引っ張ってくれている力を背中で感じ、とても強い安心感を感じるのであった。



 しばらくしてミール達は浮島に到着した。

 今まで誰も上陸したことがないと思われる浮島は、とても神秘的な空気に包まれており、まるで結界内にいるかのような感じだ。


 ミールはとりあえず、以前リリフ達に使用した炎と風の属性を発動し、服を乾かす。


「ふわあぁ・・・すごい・・・暖かーい」

 フローリアは温風を浴び、お風呂上がりのようにポカポカしている。


「よしっと。じゃあまずは服を着ましょうか。せっかく扉を開けても、素っ裸だったら印象悪いですからね」

「あははっ、はいっ」



 ミール達は衣服を整える。

 念のため、剣などの武装は身につけないで行くことにした。

 これから行くところは人間が足を踏み入れた事がない未到の地。

 エルフにとっても人間を見たことが無い者ばかりだろう。

 なので、少しでも敵意は無いとアピールする狙いだ。


 フローリアは首に母の命が宿ったネックレスをかける。

 そして手のひらで淡く鼓動している宝石を包み込んだ。



「お母さん・・・もう少しだからね」

 願うように祈りを込める。



「では合言葉を言ってみます。フローリアさんも一緒に祈ってもらっていいですか?」


 そう言うとミールはフローリアに手を差し出す。

 フローリアは頷くと、ギュッと手を握りしめた。




「全ての癒やしの根源、癒姫神ポウラルアンの第1眷属ロゼニーニャに誓う。我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり」




 静寂が支配する空間にミールのハッキリとした声が響く。


 少し前のフローリアだったら『ミ、ミールさん!癒姫神はポメラニアン様ですよっ!』と、慌ててツッコミを入れていたかもしれないが、今のフローリアは完全にミールを信頼しているので、全く疑念も疑いもない。

 とにかく必死に母の想いを祈りに込め続ける。



 

     パアアァァアアァァ・・・・




 唐突に空間が切り取られたように、目の前に金色の光を放つ扉が現われた。

 そしてゆっくりと扉が開かれ、真っ白な光を放つ空間が顔を出す。


 なので、外からエルフの里の様子を見ることは出来ないらしい。

 やはり扉は通過点などではなく、別空間に繋がっているようだ。


「では行きましょう」

「はいっ」


 フローリアはより一層、ミールの手をギュッと握り、力強く答える。

 そして真っ白な光の中に歩みを進めるのであった。


 続く


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